【朗読】林芙美子「飯」 朗読・あべよしみ
林文子 作 飯 1つや子が早く帰っていらっしゃいねと 言ったのだからあんな百貨点などブラブラ 歩かずに一直線に内へ帰ればよかっ た自動車を拾おうと思っても足先が震えて 仕方がない 町には火が突き詰めて いる土曜日のせいか銀座八丁は大変な人手 だっ たまだ後をつけてきているかもしれ ないとこは急に背筋が寒くなるような怖さ を感じるとすぐ目の前のモへ入ってオナ ロールあるのと聞い た店員が歌詞を包んでくくれる 胸の同機が激しく後ろが振り向け ないさっき井田はとこに会うなりお前さん にはなんとかして1度会ってみたいと思っ ていたと言ったそうして飯でも食おうと 言っ た何を言っていらっしゃるの今更ごご一緒 にご飯食べる2人でもないじゃありません か発作的にとこががハンドバッグを 開けようとすると井田は帽子もかぶらない 薄汚れた顔でとこを 睨み俺は乞食じゃないよと言っ たとこはそう言われると急にムカムカして ハンドバッグの金具を音を立てて 閉め私せわしいのですから失礼しますと 1人さっさと歩き始め た井田はおいおいととこを追いかけてきて 今度は乳輪に笑い ながら飯ぐらい付き合ってもいいじゃない か今更元へ戻ってくださいと頼むわけでも なしまそうつけしないでそこ以来入ろうと とこへぴたりと体をつけてき た嫌な人ね今更2人でご飯なぞ食べる必要 もないじゃありませんかみともない私は私 の道を真面目に歩いているのですからもう そんな変なこと言わないで ください今になってご飯なぞ誘われる 切り合いって何もないんです からそうかそれは悪かった真面目な道を 歩いている人を捕まえて一緒に飯を食おう なぞとは ねだが見ればなかなか合成な奥様ぶりだが 一体あの頃の君にどうした運が向いてきた のか ね俺は君を捨てたバチが当たったのか一向 に目が出なくてこの通りの始末さ飯を食う のもやっとださえことは去年別れてしまい 今では下屋でアパート住まいだ一度遊びに お いでよ4丁目のはりの前までくる ちょうど赤い信号が出て いる一瞬とこは何か捨てはちなきになって 自動車や自転車の洪水の中を子供のように 凸と歩いていっ た井田はまだ追いかけてきてバカそんなに 逃げなくてもいいじゃないか何もそんな 無きになることもないだろう狭い世間だ この先また会わないとも限らない よとこは井にあわれているのが悔しく情け なかっ た赤信号が消えると井はとこに寄り添って 歩き始めたがもう腹を据え てあなたと歩く必要なんてないじゃあり ませんかここでお別れし ます急挙動の前へ来ると友子はさっさと 新橋の方へ歩き始めた 途中で人の雪崩れに出会い友子は太を かわして目の前にあるモの扉を押して入っ た歌詞を買うまでは夢中で隅のボックスに 身を潜めていたが井は入ってこなかっ た貸包みが出るととこはそこへしばらく じっとしていく紅茶や歌詞を頼ん だ3410分もして暗くなった外へ出て みると驚いたことに井田はちょうど 後ろ向きになって火の明るい松坂屋側の 歩道をじっと見つめて いるとこは1時間や2時間は平気で つったっていそうな枝のふてぶてしさを 感じて何か怖い気持ちだっ ただがあっちを向いている隙に逃げ出さ ないことにはまた見つかって しまうとこは決したりですぐ近くの路地の 中へ入っていっ たほんの体の入る狭い路地を抜け銀座裏へ 出るとすぐ目の前に来た空自動車を 呼び止めて乗っ たどちら までいが やみつけ逆にハンドルを切って自動車は 平和に走り始めたあよかっ たとこはちょっと振り返っ さっきの路地を見たが自転車が23台兵に 立てかけてあって別に人の気配もないああ 良かった本当に良かっ たとこはほっとする気持ちだったが ハンドバッグを握っている手先はおかしい ほどまだ震えて いる自動車は市ヶ谷の市場のところで 乗り捨てて友子はもう1度自動車を探し 初めて本郷林町と帰るところを行っ た帰るとつや子は女中の木に風呂へ入れて もらってい た随分お待ちしたんですけどもうつや子様 お眠そうなのでお風呂へお入れしましたあ そうそれはどうもご飯は済んだのはい さっき とお玉で差し上げまし た茶の間の男には白いツツが生けて あるしみるばかりの白さ だ買い物包みをテーブルの上に置いてとこ は茶ダスの上のラジオのスイッチをひねっ てみた流れのようにピアノの美しい音が 聞こえ たとこはラジオをかけたまま急いで風呂場 へ行き ちゃんただいまと言ったおかえんな ちゃい何それ 可愛いアヒルさんねどうした のつや子は唐初を洗ってもらったのか ビリケンのように濡れたを額に下げて アヒルを抱いてはしゃいでい た大野様がさっきおいででございましたん ですよアヒはおじ様に頂いたんですね ま そう大きなタオルでつや子の濡れた体を 吹いてやりながらきがそう言っ たよほど待っていらしたのはい1時間 くらいもお待ちでございましたでしょうか でもまた明日にでも伺うとかおっしゃって でございましたです よ清はタオルにつ子をくるんで抱き上げ茶 の前行き から遣っていると言って小さな包を渡した 包みはいつか大野と約束していたゲルラン のシャリマーという香水と手紙だっ た随分お待ちしましたちょっとお手紙でも しておけばよかったのですが急だったもの です から上海へは当分戻らなくてもいいことに なりました 明日もう一度伺います多分お昼頃お約束の ものお土産としましては恥ずかしいもの ですが兼ての約束を果たしてそうして私の 友情を込め て友子は何かしらまぶが暑くなりその手紙 を大切に風へ戻してテーブルの上の買い物 包みを開いた おかちちょうだい なにもうねんねする人が行けませんいやお かち食べるのいけませんポンポ悪くします ほらそれよりつこちゃんのお帽子を買って きましたのよいい でしょう包みを開いて白いフェルトの帽子 をつ子の頭へかせてやるとつ子はすぐ喜ん で裸で兄弟の前へ走っていったりし たつや子ちゃん風を引きますよやあな つや子ちゃんね裸でお帽子かぶったりし て清がやっとつや子を捕まえタオルの 寝巻きを着せるとつや子はもう帽子を持っ たまま目をこすってい たやがてつ子を2階の前へ連れてあがり とこは小さい寝台へつ子をしけながら飯も 食えないといった井の言葉をじっと 思い出してい た 2友子が井と同棲していたのはほんの しばらくであっ たちょうど7年前で ある二十歳前後の働いている女にありがち な孤独な寂しさでいる時とこの前に現れた のが井であったその頃友子は渋谷のある 大きなカフェに除をしてい た5月初めの頃で2度遊びに来た井田に 連れられ智子は浅草へ井田と活動を見に 行った活動を出るとひどい周でどうにも 身動きができず友子は井に連れられて 松葉町の安宿へ入って行った 三条の狭い部屋に向き合った時さすがに とこは何か気持ちの定まらない不安を感じ ていたが井が酒を取り寄せて飲み始めると とこもいつかCに調子を合わせてい た湿った畳ボコボコの壁塗りのはげた 小さい 茶台どれもが詫びしさを通り越して書体 臭かった その世2人は平然とした様子で愛情の言葉 もかわさずに夫婦になってしまってい た別にいでなくてもとこは自分の前へ現れ た男へ平気で低そを許したかもしれ ないとこは青森の故郷に今は姉1人しか なく全くの捨てはちでその頃は何か危ない 心の状態であった ある日友子はすぐ井の下宿に移って行き 2人で自炊の道具を買いに歩いたりし た井はその頃ある出版社の構成係りを務め さやかな給料をもらってい た井田はその勤めにはひどく不死でいつも ぶつくさ不平ばかりこぼしていたそして いつの間にか井は自然にそのをやめて しまいとこの働きだけで図色するように なり四十夫婦喧嘩が耐えなかっ た何かこう一時に金の入る仕事ってない ものか ねなんだと思ったらまた出世とお金です か穴熊みたいに寝転んでいるか風呂へ行く かが関の山のあなたにお金だの出世だのっ てものは素通りですよ そんなこと言ってる暇に職業でも探してき たらいいじゃない の寝転がったり風呂へ行ったりでそりゃ どうも悪かった ね井田は怒ってしまうと決まってすぐ洋服 をきこんだそうして茶台の上に放り投げて あるとこの財布から12枚のご実践玉を 素早く探して自分のポケットへ入れる 抜け目なさもあるのであった 今に見ていろ俺は本当に出世するんだから その時はお前なんぞ女中にもややしない からいいか い子供みたいなことを言ってるわね何でも いいから早くびっくりするような出世をし て見せてくださいなそれまでは私も せいぜい働いてご実践玉を集めてきます よなんという嫌な女だお前 はとこが口汚く言い返すと井田は唇をふわ せて布団の上から打つケルの始末だっ たやがて同棲して半年も経たない間に井は ある自主の娘とできて しまい俺は本当に運が向いてきたのだから 別れてくれととこに言っ た手切れの金だと言って井が10円札を 出したのを見てとこは呆れそうして おかしなことにはあんなに口汚くのして おきながら後から後から涙が溢れ たお前ともなんとかしてやっていきたいの だが俺はこのままでいればまるで死んだも 同然だなんとか方法考えて元気でやって いって くれそう言って井は自分の方から出くと 言って12月中旬の慌しい町の中へ トランク1つで雑然と出て行ってしまっ た年が変わってからも2度井田はいい洋服 を着込んで遊びに来たりし た新しいさ君はさこと言って23年前千葉 の秘書地で井田と知り合った中なのだとも 話してい た1度井子が肩を組んで渋谷の通りを歩い ているところを見てとこは心から井を 諦める気持ちだっ たまもなく芝のアパートに拠してとこは カフェ勤めをやめてしまいガソリンガール をしてみたりモデルになってみたりし たガソリンガールをしてる時友達に進め られて連れて行かれたのが夜中の宮崎と いうモデル位置であっだった狭い玄関の外 にまで華やかな下駄や靴が脱いであり モデルを選びに来ている画家たちが兵の外 に日向ぼっこをしていたりし たお口入れどこと看板が出ているがモデル 紹介では有名な家だそうでご実戦の入会金 を払うとすぐとこも女たちの中へ割り込ん で行け たモデルたちは立っているのや座っている の横顔を見せているのなど様々なポーズで 自分の自信のあるスタイルを示してい た友子はこの宮崎へ23度通ううち松内と 愛知ったので ある松内は野生的な大柄なとこを愛して これは日本のビーナスだととこの裸体を 称賛してい た松内は独立系の画家で風景よりも人体を 好んで書いてい た友ことはちょうど実際違いの31歳だっ た松内とは間もなく結婚してとこには今 までに全く思いもかけない華やかな生活が 始まった松内はわざわざ花嫁紹介のために 仙台の実家へ友子を連れて行ったりしたが 大きな赤ん坊みたいなとこは松内の両親に もすぐ気に入られて実にもったいないほど 可愛がられ た2年目につや子が生まれ たとこは華やかな生活が巡ってきても何か 空虚で自分を幸福な女だとは思えなかっ た本郷の林町にアトリエを立ててもらい 親子3人と女中1人との神話な生活に入っ たのだがとこはなぜか日常の全てがクソで 寂しい気持ちだっ たなぜだかわからないのよ私はこんな ところへ来るのは間違っていたような気が するんだ けどサンルームで日向ぼっこをしながら つ子を抱いている夫に問いかける時も あるどこか旅でもしようかえ 何も寂しがる原因ってないじゃない か松内はこの幼妻をわるつもりで伊谷新州 あたりの温泉へ連れて行ったりし たつや子がちょうど3つになった時だった 松内はパリへ行く連れがあって秋の始めに とこや子を置いて船で旅立っていっ た予定は2年それでも会いたら早く帰って くると言って松内は丸の内の工業会社に 務めている親友の大野に智子たちの面倒を 頼んでフランスへへの修行に行ってしまっ た松内を船へ送りに行った時はまるで子供 のように涙が溢れたが23日もするととこ はもういつか井と別れた時のようにけろり としてしまてつ子と一緒になって遊びほけ てい た松内は留守中寂しいだろうと言って どうせつや子にいるよなのだからとピアノ を買ってくれてい た2年間ピアノをみっちり勉強して いらっしゃいと言い残していったがとこは ピアノを引くような気にはなれなかっ た大野は日曜日ごとに遊びに来てくれた そうしてとこたちと1日話し込んでくれる のであったがなぜかとこは大野と話をして いると 息苦しくかつて感じたこともない心の ときめきを感じ た大野は高等学校を出て大学に入り3年間 ドイツで勉強して帰ってきた男だっ た料理のことになるととこよりもよく知っ ていてコーヒーも紅茶も大野が入れてくれ たりし た美心な妹との2人暮らしで何の理由なの か一生結婚はしないと言ってい たどうして結婚なさいませんのまうにして も随分長い間結婚しなかったん でしょう女のお友達はたくさんあったよう です けど松内にしてもあなたのような人が出て きたから 長い間結婚しなくてもそれが何でもなかっ たじゃありません かまあ私なんてどこがいいんだか自分で 呆れてしまう時があるんですよ松内がお前 みたいなお天気屋はないっ てご自分に正直だ から大野はピアノが引けたとこは心のうち で驚くのであった そうしてこのような世界もあるのかと井の ような男と大野や松内を密かに比べて 考えるのであっ たもはや井の顔はとっくに忘れかけている のであったが彼が口癖に言っていた出世を したいという言葉には何かしら今でも いじらしいものを感じて いるやがて大野は1年もしないうちに会社 から上海へ転任を命ぜられていっ た友子は井に別れた時や松内との別の時 よりも激しく泣いて半年ありは病人のよう にうつうつとして大野のことを考えてい た 3春らしくよく晴れたのどかな朝で ある近所で飼っているウイスがとてもよく 泣いてい たとこは寝床の中でタバコをふかしながら 絵花でもう歌を歌っているつや子の声を 聞いてい たお手てをついでのみをゆけば みんなかい こになっ [音楽] てとこはその歌を聞いていると急に涙が耳 へこぼれ落ちるのであっ た昨日は67年前に分れた井に巡り合い飯 を食うのもやっとだと聞いたあの男はいつ も飯をガツが作っていたのにそうして口癖 のように出世を願っていたのに未だに不幸 にくり返っているではない か自分はあの人の言う通り合成な奥様ぶり かもしれ ないだが心の空虚さはどう だろう今では松内を愛していないというの ではないが自分もやっぱり井田と同じよう に飯への安住を求めてあの松内と一緒に なったのではないだろう か本当は松内の豊かな生活に目がくらんで いたような気が する友子は起き上がって窓のカーテンを 開けた庭にはチューリップの赤いのが開き 始めて いるかろの燃えているようなうららかさ だっ た海花へ降りていくとつ子は台所をして いる清の腰にまつわりついて片でしりをし て いる今日はお昼頃大野のおじ様が いらっしゃるのよつや子ちゃんおべべ着せ てあげ ましょう白いジャケツに白いパンツを出し てきてそれを日の当たる縁側でつや子に 着せかけながらとこは何か楽しい気持ち だっ た大野が尋ねてきたのは昼ちょっと過ぎて い た半年も合わないうちに少し太っていて 結しが良くなってい た昨日は失礼しましたお帰りになったこと 分かってましたけれどまさか昨日 いらっしゃるなんて考えませんでしたのお 元気でした え ありがとうもう上海いらっしゃらなくても いいんですってねええ当分また東京暮らし です まあ嬉しいわ松内もいませんしあなたもお 留守になったりしてどうしようかと思って ましたの よ夕方とこやつや子に銀座へ出て夕飯をご 馳走したいという大野にとこは昨日の井と のことを思い出して身震いして断っ た銀出なくったってうちで何かしましょ私 だって何かできますは外で食べるのなんだ かおくです ものとこはそう言って海外台所へ立って 行き一生懸命できと2人で手料理を作っ た食卓の整う間大野は1人でピアノを叩い てい たとこは時々そのピアノの寝に 聞き惚れもしもこのままつ子の父が大野で あったならばどんなに楽しいことだろうと ふと不定なことを考えるのであっ た夜はいい月夜だっ たどこからか栗の木のような放列な匂いが 漂って くる2人はサンルームの椅子に持たれて茶 を飲みながら松内のパリでの生活を 話し合っ たきっと帰りたがっているでしょ とても勉強しているそうです よそうでしょうかあっちには美しい女の方 が多いそうですからきっとたくさんお友達 ができてると思います わなかなかどうして松内君があなたを思う ことはまるでもう子供みたいですよ僕の 手紙にはあなたのことで収支しています あら私のとこへ来るのは つや子のことばかりですわこの間もつや子 へ人形送ってくれましたんですけど私には 何も送ってくれませんの よ急に生まれ変わったような変貌を示し とこは唇にかつてなかった熱い血の枠のを 感じ た草の生きれ鼻の匂い柔らかな月 よとこは田舎の学校で名の花畑に入り日 薄れという歌を習ったことを思い出してい たそうして初恋というのはこんな気持ちで はないのかととこは急に黙り込んで月に 光った庭先を見てい たピアノはまだやっていらっしゃらないん でしょう えどうして習わないんです せっかくこんないいピアノがあって嫌なん です もの松内は私をね野の花みたいだっって 言うんです よ風雪にはなかなか強いが温室へ入れると 泣き出しそうにしてい るってピアノなんか柄じゃないんです もの柄でピアノを習うんじゃありませんよ 先生につくまで僕が練習ぐらいなら教えて あげてもいい なでもこの生徒はとても頭が悪いんです よ頭の悪いのはあなたばかりじゃない随分 いますよ頭の悪いの が毎週2回ぐらい手を取って教えてあげ ましょうと言っ た大野が帰って行ったのは11時近かっ たともはぬるい風に頬を吹かせてなかなか 寝つかれなかっ た4日したある雨の日とこが大野に教わっ てピアノを引いている 時きよが奥様とても変な方が是非奥様にお 目にかかりたいっていらっしゃいました けどいかがいたし ましょう変な方 ってとこはスックと立ち上がるなり みるみる青ざめた顔になり器から汚れた 名刺を受け取っ た井田 平 あとうとうやってきたどうしようどうし たらいい だろうお前は私がいると言ったのかい いえなんだかおかしい人ですから一応おす と申し上げておきましたが そうもう帰っ たはいまた明日明後日にでも伺いますから 奥様にお伝えしといてくださいと おっしゃいましてでございます が清が去っていくととこはもうピアノ どころではなかっ た大野が驚いてしまうほど唇まで紫色に なりそのまま絨毯の上へくれてしまった王 はすぐ抱きおこして2階の今へとこを運び 清に沼間を取らし た窓には小雨がひっきりなしに降って拳の 高く張った枝には柔らかい目も出て いるやがて清が冷やしたタオルを持って 上がってき た大野がそれをとこの額に当ててやると ぼんやり目を開けたとこは黙って王のを 見つめまつ毛の淵に涙をいっぱい溜めてい たどうしたん ですねえとこさん何か心配なことでもあっ たら僕に言って くださいなんとかお力にはなれると思い ます え一体どうしたって言うんです か 私このままここにじっとしているのの嫌だ わ 私自分でどうしていいのかわから ない大野はとこがピアノの前で取り落とし た名刺を拾っていたのでその汚れた名刺を とこに見せ てこの人が何かあなたに関わりがあるん じゃありません かそんなにびっくりして体を壊してしまい ますよね明見えたら僕断ってあげましょう か え会いたくない人なんでしょそれだったら 安心していらっしゃい僕がはっきり断って あげ ますそうして くださいとこは起き上がると急に怖いと 言って大野の手を探した大野はとこの手に 素直に自分の手を添えてやりながらこの 井田平という男が無邪気な野生なこの女に どんなかかり合いがあるのかと不思議だっ た夜になるととこは大野が帰るかと不安な 目つきをし て今夜は助けると思って泊まっていって くださいというのであっ た大野も決心したのか開花へ止まることに して2階へはとことつや子と清や3人を 寝かすことにし た大野は世が吹けてもなかなか寝つかれ ないので松内のアトリエに行き何か難しい ガロンのような本でも引っ張り出してきて それを読みながら寝ようと思っ たピアノのある部屋を通って画室へ行く 電気のスイッチを探していると渡り廊下を 隔てた画質には誰かがいるのか明りがとっ てい た親どうしたの かしら大野は陰気な雨の音を聞きながら 寒気の来るような気持ちで固く息を飲んで いたがやがて廊下を静かに歩み画質の扉を 開け た画質の真ん中のか椅子の上にぼんやり 立っている女がいるおや とこさんじゃないの何を する大野は走っていってとこの腰を抱いた とこは大野の姿を見ると子供のようにわっ と声をあげて泣い た大野は慌ててとこの口に手を やり夜ふけですよみんなに聞こえると びっくりしますバカな真似をするもんじゃ ありません 天井の針からぶら下がっている皮紐を眺め て大野はドキリとし た部屋の中は天井が高くガランと広いので 何か薄ら寒かっ た大野は部屋にあるガスストーブに火を 転じてそこへ椅子を運び興奮しているとこ を腰かけさせ たあなたは1人でくよくよ考えているから だめなんですよどんな言いにくいことでも 打ち明けて くださいあなたがどんなことを言っても 驚かないつもりです必死でお力になって あげられ ますとこは大野の優しい目に安心したの か井にあった日のことや昔何の愛情もなく 野望のような生活をしていた井との昔を 告白するのであった 共用もない上第一人間の1番大切な心を 失っている男です もの大野はしばらく黙ってい たガスの日は燃えて雨のせいか画質の湿っ た匂いがありに込めて いる私は引っ越してしまいたいと思います けど 大丈夫ですよそんなに心配だったら明日に でもつや子さんを連れてどこか旅行して いらっしゃい僕が1人で留守番をして ちゃんと解決してあげ ましょうあなたが悪いんじゃないもの松内 君だってきっとそんなことで不快に思っ たりはしません でしょう松内と言われるととこはひやりと した 愛情の伴わない結婚は井との同棲とあまり 大差がないのじゃないかと思うのであっ た 4友子はだんだん何か今までの生活から 目覚めていく気持ちであっ た26にもなって初めて精神の溢れるよう な恋を知り純粋な男の愛情にすがっていき たい気持ちだっ ただがもう全てが手遅れであり1番愛して いる大野に1番嫌な話をするのはなんだか 自分自身が残酷なように 思えるとこはひとまずつや子を連れて旅に 出る決心をして夜明け近く2階へ帰って 行っ たつや子は頬を赤くしてよく眠っている もうほのぼのと窓はしらみかけて部屋の 調度ははっきりと見渡せ たあくる日とこが目を覚ました時はもう 生後近くで雨は晴れてい た友子は起き上がると不安でかかへ降りて いけない気持ちだっ た庭には日が当って林家のうぐが泣きたて て いる食をすまして軽い想を整え智子はつを 抱いた木を連れて伊豆の湯島へ旅立って いっ た東京駅までとこを送ってくれた大野 は心配しないで言っ てらっしゃいいつまで長くいらしても構い ませんよオルスのことは僕がちゃんとして おきます からありがとうございますあの茶の間の棚 にあるものみんな召し上がってください ましね大抵1週間くらいしたら帰ってき ますそんなに早くま気持ちの静まるまで 行っ てらっしゃいお帰りの時は僕がお迎えに 行ってあげてもいい なとこはつや子の帽子を取って窓から覗か せ たじゃあ行ってらっしゃいつや子ちゃん さよならはい ちゃいとこはホームが見えなくなると窓の ガラス戸を下ろしてぼんやりに走る 景色を見てい た自分は一体何を怖がっているの だろう自分によく似た井の性格を再び目の 前に見せつけられてそれに恐れているの だろう かカラスが一にくじになれたから前の カラス仲間に巡り合うのが怖いのだろう かは桜の花盛りで癒しほど先ほけたの があっちにもこっちにも眺められ たつや子は桃太郎の絵本を清に読んで もらって いる伊豆の湯島へついたのは夜遅くだった 宿屋の女中たちは温かのでもうセルを着て い た二部屋続きのこじまりとした部屋へ通さ れると友子はすぐ大野へ当てて無事つき ましたとこと伝法を打たせたりし たつや子はバスの長い道中にくびれてか清 に抱かれてよく眠ってい たまあ奥様なんていいところでござり ましょう 生生しますです ねつやを寝かしつけて温泉へ降りていくと 清はとこの背中を流しながら川の背がする と言って子供のように喜んでい た伊豆来てから毎日いい天気だった大野 から3日目に手紙が来て東京の家のことが こごまと親切に書いてあっ た伝法を見て安心しましたちょうど今 あなたという人は人間本性の魂の発掘と 新しい自由な精神の自覚にたどり着いた方 ですいずよりお帰りになってからのあなた の再生は私にとってなかなか興味のある ことでそれに備えるに静かなご給用を贅沢 に取られんことを祈りあげ ます別便で本を送りましたお暇の折りには おめを通し ください昨日飯し 来訪お会いして色々伺いましたが結局は何 でもありませんでしたよご安心 くださいあの人は実際気の毒な人で半年 以上も食がなく住まいは 自分でもおかしいほどこの清そから ずり落ちていくのが分かっているというの です分かっていてどうにもならないという の です出しは最後に動物園のライオン飼育 係りに雇われていったそうですが血の したたる生肉を南関となく平らげて天然と している死士の様子を見ていると実際人間 がバカバカしくて仕方がなかったというの です最近までそれをやってわずかな日を 取っておられたそうですが今ではそれも やめられ非常に困っていられる 様子いくら困っていられても男1匹女を 頼るのはおかしいと申しましたもちろん私 はあなたの夫である松内さんになりまして の対面 ですいしは非常に恐縮していまし た食えないということが男をしてこんな 馬鹿げた訪問もさせるのだと言っていまし た私は今までに食べるということをこんな に生々しく悲痛に感じたことはありませ んいだしは短い間ではあったがあなたに 世話をかけたと言っていまし た今では何もかも見失ってしまいアイデア が何もないと言われるの です1ヶ月いやただの1日満足な飯に ありつくことが今の全部だと言われる いだしに私はどのような言葉もありません でし たこの間あなたに銀座でお会いになった時 も1杯の飯に預かれる幸福でいっぱいだっ たが少しの見がたって虚しくあなたを 取り逃してしまい飯しは狂人のように あなたを探されたのだそう ですだが翌日になるとまた同じ日が訪れ そしてまた虚しく職を探されたそうです があなたをここの家だと知ったのは昔 あなたの住まれたご近所の方に順々と聞か れていったのだそうです 会ってどうしようという大したことでも なく探しているうちにだんだんそのことに のせ上がってしまい最初の訪問は非常に 勢いのいいものであったが今は私に哀れて 何か気持ちが変わってきたと言われ ます2人の会見はそれだけでしたもう再び 来られはしないと思います あなたもどうぞ元気でご休養 くださいおだのものは遠慮なく頂いてい ます大変美味しいものばかり井出市に比べ て私は幸福な思い ですでは またとこは大野からの手紙を読み終わると 言いよのない成長なものを感じ た夫ととなって井に合ってくれた大野の 思いやりも嬉しかったが自分の過去に そんな男があったことを大野の前にさらす 方が寂しい気持ちだっ た一足飛びの 出世これが井田を一生不幸にしたのかも しれないだがあの人が実直な人だったら 自分はこんなところへなどゆうゆうと来 られる身分ではなかったろう 飯が食えないという井の言葉を大野は切実 な思いで聞いてくれた かしら自分にも飢えた日の記憶は色々と 思い出され た共感の高い木々の間からさしてくる 温かい夕日を浴びてきよがつや子を庭で 遊ばせて いる青森の姉の家を出るまではまだ本当に 食べるということは考えなかったが初めて 東京へ来て自分にふさわしい職業を 探し回った時とこは東京の綺麗な女たちを 眺めてああいう階級はどんな町から出かけ てくるのだろうかと不思議な気持ちだっ た女給という職業を選ぶ前にとこは上ルボ の移しとか化粧品の外交とかできるだけの 仕事に一生懸命だったが情けないことには こっちの一生懸命は味人も感じてくれない イチな商人ばかりだっ た風を引いて商売に出かけられない日は2 日も3日も食えない日があっ たその頃のことを考えてみるととこは今の 楽々とした生活が夢の中のように 思える井のように1度だって出世しようと か一足飛びに金儲けをしたいなどとは1度 だって考えたこともなかっただけにまして 恋愛などとこには雲か霞のようなことが 今頃になってとこの胸に火を燃やし始めて きたりし てとこは椅子に持たれてふとふふふと独り 笑いをし た庭のとは白いつきの 花盛りとこは大野の手紙の返事 においでこうともこと女中に電文を打たせ た 5大野はある晴れた夕方とこたちを迎えに やってきたとこが伝法を打って3日目だっ た 自動車から降りた背姿の大野を庭に遊んで いたつや子が見つけてとこへ知らせ た今度は色々ご面倒をおかけいたしまして 私あのお手紙いただいてなんだか面木なく て泣いてしまいまし たそんなことはありませんよ何もかも円満 に住んだのです からだがいそうな人です ねそして何かあの人は無心をしませんでし た かしらいいえ別に僕が入れてあげた コーヒーをうまそうに飲んでましたよ僕は 最後まで金銭の問題には触れません井田 さんは奥の方へ食後に住み込むかもしれ ないと言ってさっさと帰り自宅をされたの で僕はいしの心をいい感じで受けたに少し ばかりのお金を差し出したのですよいだし は率直にもらえないけれどそれでは当分 貸してくださいと言って喜んでいらした ようでし た差し出がまししかったかもしれませんが 勘弁して くださいまあそんなことをしてくだすっ たりし て別れて7年にもなるのにどんな気持ちで 尋ねてきたりしたんでしょう 大学まで行った人だって言いますのにね 本当にすみませ ん動物園の飼育係りなぞしなければよかっ たって言ってましたよ政治にしたって何何 にしたってあんなものからまだほどを取っ ているんだからって面白いことを言って ましたが ね大野が止まったのは一晩だっ た遠い部屋に床を取らして 夕食が住むと疲れたと言って自分の部屋へ さっさと引き上げていっ たとこは暗い気持ちだっ たこの上大野に何をか求めんやである自分 でよく分かっているだけにとこは苦しく 恥ずかしい気持ちだっ たある朝は珍しく雨が降り暗い空だっ た4人はハイヤーを頼み手前時まで ゆっくりドライブさせて帰っ た助手代に乗ったキが白い玉つきを いっぱい折って持ってい たまだつきが咲いているの ねこの辺りは年中ですよ運転手が教えて くれ たこの若い運転手も働いて飯を食っている じゃないのとこはたましい若い運転手のき を見てい た大野がタバコを出して吸い始め た左側は深い強になり小雨が滝のように 降って いる松内君は秋口には帰るんでしょうかえ どうですかね2年が3年になろうとして いるんですもの当てにはなりません呑気な んですもの ねでもいられるだけいて勉強してきた方が 得ですよそうかしらでも10何年もいらし たなつめさんって方ちっともいいお仕事 なさらないって松がよく言ってました がそりゃ人間にもよりますよところで僕は 近いうちに結婚するかもしれません まびっくりなすった でしょうまあ本当ですか本当ですとも僕と 6つしか違わないですけど子供みたいに ナイーブな女 です6つじゃあ28でいらっしゃいますか そう です娘さんです の年を取っていますけど娘ですそのうちお 引き合わせしましょうまだ松内君にも 知らしてないんですがおついでがあったら あなたから一筆書き添えてくださいません か え喜びましょう ともとこは首筋に汗の浮くような悲しさ だっ たそうですかおめでとうござい ます口まで出かかっていた言葉がなんと なく引っかかって言え ない記者へ乗ってからもとこは黙々として いた どんなに晴ればれとしたいと思っても表情 が言うことを聞かなかっ た家へ帰ってからつ子を2階へ寝かしつけ た霧智子は絵花の大野の部屋へ降りて行け なかっ たその娘さんより2つも若いくせに女とし て出発するにはもう何もかも遅いそんな はな気持ちだっ た大野の太い眉や小さいけれど優しい 目つきが払っても払ってもとこのまぶに 浮かんで くるそれからしばらく大野に会わない日が 続き何事もなくして夏の盛りになっ た8月に入ったある暑い朝仙台から松内の 兄がやってきてロハを脱ぐ なり吉秀から何かは頼りがあったかいと 聞い た松内からの音信は5月にスペインから絵 はきが来たきりでよとして音沙汰がなかっ た別に5月にスペインから絵はきが来て ますけど ねどうしたのかい吉秀の友達だというエレ さんて方から伝法が来てい伝法 あまあびっくりせんでまだ様子はよく わからん がどうかしたのでしょうかあのね亡くなっ たという知らせが来たんだが まさかゆうべもお母さんはそんなはずは ないと言って泣きだす始末 さちょっとその伝法 拝見ローマ字で松内君 ス後エレとしてあっ たとこは地震の時のように立っていられ ない気持ちだっ た激しい動機を自分で始末のしよがなく 友子はテーブルにふしていつかそのまま 泣き崩れてい たただシスだろうわけがわからんのだよ それにお前のとへ来れば体具合が悪かった とかなんとかそこの理由が少しは分かるか と思ってまずとりあえずやってきたのだ が5月に来た霧ではなんともしょうがない ねスペインの村落を移した色移りの絵はき に旅行ばかりしているどうやら元気金金に 帰ることを考えていると言った簡単な文面 で余計なことは1つも書いてなかっ た何しろと遠いところのことだしわけが わからんあれの親しい人のところへでも 手紙は来ていないだろうか ねとこは大野のことを思いついて夕方から 1人で大野の住んでいる段のアパートへ 尋ねてみ た軍人会館の前のた建物でいかにもドイツ 帰りの大野のすまっていそうなアパート だっ た部屋へ通されるととこの見知らぬ清楚な 女性が低い灰色のソファーに持たれて楽譜 を読んでい たレースのアヌが山ゆりのような涼やかさ だっ た大野は息な浴衣を着ていた夕焼けのよう な赤い空で部屋の中にはまだとかがついて い ないご沙汰いたしており ますいやこちら こそ椅子を進められて友子はやっとの思い でそれへ腰を下ろし松内の死を伝えた さすがに大野もしばらく口が聞けない らしく硬い表情をしていた が本当ですか5月にスペインからはがきを よこしているんですがね 私のところもそうなんですのよスペイン からはがきが来ましたきりです のエレさんってご存知でしょう か知りません ね大野も心当たりを全部調べてみましょう と言ってくれ た帰りがけに白レースの夫人にも紹介され たがそれはかつて大野が伊豆の帰りに話し たことのある婚約の人であっ た世たはとこより低かったが健やかな 体つきだっ た丸で23士にしか見えない正純な まなざしは人に紹介されてもまたたき1つ しないとこはその大きい目を反抗的に 見返し た美しい顔ではなかったが全てが清らか だっ た段のりへ出てとこはすぐ自動車を呼んで 家へ帰っ たみんなで私をいじめ抜くが いいとこは家へ帰ると周り道路へ明りを 入れてつや子を2階で遊ばせてやっ たほらくるくる回って綺麗 でしょ青いの赤いのお屋根の上綺麗 綺麗 ね屋根の上に周り道路の火が渦のように 流れてい た 6やがて松内がパリの宿舎で救世肺炎で 亡くなったという知らせが同校の友人の名 でき た松内が亡くなったことがいよいよ本当と なってみると とこは松内に対してブリブリ怒る気持ち だっ たこれからつや子と2人でどうして行こう かということよりも過去の松内の姿や生活 ばかりが思い出されてとこはぼんやりして しまうのだっ た秋には遺骨が帰ってきたとこは仙台へ 持って帰って立派な国別式も済ませた遺産 と言っては林町の家とピアノぐらいでパリ の松内の費用は一切義兄の手から出ていた ので ある松内の実家の話ではとこさんの年が まだ若いのだから良い円THがあれば遠慮 なく結婚してくれるようにつや子は もちろん仙台へ引き取ってあげるとまで 先々の心配をしてくれるのであった が友子は今のところは当分つ子と一緒にい たい気持ちだっ た春になって林町のアトリエも売りに出し ピアノも地人に譲ってしまいとこは東中野 に小さい社屋を見つけて入っ たねえ奥様帰って本郷よりもこちらが 賑やかでございますね朝つ子様と駅のそば へ散歩に参りますと女学生やお勤めにや 大学生なんかでいっぱいでございます の清は掃除も楽になりつや子を連れて散歩 に出られるのを喜んでい た友子は転居先を大野にも通知しておいた 新しい家は平屋で読ばかりの古めかしい 二間長屋だっ た家主は軍人だとかで小さい空き地を隔て て背中合わせだった 何か書き物をしているという大きい息子と その妹だという女子代の火星化に通って いる娘とつや子とすぐ仲良くなってしまっ た女学校3年生の末娘との静かな家庭で もう50を過ぎた家主の主婦は小さな 空き地を利用してコカや名のようなものを 楽しみに作ってい たねえ奥様家主さんところのあのお兄様っ て方がよく奥様のことをお尋ねになるんで ございます よそんなに会うの ええいつだってブラブラ散歩して いらっしゃいます ものどんなこと聞いてる のいつか遊びに伺いたいってへえそうかね 今度お会いしたらうちの奥様はとても変人 だと言っときなさいよ あら嫌です わ林町にいる頃はまだ帰ってくる人間が あると思うので女3人でもそんなに寂しく はなかったがこうして本当に自分1人に なってしまうと友子は長い行先の生活を 不安に思うのであっ たねえきよ今に私も働かなくちゃならなく なるけど一体何をしたらいいだろう ねお働きになりますって何か商売でも なすったらいかがでござい ましょう商売ってどんなのお菓子屋さんも 好きですわ化粧品屋はどう でしょう嫌だわそんなの何か目が回るよう にせわしいの よきはそんなにせわしい仕事は長続きし ないと主張するのであった 家を売った金はつや子の養育費にしておい てせめて自分だけは何かして働きたかっ た親の遺産とか高い教養とかとこはそんな ものに今はすっかり強めた形 でねえ自分は自分で働いて食べることが できればそれが一番強みだよそう思わない きもね4月になったらミシぐらい習い なさいよ私が働くようになったら出して あげるミシはようございますね野分にでも 教わりたいものです わある温かい番だっ た大野が久しぶりに尋ねてきてくれ た随分ごしましてなんだか気にくくなり ましたよ1年ぶりですね つや子さん大きくなりましたねいく つ6つよつや子はあまり長いこと大野に 合わなかったので照れてしまったのか台所 の清のところへ逃げていっ たとこには桃の花が生けてありしまい忘れ た形のひ人形が赤い台の上に少しばかり 飾って あるどの社屋にもあるような伝統の傘北側 の壁には松内の小さい写真が額に入って かかって いる新しく買ったらしい安物の茶ダンスの 上には林町で見覚えのあるラジオが置いて あっ た瀬戸の丸鉢にはコテが2本突っ込んで ある少しお痩せになりました ねそうですかしら自分では番鏡を見てて 分かりません けれど林町の家よりなんだかこっちの方が 落ち着いてます ねそうです かしらそうかもしれませんねあっちは松内 の生活だったしこっちは私の始めた生活 ですから ねいくもあるん ですよですのよお玄関とこの部屋とあとは 女中部屋にみたいな暗いお上犯夜は陰気 ですけれど昼間はそりゃよく日が当たるん です よ南向きですね僕もこっちへ引っ越して こようかなあらあなたのようなブルジョア はあのアパートが似合ってるわ私なぞ あなたが引っ越してこられたら逃げ出して しまう逃げ出してしまうという気持ちは 内心嘘ではなかっ たそうしたらその後僕がここへ 入ろうあらまそうしたらあの美しい奥様 びっくりなさいますわ あああの こと僕たちは結婚しないことにしましたよ ただの 友人どうしてまどうしてです の結局僕にライバルができたわけですライ バルっ てあの人になかなかいい人ができたんです よ仕方がないじゃありませんか まああの人は坂本組の重役の娘で大した 共用のある人です英国へ長らくいた人でね 本当言えば僕なんかには2が勝ち すぎるそして男の方ってどんな方 ですさあそれはよく知らないけどあの人の 口を借りて言えば完全なる紳士だそうです よいいじゃありません か案外お嬢さんですねこんなにいい方を 置い て僕ですか僕はいい方じゃありませんよ あの人はね学問においても宗教においても 生活そのものも僕を正当派じゃないって 言うんです面白いじゃありません か友子はなんだかよくわからなかったが 教養というものをおもちゃにしているよう なこんな階級の男女に反抗が湧い たそうしてあちらの方はご結婚なさいまし た の来月だそうですカトリックやるんだとか 言ってました よとこはそうですかと口の内で言っ た友善としている大野の気持ちが少しも 分かってこないでこの人は案外自分と同じ ように何もかもが面倒だと思っているの だろうと浅く考えるのだっ た 74月に入言って実に陽気な日だっ た友子はつ子を連れて駿台下にある 譲り受けというのを見に行っ た元は男物の洋服屋だったとかで陳列は そのまままだ使えそうだったし造作も そんなに手がかかりそうではなかった喫茶 点化粧品や果実や色々考えてみたが 結局婦人服の材料点を出すことに決めて今 の家主の持家というこの譲り受けを友子は 下見に来たのであっ たどは6ツばかりで絵花がひ間2階が二間 の手頃な家だったしかも明治大学の並びで 近所には女の学校も 多い下見からの帰りとはつ子の手を引いて お茶の水の駅へブラブラ歩いていった カフェの軒には桜の増が出て いる街角に立ってふみあげると大きな建築 中の建物が目の前にあり白く塗った板囲い には有名な銀行の名前が書いてあっ たちょうど昼食時だったが手を持ち上げる 貴重機の音が大きな音を立ててからなって いる2人がしばらく哲学恋の間から 立ち止まって気重機の動くのを見ていると 誰かとこの肩を叩くものがあっ た何気なく振り向くとゲートルを履いた井 が笑って立ってい た ま元気か ねお前さんの子供か いとこは泣きたいよう気持ちだったつ子は びっくりしたような顔をしてしっかりとこ の多元を握っ た1年になるかねあの時はとんだ迷惑を かけてしまっ て主人は元気かね えそりゃいい体の元気なのが何より だ俺もこの頃はずっとここに勤めてるもう おっつけ社員だよ とこは元気そうに太っている井を眺めて それでも良かったと言ったほっとする 気持ちだっ たお父さんによく似てるね井が固くなって いるつや子の頭を撫でていった働いている せいか前より若くなって耳たぶなどは少年 のように紅色をしてい たどっか飯でも食おう今度は僕が奢る よとこは初めてにっと笑っ たいつか銀座で逃げ隠れしたあの頃は自分 でもおかしいくらい井を恐れていたが今は 昔のカラス仲間に出会っても少しも怖い 気持ちにはなれなかっ たとこは固くなって寄り添っているつや子 にこのおじさんはいいおじさんなのよと 言った目つきをして見せて井の跡へついて いっ たレンガがいっぱい転がっているから足元 に気をつけ て井田はそう言いながらゆっくり歩いて くる友子たちを振り返って建築場の近くの カフェへ入った賑やかなジャズが鳴って いるつや子は初めてそんなところへ連れて 行かれたので首だけおしいをつけた変な女 たちを不思議そうに眺めてい たとこは子供に何でも見せておこうと思っ た自分もかつてはこんなところで働いてい たことがあるのだものそうしてつや子が 不思議がって見ているあの女たちのように 派手な汚れた着物を着て人を人とも思わ なかった生活があったのだ もの友子はつや子にオレを注文してあった 井田はビールを取って1本さっさと飲んで しまうとビフ的に飯を2人分注文したおい 姉ちゃんいいかい飯は山盛りだ ぜ井田はとこを眺めてあんたも年を取った と言っ たこの1年ばかりだ目が出たのはあれから ずっとひどい生活でまあゴミ箱を探して 歩かなかったのがめっけ物だったくらい だそうそんなだった の俺にも男の子が1人あったんだがさこは 自だらくな女で2つの時に子供をなくして しまうし散々 さそのうち拝借のものも返しに行かない じゃ悪いと思っていたんだが今やっと安心 して飯にありついたところだからとまだ そのでどうも面木ないが ねあれはあげたつもりでいるんでしょう から気にかけないでいい でしょうとこは井の率直な態度に行為が 持て たいつか銀座であったあの薄たさが なくなっているだけどんな仕事であろうと とこは働いている井を見ることは嬉しい ことだっ たビフ敵と山森の飯が2人分来ると友子は 飯を半分井の皿へ返してあり何の連想から か林町のアトリエで死ななくてよかったと ふと思うのだっ た全てが当たり前なの だ何でもかんでも月日というものがこんな に清々しくして くれるとこは硬いビフ敵を切っておいし そうに口へ持っていきながら井のたましい 食欲を眺めてい たこの人は下を鳴らして食べる癖があった が今はどうかしらととこが気をつけて見て いると井田は相変わらず大きな下の音をさ せてキャベツもニンジンもバレーシも もりもり食べて いる飯の後は歯を吸う癖があったそれも また昔とがない茶を飲むと口の中を ぐるぐると言わせる何もかも昔の通りだっ たそうしてその昔の井の癖が1つ1つ 温かく思い出されてきてとこはちょっとの 間だけれど憎しにあったような居心地の いいものを感じてい たまあそれでもよかったね働くところが あってね は自分の生活の変わり用については何も 言わなかっ たまだ前のところかと井に尋ねられたが それも嘘をついてそのままだと答え た井が大きな川財布から金を出して払うと 3人は日の明るいカフェの子がへ出 たじゃあまたご主人に よろしくあなたも元気で 体を大切にし て悲しくもないのにまぶが暑くなっ た井と別れてちょっと振り返ると井は建築 場の材木の上へ片足をかけて溶けた ゲートルをしっかり巻き直して いる井の頭の上には坂本組と書いてある 大きな天幕が春風に柔らかく膨れていた 友子はふと坂本組という文字から大野の かつての女の姿を思い出してい た昔一緒にいた男から飯を呼ばれたことが 友子はおかしくて仕方が ないそして素直に付き合って食事したこと も今では気持ちのいいことだっ たあのおじさん の植屋さんみたい ねつや子がふとそんなことを言っ たとこはなんとなく腹が立ってきてさっと 足を早め ながらつや子ちゃんバカ ねと言っ たあ
『林芙美子全集』(文泉堂出版)より朗読させていただきました。
【もくじ】
00:00 1.
10:36 2.
22:49 3.
37:36 4.
49:11 5.
01:00:35 6.
01:10:18 7.
林芙美子作品リスト
林 芙美子
(はやし ふみこ、1903年〈明治36年〉12月31日 – 1951年〈昭和26年〉6月28日)は、日本の小説家。本名フミコ。山口県生まれ。尾道市立高等女学校卒。複雑な生い立ち、様々な職業を経験した後、『放浪記』がベストセラーとなり、詩集『蒼馬を見たり』や、『風琴と魚の町』『清貧の書』などの自伝的作品で文名を高めた。その後、『牡蠣』などの客観小説に転じ、戦中は大陸や南方に従軍して短編を書き継いだ。戦後、新聞小説で成功を収め、短編『晩菊』や長編『浮雲』『めし』(絶筆)などを旺盛に発表。貧しい現実を描写しながらも、夢や明るさを失わない独特の作風で人気を得たが、心臓麻痺により急逝。
その生涯は、「文壇に登場したころは『貧乏を売り物にする素人小説家』、その次は『たった半年間のパリ滞在を売り物にする成り上がり小説家』、そして、日中戦争から太平洋戦争にかけては『軍国主義を太鼓と笛で囃し立てた政府お抱え小説家』など、いつも批判の的になってきました。しかし、戦後の六年間はちがいました。それは、戦さに打ちのめされた、わたしたち普通の日本人の悲しみを、ただひたすらに書きつづけた六年間でした」と言われるように波瀾万丈だった。
(ウィキペディアより)
ボイストレーナー・朗読家の あべよしみです。
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#朗読 #林芙美子 #短編小説 #文豪
4 Comments
女にとって飯はとても重要である。我膠原病となり離別されたのもやむなし。
🌈💝💖💓あべよしみさん❤飯🍚❤聞かせて❤頂きました。💓💖💝🌈💐🌈💐🌈💐🌈🥲
本当に素晴らしいです。
あべ様の朗読は大好きです❤
女三人で自立を目指して凄いです。応援したくなりました。
『めし』とは違う作品なのですね。知りませんでした恥
林芙美子ならではの世相、階級のリアルな視線と、普遍的な男女の愛のうつろい
あべ様の朗読でじっくり味わわせていただきました🙏感謝
(ちなみにイダはオオノの存在がなければトモコにストーキングし続けたでしょうね男の言うことなら聞く男あるある…💦)