「Chapter 5 我を忘れたい」展示風景。京都国立近代美術館を皮切りに、熊本市現代美術館にて開かれてきた本展。ここ東京オペラシティアートギャラリーが最後の開催地となる。
「着ること」の奥深さを見直しながら、着る人や創作する人の情熱や願望=「LOVE」について考える『LOVEファッション─私を着がえるとき』が、東京オペラシティアートギャラリーにて開かれている。18世紀から現代までのさまざまな衣服74点と装飾品15点を中心に、アート作品約40点にて構成されている展覧会の見どころとは?
毛皮などの動物素材から、花模様といった植物柄のファッションまで
「Chapter 1 自然にかえりたい」展示風景。ダチョウの羽やラム・ファー、フェイク・ファーなどのケープやコートが並んでいる。
人類が最初に身につけたとされる毛皮など、自然界からもたらされた衣服。古代ギリシャ・ローマの人々は生花の花輪や冠で身を飾り、18世紀ヨーロッパの貴族たちは刺繍や織りで描かれた草花模様で身を包んで華やかさを競っていた。そして環境破壊が進む現代においては、むしろ守るべき自然に対する憧れや敬愛、それに身に纏いたいという願望がより強く生まれ、愛や祝福といった思いを花などに託しながら、多種多様な装いを楽しんでいる。
Chapter1では、西洋の各時代における動物素材や植物柄のファッションで構成。美しい花柄が刺繍された18世紀のウエストコートをはじめ、20世紀前半に流行した鳥の羽根やはく製が飾り付けられた帽子、さらには毛皮不使用や環境保護を掲げるエコファーのコートなどに加えて、人間の毛髪を素材とした小谷元彦の作品を展示している。また「言葉にもし身体があるとすれば、ネオン管ではないか」と考え、「LOVE」という単語をネオン管で制作し、それが光る様子を描いた横山奈美の絵画もシンボリックな作品だ。
「きれいになりたい」という願望と「ありのままでいたい」という思い
「Chapter 2 きれいになりたい」展示風景より、コム・デ・ギャルソンの展示。デザイナー、川久保玲によって発表された1997年春夏コレクション。通常の肩や胸、背中や腰の位置とは異なる箇所で膨らむパッドが潜んでいて、ユニークなフォルムを見せている。
「きれいになりたい」という願いも衣服のかたちに表れるもの。かつてウエストをS字に締め上げるコルセットや歩けないほどスカートを広げるクリノリンなどは、美への渇望に伴って衣服の流行をつくり上げてきた。Chapter2ではそうした伝統を受け継ぐディオールやバレンシアガなど20世紀半ばのオートクチュール作品を展示。また、コルセットなど補正下着で自らの身体を整えるという、女性服の流行の歴史に一石を投じたコム・デ・ギャルソンのドレスなども公開され、衣服のかたちに現れた個性的で多様な美しさの創造力を見ることができる。
一方で「ありのままでいたい」との思いは、伝統的な美意識の延長上にある理想化された身体ではなく、いわばリアルな身体を大切にした衣服を生み出していく。Chapter3では、1990年代以降にプラダやヘルムート・ラングらが牽引したミニマルなデザインの衣服や、ミニマル・ファッションの究極系とも呼ばれる下着ファッションなどが並ぶ。それらが子育ての悩みなどを抱える女性の身の回りのものを描いた松川朋奈の絵画や、ありふれた日常を切り取ったヴォルフガング・ティルマンスの写真とシンクロナイズしている。—fadeinPager—
ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』から見る、「らしさ」からの解放
「Chapter 4 自由になりたい」展示風景。川久保は『オーランドー』の物語に流れる革新的で自由な精神への共感を衣服に託したという。
国や年齢、性差など、多様なアイデンティティによって形成される「私らしさ」。しかしそうしたお仕着せともいえる「らしさ」から自由になりたいという願いも、ときに衣服に託されるものだ。イギリスの小説家、ヴァージニア・ウルフは『オーランドー』(1928年)において、300年の間に性や身分を越える主人公の変身譚を、衣服を「着がえる」描写とともに表現。「人間の内面の男性女性は流動的なもので、男らしさ女らしさをつかさどるのは服装だけ、一皮剥けば皮と中身が正反対という場合も間々あるのだ」といった印象深いフレーズも残している。
Chapter4では、『オーランドー』に触発されたコム・デ・ギャルソンの2020年春夏コレクション、またコム・デ・ギャルソン オム・プリュス2020年春夏コレクション、さらに川久保玲が衣装デザインを担当したウィーン国立歌劇場でのオペラ『Orlando』(2019年)の「オーランドー」三部作を紹介。オペラ公演のダイジェスト記録映像を背景に、異なる時代に制作された文学と衣服に通底する、「自由や私らしさとは何か」というアイデンティティへの普遍的な問いかけを探っている。
袖を通した時に訪れる気持ちの高ぶり。人間が服を着ることの意味とは?
「Chapter 5 我を忘れたい」展示風景より、手前がロエベ(ジョナサン・アンダーソン ドレス 2022年秋冬)。奥がトモ・コイズミ(小泉智貴 ジャンプスーツ 2020年春)。
「あの服を着たらどんな気持ちになるのだろう」と高揚感すら覚えるのが、ハイライトともいえるChapter5の展示だ。ここでは唇に身体が乗っ取られたようなロエベのドレスをはじめ、クマと獅子舞をモチーフにしたヨシオクボのヘッドピースなどを展示。さらにトモ・コイズミによるロボットアニメに着想を得てつくられたフリフリのモビルスーツといった、衣服を纏うことで別人になれるようなときめきを与えてくれる作品が並んでいる。また世界の都市をヤドカリが「やど」を着がえながら旅するという、AKI INOMATAの《やどかりに「やど」をわたしてみる》も見どころのひとつといえる。
出品された衣服の大半は、世界有数のファッションのアーカイブを有する京都服飾文化研究財団(KCI)のコレクションとなる。本展は、それらの服を身につける「私」の存在や認識を広げるアート作品とともに紹介するという、これまでにない異色のファッション展だ。「ファッションにこれほどまでのLOVEが詰まっていたとは…」と驚きつつ、衣服が生きる喜びと結びつきながら、ときに我を失うほどに恍惚させる魔力を持っていることに気づかされる『LOVEファッション─私を着がえるとき』にて、「なぜ人間は服を着るのか?」という根源的な問いと向き合いたい。
『LOVEファッション─私を着がえるとき』
開催期間:開催中~2025年6月22日(日)
開催場所:東京オペラシティ アートギャラリー(ギャラリー1・2)
東京都新宿区西新宿3-20-2
開館時間:11時〜19時 ※入場は18時半まで
休館日:月、5/7 ※ただし4/28、5/5は開館
料金:一般 ¥1,600
www.operacity.jp
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