母子殺人事件 絶望 ・・記憶と記録
母子殺人事件 なぜ君は絶望と闘えたのか
1999年4月、山口県光市で23歳の主婦と生後11カ月の幼児が18歳少年・Fに 惨殺された。たった一人残された夫・本村洋は、少年法によって二重三重に守られた犯 人Fに果てしない闘いを挑んでいく。少年法を前に思考停止に陥ったマスコミや、相場 主義・前例主義によって形骸化した司法の世界など、本村の前には想像もできなかった 厚い壁が次々と立ちはだかった。絶望に打ちひしがれ辞表を出す本村に、上司は「労働 も納税もしない人間が社会に訴えてもそれはただの負け犬の遠吠えだ。君は社会人たり なさい」と説き、裁判で敗れた検事は「たとえ100回負けても101回目をやる」と 語りかけるなど、さまざまな人たちが、絶望の淵を彷徨う本村を支えていく。日本の司 法を大変革させることになる歴史的な光市母子殺害事件の陰で展開された知られざる人 間ドラマ。9年間にわたって事件を追いつづけたジャーナリスト門田隆将が差し戻し控 訴審判決の翌朝、広島拘置所で犯人Fから吐露された意外な言葉とは――。2010年 秋放送、WOWOW「ドラマWスペシャル」(江口洋介主演)の原作にもなった感動ノンフィ クション。
なぜ君は絶望と闘えたのか 1999年に山口県光市で起きた光市母子殺害事件を追って
新潮社から出ております 本村洋さんの3300日という副題がついております。
皆さん覚えていらっしゃいますでしょうか? 本年のことでございます。2008年4月20日広島高裁広島市。ーーーーーーわずか26枚の傍聴券を求めて3886人が列をなしたと言うことがございました。光市母子殺人事件 犯行時幼い少年と呼ばれた男。これはもう未だに法律上fとしか呼びようがありませんが、巨大弁護団に囲まれまして、またこの巨大弁護団と大阪の府知事になられた方がトラブルを起こしまして、また裁判で。非常にまだーーーー上るといいますか、煙が上がっているという事件があります。でまあ裁判所の方、広島高裁の方に目を移しますと九年に渡り戦い続けたこの青年から話を始めたいと思います。日本中が注目した光市母子殺害事件。さあ、その発端を思い出しましょう。そうすべてあの日から始まった。戦いでありました1999年4月14日山口県光市ーー新日鉄の起きたアパート全20棟の第七棟四階に住む本村洋さんです。この方がお仕事を終えられまして、それでおうちにかえられたという。実にささやかな暮らしの中の光景から事件が始まります。夜10時過ぎ、本村洋さん当然でありますけども、部屋をただ今とドアをけました。ところがドアを開けるんですが、室内に灯りがなく待っていらっしゃるはずの弥生さん。22歳と一人娘のゆうか。11ヶ月の姿がない。本村さんはこの時間、この10時過ぎに2人がいないということが不思議で、不思議で仕方がない。本村さんはそのときにおかしいなと思いつつ、まあ部屋に明かりを点けてでしょう。弥生さんの実家の北九州門司の実家、弥生さんのお母さん、由美子さんのところに電話を入れております。で、お母さんの方からもし外出するならば。まあゆうかと一緒なんで抱っこ紐?とバッグを使うはずだから哺乳瓶と書いてあるですから、その抱っこひもとバッグを調べてごらんなさいということで、本村さん、あ、そうかということで押し入れを開きます。で、押入れを開けた瞬間に、本村さんは青ざめます。以下、ちょっとテンポを上げるために。さん付けをやめまして、帰って本村というふうに呼ばせていただきます。申し訳ありません。本村教えの下の段を見て、病前利益座布団の隙間に靴下を履いたまんまの人間が足首が見えます。五六枚の座布団に隠れている本村版一切で座布団をはねのけて。その恐ろしい光景を目撃してしまいます。口にガムテープ来ていたカーディガンで腕を縛られ戦乱。目を薄く開けたまんま顔にうっ血が滲んでいるという妻の顔。もっともら絶叫しまして、すぐにお母さんに妻が頃されています。そしてこの後、十分から20分時間の感覚を本村は無くしております。そしてもう本能的に110番へということになってるんです。これが事件の発端であります。もう日常から我が家が殺人現場になったと言う。午後11時のNHKニュースでこの事件はすぐに流れております。北九州国内に住む本村さんのお父さんは茫然と聞くという。自分の息子のアパートが殺人現場としてNHKのニュースにおうちになってるという同じ日に、その画面をもと村さんがお勤めの新日鉄光製鉄所の日だか良一さん45歳も10時、45歳の方も見てたという。吉高さんはすぐにそうむ関係のものをたたき起こしまして、しっかり警察署に走らせております。結構平賀さんというのは、その本村という新任の部下がですね。どれほど妻子を愛していたかというのを知っている上司だったもんですから、その事件に巻き込まれた殺人事件に巻き込まれたと言うことをきいただけで、本村さんが相当取り乱してるはずだというこっから凄まじいです。ひとりの人間が殺人事件。巻き込まれることの恐ろしさでありますが、妻の死体を発見してから一時間後ぐらいに、本村さんはどこにいたかというと、光警察署の2回の取調室にいたんです。本村さんの平凡な人生はここから凄まじい絶望との戦いになります。このすぐまた明日ね。その上で。武田鉄矢けさの三枚おろし。おはようございます武田鉄矢です。おはようございます水谷加奈です。1999年4月14日起こりました光市母子殺害事件その事件に巻き込まれた元村弘さんの絶望との戦いを語っていきたいというふうに思います。事件が起きたその日の深夜は、警察にはそういうことなんでやりましょうね。それが仕事なんでやりましょう元。お母さんは妻殺しの犯人として、なんと数時間取調べを受けるという。でも、これが警察なんですね。本村さんを取り調べたのは山口県警捜査一家奥村拓郎経緯であります。この人が。まず犯人は本村さんではないかということを疑って質問するんです。この下はやっぱりすごいケーキなんですね。どんな風に考えたと思う?本村さんに向かってこの奥村っていう刑事がまず第一に疑問に思ったのは、なんで警察に電話したんだって?儲か泣きそうな顔してますけど、すみません。本村さん。あんた?なんで百飛ばした?そして本村さんは死んでいると思ったからです。ちょっと刑事っていう、こういうこというんですね。なぜわかった?なぜ死んでるって分かったんだ?お前女房のこと、愛してるって言ってんな。だったら110番じゃなくて119番だろう。刑事さんはこういう発想のかたなんですね。これはの本村さんの言葉だと思いますが、これでねもと村さん、ものすごく深く絶望するんですね。疑われてるということもたまらないんですが、この鬼刑事から言われた妻に触らずに。110番をしてしまったっていう。3月ってなん度抱きしめて?精子を確認しなかったのかというのが、もう本村さんの深い心の傷になってしまうの人間ってやっぱ傷つくんですな。そして次の日の15日早朝、この奥村という刑事から実は妻だけではなくて、11ヶ月の愛娘も殺されていたことを知らされるわけであります。で、この時に本村さんはほとんど失神状態で。取り調べして大きくなさっております。はい、その姿を見て、奥村という啓示さんが白だと踏んだと言う。まあ、でもその責めるのはやめましょう。こういうことなんですね。刑事さんっていうのはですね。殺人課の刑事というのは、取り調べにおいてここまで非常にならないと犯人を捕まえるって事は出来ないというねもと村さんはこの奥村という刑事にもっと怒りを感じてよかったです。しかし、絶望のあまりその日取り調べだ。掲示さえも憎む力がなかったという15日夕方ですよ。夕方に本村さんはやっと取調べを解かれております。翌4月16日、3月さんと由佳さんの言った田舎葬儀解除え、司法解剖のため2人の遺体は切り裂かれて。確認しますとねだったらされているという。これ弥生さんのお母さんがもうすぐ着く前ですねその。由里子さんという方なんですが、必死になって棺の中の百合子さんに死に下生を施したという、もうそれくらいあれで仕方なかったというねもと村さんはもう無念で留まらず、その夜は由佳さんの一帯を挟んで最期の川の字になって。ゆったというお友達さんは、悲しみよりも苦しみの中にいたと。しかし、彼氏この悲しみでもう本当にこうほっと死んでしまいそうな本村さんですが。このやっぱり新日鉄光製鉄の日高と言う上司のかたは偉かったんですね。そしたら30名の新日鉄の社員を率いてマスコミ規制とかを全部晴れて本村さんを守り通されるんですね。ええで日高という上司は知っていた。もともとが。妻弥生さん11ヶ月の娘の由佳さんは命であったとなんとかして作りたいと。ここでとても大事なことなんですが。本村さんというのは、実は少年青年時代を腎臓病で腎臓病のネフローゼ症候群と言う難度の高い病気に罹られて、何度もしにかかった少年時代を過ごされてる。元村弘さんの長い長い戦いまだ続きます。
