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すべて供花 ー高野ムツオ自選十句よりー 4K

[音楽] [音楽] [拍手] [音楽] 一のの今年の桜全てく一のの今年の桜全て 釘六 をこれは発想の最初のきっかけは東京です えっと4月の初め にやっと高速バスが通りになってそしてえ あるいはNHKの取材の時かなNHK俳句 の時はどっかで東京に行ったんですそのに 東京の私の仲間が被災したからかわいそう だから花見さしてあげようっていうことで 住川の花に連れてく住田の花行った時に あそこ の川沿いに両方に桜がいっぱい咲いてます よねそれを見た時になんだ か仏様にあげる 物販あれが並んでるよだと思ったけですで それで作ろうと最初に思ったけ色々やった んだけどあんたが その日有的な言い方がすごい気に入らなく てそのままなってしまった そして戻ってきて数日してから勝負だと いう海岸を車で走ったことがあったま被災 地をもう1回心配だから行ってみたんです よねその時に桜の木が倒れたままうん咲い ていたの倒れたまま咲いていた咲いてい あの津波のせでさえたいやあ悲しくて感激 しましたよ なその時に 初めてあこれ は桜がクとして死んだ人のためにさえて くれてんだなと思っ たそして道の区の今年のさってのはこの すごい単価的なフレーズでね単価的ですか ね単価的だと私は思うんですけども全てく てみ方もま看護看護の力をどちらかという と生かす俳句にしてはすごい柔らかな言い 方だし私の作り方ともちょっと一室だなと 思ったけどでもやっぱりこういう言い方 しかないんだなと思ったのでうん作った わけ ですじゃ東京の体験と東北の体験が 合わさってこの国になっていそうことです だからどこに咲いてる桜も本来はクとして 咲いてるんだだけど日本全国というより やっぱり道の国限定した方が大震災に遭う だろう実際に他に咲いてる桜もま他の廃人 とか知合めてけどやっぱ桜がねこの時に咲 て桜の色が 違いましたよですよね桜ってこんなに綺麗 に探んだよな人間はみんなおいおいて 悲しむだけだけど桜は必死になって無心に ただいつものように一生懸命花開いてんだ よ な違うんだよな桜の力はって思いました もんね うんやはり桜は先生にとっても特別な花 です か いえそんなこともた震災からは結構意識 する花になりましたおその前までは早から は作ったことあるだろうけどそんなに特別 な花という意味はないですねそうなんです か [音楽] [音楽] うん あの規模というのはまみなものだと思うん ですけどあの震災一方その基に対する考え 方っていうのは変わったんじゃないです かどうでしょうかねまあの考えたけも 変わったんですけど私は元々みだとは思っ てないのでそうですかあまみな金あるけど も大体俳句の場合の語というのは若の美識 とするものま言ってみればあ今まで美しい と言われなかったものに美しさを見出すて いうのが俳句の機だと思うんでうんだから そういう意味でも桜とかそういうのは 難しいんだと思いんですけども車にも強化 というし春の月っていうあの震災の春の月 っていう規模の本位っていうのをこう ガラっとこうひっくり返したんじゃないの かなっていうのを思っていてまやっぱり春 の月ってなんかおの月で綺麗なものじゃ ないですかそれをなんかものすごくこう 生産な光景を見してる存在として読んだっ ていうやはりこれはあの先生の力なのか なっていう風に思ったんですけどあであの 春の時も様々な読み方してくれますよね ああなるほどなって襲われる時が多いです よね冷たい目で見下ろしてる春の好きだて あれはね あ実際に被災地を目の前すぐですから川の 向こう側が目の前の川の向側がつみ来た とこですからそこに友人を訪ねていって そして戻ってきた時です戻ってくる間に車 があちこちにいっぱい倒れでひくりがい たり逆立ちになってたり重光景を見ながら やってきたわけだもうショックで帰って くるわけですね中で死んでた人いたんじゃ ないかと思いながらそして家に帰ってきて 同じように自分 の 部屋にいた時にもやっぱり匂いがいっぱい 出てくるわけですよそしてベランダに出て みる といやあ無の川の向こは大変だなあん中に なくなった人いたんだよなって思いなら行 た時にその車にも業がというフレイザーは まず生えたわけですよね画というま島で 行っていいかどうかわからなかったでも業 がまず生まれてそしてでもやっぱり 亡くなった人もいるんだらわしいという そこまでは生まれたん です種目をどうしよう か何を組み合わせようか本来は車にも業が というしてそこの内容だけで済ませたのが 1番いいなと思ったんだ けど浮かばなくて数日そのままにしていて またある日ベに出た時に春の月が出ていた 満月じゃなかったそまだ半分ぐらいかな うんそれを見た時にいやあ綺麗な月だなと 思って穏やかな光だ人間かこんなに悲惨な 思いで悲しんでる人がいっぱいい て大変な思いをしてるんだけどもしかし 自然界を照らしてくれる 遠い月の光がこんなに穏やかで綺麗なんだ よなと思った時に春の月が出たんです うんだから後になってそれが春の月が1回 も こう少し厳しい目で冷たい目 で見下ろす神のような光だという風に感謝 してくなるほどそんな感謝もあるなと思っ です私は単なる引かだ穏やかで平和で そして雨靴テラス春の月と下の人間界 の悲惨な中で悲しんでどうしてもどうし たらこの後言いのかっ て涙にくれている人たちがたくさんいる家 の中を想像してその大変なんだけどそれ だけなんです ねまでも素晴らしい季語の起き方ですよ ねだからこれもある意味では頭終わったん ですねああなるだから見ることが大事なん だと思なるほど

高野ムツオさんは1947年生まれ。金子兜太の「海程」を経て佐藤鬼房に師事。現在は、鬼房の志を継いで「小熊座」を主宰している。宮城県多賀城市在住。2011年には東日本大震災を体験。第五句集「萬の翅」で第六十五回読売文学賞、第六回小野市詩歌文学賞、第四十八回蛇笏賞を受賞した。

東京と東北、二つの場所で見た桜が題材となった作品です。桜を詠むのは難しいという作者ですが、震災という大きな出来事を正面から受けとめた一句からは、深い祈りの心が伝わってきます。この章では同時期に詠まれた「車にも仰臥という死夏の月」についても語られます。

1 Comment

  1. 大震災の俳句は被災者には、つらいところですが、やはり残しておかないといけませんね。🙏

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