2024.6.30 礼拝「教会とは④」使徒の働き12章1〜5節 池田恵賜 主任牧師 本郷台キリスト教会
しかし ついに いと高き所から 私たちに霊が注がれ 荒野が果樹園となり 果樹園が森とみなされるようになる 今日は6月の最終主日です もう一度この御言葉を 私たちは今朝も確信し 待ち望んで 主を讃美してまいりましょう おはようございます 2024年6月30日 本郷台キリスト教会主日礼拝です 今日も共に主を 心から礼拝してまいりましょう 今週が6月最後の日曜日です この月の守りを感謝して 什一を神様にお返ししていきましょう お知らせは以上です 続けて讃美をささげましょう キリストは神の御姿であられるのに 神としてのあり方を捨てられないとは考えず ご自分をむなしくしてしもべの姿を取り 人間と同じようになられました 人としての姿を以て顕れ 自らを低くして 死にまで それも十字架の死にまで従われました イエス様の十字架を見上げて 続けて讃美をささげてまいりましょう 私たちの罪の身代わりとなって 十字架の死にまで従われたイエス様 この方の前に今ひと時 静まってまいりましょう イエスキリストの十字架により 神の子供とされた私たちは イエスキリストに倣う者として 今朝も新しい力を主の前に 注がれたいと願います この方だけが救い主であると告白し 讃美してまいりましょう ハレルヤ 主よ 感謝致します あなたの臨在が私たちを導いて下さいます 主よ あなたが私たちに求めているのは あなたに委ねて生きる事です 私の事を私以上に心配し 私以上に愛して下さる主を信じて 歩む事ができますように そのような人生が どれほど素晴らしいものであるのか 主よ 私たちが体験する事が できますように 今日も御言葉を通し 私たち一人一人の心を照らして下さい あなたがどんなに素晴らしいお方か 知る事ができますように 期待してこの礼拝をおささげ致します イエスキリストの御名によって お祈り致します アーメン イエス様が教えて下さった祈り 主の祈りを神様の前に告白致しましょう 神様に感謝の献金の時を持ちたいと思います ひと言代表してお祈りを致します 愛する天のお父様 感謝致します 今 私たちはあなたに救われた喜びを 感謝の献金の形で表そうとしています あなたがまず私たちを愛し ご自身の命を投げ出して下さいました その愛に私たちは何を以て お応えする事ができるでしょうか 今与えられたものの中から一部を 神様に喜びと感謝を以て おささげ致します どうか ささげる一人一人の手を聖め ささげ物を豊かに祝福し あなたの御用の為にお用い下さい 一人一人の感謝に合わせて 私たちの救い主イエスキリストの御名によって お祈り致します アーメン 今から暫くの時間 皆さんと共に 祈りの時としたいと思います それぞれの持ち来たった祈り 神様への願いを祈っていきたいと思います 共に礼拝をささげる兄姉の祝福を覚えて ひと時とりなしの祈りの時とも致しましょう ハレルヤ 愛する主よ 感謝致します 今 私たちはそれぞれの言葉で あなたの御前に祈りをささげました 神様がその一つ一つを聴いて下さり 私たちの祈りに応えて下さる事 ありがとうございます 今 特に 悩み苦しみを抱えてる人がいるでしょうか お一人お一人に相応しく 主が出会って下さって 今日も御言葉を通して励ましを与え 力を与えて下さい お願い致します 道を求めてる者たちに道を開き 病の癒し心の癒しを求める人たちに あなたの癒しの御手を 差し伸べて下さいますようにお願い致します 今日も能登半島の地震で 被災された方々を覚えます 未だに不自由な生活をしてる方々が いらっしゃいます お一人お一人の上に あなたが臨んで下さい 何よりも親しい人を亡くし 心の虚しさ悲しみを覚えてるお一人お一人に 主の愛と憐れみの御手が 差し伸べられますようお願い致します 現地でボランティアをしてる方々の 健康も主が支えて下さい お願い致します 世界各地で 自然災害が頻発しております 被災された方々お一人お一人に あなたの憐れみの御手が 差し伸べられますようお願い致します ウクライナ ロシア間の戦争 イスラエル ハマス間の戦争 主が御手を差し伸べて下さって 一日も早く終息しますように これ以上犠牲者が増える事がないように 主よ あなたが臨んで下さい ミャンマー アフガニスタン スーダン 香港など 情勢の不安定な国々や地域があります その地域に住んでるお一人お一人を 覚えて下さって 命をお守り下さい お願い致します 北朝鮮に拉致されています横田めぐみ姉はじめ 拉致被害者お一人お一人を覚えて下さい 一日も早く帰国できるように あなたが道を開いて下さいますように お願い致します 世界には貧困や飢餓の為に 食べ物がなくて苦しんでる方々が 多くいらっしゃいます お一人お一人を覚えて下さい 今日生きる為に必要な糧が 主によって備えられますように お願い致します 私たちも祈りと共に 何ができるのか 主に聴いて行っていく事ができますように願い致します 今日も石巻オアシス教会の礼拝 牡鹿半島の宣教の上に あなたが臨んで下さい お願い致します 世界各地へ持たれている 主の御名による礼拝を祝福し 今日も救われる者たちが 多く起こされていきますように 神の国が前進していきますように お願い致します この礼拝を オンラインで受けておられる方々がいます どうか その場所に主がいて下さって 礼拝してるお一人お一人を 祝福して下さい そこから祝福が 救いが 拡がっていきますようにお願い致します 今 私たちは 御言葉に耳を傾けようとしています 御霊なる神よ 一人一人の心に触れて下さって 御言葉を正しく理解し 御言葉を実行する者へと変えて下さい 主よ お語り下さい しもべは聴きます 感謝してイエスキリストの御名によって お祈り致します アーメン 今日も御言葉に目を留めていきたい と思います 「教会とは」をテーマに 使徒の働きから見てきています 使徒の働きには初代教会誕生の様子から 教会が発展していく様子まで 詳細に描かれています 使徒の働きを読むと 教会にどのような人たちが集い どのような働きをして どのように拡がっていったのかがわかります しかし 初代教会の歩みは決して 順風満帆という訳ではありませんでした 初代教会は迫害を受け たくさんの困難苦しみも通ったのです イエスキリストの十字架による救い という偉大な計画を成し遂げて下さった神様が イエス様が天に戻られた後の事を ご計画していないはずがありません 神様は弟子たちの弱さもわかった上で 教会に対するご計画を 進めていたはずです ですから 初代教会の通った 苦しみや迫害の中にも きっと神様の深いご計画が あった事でしょう 私たちはそのような 初代教会の歩みを通して 神様が望んでおられる教会のあり方や 教会の使命といったものを 見出す事ができるのです さて 今日は教会と祈りという事に 焦点を当てて見ていきましょう 使徒の働き12章1節から5節 を読んでみましょう ここで教会は大きな困難に直面しました エルサレム教会のリーダーであった ヤコブが殺され ペテロも捕えられてしまったのです 教会は彼の為に熱心に祈った と書かれています 当然です ヤコブに続き ペテロも失ってしまったら 生まれたばかりの教会は 立ち行かなくなってしまいます 何よりもペテロの身を案じて 多くの人たちが集まって来て 熱心に祈りをささげていたに 違いありません しかし このような迫害が突然起こったのか と言うと そうではありません 教会はそれまでに 数々の困難を通ってきたのです すでに見てきたように使徒4章で ペテロとヨハネは美しの門で 足の不自由な男性を癒した事から ユダヤの最高法院に引き出され 尋問されています さらに 使徒5章ではペテロたちは 再び最高法院の場に立たせられます 尋問の後イエスの名によって語ってはならない と使徒たちは鞭打たれます その後 迫害はエスカレートし ステパノが捕えられ殺されてしまいます ステパノは新約で初めての 殉教者となります さらに ステパノの殉教に端を発し 迫害はエルサレム中に拡がり 多くの信者が エルサレムを追われる事になりました 先ほど読んだ使徒12章です ヤコブが殺され ペテロも捕えられてしまったのです このように 次から次へと迫害が起こり 次第に激しさを増していったのです しかし 弟子たちは迫害されても イエスキリストが完成させた 福音を語るのを止めませんでした 福音を語る事によって 迫害がひどくなっていく様子を見て 彼らのやり方は間違っている もっとうまくやる方法があるのではないか と考える人もいるかもしれません では 弟子たちは間違った選択を してしまったのでしょうか 迫害を避けて福音を語るトーンを 抑えた方が良かったのでしょうか 聖書を読むと 決してそうではない事がわかります いくつかの理由を あげる事ができます 第一の理由として福音が拡がった という事をあげる事ができます 確かに迫害はありましたが それ以上に福音は拡がっているのです 確認しておきましょう まず ペテロとヨハネが 一回目に最高法院で尋問を受けた後です 使徒の働き5章14節です 主を信じる者が益々増えて 大勢になったと記されています 次にペテロたちが 二度目に最高法院で尋問された後には このような様子が記されています 使徒6章7節です 福音は益々拡がり 弟子の数が非常に増え 大勢の祭司たちも救われたというのです 祭司たちはイエスの裁判で イエスを十字架につけろと主張した側の人たちです これは驚くべき事です ステパノが殉教し パウロがその事を通し救われた後の事として このように書かれています 使徒9章31節です 福音を語り続けた教会は益々拡がり 救われる者たちが多く起こされたのです 使徒12章で ヤコブが殺されるという迫害の後 使徒12章24節には このように書かれています このように迫害の中 福音はそれに影響される事なく 拡がっている様子がわかります ここからわかる事は 迫害は福音が拡がらない理由には ならないという事です 私たちは迫害がある事と 福音が拡がらない事とは別の問題である という事を認識する必要があります では 福音が拡がらないという場合 その原因はどこにあるのでしょうか それについては メッセージの最後に触れたいと思います 次に 迫害の中でも 大胆に福音を語り続けた弟子たちが 正しかったという事は 迫害を受けた弟子たちの 生き方からわかります 実際に弟子たちが 二回目に最高法院に引き出され 尋問され鞭打たれた後の様子が 使徒の働き5章40節から42節に記されています 弟子たちは 福音を伝えて迫害に遭う事を むしろ御名の為に 恥ずかしめられるに値する者とされた と考え 喜んだというのです なぜ 困難に遭いながらも 喜ぶ事ができたのでしょうか それはきっと弟子たちがイエス様から この言葉を聞いていたからだと思うのです ヨハネ16章33節を読みましょう 私たちクリスチャンは イエスキリストに従う者です この世に生きていますが 神の国の民とされ 神の御心に従って生きているのです 今のこの罪の世の支配者はサタンです ですから クリスチャンが この世で神の御心に生きようとしたり 人々を救いに導いて 神の国を拡げようとしたりするなら サタンは抵抗してくるのです つまり 神に従う道を選んで 困難に遭うというのは 神の御心に生きている証拠なのです だから 弟子たちは 迫害に対して腹を立てずに むしろ神の道を歩んでいる証拠として 受け留め喜ぶ事ができたのです 弟子たちが迫害の中でも 大胆に福音を語り続けた事が 正しかったと言える三つ目の理由は 迫害の中でも弟子たちは 聖霊に満たされたという事です 迫害を受けていた弟子たちは決して 無理をしていた訳ではありません 彼らは迫害を乗り越える力を 聖霊によって与えられていたんです 実際にペテロは 大祭司たちを前に尋問された時に 聖霊に満たされて対応する事ができた と書かれています 使徒の働き4章8節前半です 以前 イエス様が捕えられた時は 大祭司の家の庭にいた女召仕さえ恐れて イエスを知らないと言ったペテロが 大祭司を前にして実に堂々と イエスキリストを証ししたんです さらに ステパノも石打ちにあっている最中に 聖霊に満たされていた との記述があります 使徒の働き7章55節から56節です このように迫害の中で 弟子たちは聖霊に満たされたのです 神に従う決断をしたからこそ 彼らに聖霊が臨んでいた事は明らかです 私たちもどんな時にも 神の御心に従う決断をし 御霊に 聖霊に満たされる事を 求めましょう 先ほど 迫害は福音が拡がらない 理由にはならないとお話しました では 福音が拡がらない原因は どこにあるのでしょうか 私はその原因は私たちの外側ではなく 私たちの内側にあると思うのです その事を考える為に神様が なぜ迫害が起こるのを許されているのか その意味を考えてみましょう 迫害を受けた教会はどうしたのか そこに迫害を許される 神の意図があると思うのです 迫害を受けた教会は祈ったんです 使徒の働き4章23節24節前半を 読んでみましょう ペテロとヨハネが最初に最高法院に引かれて 釈放された時の事です ペテロたちから報告を聴いた時 そこにいた人たちは 心を一つにして神に向かって祈ったん です どのような祈りをささげたでしょうか 続く29節から31節に書かれています 私たちも福音を伝えようとして 逆境に遭う時は そのような中で神に 神の言葉を大胆に語らせて下さい イエスの御名によって 癒しとしるしと不思議を行わせて下さい と神に祈り求めましょう 私を通して この教会を通して イエスキリストの福音がこの国に 私の家族に 職場に 学校に 拡がるようにと祈りましょう ペテロはたくさんの失敗をし イエス様からも 教会からも 熱心なとりなしの祈りを受け やがて迫害の中でもしっかりと立つ事ができる 神の器となりました 彼は誰よりも試練の中で祈る事の 迫害の中で祈る事の 霊的な意味を知っている人物の一人です その彼が自分の書いたペテロの手紙の中で このように勧めています 第一ペテロ4章7節 12節から14節をお読み致します 祈る為に 心も 生活も 整える事が大切です 私たちの祈りの生活が しっかりしているなら 神の御心に従う生き方を選んでいるなら むしろ試練の時こそ 聖霊が共にいて下さる事がわかるというのです これはペテロの経験に基づく 言葉でしょう 教会は 魂が新しく生み出される場です 子供が生まれる時 両親や関係する周りの方々は 必死に母子の健康を祈るでしょう 同じように 霊の命が新しく生み出される為には 教会は日々熱心に祈る必要があるんです 私たち本郷台キリスト教会も 今から三ヶ月後 9月29日(日)から10月5日(土)まで 一週間 毎日24時間 リバイバル祈祷会を行おうと今計画しています 祈りとリバイバルをかけて 「いのりば」という名称になりました 10X10 の10年目 今年 神の霊がこの国に豊かに注がれるように 人々が救われ この国に 10倍の祝福が与えられるように 熱心に祈りたいと思います 一週間の連続した祈りの時 これはかつて初週祈祷会と呼ばれ 日本に初めに送られてきた プロテスタントの宣教師たちが 行っていた祈り会です 1871年のクリスマスから 1872年の新年にかけて 日本人の救いの為に宣教師たちが集まり 熱心に祈っていました まだ禁教下で クリスチャンになったら 捕えられ殺されるかもしれない という時代です しかし 日本の為に 熱心に祈っている姿は その宣教師たちから英語や西洋文化を 学んでいた青年たちの心に火をつけました 彼らはその祈り会に加わり そこで聖霊に触れられたのです 自分たちも日本の旧暦での新年に合わせて 初週祈祷会を持ちたいと願い 祈祷会を持ちました その時の祈祷会の様子を 宣教師がこのように母国に報告しています この祈りの結果 1872年3月10日に 日本最初のプロテスタント教会 日本キリスト公会が誕生したのです この教会は現在も 横浜海岸教会として活動しています さらに1883年の日本各地に拡がった リバイバルの起点となったのも この一週間の初週祈祷会でした バラ宣教師の悔い改めから始まって リバイバルの火が 日本全国に拡がり 三年間で日本のプロテスタント人口が 4367人から10755人と倍増したといいます 私たちも10X10 の10年目 初週祈祷会が行われたこの横浜から 約束の10倍の祝福を求めて 一週間の祈りの時を持ちましょう ぜひ皆さん 今から祈り備えて下さい 祈りの為に身を慎み 生活を整えて下さい 教会は いつどのような状況の中でも 福音の光を輝かせ 宣教する為に存在しているのです この光が日本に益々輝いていくように 共に祈ってまいりましょう お祈りを致します 愛する主よ 感謝致します 私たちは使徒の働きを通し 初代教会の動きを通し 神よ あなたが 教会に何を望んでおられるのか 教会はどのような所を通り どのように活動し どのように導かれていくのか そんな事を学ばされています 迫害困難はあります そうです この罪の世を支配しているのは サタンだからです 弟子たちは迫害を恐れずに イエス様が死と復活を以て完成された 福音を大胆に宣べ伝えました 迫害された時には 益々心を一つにし 熱心に神よ あなたのしもべに あなたの御言葉を大胆に語らせて下さい イエスキリストの御名によって 癒し しるし 不思議を行わせて下さい そのように祈り求めました 神様 今 この日本で 福音が拡がっていない現状を 様々な人たちが いろいろと分析しています でも主よ どれだけ福音の為に命をかけ 福音の為に真剣に 祈り求めてる人たちがいるでしょうか どのような状況の中にあっても 教会は世の光として 輝いている存在です その光を覆ってるものを 一つ一つ取り除き 福音を大胆に語る者へと 変えて下さい 私たちを この教会を 神の国の前進の為に 豊かに用いて下さいますように 主よ あなたに期待致します 感謝して イエスキリストの御名によって お祈り致します アーメン ご起立下さい 共に応答讃美をささげましょう 頌栄を以て主を讃美致します 主イエスを信じなさい そうすれば あなたも あなたの家族も救われます 主よ あなたの御言葉の約束が 今 御前に集いました お一人お一人のご家庭の上に この年成就致しますように 仰ぎ願わくば イエスキリストの恵み 父なる神の愛 聖霊の親しき交わりが 我ら一同の上に 限りなくあらん事を アーメン 語られた御言葉を握って ここから遣わされていきましょう 以上で礼拝を終わります 感謝します
◆本日は・・・◆
主日礼拝です。
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