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【沖縄全戦没者追悼式】沖縄慰霊の日 “紡ぐ平和がいつか世界のために”18歳の祈り

沖縄は今日79年前の沖縄線で旧日本軍の 組織的な戦闘が集結した日とされる異例の 日を迎えてい ますこの時間は沖縄県糸満市の平和記念 公園で行われている沖縄全没者追式を生 中継でお伝えし ますスタジオには日本テレビ覇局の元局長 で社会部のデスクに入ってもらいます願し ますよろしくお願いします式典は先ほど 午前11時50分から始まりました現在 赤嶺県議会議長が敷地を述べているところ です高さんまず79年前の沖縄線について 教えてくださいはいあの太平洋戦争ではね あの日本各地でもアメリカ軍の空襲や広島 長崎への原爆10日でま多くの命奪われ ましたよねはいま一方で沖縄はねあの多く の住民が巻き込まれるという形でが行われ たという特徴がありますはいあの旧日本軍 は日本本土へのアメリカ軍の上陸を少しで も送らせるためにですね住民も含めてま アメリカ軍への投稿を良しとせずに最後の 1人まで戦い抜く自給戦を展開しました さらに生き残った住民の集団自決もあり まして多くの犠牲者を出したんですね沖縄 線の犠牲者は20万人以上ですがこのうち 沖縄の住民は12万人あまりですこれは 当時のね県民の4人に1人が命を落とした ということになるんですよはいま1945 年3月の終わりからおよそ3ヶ月の戦いを 経まして6月23日が組織的な戦闘が 終わった日として沖縄慰霊の日となってい ます はい今この全戦没者追悼式が行われている 平和記念公園はどのような場所なん でしょうかはいえここはですね沖縄線最後 の戦となった糸満馬にありますあの沖縄線 の経過をね簡単にたどってみたいと思い ますはい4月の1日に沖縄本島にま上陸 中部に上陸したまアメリカ軍なんですけど も人口が比較的少ない北部の方はですね すぐに制圧しますただえ日本軍がですね 司令部を構えていたえ修理修理場まで およそ2ヶ月間え南の方はですね激しい 抵抗にさらされるんですねはいただま圧倒 的なこの日米の戦力の差がありますので5 月末にはえアメリカ軍は修理を撤退してえ 司令部が南え日本軍はですねえ修理をま 撤退してえ南部の方に撤退いたします南部 は軍人とま住民がこう逃げま住民が混在 一体となった戦場になりましてま最後この マの丘ですねえこちらなどま南部の海岸に 追い詰められるわけですねはいま激しい 砲弾で命をはい落とす方やですねま今映像 にありますこれえ崖まこの崖から飛び降り たという方もですね多くいらっしゃった そんな場所なんですねはいこの園内にあり ます平和の一時には沖縄線で亡くなった 戦没者らの名前が刻まれていますうんあの 実はこれですね毎年新たなお名前が追加さ れているんですねはいあ今年は新たに 181人の名前が加わりまして合わせて 24万2225人となります はいえ今年名前が追加された先発者はです ね沖縄県内え24人県外が157人でま 海外の出身の方というのはまいらっしゃら なかったということなんですねうんこれお 名前の中にはフルネームではなくてこう 続き柄でかあの刻まれている方も いらっしゃるんですよねはいそうなんです ねやはりあの当時のもう戸籍などが残って いないただあの亡くなった方からまはい 来られたね方生存者の方があのうちには え小さいえまだ小さい娘さんがいたよと いう情報が例えば寄せられたとしましたら え近所何がしさんの娘という形で刻まれる というまできるだけえまあの情報はお名前 までは分からなくてもえ少しでも1人でも 多くの生きた証をえこちらに残したいと いうまそういうことなんですねま新たに うん今年も沖縄線での亡くなったという ことがまあの記録がしっかり出てきた方と いうのが新たに刻まれるということになり ますはい時刻は間もなく正午になります この後正午から1分間の黙祷が捧げられ ます黙祷お 黙祷を終わります ご着席ください沖縄線で亡くなられた方々 への慰霊の黙祷が捧げられまし た続いて沖縄県遺族連合会ガブ政治会長に よる水藤の言葉です沖縄県遺族連合会会長 ガブ政治ど は 追悼の言葉 本日ここに沖縄県主催による令和6年沖縄 全戦没者追悼式が取り行っあたり戦没者 遺族を代表して通信で愛東の誠を捧げ所令 のご冥福を心からお祈り申し上げ ます今年はあの生産な沖縄線から79年今 わし地獄のような戦争体験者が 語る戦争は実に無い残酷 です罪のない子供や女性お年寄りと無差別 に戦闘に 巻き込み命を奪われた光景が昨日のように 脳裏に浮かび胸が張り裂ける思いがいたし ますそれでもボした所令はあの激しかった 沖縄線及び外地において祖国の安泰を願い 家族を暗示つつついに尊命を祖国のために 捧げたのであり ます今冷然に立ちア費を忍び所令に対する 水母の情はさらに深く新たなる通婚の念が 胸に迫ってくることを禁じ得ません 終戦から79年ウクライナやイスラエルの パレスチナ地軸での戦争世界各地において 紛争が続いており我が沖縄県においては 未だに戦争で生命を落とした方々の骨が集 され圧談が発見されたり沖縄の戦後は未だ 終わってのだと実感しており ます皆様方が最後まで暗示られた我が国は 土の中から国民が一体となって立ち上がり いたの困難を乗り越えて今日の平和と繁栄 を築き上げましたこの平和と繁栄は皆様の 尊いずの上に気づかれたものであることを 私たち日は決して忘れてはなりませ ん私たち戦没者遺族は英霊検証と平和運動 を推進するため県内各地全国から遺族の 代表が参集 し南部の激戦地を見たのご明服と世界高級 平和を祈願し一氏コメから守まで平和祈願 慰霊更新を実施しております 遺族の高齢化に伴い距離を約4kmに 見直し高齢となった遺族と戦争を知ら ない孫やひ孫世代が一緒になってこの更新 に参加しており ます仙台から受け継いできた戦没者維持も 平均年齢が83歳という恒例に なりこれからの遺族会組織維持も困難な 状況にあります 私たちは2度と戦没者遺族を出さないと いう強い信念を持ってこれからも活動を 続けてまいり ますわりに鑑み先発地者の皆様安らかにお 眠りくださいまして私たちの上に限りなく ご覚を賜りますよう記念申し上げて追悼の 言葉といたします令和6年6月23 日財団法人沖縄県遺族連合会会長我部 誠治ガブ政治会長による追悼の言葉でした 喧嘩に合わせて津丸自動合唱団 那覇少年少女合唱団及びハ少年少女合団皆 さにしい知からですまた喧嘩補助は沖縄 県立糸満高等学校の生徒の皆さん ですただいまから喧嘩を行います 沖縄県知事沖縄県議会議長沖縄県遺族連合 会 会長沖縄県平馬記念財団 [音楽] 会長ば夏 のり [音楽] はは燃える の 古 夏れと 白い花のかなし村のはれの 石がに手に通る日も今はい ない古 夏まのの祈の歌に夏の真昼は 青い空死界の 言葉今も新たな 古かと 今これは喧嘩が続いていますけれどもはい まあの今子供たちが歌っているこれはあの 月東の花というこれはもう沖縄の皆さん もう聞き馴染みのある歌あの学校とかでも えこの慰霊の日の 近くなると歌う歌えまこのゲットっていう のはあの白いまカレな花ですけれども沖縄 線でえま一家全滅でになってしまった 南のにありますその誰ものいなくなった おうに咲いていた統の花というものを歌っ てまあの戦争への通りとかチコ平和への 願いというのを込めた歌なんですね月の桃 の花と書いて月のですけどはいそういう ことですねこの時期に花を咲せるに咲く花 ですね沖縄県民にとっては馴染み深い花と いうことです ねさんはい沖縄では今日の日をどのように 迎えるんでしょうかはいあの今日はね たまたま日曜日と重なりましたけれども これ平日の場合でもですね沖縄では学校 役所などま公共の場所というのは休日の 扱いになりますはいあのそういうことで 家族でねここの平和の石地を訪れましてま 戦没者を伴う方というのもえ多いんです けれどもまここで亡くなった家族親族の 名前をですね見つけてま子供たちに沖縄線 をま語り継ぐ場にしておられる方も いらっしゃいます副長あの沖縄線ではです ねまあもう最後激しい地上戦の中で なくなった方の品あとまま当然な遺骨です ね遺骨や遺品が何1つま戻らないという ことはま普通にあったことですでまその誰 がどこで亡くなったかも分からないという 方もとても多いんですねはいでまですので この 石にね刻まれた名前の文字というのがま 沖縄線でえなくなった唯一の証だったりも するということなんですねこの名前をこの 憎のようにこう撫でながらま水をかけたり ですねしてまあのこれはま暑かったねって いう形で語りかける姿ま6月23日梅雨明 のこれ非常に無いえ79年前もそうだった んだと思いますはいえまそういう姿をね見 ますとまこの平和の石というのが遺族の方 にとって心の寄りにねなっているとのが わかりますねはいそしてあの小崎さんは鉄 の暴風という言葉は聞いたことございます かはい平和学習で習ったことがありますが あの沖縄線の状況を形した言葉だと承知し ていますうんそうですかねうんまさにそう なんですねあの鉄の防風という言葉あのま 空や米軍からの射撃重者などですねま 絶え間なく無差別に大量の砲弾がま沖縄に 打ち込まれたわけです大勢の方々が 逃げ惑う形になりましたまた追い詰められ た沖縄の方々もですねアメリカ軍の捕虜に なって恥ずかしめを受けるくらいなら国の ために自決せよという考えのもでま自ら命 を立ったりですねあとま避難していた5 あのがとも沖縄で言いますけれもはいはい 号をまあ日本兵から追い出される追い出さ れたりまやはり地上戦というのは壮絶な ものだったわけですねはい沖縄線の教訓と してですねそもそもま軍隊は住民を守ら ないという考え方も語られていますま先に お話ししましたようにね軍人と住民が混在 する中で混在する中での地上戦というま 極限状態の中でまあのあとは住民スパイと 見られて殺害されるという悲劇もま起きて いるんですねまそうしたまちょっとした 偶然が聖子を分けるこう沖縄線のま現場 ですからねこれあの亡くなった方は もちろんあのツイートしたいと思うんです がこれ生き残られた方々も大変な思いをさ れていますはいま憎であると か学の死を間近で見た経験からね心の傷を 抱えて戦生きてえ来られていますま私たち にね戦争体験取材で語ってくださる方も いらっしゃるんですけれどもま一方でもう 小屋孫にも一切語ることができないという 方もねたくさんいらっしゃるんですね 思い出したくない記憶になってるという ことですようんそうですねうん今日の式典 の平和宣言で知はどのようなことを訴える んでしょうかはい ては6度目の平和宣言ですねはいあの もちろん沖縄線の悲劇を2度と繰り返して はならないと高級平和への決意を示すこと にはなると思いますまそしてあの基地問題 ですねまとりわけ不天満基地の移設先にね えま埋立てが進む辺のこの問題これどう 触れるかというのをはいま注目したいです あのまそもそもこれなんでえ平和宣言に 基地問題触れるのかこういう場で基地問題 触れるのがどうなのかということ おっしゃる方もいらっしゃるんですけれど も沖縄線の結果まアメリカ軍の基地という のがま沖縄のですねえ沖縄にま多く残り 続けてまそれが今に続く基地問題の原点に なってんのがまさに沖縄戦なわけですねま ですからそういう基地問題の言及というの も注目をしたいと思ってますはいその えのこの問題も含めなんですが政府と沖縄 県は対立を抱えたままですそうですねあの 平のの埋立て工事を巡りましては政府とま 法廷逃走をねずっと続けてきた沖縄県去年 12月に大執行訴訟で配送してま辺のこの まこ1部ですけども工事が再開されると いうね出来事がありましたえそしてこの8 月からは本格的なねえ工事が始まるんです けどもそのエリアではこう軟弱な盤を およそ7万本の悔いで支えるというこれ 非常に難しい工事と言われてますこういう ものも計画されていましてま未だにコとか 後期一体いつこれが染はいするのかという のもね見通せない状況なわけですねうんま そしてもう1つあの今の私沖縄の空気感と いうものをお伝えしたいと思うんですが今 やっぱり沖縄が再び戦争に巻き込まれるの ではないかという不安感ですねこれが 高まっていると言って良いかと思います はいまそれはあの先日もね台湾を取り囲む ような形でま中国軍がこの演習を行いまし たけれども台湾有事ま地理的に近いです からに巻き込まれることうんのま懸念です ねアメリカ軍基地も沖縄に数多くあります えま政府も今沖縄で南西シフトと呼ばれる 自衛隊基地の強化を進めていますけれども はいまそうした中でちょっと政府がねあの 今進めていることがあるんですねええええ あの戦闘がこういう仮に戦闘が始まって しまう前に沖縄でもこの台湾に近い先島所 とこの石垣島とか宮古島ですねこういった 離島の住民観光客まおよそ12万人を6 日間でえ九州や山口県に避難させるという 計画がね明らかになったんですねこちら ご覧いただきたいんですねま例えば宮古島 市の方はねま鹿児島県ま福岡熊本宮崎ま こういう形でえ避難先というのが指名され ていますまこれは一例ですけれどもはい こうしたね避難計画の作成というのにはま あの友次の際に住民の生命を守るためにね もちろんこれはもううん必要なものなんだ という声もある一方でま沖縄ではですねま 沖縄を再びま戦場にするのかという思いを ねあの抱く県民というのもいらっしゃい ますあの自衛隊協会や住民避難についても まあの慎重なこれは玉木知事の姿勢ですね 政府とのま玉木知事と政府のこの温度感の 違いっていうのがま浮き彫りになっている 状況と言えると思いますはいはいところで 式典では例年子供たちが平和への メッセージを語っていますねうんそうです ねあのこれは毎年え県内のですね小学校中 学校ま小中学生高校生からま募集をしてる んですけれども今年は879点の作品の中 から選ばれたのがえっと沖縄県宮島市のえ 高校3年生中間裕介さん18歳の作品です はいえこれからと題したではですね沖縄で まま無数の命にも思いをせてま世界で戦争 が繰り返される今こそ戦後79年間 受け継いてきたま沖縄の平和への祈りと いうのをま自身が自分自身が受け継いで いこうというまそういう決意を歌い上げて いるま死ですねはいまそういっ た平和の死これ毎年子供たちのメッセージ というのがあの注目されですねま話題にも なりますのでまこれはこの後の朗読を注目 したいなと思っていますねこの後あの仲間 さんご本人がご自身で朗読されるという ことですよねそちらも後ほどご覧いただき たいと思いますはい今日も追式にはま晴れ ですし日曜日ということもありまして たくさんの方が訪れていますねうんまあの そうですねこちら あののの顔ま当然あの沖縄県知事沖縄県 議会議長沖縄選出の国会議員の方あのも いらっしゃるんですけれどもあのこの招待 されてる方々にはですねあの沖縄にいる アメリカのアメリカ軍の司令官えなど アメリカ軍関係者の方も招待されて参列し ていますまあの79年前はねあのま敵 同士ということでま激しい血を流しあった 関係にはなりますけれどもやはりこういう 追悼の式えというところであの今はま共に ですね戦没者の方にまツトを捧げるという あの指点になっているということですね はいですからアメリカ軍の方も同じような 気持ちで平和は祈ってくれてると思って いいですかまあの平和を祈るという平和の ために何をするまそこで え当然ねあの今台湾有事この中隊緊張する 中でま軍事力を整備していくっていう考え 方の方も当然まアメリカ軍とかはそういう ためにいるわけですからやってるとは思う んですがまそれがま果たしてえま沖縄県の の会会長 はいうないつまで沖縄が軍事担を追わなき いけないのかというやっぱ地元の皆さんの 感情もございますえそのあたりですねま あのもちろん同居はしてあのいるんです けれど もま平和を祈るという思いは一緒でもその プロセスがねやはり考え方違いもあります のでえそういったものが まやはり残された課題としてはねあるだと は思いますねはい まあの先ほどあの平和の石をねあの今朝の 様子をご覧いただいたと思うんですねあの まこれは実は30年前にあのま太田当時の 太田正秀え知事の時にですねま混流した ものでしてあのまこれも今申し上げたよう に敵味方なくえ日本人アメリカ人まあとは あの韓国朝鮮の方もですね えこの沖縄で命を落とされた方 いらっしゃいますのではいえま世界のそう いう海外の方も含めてえ24万人あまりの 名前をえ刻むあとはま沖縄 線とですねま沖縄線に至る中で あの例えばこう内容の方で亡くなられた方 ですねあの沖縄からこう避 アメ軍のをけてったあ沖縄に向う中だった 例えば山とですねあの激されましたけれど もえ日本からこう行った兵士の方々えなど まあの割と幅広にですね えこちらの沖縄線の直接的な先頭で 亡くなった方だけではなくてえ24万人 ありですねこちらにお名前がわかお名前 あとは先ほどはまお名前は分からなくても え娘さんがいらっしゃったということが 分かればあのしっかり乗せていくという 方針で今24万人あまりの方の名前が刻ま れているわけです ねこう皆さんができた証として残してある ということなんですねそうですねやはり この平和の位というのは あのやはりなかなかあの界をて見ても ない形の追悼のあの形だという風に聞いて いますねえ あの実際これは平和の石の近くに行くと あの検索の端末などありましてねあの自分 の名前がどこに刻まれているのかという あの自分のあの肉身ですね肉え知り合いえ 沖縄線で亡くなったと聞いているっていう 方の名前をこう打ち込んで検索するてあの い指示のどこに実際に刻まれているかと いうのを確認することなどもねあのできる 形になっていますねはい [音楽] うんそして毎年新たにきり続けていると いうことでうんまそれだけ80年近く経っ ても米国時間分かっていなかったこととか 分かってくることがある第軍沖縄地やまだ 沖縄平平先ほどこういう沖縄線だったって あの簡単に申し上げましたけどやっぱり 未だに分からないことていうのがあの たくさんあるんですねやっぱりあの今戦績 とかも沖縄県内各地にある戦績などもえ今 ちょっと風化が進んだりしてねそじゃあ 保存の企画とか立てましょうっていう時に じゃあそもそもこのえ地下号はどうやって できたんだやっぱり戦争でえま失われたと いうのもありけもやっぱり軍の密だったり するようなものてのはこう あのなんて言うんですかねあの消去されて いたりとかですねやっぱりなかなかそう いう記録をたどれないというところもあり ますねえ本当にあのあとはまどうどう個人 の方が亡くなったかをまたる中でですね今 あの例えば地下号の中でいいコ収集などを ねされてらっしゃるボランティアでされ てらっしゃる方がいますそういうところで 例えばその当然骨しかないんでこれが にわかに誰っていうのは分からないわけ ですけれどもそこに添えられていた万年室 の苗字からこの方ではないかとあの推定し て遺族の元に帰ったりとかですねそうする とその兵士の方はそのえイマのどこどこと いう号でえお亡くなりになったっていう ことが分かったりっていうこともあります し今そもそもその遺骨自体もですねえま これはあの厚生労働省にえま沖縄から望て ま一部事業は進んでますけれもDNA鑑定 をしてえま肉を特定ま要は沖縄で亡くなっ た可能性のある方のDNAと照らし合わせ て称号するというのも動いてい ます喧嘩に続きまして沖縄県知事による 平和宣言が行われます [拍手] [拍手] 平和 宣言沖縄県知事たまデニー ます 平和 宣言 あの今悲惨な戦争がかつてこの美しい島で 繰り広げられました鉄の暴風と言われる 帯びただしい数の砲弾による空襲や漢方 射撃により私たちの島は戦火に焼きつくれ 多くの尊い命が失われました 私たちはあの悲惨な体験から戦争の愚かさ 命の尊さ平和の大切さという教訓を学び ましたあの戦争から79年の月日が経った 今日私たちのウファフジ祖先は今の沖縄を そして世界をどのように見つめている でしょう か広大な米軍基地の存在米軍人等による 事件事故米軍基地から派生する環境問題 など過重な基地負担が今なおこの沖縄では 続いています加えていわゆる安保3文書に より自衛隊の急激な配備拡張が進められて おり悲惨な沖縄線の記憶と相まって私たち 沖縄県民は強い不安を抱いています今の 沖縄の現状は無念の思いを残して犠牲に なられたを慰めることになっているの でしょう かかつて沖縄の本土復帰にあたり日本政府 は沖縄を平和の島とし我が国とアジア大陸 東南アジアさらに広く太平洋県諸国との 経済的文化的交流の新たな部隊とすること こそこの地に尊い命を捧げられた多くの 方々の霊を慰める道であり沖縄の祖国を 祝う我々国民の誓でなければならないとの 声明を出しましたこの生命を思い起こし 沖縄県民が願う平和の島の実現のため在衛 軍基地の整理縮小不満飛行上の1日も早い 危険性の除去辺のこ新基地建設の断念など 基地問題の早期解決を図るべき です世界に目を向けると今なお争いを 与えることなく によるウクライナ進行イスラエル パレスチナ情勢など戦争という誤ちを 繰り返し続けてい ます東アジアでは米中対立や中国の軍事力 の強化台湾や朝鮮半島を巡る問題など自国 の軍事増強により抑止力の強化が返って 地域の緊張を高めている一方経済面での 緊密な結びつきが並存するななど安全保障 環境が複雑化しています世界の平和と安定 に向けて各国各地域に求められているのは それぞれの価値観の違いを認め合い多様性 を受け入れる法YE性と関与性に基づく 平和的外交対話などのプロセスを通した 問題解決 です私たち沖縄県民は万国診療の精神で 近隣諸国との交流により信頼関係を築いて きた歴史がありまたぬからイマル チムグクルなど多様な価値観の需要総互 扶助といった精神文化を継承しています 新たな権所平和の石沖縄平和省などは人類 普遍の価値である平和を願う沖縄の心の 現れであり世界の高級平和は沖縄県民の切 なる願いです は沖縄が国際平和創造拠点となり万国診療 の精神を持って沖縄の心を国内外に発信し 世界の平和構築や相互発展国際的課題の 解決に向け地域外交を展開していくことが 地域の緊張緩和と信頼情勢に貢献し世界の 高級平和につがっていくものと確信をして い ます国連ピースメッセンジャーであり自然 保護や人狼問題へ取り組む世界的な環境 活動家でもあるジェーングドールさんは 私たちの行動は毎日必ず何かしらの影響を 世界に与えていますどんな行動を取るかが 違いを生みどのような違いを生み出したい のかを決めなければなりませんと語ってい ます1人1人の思いや行動はたえ微力でも 確実に世の中を変えていく力があると勇気 を与えてくれる言葉 です今こそ私たち1人1人に求められる ものは不条理な現状を諦めるのではなく 微力でも声を上げ立ち上がる勇気そして 行動すること です先人から受け継いだ精神文化を持って 他者を尊敬し思いやり溢れる社会を 作り上げ核兵器の廃絶戦争の放棄高級平和 の確立に向けて共に ない努力を続けてまり ましょうわた 会チム福のるうちあ とびらわたや地内の国々とフレしるたシレ の仲間ちる ぬッター やにするぬ アビワッターやありましくりましぬちの アティたにチムあしぬるちだましぬフ さびわ島が死刑ぬ長湯風の橋渡し内ぐ魔宮 んいびら なmake沖縄anIRWeandour ancestorsareproudof WehaveaHistoryof TRUSTthathasbeen establishedThrough exchangeswithour neighboring countriesWebeheard thatCH PEACEWecarryonthe Spiritofaccepting diverse valuesWethepeople 沖縄 All本日慰霊の日にあたり犠牲になられ た全ての見たに心から愛刀の誠を捧げると ともに戦争につながる一切の行為を否定し 人間の尊厳を重くみる人間の安全保障を 含めたより事の平和を願い続けこの島が 世界の高級平和に貢献する国際平和創造 拠点となるよう全身前例で取り組んでいく ことをここに宣言します令和6年2024 年6月23日沖縄県知事玉デマにニフェ デビルありがとうござい ますはいあの今知これ沖縄の言葉と英語で え読んだところをちょっと説明したいと 思いますあの私たちの祖先に対して誇れる 沖縄でありたい私たちは近隣諸国との交流 により信頼関係を築いてきた歴史があり ます私たちは平和を大切にする心があり ます私たちは価値観の違いを認め合う精神 文化を継承しています沖縄県が世界の高級 平和の掛け橋となるよう共に目指してまり ましょうという注釈がついておりますはい 続いて宮子高校3年の中間裕介さんによる 平和の死の朗読です平和の読第34回児童 生徒平和メッセージ事業死部門において 879件の応募の中から最優就勝に選ばれ ました沖縄県立宮子高等学校3年生中間 優介さんによる 朗読 題名これからです [拍手] これ から沖縄県立宮子高等学校3年中間 裕介短い命を知ってか知らずかセミが懸命 に泣いている 冬を知らない叫びの中で僕はまた天を仰い だあの日から79年の月日が流れたという 今年18になった僕の祖父母も戦後生まれ だそれだけの時が流れたというのに あの日短い命を知るはずもなく少年少女 たちは誰かが始めた争いで大きな未来と共 に散っていっ た大切な人は突然誰かが始めた争い で夏の初めにいなくなっ た泣く我が子を殺すしかなかった 一家で死ぬしかなかっ た誰かが始めた争い で上陸の島は色をなくし た誰のための誰の戦争なの だろう会い たい帰り たい話したい 笑い たいそういくら繰り返そうと誰かが始めた 争いがその全てを 奪い去る心に落ちた暗い暗い闇はあの戦争 の副作用 だかかな光さえも届かぬような 絶望すらもないよう な怒りも嘆もなくしてしまいそうな深い 深い奥底で懸命に生きてくれた人々 が今日を作っ た今日を繋ぎ止め た両親の命も僕の命も友の命 も大切な君の命も 全て心に落ちたあの戦争の副作用は人々の 口を固く閉ざし たまるで戦争が悪いことだと言ってはいけ ないのだと口止めするよう に思い出したくもないほどのあの惨劇が そうさせ た僕は再び天を仰い だ抜けるような青空を飛行機が 横切る僕にとってあれは恐れおくものでは ない僕らは雨のように打ち付ける爆弾の怖 さも戦争の背地も知ら ないけれど力の平和を知っているあの日も 海は青く同じように太陽が照りつけてい たそういう普遍の中にただ平和がかける ことの怖さを僕たちは知って いる人 は誤ちを繰り返す から時は無常にも流れていく から今日まで人々は高級の平和を祈り続け た小さな島で起きたあまりに大きすぎる 悲しみ を手をつぐように受け継いでき たそれでも世界はまだ繰り返してる79年 の祈りでさえもまだ足りないというのなら それでも変わらないというの ならもっともっとこれからも僕らが祈りを つなぎ 続けよう限りない平和のために僕ら自身の ために紡ぐ平和 がいつか世界のためになるそう信じ て今年もこの6月23日を平和のために 生きて いるその素晴らしさを噛みしめながら [拍手] 宮古高校3年の中間優介さんが平和への 決意を伝えてくれまし た続いて岸田総理大臣の挨拶 です岸田総理がこの場で読み上げるのは3 年続けてとなります 来賓挨拶内閣総理大臣岸田文男殿 守を 守令和6年沖縄全先発者追悼式が取り行っ れるに あたり沖縄線において戦場に倒れられた 三玉戦火に哀れ亡くなられた御玉に慎んで 愛東の誠を捧げます さきの対戦において沖縄は生産な地上線の 場となりまし た人々の平穏な暮らし はにわかに戦乱の渦に巻き込ま れ罪もない民間人を 含め20万人もの尊い命が奪われ この地の誇る美しい海や 森豊かな文化は破壊されまし た不の処理 やご骨の収集は今もなお続いてい ます多くの子供たちの命が奪われた津島丸 事件のような絶えがたい出来事もありまし たえこうした沖縄線の悲惨な実装と平和の 唐突さを次世代に継承していくことは我々 に課せられた責務 です平和の石には今年も 181名のお名前が新たに国名されまし た平和の石地に刻まれたお1人お1人の 戦没者の 無念残されたご遺族の方々の悲しみや喪失 感を思う 時胸塞がる思いを禁じ得ませ ん私たちが授ている平和と繁栄は命を 落とされた方々のどい犠牲と沖縄の方々の 筆舌に尽くしがい苦難の歴史の上にある ことを改めて深く胸に刻みながら静かに 神戸を垂れたいと思い ます来年は沖縄線から80年を迎え ますこれまで県民の皆様の頼まぬ努力も あり沖縄経済は着実に成長し県民生活も 大いに向上しまし た美しい自然アジアの玄関口に位置する 地理的特性 国際職豊かな文化や伝統えこうした魅力や 有性を最大限に活かしつ強い沖縄経済の 実現に向けて国家戦略として沖縄進行を 総合的に進めてまいり ます他方で今もなお沖縄の皆様には米軍の による大きな負担を担っていただいてい ます政府としてこのことを重く受け止め 負担の軽減にま全力を尽くしてまいり ます来年春には今後の跡地利用のモデル ケースとなる西天住宅地区跡地に高度な 医療研究の拡や地域医療の向上につがる 健康医療拠点が誕生します引続き在日米軍 施設区域の整理統合縮小を進めるとともに えこうした目に見える成果を1つ1つ着実 に積み上げてまり ますえ戦後我が国は一貫して平和国家とし てその歩みを進めてきまし た戦争の参加を2度と繰り返さないという 強い決意のも世界の誰もが平和で心豊かに 暮らせる世の中を実現するえこの決意を 貫きえ厚生にまで伝えていくことを改めて 見たに誓いいたします 結びにこの地に眠る御玉の安なんこと そしてご族の方々のご平安を心からお祈り しし私の挨拶といたします令和6年6月 23日内閣総理大臣岸田美 [拍手] はい高さん玉知事の平和宣言そして高校生 の平和の市総理の挨拶と続きましたけれど も今年の式典はどうご覧になりましたか はいはいあのまず玉知事の平和宣言なん ですけれどもねはいえっとま政府と対立が 続く不天満問題では辺のこ新基地建設の 断念を求めるという言葉これは例年と 変わらずありましたただねもっと注目し たいのははいはいやっぱりあの先ほどお 話ししたようなその男性シフトですねこう いった動きに対してこういうこと言って ますはいえいわゆる安保3文書により自衛 隊の急激な配備拡張が進められており悲惨 な沖縄線の記憶と相まってえ私たち沖縄 県民は強い不安を抱いていますとままず 述べましたであの指摘したのがね自国の 軍事増強により抑止力の強化が変って地域 の緊張を高めているえ求められているのは 平和的外交対話などのプロセスを通した 問題解決という言葉がねありましてこれは やはり政府の進めるあの自衛隊の男性 シフトにね安に釘をさしているようにえ 感じますうんそして一方のあの岸田総理な んですけれどもねま当然沖縄に集中する アメリカ軍基地の問題に触れてえ負担の 軽減に全力で取り組むという言葉も使い ましたただまこの言葉もねそうなんです けどもま私あの去年の岸田挨拶のね言葉と 手元に置きながらまあの今年の挨拶聞いて たんですけれどもま今の言葉とかですねま 沖縄経済は着実に成長し県民生活も大いに 向上しましたとか国家戦略として沖縄総合 的に進めてまりますとまあなかなか言葉が ですね去年と同じ部分がかなり多くてです ねまこれを毎年総理の挨拶を毎年聞かれて いる沖縄の方々の気持ちというのは以下 ばかりなのかなと思いましたはいうんえ そしてねもう1つ負担軽減という言葉が ありましたがそれと浦原にま強化される その自衛隊などの防衛環境への指摘言及と いうのはありませんでした去年の挨拶には ね安全保証環境は戦後最も厳しいていう 言葉もいあったんですがそれはなかった ですつまり沖縄がこれからどういう方向で その防衛環境になっていくのかやっぱり こう不安に抱いていらっしゃる県民の方の ねお気持ちにこう真正面で答えるものだっ たのかというと私は疑問に感じましたはい うんわかりましたそして高校生の平和の死 の朗読がありましたけれどもはいまこうご 自身で書いた詩をですね着してどのように 伝えれば皆さんに伝わるのかいうのううん 内容でましてあの戦争体者がしていくどう 平和をりいでいけばいいのかっていうこと の1つの答えだったようにも感じました 18歳でこれだけ表現できるっていうのは 普段から戦争と平和について深く考え てらっしゃるんだろうなというのが伝わっ てきましたそうですねやはり79年の祈り でさえもまだ足りないというのならそれで も変わらないというのならもっともっと これからも僕らが祈りをつぎ続けような 平和のためにってやっぱり力強い メッセージでしたねはいあの実は中間さん ですがこの仕を書くにあたってまあのお話 を伺いまあの取材する機会がねありました え祖父母が戦後生まれの方ですうんえ未な 方から戦争体験聞くようなことはあまり なかったというんですねえで幼い頃ま沖縄 線という存在もずっと昔のことでどこか 人言のように感じられたというのもあった そうですしかしねここ数年でニュースとえ とかドキュメンタリーをま見てま ウクライナとかパスパレスチナ自区のガザ 地区とかま世界各地で続く戦争のね実装を 知るにつれてま怒りの感情が沸き起こって きたというんですねそして中間さんの目を 沖縄線にえ向けさせてということなんです はいえ死に込めた思いについては中間さん はい祈りをつぐとか願い続けるという本当 に美力かもしれないことがえ の平和につがる大きな一歩だと思うと話さ れていましたうんはいま中間さんのおじ さんおばあさんも戦後生まれということも あってこの戦争体験者が高齢化していく中 で来年は戦後80年という大きな節目を 迎えますねはいそうなんですね沖縄でも 沖縄戦経験された方というのはもう人口の 既に1割もう切って久しいですはいえ戦争 の記憶やこの経験のね継承というのは ますますま難しい課に 知らない代に記憶をねつという今こういう 取り組みが始まってるんですこの見て くさい沖縄線最後の戦地となっ た 大亀さん60 歳大虎さん74 歳63歳 大亀さん72歳没者の名前を刻む平和の [音楽] 石今年181人増え24万2225人に なりまし [音楽] た全員の読み上げに必要な時間は述べ 240時間 以上取り組みは今月1日から始まってい ました 幸子さん6歳小屋かどさん54 歳今月11日那覇市でも住民らが地域の 戦没者の名を読み上げまし た各地で行われた読み上げには今年およそ 5500人が 参加オンライン上でリレされ全世界へ発信 されています に亡くなったっていうのを知ってたんです けど1人1人のことをちゃんと理解して なんか自分も読めたらなと思って参加し ましたどういう思いでなくなったのかなと かこの方々が発信してる気持ちて平和に絵 の思いだよなとかあのそういうような思い をあの なんか湧き上がりまし た今年で3回目となる読み上げの中心 メンバーの町田 さん始めたきっかけはロシアによる ウクライナ進行でしたもう本当に見えない ところで沖縄線はもう本当に地獄を何度も 見たっていうぐらいのあの本当に戦争の 実装を表してるもんなと思ってるのでえ それを世界に発信することであのどうにか 戦争が止められたらいいなというこの沖縄 の思いをやっぱりもっと世界に発信し なきゃだめなんだっていうので 平和の石に刻まれた名前は軍人か民間人か を問わずまた国籍や敵味方の区別もあり ませ ん沖縄線で亡くなったアメリカ平の 読み上げにはアメリカからの参加もあり まし た発浜さん26歳 この日平和の石地の前に平和学習で参加し た沖縄の中学 生地元の戦没者の名前を読み上げました4 歳名前1人1人っていうのはやっぱ重い じゃないですか人人ま命ってやっぱ重い ものですしだからその数で出されるより その数字で出されるよりその1人1人を 出されることでそういう重みっていうのは 湧くのかなと は思ました読み上げるという行動を起こす ことがあのさらに子供たちの何かあのこれ から自分たちが平和に向けて行動する一歩 になればいいなという風に感じてます26 歳平和への祈りを込め没者の名前を呼ぶ声 が響く中沖縄は例の日を迎え ますしてあの どん方だったのかいうのがよりこう想像 できてみを実感しますねはいあの私も やっぱり亡くなった方20万年以上ってね 一言で言ってしまうんですがやっぱりその 数字の大きさを強調してしまうんですが やっぱり亡くなられたお1人お1人にそれ までの人生があって戦争でそれを立たれた という事実が思い事実がありますま名前を 読み上げをね聞くことでその重みをま 確かめる今年はま3年目の開催だったと いうことなんですが参加者もね増えている ということでまあの今後の広がりとはいに も注目したいと思いますはいまそしてあの 今日の式典でもね来年は戦後80年という 話多く聞かれましたねあの私たちのま寿命 にもね平均寿命にも近い時が流れています からま戦争というのはどこか遠いところに というものに感じてねしまいがちなんです がま世界はもうご存知ように今も戦争は 起きていますま沖縄戦の経験からですね 2度と戦争を繰り返さないために私たちが 何をすべきなのか何ができるのかま80年 というね節目に向けてま考える1年にし たいなと思いますね はいこの時間は平和記念公演で行われた 沖縄全戦没者追悼式の模様を社会部田 デスクと共にお伝えしました高さん ありがとうございましたありがとうござい ました

20万人以上の犠牲を出した沖縄戦が終結したとされる日から79年。しかし世界でいま、ウクライナ侵攻などで多くの命が失われている。地上戦を経験した沖縄から、どのような平和へのメッセージが発信されたのか。

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https://news.ntv.co.jp/category/society/69c62ff6f39b4b7fa512fd8e14191b9a

20万人以上の犠牲を出した沖縄戦が終結したとされる日から79年。

しかし世界でいま、ウクライナ侵攻などで多くの命が失われている。地上戦を経験した沖縄から、どのような平和へのメッセージが発信されたのか。「沖縄全戦没者追悼式」を元那覇支局長の解説を交えて伝える。

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(2024年6月23日放送)

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