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【松田聖子】デビュー前夜から絶頂期、破局&結婚の1980年代を振り返る|山口百恵に「役者」としては敵わなかった理由【野菊の墓】【プルメリアの伝説 天国のキッス】

[音楽] 1980年10月に山口桃が引退した時 それと入れ替わるようにオリコンで初めて 周囲を取ったのが松田聖子ですえ1970 年代を代表するアイドルが山口も燃えたと すれば80年代は間違いなくえ松田聖子の 時代でしたがこの2人は何から何まで対象 的です山口桃のデビューのはっ張りえ松田 聖のイメージはお嬢さえそして山口桃はえ 女優として高く評価されミルトモカとの コンビで出演した12本の主演映画のうち 年間工業成績がベスト10に入らなかった のはたった1本だけなんですけれども松田 誠子の方は6本ある主演映画の中でベスト 点入りしたのは2作目のプルメリアの伝説 だけその代わり歌では山口桃は織り込んで トップを取ったのは4局しかないんです けれども松田聖子の方は25局もあって そのうち24局は連続ですしかも途中結婚 出産で2年休んでいるので期間にすると8 年間ずっとトップを取り続けていたことに なりますそして山口桃21歳で引退して しまったのに対して松田聖子は今も歌い 続けていてえチケットが取りにくい状況が 今も続いてえいますえ今回はそんな松田 聖子と彼女の時代1980年代の話 [音楽] ですまず最初に松田聖登場前夜のま日本の アイドル事情にについて振り返っておき ましょうあの日本のアイドルが新時代に 突入したのは1971年にデビューした南 沙織からだというのがま芸能界の定説です ねあの南沙っていう人は決して歌が下手な 歌手ではありませんでしたけどもしかし 彼女はあのカメラマンの篠山基と結婚した ことからも分かる通りビジュアルでも十分 ビジネスになっていてでそのまでの歌詞と は収益構造が明らかに違っていましたし それまで洋学しか聞かなかった大学戦争を えファンにつけたという点でも画期的な アイドルでした南沙がデビューした 1971年は小柳瑠美子天マもデビューし て3人娘が揃ったえ年ですし同じ1971 年には野口ゴもデビューえそれから翌72 年にはゴ広美え最上秀樹森正子アグネス チン麻組それから73年にはえ桜田中子 山口もええキャンディーズえ浅田横が デビューしてまこの頃までに70年代の 主要アイドルがまほとんどが出揃います そしてえ南沙織ゴ広美山口もえ キャンディーズえ浅田美子とま約半数は 所属レコード会社がCBSソニーで日本の アイドルビジネスの育ての親と言われる プロデューサーの酒井正敏のえ担当でした このCBSソニーという会社は1967年 に日本のレコード会社が外国資本50% までオケーっていうことになった時に アメリカの山大ネットワークの1つCBS えコロンビアブロードキャスティング システムだっけなえCBSがえ日本の 関連会社の日本コロンビアとまあえ 合弁会社を作ろうとしたらこの話がうまく まとまらずでこのCBSがえ当時ソニーの 副社長だった森田明夫に相談したらこの 森田明がえじゃあうちとやりゃいいじゃ んってえ言ったのでえCBSがソニーと 組んで1968年に設立したもう進行の レコード会社ですそしてえ新時代の アイドルを次々にえ育ててえ抱えて救世地 を遂げましたその後1976年にピンク レディがブレークして1970年代後半は えそのピンクレディと沢田健二山口が チャートのトップを争う三国史時代に突入 します最初に山口桃オリコンで1位を取っ た曲が4局しかないと言いましたけども それはあの常に彼女の前にはピンク レイディと沢田賢二が立ちはかっていた からですねえそんな中1978年の1月 から歌番組のザベスト10が始まりますえ この番組はプロダクションの行政に おもねらずレコードの売上とかえそれから えリクエストテレビラジオ優先放送の放送 回数とかいったものをえ数値化してそして 上位10局の歌詞を出演させるという コンセプトでもうたえ歌詞に出演拒否され てしまったとしても順位を変更せずに正確 に発表するという画期的な番組でしたえ この番組が始まる5ヶ月前に キャンディーズが解散宣言をしていてでザ ベスト10の第1回放送の順位は1位が ピンクレディのUFOで2位が キャンディーズの罠でしたそして キャンディーズはベスト10の放送開始 から2ヶ月半後の1978年4月4日にえ 行われた後楽園でのコンサートを最後に 解散しています このキャンディーズの解散交差との3日後 1978年7月7日に福岡市で開催された シベソニーと集英者が共催のえミス1 コンテストの九州大会で桜田ジコの きまぐれビーナスを歌ってカのり子という 女の子が優勝しますえ本来なら東京の本 大会にも出場するはずでしたけれども国家 公務員で厳格な父親が芸能帰りに強く反対 していたおかげで彼女は本大会の出場を 辞退してしまますでこの大会のえ松田聖子 の歌声のテープを聞いてま惚れ込んだのが CBSソニーの若松宗夫という プロデューサーですこの本を書かれた人 ですねそしてこれがその時の若松宗が聞い たカセットテープなんだそうです若松宗は 1969年設立2年目のえCBSソニーに 中東入社してえ1976年に酒井正敏の下 に配属されるんですけどもこの酒正敏とえ 折り合いが悪くてこう2年後に会社にえ 1人でやらせてくれ1人で仕事やらせてく れって時間ババしたそうで1978年の1 月そんなこの若松ま優秀な人だったんです ねえ若松のために企画政策6部という新 部署が設立されますでま自分のために 新しい部署を任されて張り切っていたこの 若松宗雄はこのテープを聞いた後でですね え5月にえCBSソニーの福岡営業所に 飛んでそこにま松田聖子とお母さんを呼ん で松田聖子の生歌を聞いてもうその量に 圧倒されてもうそのでえ彼女娘さんを CBSソニーでデビューさせたいって お母さんに言ったそうなんですけど お母さんはいや父親がもうもう反対してい てっていうえ返事だったそうですで結局 この父親の首を盾に振らせるのにこの後7 ヶ月かかったそうですそして7ヶ月後この 若松宗夫は松田聖子を預かってもらう芸能 プロダクション探しに放送しますでこの本 によると後にまAKBの主要メンバーをえ 預かる小木プロとかそれから柏原義を 育てるゴールデンミュージック プロモーションとかそれから渡辺 プロダクション少なくとも3者はデビュー 前の松田聖子とを接触してそしてえ獲得を 見送った会社なんだそうです特にこの若松 宗夫が九州で松田聖子を通わせていた渡辺 プロダクション参加のえ東京音楽院九州湖 が東京のナプロ本社に松田聖子の声とえ 写真を送ったらその本社がガニ股では テレビ移りが良くないし舞台では致命的だ なと言って断られたって話はま有名ですね で若松無は1979年え6月かなえ松田 聖子を連れてサミュージックの社長の相澤 秀吉の元を尋ねてこの松田聖子預かって ほしいとま懇願しますこの時サ ミュージックでは松田聖子より2つ年下の 中山稽古がデビューを控えていましたで レコード会社同じCBSソニーで担当 プロデューサーは酒井正敏だったそうです この中山稽古っていう人はえ時代劇の迷惑 役の佐竹明夫の娘さんでえフジテレビの オールスター家族対抗歌合戦に集合と一緒 に出演してでえ注目されま怖かったんです ねでその後ま3ミュージック入りした逸材 で芸能事に詳しかったお父さんがえ自分の 娘をアザ秀吉に預ける時に会社の全力上げ て彼女バックアップしてで他のタレントは 2年間はデビューさせないでえ欲しいって 頼んだんだそうですねで相澤秀吉社長はま 2年間は無理としてもまあの同時デ ビューっていうのは同義に反するよなと 思ってませめてえ中山けはデビューして8 月後ぐらいの10月デビューならて思って でま漠然とそう思って松田誠子にじゃあ 来年つまり80年になりますかね80年の 3月君が高校卒業したら東京に出ておい でって言ったんだそうですけど松田生は それを聞いてもう合格って言われたと思っ てえさっさとあの九州の高校に大学届を 出してえ東京に出てきてしまいますであの 相手はですねそのもう行動力に半ばえ関心 半ば呆れながらしょうがないからこう自宅 の年にあったサミュージックの量に住まわ せて彼女を堀越学園に転校させ ますまここからが松田聖子の運の強い ところですねあの中山稽古のデビュー局と いうのは大子作南小説作曲のパパが私を 愛してるっていう曲でえこの歌はですね ユニリーバのえ新製品のシャンプーのえ ティモテのえキャンペーンソングとして テレビで大量に流れる予定だったんですが えこのティモテというシャンプーに含まれ ている成分の中に日本ではまだえ発売が 許されていないものが入ってることが 分かって急遽発売が中止になってしまいで この中山傾向のタイアップがえ中に浮いて しまったんで急遽3ミュージックは松田 聖子のえデビューを繰り上げますこれ ちなみにえ中山稽古はですねタイアップ なしで1980年の2月にデビューして 全く売れずにその後3ミュージックをやめ て問題に入りなしてそしてNHKの歌の お姉さんなどを経て今も歌い続けている そうです松田聖子はえデビューの前から 様々なオーディション受けていて1979 年12月から同じ3ミュージックの田川 洋介が日本テレビの月曜9時枠で主演した お大臣というドラマの田川洋介の恋人役と かえそれから日本放送のえヘボパンチ提供 のえ深夜放送ザパンチパンチパンチこれ あの僕の学生代からえあった伝統の番組 ですけどねこれのえパーソナリティとか あるいはNHK日曜夕方え6時からの レッツゴーヤングっていう若者向音楽番組 のえレギュラーのサンデーズのメンバーと かえにばれてますでそんなたくさんの オーディションの中にま姿勢度の洗顔 クリームエクボという商品のCMの オーディションがえありましたで松田生は これ1次審査も2次審査も通ったんです けどもえ3次審査っていうか最終審査に 進んだ時に顔にどうしてもエボができない ことが分かってえ落とされてしまいます 最初から気すぎよって話ですけどねそれは でえしかしマネージャーがですねえそこ なんとかっていう感じで姿勢堂に日産して えせめて歌だけでもえということでえその 歌のタイアップを取り付けますそこでこう 作詞の 三浦がですねえ歌詞に商品名をま盛り込み ました保の秘密あげたはもたへの青い風 ってえご記憶でしょすいません下手くその さでえ局名は裸の季節えでこの時姿勢堂が 流したえスポットの回数ってのは2週間で 2000回にえ登っていたそうですえ裸の 季節は1980年の4月1日にえ発売され て売上枚数281番前オリコンえ順位は 最高12位でしたけれどももうCMの歌声 があまりに良かったんだあれ歌ってるのは 誰だっていうことでみんな注目してま順位 以上のえま注目度なりましたそもそも顔 よりも先に声が売れて声で注目された アイドルなんてこう日本のアイドル市場 松田聖子だけなんじゃないですかねで松田 聖子の楽曲家族作曲したYMOのえ細の 春美は松田聖子の過小力についてこう言っ ていますどんな曲を書いても歌っちゃうん です1回歌うともう完成してるんですよ すごい温感が良くてだから天才かなと思わ せるところがあったんですえ1970年代 後半え浅田横吹雪潤大葉くみ子などもう ビジュアルは抜群にいいんだけどま歌は いまいというようなアイドルが人気だった 中にまあむちゃもちゃ声が伸びやかで歌が うまい松田聖子が出てきたらまこれは すごいインパクトだったんですねえ2局目 の青いサゴ賞は売り上げがえ60.2万枚 でえオリコン最高順位2位そして3局目の 風色は79.6mhz売って織り込んで初 周囲とえビジネスは着実に伸びてきまし たあの日本のアイドル海王っていうのは 1970年代の後半に差し掛かるとニュー ミュージックに押されてえ1度終わりかけ ちゃった感じになってたんですけどもそこ にこの松田聖子がですね自分で決めたこの フリフリ衣装とえそれからご曲でしょう この聖子ちゃんカットっていう髪型で70 年代正当派アイドルのテスをもう見事に 復活させましたもうこれ松田セコがこれ 全部自分で仕切ってたえそうですからま セルフプロデュース力も半端なかったん でしょうねただそんなえまブリブリな感じ のアイドルのえ松田聖子女性たちは女性 たちが冷ややかな目で見ていてブリッコと 呼んでま嫌ってましたね当初はデビューし た1980年の日本火曜大賞の受賞式でえ ま放送音楽新人省を受賞した松田聖子が 青いサゴ省歌った時にまあのカ気余って ですね越して歌えなくなっちゃったんです けども越してに涙が出てないんじゃない かっていうことで嘘泣きだってえ叩かれた 事件もありましたねえしかしえそんな松田 聖子に引きずられるように同じ1980年 には川井直子柏原義岩崎義見そして3年 b組金髪先生出身の三原純子がデビューし 男性アイドルでも同じ金髪先生で人気者に なった田原俊彦がデビューえアイドル会は 画境定します翌年はえ目ぼしいデビューは さえ近藤正子と年末の松本ゆだけだったん ですがその次の82年はもう超方策でえ花 の82年組と言われたえ堀三田博子小泉 京子石川秀美早ゆ中森明奈渋期待とえ一斉 にえデビューしここから1985年に まとめてデビューした南の洋子え中山美穂 えそれから斎藤幸本田美子オにゃんこ クラブまでえアイドルの黄金時代が続き ましたまそんなですね激戦の時代に松田 聖子がトップの座を維持し続けたのにはま いくつか理由があると思いますま1つは 彼女が活躍した1980年代はまそれまで 学生運動の影響でまクバシ保義貧乏万歳 みたいだった若者日本の若者文化がまあ有 のサーフアンドスノーとか田中屋そのなん となくクリスタルあたりを天気にして テニススキーサーフィンといった金の かかる遊びの方向にシフトしていってま リゾートが盛り上がり始めた時代なんです けどもそうした時代の空気感にこの松田 聖子の歌う素肌にキラキラサゴ礁とかです ねえ投さに白いパラソ涼しげなデッキ チェア風を切るリンギとかいったいかにも なリゾと感満載の歌詞がですねやけに フィットしていたことですねあのそして この松田聖子の明るい歌声え明るい キャラクターはえそうした歌詞にえ不思議 なリアリティを与えていましたさっき松田 誠子は山口桃よりもま演技力が正直言って ま稚拙だったっていう話をしましたけど ところがですねドリフトコトをしたりする と実は松田聖子って山口もよりも面白いし うまいんですよこれはもう彼女の天生の 明るさゆえなんじゃないかと思いますえ そして松田西がトップを維持できたもう1 つの理由がえ作詞作曲をえそのまで海王会 と一戦を隠していた松本孝志とかえ細野 春臣大竹遊民といったえニュー ミュージック会の大物に依頼したことです ねで彼らのおかげで松田聖子の楽曲って いうのはそれまでのアイドル海王とは 比べ物にならないぐらいハイレベルなもの になりましたマ誠子のレコードドってのは アイドル海王にしては珍しくデビューした 時からだと思うんですけどえ参加してる ミュージシャンの名前が全部ガキ別に 書かれていたんだそうですねまだからどん だけミュージシャンを大切にしてたかって いうことだと思いますえ前にも話したこと があると思いますけど僕は1970年代の 半ばキャンディーズのファンクラブに入っ ていてえま当時そのアイドルのファン クラブに入ってるなんていうことはですね もう全くリアルに恋人がいない持てない男 のえ証拠みたいなことだったで僕は 恥ずかしくて周りにそのこと言えないでい たんですがえしかし1980年代に松田 成子が登場するとえまその音楽性の高さ ゆえに大学生もアイドルが好きだと胸を 張っているようになってそして各大学に アイドル犬とかがえできるようになりまし ただから今はま推しが若い大学者でも高校 生でも押しがいるのは当たり前の世の中 ですけれども世の中をこういう風に変えた のは松田聖子の功績だと思い ますえ松田聖子が主演した映画は全部で6 本主演の連動が2本ありますえゲスト出演 のような形の映画とか単発の主演ドラマ あるいはタクシーの中でiwantgo ショッピンて言っただけのアルマゲド みたいな映画もあるんですけどここでは 主演した6本の映画とえ2本のレドについ てお話したいと思いますデビュー作は 1981年8月公開の乃木の墓ですこの 映画は原作は作家で家人の伊藤幸代が 1906年に発表した小説ですね夏目漱石 が絶賛したそうですけどえ舞台は明治時代 の千葉の農村で17歳の貧しい農家の娘の たみ子えこれ松田聖子ですけどもたみ子が 親戚の金持ちの農家にまお手伝いとして 住み込んでいてでその家の息子え彼女に とって従子に当たるえ正夫とえ恋に落ちて しまいますそして正夫はあの田子さんは のぎのような人だってあのち言ってるん ですねでこの2人が付き合ってることを 指したえま正夫の祖母がですね正夫全量性 のえ中学に送り出してそしてたみ子には もう2つのは家の格が違うんだからお前は うちの嫁に迎えることはできないと言って 軍事の家に嫁がせますそしてこの民子は 嫁いだ先で牛さんかなんかで体を壊し ちゃうのかなえ正夫からもらった手紙を 握りしめたながら死んでいってしまいます それから50年後ぐらいだったかな多子の 墓にお参りするとそのお墓の周りにはノギ がいっぱい先乱れていたという話ですね この身分違いの声は描いたという点では あの山口萌のデビュー作伊豆の踊り子と よく似た内容だと思いますで伊豆の踊り子 は映画に過去6回テレビドラムにも6回 なっているんですがこの野木の墓もえ映画 にまこの松番も入れたらから3回それから えテレビドラマに9回なっていてえ山口も 桃もテレビ朝日で野の墓のドラマに終演し ていますえ松田世子のデベ映画には伊豆の 踊り子も有力な候補として上がっていた そうなんですけれども映画化回数が少ない という理由でこのノギの旗がえ選ばれたと 聞いています政策配給は東映そして当時の 東映社長の岡田茂はこの企画会議でこのえ 野の破に豪を出した後でドスもピストルも 出ないが俺がOkする時代になったかと えたしたそうですの科の最初の映画科作品 は木下啓介え監督が1955年に取ったえ 野のごと君なきですでこの映画はえその年 のキネマ順法で際に選ばれた名作でVOD で見ることができます年おいた正を演じた のは竜中でま映画はこの流の階層シン つまりもう全体のほとんど9割にあたるん ですがその9割が画面の周りがですねま 古い写真館にあるような映像の周りがこう 楕円系の白い枠がえ切られているというま もう世にも珍しい映画でしたねでこの中学 に入学するために川べりのえ桟橋から和戦 で出発するえ真尾谷子がま見送る場面って いうのはキノス介がどうやって取ったのか 知りませんけども霧の中なんですよもう とてもスモークで済むような霧じゃなかっ たですよ量が本当の霧でしたでその霧の中 を船がずっと霧の中にこうえ消えていくっ ていうまあ素晴らしいあの絵でしたねあの 昨日介監督はこの前の1954年はですね 黒沢明の7人の侍を位に押しのけてえ24 の瞳と女の園で12をワツを取っていたえ 監督ですからま油が乗り切っていたえ ものすごい力があったんでしょう松田西子 の野木の墓を監督した澤井慎一郎はま東映 最後の背の監督とえ言える人でえ1961 年に東映に入社して長く牧野正のえ女監督 を務めていた人ですねで歳で監督に昇した え崎の桜なんですけれどもしかしこの松田 誠子のノイの墓の後にえ薬丸ひこのダブリ の悲劇とか原田の送信物語とかてはえ角川 映画でも屈の名作を取っている名監督です え澤監督のメゾン一国に主演した石黒健 さんが前にこの番組にご産くださった時に 澤監督からもう1回もう1回って言われて すごい鍛えられたって話をされてました けどおそらくこの映画でも松田聖子はさ 監督からもう1回もう1回って言われて 鍛えられたんだと思います 野の墓松田聖子の芝居が相当ぎこちないし 相手の正役を演じた桑原正という俳優も この映画のえために一般候補から選ばれた 土素っていうかま新人だったんで2人とも もうあの疑こちなかったんですけどさ感と かそのぎHOなさを逆転にとって逆にこの 明治時代の男女のぎこちないこうえ恋愛 っていうのをすごいうまく描いていて他の 松田聖子主映画と違ってもう松田聖子の 演技の稚さとに目をっていうことがない 映画でしたね木下啓介が気流の中に設定し たさっき言ったもの正のが中学に行く 旅立ちの場面別れの場面をこの沢監督は雨 の中に設定していてそしてその場面では 下働き役の危キリをすごいうまく使ってい て松田世に一言も喋らせずにこう目線と 辞儀だけでこう別れの切なさをうまく表現 していましただからこれ監督の演出力で あの演技力のなさをカバーできちゃうって いうこれも一番いい例だったと思います あの木下啓介も乃木のご君なの主演には土 新人の有のり子と田中慎二を起用していた のでえまその例に習ったのかもしれません そして木下啓介もそうしたようにえその 代わりと言ってあなんですけども物語の 金めとなる脇役はもうベテランを揃えてい て例えばこのさっき言ったえ正を中学に 送り出した祖母の役はえ加藤治子えそれ からえ民子の両親が白川和子と相川金也 これはさ慎郎がずっと脚本を書いて女監督 も勤めていたトラック野郎の主演者です からまその時のからの縁だったんじゃない かと思うんですがそれから真尾の両親はえ 村井邦男と赤横それからワンカットしか出 てこないおじさん役で丹波鉄道が出てたん ですけどえこれがまたですねもうこの人に は絶対逆らえないから読みに行かなきゃ いけないなって感じでめちゃめちゃ うまかったですねそして使用人の1人で 最初は松田誠子のこといじめてるんだけど 途中から道場して味方になる危機キリもう 出番が1番多かったんですけど後にだっ たら考えられないぐらい尋木な役でこれも 良かったですねだからあの主演の2人を ちょっと別にすれば脇役の充実ぶりとか セットの本物感とかそれから絵の重厚さと かですねこれ明らかに山口桃のえ伊豆の 踊り子よりも映画としての出来は上だった んじゃないかと思いますえ山口桃が伊豆の 踊り子の撮影に参加できたのはたった7 日間だけだったそうなんですけど松田成子 はこの野木の墓の撮影には22日え参加し たそうでしかもこの撮影期間中ですね5枚 目のシングルの夏への扉がむちゃもちゃ 流行っていたのでザベスト10にはこのえ 野の墓の撮影現場からたこの衣装で夏の扉 を歌っていたんですけどこれはもう違感 しかありませんでしたそしてこのの松田 聖子は明治時代のあのズをかぶっていてお でこを丸みにしてたんですけどももうこの 聖子ちゃんカットでに慣れていたあの松田 聖子ファンにとってですね松田聖子がお でこを出すってのはもう一大事件ででこの メディアそのことをかなりやゆしてえ報道 えしたりしていましたあのこの時のおでこ 騒動ってのは今の女子高生たちがもう めちゃめちゃ前髪命で前髪のこと気にして 1日何時間も前髪をいじってるいじるよう になった直接のきっかけだったんじゃない かとすらえ思っていますただそんなあのお でこ騒動のおかげでこの映画さっき言った ようにすごいちゃんとした映画なのに 正しく評価されていないような気がし ますえノイの墓の次に松田聖子が主演した のがが2年後のプルメリアの伝説と映画 ですえこの映画で松田聖子が演じたのは ハワイ生まれの女子大生でレストランを 経営する親のスでえホテル王の温存師の 山下慎二と見合いをしてで彼から惚れ られるんですけどもその結婚に気乗りがせ ず試験休みを利用して初めて生まれて 初めてえ日本にやってきますそして日本で えウィンドサーファーの中井一と知り合う んですがハワイから着いてきた山下シジが えま色々直会を出すわ中一には恋人らしき 行がいてという話ですねえそしてこれ ストーリーに関係なく松田セは芸者姿とか それから壺振りの女ト姿をえ見せるという まあの典型的な昔のアイドル映画でしたで これ脚本4人名前が出てるんですけどその 中の1人に若大将シリーズの田泰夫さんの 名前もあります確かにですねこの映画え 中生一の恋人だと思われたおには実はえこ 別に婚約者がいたとか金持ちの温存師のえ 山下慎二がま主役2人の声をの邪魔をする とかえあはクライマックスのえハワイでの ウィンドサーフィン大会のえ場面ではもう 松田誠子に振られたと思い込んだ中地が なんかいまいち元気がないとかですねえ そういった設定が若大将シリーズにかなり 似ていたと思いますただ若大将映画と同じ にしちゃいけないと他の脚本家が思ったの か監督が思ったのかわかんないですけども この映画アイドル映画にはあるまじき ええっていう終わり方をしているのでま ちょっと普通の感覚で見るとえついていけ ない映画かもしれませんそれでもこの映画 は武田哲也主演の刑事物語つリンゴの歌と の日本立てでえ公開されてその年のえ東方 系のえ法がではナンバーワンのえ工業成績 を上げました東方も意外だったのはこれ 観客の6割が女性だったことです松田聖子 は1982年1月発売のシングル赤い スイートピーでまゆみ作曲の歌を歌って このゆみも松田聖子のこと認めてるんだっ てえ感じでこう女性ファンから見直されて ですね考えてみればえ松田聖子の歌って いうのはほとんどがですね強い女性がま 引っ込み治安のえ彼氏にしっかりしなさい よっていうような感じのことを言ってる 歌詞だったんでま80年代のアグレッシブ な女性たちの気分にフィットしてたん でしょうねだからこのえ女性ファンは急速 に増えて女性ファンの数が男性ファンの数 を両がするようになりますしかし映画の 工業でえ松田聖子に立ちはかったのは同じ 1983年にプルメリアの伝説の2.5倍 近い週28億円を東映で叩き出したえ薬丸 博子の探偵物語と原田智の時をかける少女 でしたこの角川映画の2トップは火曜会に も進出して八島博子が歌う探偵物語は7月 にザベスト10でトップえそれから原田と の時をかける少女も同じ時期に最高3まで え順位を上げましたそしてさらにこの焼島 博子原田朋男のコンビはえ翌84年は メインテーマと愛情物語で法が全体の第2 位それから85年もダブの悲劇天国に1番 近い島で5位と公衆ベスト10に君臨しま 映画では無敵だった山口もに比べると松田 聖子はま映画の敵が強力すぎたんです ねこの後松田聖子は1984年に夏服の イブ1985年にカリブアのシンフォニー にえ出演しますがまこれは日本ともま どちらかというといまいなあの感じで DVDかもVODかもえされていませんが このカリブアのシンフォニーは映画の内容 とは関係のないところでみんなの記憶に 残る作品になりましたそのカブアの シンフォニーはえ1984年の11月に クランクインして撮影が中断されていた 1984年12月の紅白打戦に松田聖子は まNHKの演出だったんでしょう5広美と 手をついで出演してで2人でダンスを踊っ たりする場面もあったりしたんですけれど もその紅白戦から3週間と2日後のえ1月 23日に松田聖子がこのカリバアイの シンフォニーの撮影がいた東方の木撮影所 で記者会見を開いて豪との別れを発表して でその時に今度生まれ変わった時はきっと 一緒になろうねっって言いましたっていう この有名なセリフをえ口にしていますで さらにそれから20日後まあ3週間経た ないええ2月12日にですねこの映画の 共演者の神田正が松田聖子との交際宣言を してで7月9日に婚約発表そしてその直後 にこの映画が公開されましたが観客はま こうしたあの話題作りには載せられずえ7 週間を予定されていた公開はえ4週間に 短縮されてしまいましたちなみにこの彼場 のシンフォニーもラストはですねアドレに はあまえっていう終わり方をえしています 正誠子と神田はえ6月24日ひサジ協会で の結婚式は石原イの夫妻ホテルニュ大谷で の披露宴は渡哲也え夫妻ともうダブル ナコードで結婚しますまバーニング所属の 5みをえふった松誠子がゴとの別のわずか 5ヶ月後の結婚を石原軍団に守ってもらっ たっていう感じでしたかねそして松田聖子 はえ2年間の出産育児級を挟んで1987 年の4月2年ぶりのシングルストロベリー タイムでえ復帰しこれもオリコン主を獲得 してんですよその後もママドルとして人気 を維持したことはえ最初にお話した通り です映画では1990年に男女7人夏 物語りのえ脚本蒲田敏男監督え小野次郎の コンビのどっちもどっちで明さまと共演し ていますえこの映画はえテレビ ディレクターの明さまが浮気が原因で恋人 の沢口安子に振られで新規一点を測って マンションを引っ越すんだけどその 引っ越した先のマンションに松田聖子の 幽霊が住みついていてそそれが明様と沢口 安子の中をきますすっていうえ話ですね おそらく明様はさっきお話ししたドリフの コントなんかで見せていた松田聖子のえ コメディエンとしての才能をえ買ってえ キャスティングしてもらったんじゃないか と思いますえこの後松田聖子は1996年 にま全編ロサンゼルスでえ撮影した低予算 のアメリカ映画サロゲートマザに出演し ましたがえまこの映画ほとんど話題になら ずまその後出たアルマどもも2カット ぐらいだったんでまアメリカ新出計画も 頓挫しその翌年え1997年1月にえ神田 正と離婚してい ますえ一方こうテレビドラマの方なんです けどあの単発ドラマは別に松田が出演した レドラはえ1992年のTBSの大人の 選択とその翌年1993年の私ってブス だったのの2つだけですね今んところあの この日本はいずれも脚本があの今NHKの タイガードラマ光る君栄の脚本を書かれて いるそしてこの番組をご戦くださった大石 静さんででこの2本はどっちも相当面白い ですねえというのはこれ大さん明らかに この脚本をですねキャラクターも ストーリーも松田誠子に合わせて当てがき して この番ドラマに松田らしさがプンプンえ 匂ってるからですえこのえ92年の大人の 選択はえ松田聖子はあの漫画家志望の別所 哲也と大学時代から付き合ってるんです けど別所哲也は母親の林美子えとの2人 ぐらしでも母親から出来合いされていてま なかなか結婚に踏み切ることができません でそう知ってるうちにえテレビ局のえ報道 マの琢磨しとま出会ってプロポーズされて で乗り換えちゃうですね打算で琢磨と結婚 しちゃいますがえこの松田聖は元彼の別所 哲からそれから琢磨新は元の徳島義子に つきまとわれてしかもその家にはえ琢磨新 の妹の高橋富と弟の中神正美がえ 転がり込んできて新婚生活がもう思うよう に行かないっていう話ですこの松田聖子が その結婚直前の中だったま別所徹夜と別れ て琢磨新と打算で結婚するところがまあ なんとなくなんとなくですよゴと神田正の を連想させてでこの大人の選択という タイトルと愛待ってもう見てる僕らはここ まで松田誠子の私生活を連想させちゃって いいんだろうかってちょっとドキドキし ちゃうような内容でしたそしてそういう 内容の方が松田誠子は演じやすかったのか ですね前の5本の映画とはもう比べもなん ないぐらいあの演技が自然でしたねこの ドラマではうまくなってましたでこの1年 後の私ってブスだったのはもっとはっき 言ってもっとえぐいドラマでしたでこちら の松田聖子はやたらと人に噛みつくので ホジというあだ名のえついたま広告代理店 のコピーライター女性コピーライターです ま時代ですねこれはで地上の石橋レンジが 故郷の九州からま突然状況してきて松田 聖子のこのマンションに転がり込むます そしてこの松田聖子は務めてるこの大手の 広告代理店揉めてそしてまそれまで仕事で いつも大喧嘩をしていった時と三郎と2人 で組んで小さな広告会社を起こしてプルス の広告会社からま色々ボール買されながら も仕事を取っていくそしてえその間にま カメラマンのアシスタントをしている若い 西島秀とできちゃって寝ちゃって西島秀俊 のパトロンになるんだけどでも西島秀俊に は別に若い恋人がいてっていう話ですね あの西島秀俊は初めてのドラマでの大役で 僕は西島秀俊という役者はこのドラマで 知りました松田セクはこのドラマの3年前 の1989年にサンミュージックから独立 してファンティックという自分の会社をえ 設立していたのでこのドラマで松田誠子が 時東サブロと作る小さな広告大店は嫌でも このファンティックをえ連想させましたし 西島秀市の役は当時松田誠子と噂のあった ジェフくことジェフニコルスをもう嫌でも 思わせますしこの東京に出てきたえ元教師 のお父さんの石橋レンジも定年で東京に 移り住んできた松田聖子の国家公務員の 父親を思わせますまついでに言うとこの 松田聖子はドラマの中でお父さんの石橋 レンジと会話する時はバキバキ福弁でした えこの書きはですね作の大人の選択よりも さらにはまっていてこの松田聖子本人の バイタリティ都心力えまどこか必死で生き ているっていう感じがあのすごく出ていて 松田聖子も演技もさらに磨がかかって うまくなっていてもう完全に女優っていう え感じでしたねだからこの後期待されたん ですけどもえ残念ながらエレドラの主役 っての今のところえこれが最後になってい ますえで松田子のこの1本というと映画で はやはりデビュー作のの墓かそしてドラマ では今紹介した私ってブスだったのがお すめですえこの2つはVODで見ることが できます今松田セコのコンサートに行くと オペラグラスや双眼鏡で見ることがま禁止 されていてで結構うるさくチェックされる んだそうですねえそれから大きな会場での ライブってま普通まあの歌詞が遠くて見え ないからま横にでっかいスクリーンがあっ てでそこにあの歌詞の顔がアップで 映し出されるものなのに正誠子の コンサートに限ってはその映像もすごい ちっちゃいままなんだそうですよこれ 何しろ松田生は1999年にえ永遠の少女 というアルバムを出して以来永遠の少女の ままなわけですからま今の姿をアップで 見せたくないんでしょうねそうしたことを まあのやゆする人も中にはいるようです けれども観客が抱いてる夢を壊さないその 夢を壊さないって姿勢はウォルト ディズニーと全く一緒ですからねあの僕は 少なくともえその点で松田成功という アーティストを心から尊敬しています [音楽] チャンネル登録高評価コメントよろしくお 願いします [音楽]

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今回は女優としても活躍した80年代を代表するアイドル・松田聖子について解説します。

▽アイドル・山口百恵徹底解説はこちら
・https://youtu.be/DF_Z6-kXumo

▽山田五郎×馬場監督 沢田研二対談はこちら
・https://youtu.be/P9WZJfHJvo8

▽松任谷由実徹底解説はこちら
・https://youtu.be/173iqunbKn8

▽角川映画徹底解説はこちら
・https://youtu.be/WVkZygPpF3Y

▽グループサウンズ徹底解説はこちら
・https://youtu.be/ebjJJShKLhQ

▽アルマゲドン主演ブルース・ウィリスのアテンド苦労話はこちら
・https://youtu.be/han2IABKBRU

00:00:OP
01:23:松田聖子デビュー前の日本のアイドル事情
04:32:松田聖子|デビューまでの裏側
08:36:運の強い松田聖子|デビュー直前の裏側
10:53:松田聖子 衝撃のデビュー|歌声でファンを獲得
12:05:アイドル黄金時代|松田聖子が世の中を変えた!?
16:14:松田聖子 主演映画|デビュー作『野菊の墓』
23:55:松田聖子 主演映画『プルメリアの伝説 天国のキッス』
27:08:意外な形で記憶に残った『カリブ・愛のシンフォニー』
28:42:松田聖子 結婚後の活躍|女優と歌手業で人気を維持
30:23:松田聖子 主演ドラマ『おとなの選択』
32:22:松田聖子 主演ドラマ『わたしってブスだったの?』
34:22:松田聖子のこの一本|現在も活躍中!

▽紹介した作品はこちら
野菊の墓
プルメリアの伝説 天国のキッス
おとなの選択
わたしってブスだったの?
アルマゲドン

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出演:馬場康夫(株式会社ホイチョイ・プロダクションズ)
制作・著作:ソニーマーケティング株式会社
制作・編集(OCPX):株式会社クリーク・アンド・リバー社

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