文豪たちの忠臣蔵 字幕付き【半七捕物帳】「吉良の脇差し」岡本綺堂作 【作業・睡眠用BGM】 朗読七味春五郎 発行元丸竹書房
著者岡本 木戸阪取町第61話キの 脇差し 1極月の13日極月などという言葉は この頃流行らないがこの話は極月13日と 大時代に行った方がなんだか釣り合いが いいようであるその13日の午後4時頃に 赤坂の阪老人宅を訪問すると私よりも一足 先に立って蕎麦の出い餅が森そばの前を 担いでよくそれが老神宅の裏口へ入ったの で悪いところへ来たと私は少し躊躇した今 の私ならばそこらを一回りしていい加減の 時刻を見計らっていくのであるが年の若い ものはやはり遠慮である一旦は躊躇したも の切って甲子を開けるとおなじみのバーヤ が出てきてすぐに奥へ通されたあおいい ところへおいでなすたと老人は笑いながら 言ったまあそを食べてください何バーヤの 分は追い出しをさせますまご祝儀に1ぱ何 のご祝儀ですかすはきですよ大掃除などの ない時代であるから年の暮れのすすきは どこでも思い思いであったが阪老人は極月 13日と決めていると言った私なぞは昔者 ですから新暦になってもすは13日それが 江戸以来の習わでしてね江戸時代のすきは 13日と決まっていたんですかまそうでし たねたまには例外もありましたが大抵の うちでは13日にすきをすることになって いましたそれというのが江戸のすは12月 13日それに習って江戸の者はその日にす をする従って12日13日にはす用の笹を 売りに来る赤木師の芝居や公団でおなじみ の大田言語のさりがすなわちそれですその 他に公人様のエマを売りに来ましたそれは 台所のすを払って古いエを新しいエマにに 帰るのです笹と売どっちもせきらしい気分 を誘い出すものでしたが江戸以来すっかり 耐えてしまいましたどうも文明開花には 叶いません よそんなわけですから私のような旧人は やはり昔の霊を追って13日にはすきをし て家内中といったところでバヤと2人切り ですがめでたくを祝うことにしています いや年寄りの話はとかく長くなっていけ ませんさ伸びないうちに食べてくださいで はお祝い申します私はそのご馳走になった 夏は井戸冬はすきこのくらい心持ちのいい ことはないと路人はひどくゆいそうであっ た今日は雪もいのなんだか嫌にそえのする 日であったがは身に恐れないような顔をし てい たやはり昔の人は強いと私は思っ たそばを食ってしまって茶を飲んでそれ から例の昔話に移ったがかの大たか言語の さりから縁を引いてこれは原15年極月の 14日すなわち江戸のすの板に大石の一等 が本松坂町のキの屋敷へ入りのになった 老人お得意の芝居がかりで定めて中心ぐの お爵でも出ることと私は密かに覚悟して いると今日の話は少し案外の方角へそれた どなたもご承知の通り義姉の持ち物は泉岳 寺の放物になって残っていますその他にも 大石を始め他の人々の手紙や探索の類い 世間に色々伝わっているようですがどれも みんなふちをした方のものばかりで打たれ た方の片は見当たらないようです上杉家に は何か残っているかもしれませんが世間に 伝わっているという噂を聞きませんところ が江戸にただ一件こういう家がありました 今も相変わらず感情かどうか知りませんが 日本橋の伊勢町に川部白という医者があり まして先祖以来ここに6台とか7台とか 住んでいるという公明の家でしたがその何 代目ですか原時代のカという人は外科が 体操上手であったそうでかの赤の一等が打 入りの時にキ高の屋敷からはかで迎えが来 まして手負いの領事をしましたもちろん 主人の構図は首を取られたのですから事も 手当てもなでしょうがキラの息子やケイ たちの傷を縫ったのでしょうその時にどう いうわけかキラ構図が着用の小というのを もらって帰って代々持ち伝えていまし た小は2枚で1枚は白1枚は 発端それに血の跡が残っていると言います からおそらくキラが最後の時に身につけて いたものでしょう何分にもキの片では人気 がつかないのですがカの家ではキラの片と いうよりも先祖の片という意味で大切に 保存していたそうでこれは間なしの本物だ ということでした例えキラにしても原論 時代のそういうものが残っているのは 珍しいことですね全く珍しいという噂でし た私は縁がなくてそのカさんのこは見ませ んでしたが別のところでキラの湧出しと いうのを見たことがありました色々のもの が残っているものですねそれがまた面白い キラの脇差しが敵討ちに使われたんです からね物事は逆様になるもので敵を打たれ たキラの脇差しが今度は敵討ちのお役に 立つどうも不の因縁です ねしかしこの内はつお話もした青山の 仇打ち一見のような怪しげなものじゃあり ません私の手がそろそろ懐へ入るのを横目 に見ながら監視老人は行々にタバコを一服 吸っ たあなたのエマ長がもう出る頃だと思って いましたよ老人はバーヤを呼んでランプを つけさせた雪は降りださないが表を通る船 の声がシバの寒さを呼び出すような夕暮れ であるしかし今日はすきでお疲れじゃあり ませんかと私はまた躊躇した何あなたすぎ と言ったところでこんな猫の額のような うちですもの疲れるほどのことはありゃし ませんすきをしまって湯に入ってそばを 食ってもうよはありませんよま例の話でも 始めましょうは気よく話しだした相 変わらず私の話は前置きが長くてご退屈か もしれませんがいつもの癖だと思ってお 聞き流しを願い ます営6年12月初めの寒い日でした私は 四谷の知人を訪ねる途中神町山丁目へ回っ て例のけそう焼きの店で手土産を買って いるとそこへ河原の読売が来ました浅草 天王橋の関内というの ですこの関内は11月の28日ひの国上 根本村の百姓皇室の妹小というのが叔父の 立ちで兄の敵与え門を天王橋で仕留めた 一見です与え門は村の名市で年金を横領し たとかいう悶着からその支配打ちの百勝 17人が大所へ訴え出ましたがこれは百勝 型の負けくじになりましたその以来名主と 百勝との間の折り合いが悪く百勝型の組頭 の皇室が急病で死んだのはなが毒殺したの だというのですそこで妹のオは兄の敵討ち を思い立って女1人で江戸へ出てかの小池 の千葉修作のうへ下女暴行に住み込ん 方向の間に剣術の修行をしていましたその 叔父の名は忘れましたがこれは国本で医者 をしていたそうですその叔子が11月半ば に江戸へ出てきて敵の門が年めに江戸へ 来るということを教えたのでオは主人から 板間を取り門が天王橋を通るとろを 待ち受けて叔父の手で本を遂げまし たしかし相手の門が確かに皇室を毒殺した という証拠が薄いのでこの敵討ちの後始末 はなかなか面倒になりましたそれにしても 女がおいで兄の敵を打ったというのでその 東沢代表版カラバの読売にもなったのです 今日の豪と同じことでカラバは随分ました 今もその河の読売が面白そうに呼びながら スケその店の前を通りかかると1人の若い 男がかけてきてひったくるように1枚の河 番を買って往来の真ん中につったったまま で一心フランに呼んでいそれは年頃18区 の小池な男で襟のかかった反転を着てい ましたがこんなことが好きなのかよっぽど 面白いのか我を忘れたように一心に読んで いるのです私も商売からこんなことにも目 がつきますからこれには何か主材があり そうだと思いましたが別にどうするという わけにもいきません買い物のスケそ焼きを 小式に包んで店を出るとそこへ通りかかっ ていやあ親分と声をかけるものがありまし た見るとそれはこの近所に住んでいる屋の ですこの時代には普通に海馬屋とか笑屋と か言っていましたがその海馬屋の亭主の 直し年は40ぐらいの面白い男でしたご 承知の通り海馬屋というのはホボの武屋敷 へ出入りしてまを収めるのが商売です私は 前からこの男を知っているので2つ3つ 世間話なをして分かりましたそれから四谷 の方へ行こと思って町4丁目の辺りまで 行きかかると後から直が追ってきました直 には連れがあるそれは熱心にカール番を 読んでいた若い男でしたおは私を呼び止め て誠に愛すみませんがそこまでお顔を拝借 したいというのです私も連れの男に目を つけていたところですから2人に誘われて 近所のの2階へ連れ込まれましたこれが このお話の発端 です 2甲屋の直しの紹介によると浩町の平川 天人前に笹川という魚屋がある魚屋と言っ てもしらし屋を兼ねている相当の店で若い 男はその背の鶴吉というのである親父の命 は5年前に去って母のおが場を切り回して いる鶴吉は今年十であるが父のない後は若 主人として働いているおは女でこそあれ なかなかのしっかり者で亭主の損傷当時 よりも商売を手広くして料理版と若いもの を合わせて56人を使って いるこれだけならば誠に無事でめでたいの であるがここに1つの事件が起こった 笹川には鶴吉の姉にあたるお関という娘が あったお関は気量もよし遊一通りもできる ので番長の馬屋に屋敷を構えている500 国鳥の旗ふ作のめかけに消耗された作の 本妻はまもなく病死したのでめかけのお席 が自然に本西同様の位置を閉めて屋敷内で もはりが良くなった笹川の店が大きくなっ たのも娘のおかげであるという世間の噂も まざらの嘘ではなかったらしいこれもその ままで住んでいれば無事であったが今年の 10月6日の夜に主人の佐とめかけの席が 他人に殺害された下主人は中元の伝造で あった伝造は武春秩父の生まれで足かけ6 年この屋敷に方向していたがこの4月頃 から女中の奥と密通しているのお席が発見 した武下の習いこういうものを捨てておく わけにはいかないので主人と相談してこの 8月限りで奥間を宿へ下げた伝造も長野糸 となるべきであったが6年も勤め通した ものでもあり詳細格もあって何かの役にも 立つのでこれはそのままに残しておいた その天造が10月6日の夜に主人の寝室へ 忍び込んで手箱の金を盗み出そうとする ところを目を覚ました作にとめられたので 彼は枕本の脇差しを抜いて主人を切った 続いてお席を切っ たその物を聞いてケの誰かが駆けつけて くるらしいので彼は縁側の天を開けて庭口 から表へ逃げした伝造は主人とめかけを 切っただけで何の獲物もなかったのである それでは何のために駐在を犯したのか 分からなくなる彼は度胸を据えて隣屋敷の 高木道神の門を叩いた高木主人佐京の本家 で次男の佐が砕けの容姿となったのである 伝造は高家の要人にあって週の顛末を包ま ず訴え たこれが表向きになりましては500国の お屋敷が潰れましょう私に300両の金を くだされば黙って故郷へ帰ります主人を 殺した上にその本気を仕掛けていって 300両の金をゆろうとするのであるその 図太いのに世人も呆れ たしかしこの時代としてはこれもゆすりの 材料にある主人がケに殺された上にその家 に相続人がないとすれば下の屋敷は当然 滅亡であるこの一見を隠しておいてどこ からか急用紙を迎えてその上で主人の作は 死去したように披露をすればなんとか無事 に済まされないこともないそこへつけ込ん で伝造は本家から口止め金を巻き上げよう と企んだのであった自分が人殺しをして おいてその口止め金をゆするなどはあまり に害である肉も憎しと思いながら前に言う ような事情もあるので4人も迂闊にそれを 跳ねることができなかっ たこれは自分一存で返事のなることでない しばらく待っていろ伝造を人間に待たせて おいて4人はそれを主人に報告すると 道之助も驚いた ともかくも作とめかけはどうしたかその 精子を見届けてこいとケを庭口の木戸から 隣屋敷へ出してやると主人もめかけも絶命 したというのである道の心は風然として4 人に言い渡したその伝三というやつ主人を 殺した上に大金をゆるなどとは後道断で あるこの上は福田の家の存亡などを考えて いるには及ばぬ作用な府中富義の物は世の 見せしめに飯しとって町部業所へ引きとせ ケどは心得て伝三召とりに立ち向かうと その姿はもう見えなかった彼もなかなか 抜け目がない世人の返事を待つ間も絶屋敷 打ちの様子に気を配っていて形成不利と なったのを早くも悟ったらしく隙を伺って 早々に逃げ去ったのである高木の屋敷の 人々は自分たちの不注意を悔やんだがもう 遅かっ た高木と福田の両家からその次第を届け出 て片のごとくに剣士を受けたが福田の家は 予想の通りに取りつかれた福田の家には 子供がなく家内は4人の他にケ2人中元3 人下条2人であったが屋敷のの滅亡と共に 皆それぞれに離散し た正式の届け出があった以上町業所でも 罪人伝造の行方探索に着手したのは もちろんであるがそれは半地のかかり合い でなかったので今まで別に手をつけようと もしなかったしかし彼も大体の話は聞いて いたそれを今改めて直しと鶴吉の口から 詳しく説明されたので あるまあ おぶんそういうわけでございますと直しは 鶴吉を見返りながら言ったそれをこのつる さんとおかさんが大変に残念がっていんの ですことにおかさんはしっかり者ですから どうしてもこのままには済まされないと 言っています娘の敵ばかりじゃはないご 主人の敵だ福田の殿様には長年お世話に なっている今度お屋敷が潰れたについて御 用人もご週もみんな勝手にどこへか 立ち去ってしまって主人の敵を探そうと するものもないのはあんまり悔しい勝でも 町人でも敵討ちは天下ごめだお前がその 天造を探し出して殿様と姉ちゃんの敵討を 立にしろとつさんに言い聞かせたの ですの母にされて魚屋の若い息子は主人と 姉の敵討ちを思い立ったその以来鶴吉は浩 町八丁目の町道場へ通って現実の稽古をし ていると いう彼が河番を熱心に眺めていたのは自分 にも敵討ちの下心があるためであったこと を監は初めて悟っ たそこで親さんにお願いでございがとは 言い続けたおかさんもつるさんも一生懸命 に思い詰めているのですからまあ立ちをし てやると示して古文の週にでも言いつけて その伝のあかを探してやっていただくわけ には参りますまか内分お願い申しますと つきも畳みに手をついたいやわかりました と阪は頷いたなるほどおかさんの言う通り 一気半期の渡り中原なんぞは格別仮にも侍 と名のついている要人やケラたちが後かま ずに対戦してしまうというのはどうも 面白くねえよだだがお前さんが自分で 敵討ちをするというのもちっと考えもだ 鶴吉は福田の屋敷のケでない主人のめかけ の弟に過ぎないのであるから表だって主人 の敵と名乗りかけるのは無理であろう姉の 敵と言えば言われるが伝造のような在任は 高義の手に召しとらせて天下の大砲にふさ せるのが当然であって私の敵討ちをすべき ではないと阪は言い聞かせたぶのおさは ごもっとまでございますがあの天を自分の 手で仕留めなければ私の気がすみ 母の胸も晴れませんしよく本を遂げました 上は自分はどんなお仕置きになっても痛い ませんと鶴吉はあくまでも五情を張った 一途に思い詰めた若いものに対して半は 色々に理解を加えたが彼はどうしても聞か ないのであるしかし半はその強情を憎む こともできなかったそれほど思い詰めたら 仕方がねえまあ思い通りに敵うを押し なさいありがとうございますありがとう ございますとつきは涙を流して喜んだそこ でその伝造のあかを突き止めて私らの手で 抑えるならば死はねえがお前さんの手で 打つとなると仕事がちっと面倒だ伝造と いうやつは腕ができるのかえと反は聞いた 何大してできるやつでもそうですがと がって答えたそれが主人を一等でて続いて お関さんも切ってしまうというのは あんまり手際が良すぎるようにも思われ ますそれにはなんだか因縁がありそうで ねえつ さん母は異だと申していますがどんな異だ ねと阪はまた聞いた今こんなおいたします と人様は笑いになるかもしれませんがと 鶴吉は躊躇しながら言った伝造は主人の 枕本にある脇差しで切ったのですがその 脇差しがキラ高殿の差料であったという ことですその由来は存じませんが先祖代々 伝わっているのだそうです先祖伝来は ともかくも好んでそんなものを刺すという のはよっぽどの物好きだね 物好きと言えば物好きですキラの湧き出し というので代々の殿様は指したこともなく 土蔵の中にしまい込んであったのを千年 虫干しのせに今の殿様がご覧になってどこ が気に入ったのが自分の差し用にすると おっしゃいましたそんなものは乙女になっ たがよかろうと言ったものもありましたが 殿様はお聞きになりませんそれは刀が悪い のではなく差し手が悪いのだキラが悪い から打たれたのだ俺はキラのような悪い ことはしないキラのいいところにあってC の少々にでも昇進するのだなぞと おっしゃってとその巻き出しを自分の差し 量になさいましたそれから45年の間は 何事もなかったのですが図らずも今度の ようなことが出退しまして殿様も姉もその 湧き出しで殺されました あは普段からその脇差しのことを気にして いましてキラの脇差しなんぞは演技が悪い と言っていましたがやっぱり虫が知らせた のかもしれませ ん刀のたとということは昔からよく言い ますがキラの湧き出しなどもよくないの でしょうねと直はらしく言っ たのも村と同じことかなと阪は微笑んだ そこでその脇差しはどうなったね伝造が 持ち逃げかえいえ庭先に捨てありましたと 鶴吉は言ったお屋敷の後始末をする時に こんなものはいよいよ演技が悪いから追っ てしまうとかいうことでしたから私がお片 に頂戴いたしてまりました私はそれで伝造 を打ちたいと思いますがいかがでしょう それもよがろうキラの湧き出しで敵討ちを したら世の中も変わったものだと泉岳時に いる連中が驚くかもしれねえ冗談は冗談と して半は年の若い鶴吉に道上した同じ刀で 相手を仕留めばそれは本当の敵討ちである 刀屋に渡してせいぜい研がせておけと阪は 彼にに注意して別れ た 3神路町から四谷へ回って阪が神田の家へ 帰ったのは冬の日の暮れかかる頃であった ゆに行って夕飯を食ってしまうと全波が来 た季節になったせいか寒が答えますねごに 年のくというものは温かくねえものだとア は笑ったその石器に気の毒だが1つ働いて もらいてことがある急ぎというものでも ねえが急がねえでもねえませぜやってくれ なんですね敵うの助け出しと言ったような 筋だしいかがりですねと全波も笑ったこう いうことになると俺もきっとしばを出し たくなる本当ならばコ双にでも姿をやして 出るところだがまさかにそうもいかねまあ 聞いてくれ ケラの脇差しの一見を聞かされて全波は 頷いたなるほどこれはいよいよおしいだ そこでまずどこから手をつけますねこの 一見は屋のひ屋のかだ女性なく人通りの 探索はしているだろうがこっちはこっちで 新規に手を伸ばさなけりゃならねえ直しと 鶴吉の話によるとその伝というやつは秩父 の生まれたそうだが問なしで故郷へ帰るも できねと言って江戸にいるのも危ねえと いうのでどっかへわを履いたかもしれね 何しろみつも前のことだからその足跡を つつけるのがちっと面倒だ連とかりいの女 はどこにいるでしょうそれは奥という女で 年は十宿は堀江だそうだ堀江とはどこです ねの分は東勝だから江戸からは遠くねま徳 の近所だと思えばいいのだそこにウエスと いう村があるその村のうちに堀江や猫実 わかりましたほりえ猫さね江戸から手の 釣りや塩ひりに行く人はありますそうだ そうだつまり江戸川の末の方でかっっとは 海に向かっているところだ昔は堀江宣言と 言われて体操を繁盛した土地だそうだが今 は行徳や船橋に繁盛を取られてよっぽど ということだ両町だが百勝も住んでいる奥 はそのウという百勝の妹だそうだそこで俺 の鑑定じゃ奥間が8月に屋敷を出された時 いずれ伝造が訪ねていくという約束でも あって伝三は主人の金を盗んで逃げ出そう としたのだろうそうすると伝三は奥間の宿 に隠れていんのでしょうかさそこだと阪は 首をた望み通りに金を盗めば堀江まで訪ね ていったろうがこれも一番なしじゃどう だろうか第一奥間がすぐに国へ帰ったか それとも江戸のどっかに方向して伝造の 頼りを待っているかそれも分からね家まで 踏み出しても無駄でしょうか無駄かもしれ ねだが無駄と知りつつ無駄をするのも商売 の1つの道だ差しって休養もねえから年晴 にあてあたり踏み出してみるかなお前さん も行きなさるかい道連れのある方がおめえ も寂しくなくてよかろうよくなれば深川 から行徳まで船で行く方が便利だちっと 寒いが仕方がねえ朝は7つだよそうし ましょう約束を決めて全波は帰っ たそのよよの朝は江戸の町にも白い下を 一面に置いていた半と発は予定の通りに 行徳がいの船に乗り込んでまず行徳の町に 行きついたここらの川筋は良い釣り場所と されているので釣り道具など宿屋へ預けて おいて江戸からわざわざ釣りに行くものも 少なくないので宿屋でも心得ていて釣り船 や弁当の世話などをするその中でも伊勢屋 というのが知られているので監視もここへ 入ることにし た宿屋へ入ると一足先へ来てキフを脱いで いる男があったおおみ長の親不思議な ところでと男は見返て声をかけた彼は下屋 の同道に店を持っている演習や兵という 道具屋であるもっぱら茶道具を空って初 屋敷へも出入りしているだけに人柄も良く 行儀も良かった全く不思議なご対面だと話 も笑ったお前さんはこんなところへ何しに 行きなつったかりか何そんな道楽じゃあり ませんこれでも新人参りで56人の連れが ありましたので成田へ産経してきました それにしても途中から連れに分れて1人で ここへきなすったのがああそんなわけ でサは何か1人で笑っていた同じ2階では あるが裏と表と別々の座敷へ通されて半が まずくろいで茶を飲んでいると女性のない 兵はすぐに挨拶に来てお珍しくはありませ んがお茶菓子にと成りたげの感などを出し たそこでお前さんかたはと西兵は声を低め た何か御用でまあよのような遊びのような とハは曖昧に答えた心は体操を釣れると いうからじゃあやっぱり釣りですか私も 一度近所の人に 誘釣りの失敗話などをして兵は自分の座敷 へ帰ったその後ろ姿を見送って全波はさい たあいつ成田から帰るぞ1人でここへ回っ てきたのは何か掘り出しの当があるですぜ まそうだろうあいつも商売には抜け目が ねえから な助長に聞くと西兵はすぐにまたどこかへ 出ていったとのことであったが全波は少し 風を引いているといい海の風はこに寒いと いうので監はどこへも出ずに一泊し た明日は風もないで12月には珍しいほど のうらなひよりとなったここから一の堀江 までは丘でも船でも行かれるのであるが監 は丘を行くことにして朝飯の橋を置くと すぐに宿を出た出る時にまたもや西兵に あった彼も堀江へ行くというので3人は 一緒にブラブラ歩き出し た西兵は例の通りに除外なく話しながら 歩いていたがなんだか阪の道連れになるの を厭うような様子が見え 結局彼は途中に寄り道があると言って狭い 横道へ切れてしまったそれに頓着せずに 2人はまっすぐに進んで行くと一方の海は 遠い日型になっていて塩ひりにはおい向き であるらしく眺められたそこには白い鳥の 群れがたくさんに降りていた土の人に聞く とそれは白いカであると教えてくれ たなるほど白眼というが白い狩は珍しいと 全波は日型を眺めているうちににわかに 叫んだやばんごのせい演習屋のやつめいつ の間には先回りをしてはなところを うろついていますよ指さす法学にはかの サベがうろうろして砂の上で何か探し物で もしているらしかったまさかに貝を拾って いんのでもあるね今へ出て何をしてやがる かな監は気にも止めずに行き過ぎ た俺へ行きついてウフの家を訪ねてまず その近所で聞きあわせるとウフの妹は9月 の初めに江戸から一度帰ってきたが半月 ほどの後に再び出ていったウフはなぜか その行く先をはっきり言わないが今度は 江戸ではないらしく船橋の方へ方向に行っ たという噂もありあり八幡の方へ行ったと いう噂もある以前の武暴行と違って今度は 茶屋暴行に出たので兄がその行先を明かさ ないのだという噂もあるいずれにしても熊 が実家にとまっていないのは確かであると 近所の人たちは話し た江戸から誰か訪ねてきたものはなかった かと聞きたすと奥間がどこへか行ったの 10月の初めに江戸から2人連れの男が 訪ねてきた続いてその月の仲間頃に1人の 男が訪ねてきてウの家に一晩泊まって帰っ たというのである魚釣りや塩狩の他には 他国の人があまり交通をしない場所だけに 見慣れない人の姿はすぐに目について平方 へ訪ねてきた2度の旅人を近所の人たちは 皆知っていた その人相や風俗を競技すると初めの2人 連れは四谷のひ屋の古文らが伝造と奥間の 有香を探りに来たらしく後の1人は伝造 地震である らしかっともかくもウの家へ行ってみよう 監地は先に立って歩き出すと冬がの他の間 に小さい農家が見出された門口には大きい 彼の一村が刈り取られずに残ってい た 4鈴木の貝から覗くと家の構えは小さいが さのみに貧しい書体とも見えないで肩 ばかりの牡の中にはかなりに広い空地を 取っていた歯のない猫柳の下に井戸があっ て名望らしい245の女が何か洗い物をし ていた穴を求めてで半と全波が内へ入ると 女房は濡れ手を吹きながら出てきたえさは おじでしょうかと阪は丁寧に挨拶をした 私たちは江戸のもので成田様へご尊敬に 行った帰りでございますこれはほんのお 土産のお印し で全波に風呂敷を開けさせて取り出した感 2本は昨日のもらい物であった見知らぬ人 の土産物を迂闊に受け取っていいか悪いか とその判断に迷ったように女房は手を出し かねて2人の顔を眺めていたウザはお家 ですかとちは重ねて聞いたおりますよと 女房はやはり不安そうに答えたこの時裏の 畑からでも引き抜いてきたらしい土大根 23本を下げて28区の男がに姿を表した 房は駆け寄って何かさくと男も不安らしい 目を据えて半らをじっと伺っていたが やがて大根を井戸端に置いて角口に出てき たウは私ですがおさん方はお江戸から着 なすったのかね ええ今も神さんに言った通り成田様へごに 行った帰り道にちょいとお尋ね申しました 以前番長のにご報していたおさんに頼まれ ましておつというのは奥間の元ホバで福田 の屋敷が滅亡の後四谷の坊主の家へ方向買 をしたものであるその名はウも聞きしって いたと見えてにわかに打ち解けたように釈 したああそうでしたか万長のお屋敷にご 報告中は妹が色々ご厄介になりましたそう でまどうぞこちらへ正直らしいウは疑う 様子もなしにらをうへじ入れたいやあ構わ ないでください私たちは急ぎますからと阪 は入り口に腰をかけた早速ですが奥さんは どうしました立さんもそれを心配して 私たちに聞いてきてくれと頼まれましたか ご診察にありがとうございますとウフも 丁寧に頭を下げたそれではお前さんも大抵 のことはご承知でございましょうがホマの やめとんでもねえ心違いをいたしまして なんとも申し訳ございませんわけものだ から仕方がないようなものだがそれから 色々のことが出退したらしいね私も実に びっっくりしました9月の初めに奥間が 戻ってきまして初めは隠していましたが どうも様子がおかしいの でだんだん先議いたしますと実は高校言 わけで追いになったと白いたしました相手 はどんな人か知らないがお中原なんぞと かかりあったところで行末の見込みはない と女房からも私からもよくよく意見を いたしましたらとも目が覚めた様子でその 男のことは思い切ると申していました しかし田舎に帰っていてもしようがない からもう一度ええ方向に出してくれと言い ますので私たちはなんだか不安心に思い ましたが当人が仕切りに頼みますので とうとまた出してやることになりました奥 は全く思い切ったようで毎日その伝造と いう男が訪ねてきても私の行先を教えて くくれるなと頼んで出ました今度は江戸屋 出てどこへ方向していんのだね下屋の演習 屋という道具屋さんで演習屋と阪は前と顔 を見合わせたそこらをうろついている道具 や兵の店に奥間がフクをしていようとはま に不思議な巡り合わせであったそれから小 1月も立ちまして10月の10日と覚えて いますとウは話し続けた江戸から御用聞き の方が2人ずれでおいでになりまして奥は どうした伝造は来ているかというご戦技で だだのお話を伺いて実に驚きました伝と いう男はまあなんというやつか妹にも早く 思い切れせてよかったとその時つくつく 思いましたところはお前さんそれから56 日の後にその伝造が訪ねてきましたので 私たちはぎょっととしましたそこでどうし たね電はもう近所で探ってきたと見えまし て奥のいないことを知っていましたどこへ 行ったとに聞きましたが私たちは知らない と言い切ってしまいました奥は断りなしに 家出をして今どこにいるか分からないと あくまでも五上を張りとしまし たそれでは今夜だけ止めてくれと言いまし てここのうちに一晩泊まりまして明る朝 出る時に土用の金を貸してくれと言いまし たが私たちの家に金なのあるはずはあり ませんそれでもいくらか稼とゆりますので で銭に300を書き進めてやりましたそれ でおしく立ち去ったのがお尋ねの身の上だ からウカウカしてはいられないと自分でも 言っていました本来ならば伝造が一泊した のを幸いにウから村役人に訴え出るべきで あるそれをそのままにしてしかもいくらか の銭を貸してやったのは自分の十々の 落ち度であるが何分にも天造が恐ろしくて どうすることもできなかったとウ夫婦は 言った前はどこへ行くとも言わなかったか い別に何とも言いませんでした度胸がいい のかそのまは高い引きで寝ていましたここ まで話してきた時に角口のカスの影からう を覗くものがあるそれがかの演習やサベで あった半と顔を合わせて兵は困った らしかったが阪も少し困ったおつの使いだ などと言ってきたその化けの川が立ちまち はげてしまうからであるもちろんいよいよ となれば正体を表すまでのことであるが これまで聞けばようはないと思ったので 監視地は立ち上がった誰かお客があるよう だ私はこれで追いとましましょうどうもお かい申しませんでおたさんによろしく おっしゃってくださいう夫婦に送られて 角口へ出ると今更逃げるわけにもいかない 兵がそこにつったっていたいやあお前さん もここへ来たのがえいい捨てて監視地は スタスタと行きすぎた全波も無言で続いて きたやがて78件も田んぼ道を通り抜けた 時全波は後を見返りながら行った親あの 演習屋はんなか変なやつですね自分の食た 成田の感があそこに置いてあるので驚い たろうと阪は笑った何しに来たんでしょう 奥間は演習屋にホクをしているというから まんざら縁のねえこともねえがなんで わざわざ寄り道をしやがったかな今の話を 聞くと日屋の奴らがここへ戦技に来たと いうじゃありませんかと全波は考えながら 言ったそうすれば一応は石屋の方向先へも 行って奥間を調べたろうと思います中殺の 伝造にかかり合いのあると知れたらば演習 屋でもすぐに間を出しそうなものだが相 変わらず平気で使っていんのでしょうか 編集屋は四重ぐらいだろうなそうでしょ 四重空を下げて乳房もあり娘もあるくせに つまらねえ女なんぞに引っかかって度々 ボルを出すという評判ですよあいつ奥間に も手を出していのじゃありませんかね 笹川の息子の話じゃ奥というのは潮風に 吹かれて育ったにも似合わねえ色の小い 目鼻たちの満足な女だそうだそれだそれだ と全波は肩をゆすって笑ったおやとん きっとそうですよ女房この手前があるから どっかの2階へでも奥間を預けておく つもりで兄貴のところへその相談に来たの かもしれませんぜ接しわすに呑気な野郎だ なあよを思っているところを見ると成田へ は言ったのだろうそう言わなけりゃうちを 出られねえから柄にもねえ新人参りなぞに 出かけたにちねあの無事な野郎途中で連れ に別れたなんていうのは嘘の川で初めから 自分1人ですよまそう焼くなよ焼くわけ じゃねえがあいつはほぼの屋敷へいい加減 な者を 担ぎ込までも泥棒のように言われている やつですからね全波に散々罵倒されている のも知らずに西米は平夫婦を相手に今頃何 を掛け合っているかと安は考え た5海栄6年の冬は暮れてある年の7年の 春が来た歴史の上では安静元年というが その年号が安静と改まったのは12月5日 のことであるからその当時のの人はやはり 火影7年と言っていたこの正月は晴天が 続いて例年よりも温かであっ た福田の屋敷には伝造の他に音吉鎌吉工作 という3人の中原があったが滅亡の後は 思い思いに立ちのいて処方の武屋敷に方向 しているその方向先へ電が立ち回るような ことはないかと地は古文に言いつけてず 警戒させていたが彼はどこへも姿を見せ なかっ た演習屋の奥間のとろへ訪ねてきたような 形跡もなかっ た1月の末になって古文の孝次郎がこんな ことを報告したでぞやっぱりあにますよ北 の屋敷にいたソ治郎という若侍が当時は 牛込神楽坂ありの酒金吾という旗本屋敷に 住み込んでいますそのそが23日前に小の 光寺へ墓入りに行きました寺は福田の屋敷 のボダ寺ですから命日というわけじゃねえ がそれも勤めの暇を見て教主人の墓参りに 行ったのです三経を済ませて寺を出ると どこからつけてきたのか伝造が門の前に 待っていて自分はお尋ね者で商売に 取りつくこともできずその日にも困って いるからいくらか恵んでくれと言ったそう ですその図々しにはそれも呆れましたたい 昔の知人に出会っても顔を隠して逃げるの が当然だのに自分の方から声をかけて いくらかかせと許せるとは全く思い切って 図々しいやですそれも花立紛れに切って しまおうかと思ったのですが自分も今は 主人持ちですから旧主人の敵を打つという のは少し面倒です取り押さえて所へ突き出 と思って不ににそのきれを取ってねじ あげると電もなかなか腕っぷしの強いやで 掘りはってつかみ合いになりましたがあの 辺りは道が悪い下毛道にセタを滑らせてそ が小をついたところ伝造は突き放して一目 さんに逃げてしまったそうですなるほど 週でもするだけに思い切って図々しいやつ だなとアも呆れたように言っ たバカかずというのが何しろそんなやつ じゃどこへのそのそ生い出してくるかも しれねえ江戸にいると決まったらなおさら 気をつけて くれそれから10日ほどの後に全波が こんなことを聞き出してき たこ4丁目の太田という酒屋は福田の屋敷 へ長年の出だったそうですその女房が娘と 小僧を連れて王子の初馬へ産経に行くと 王子道の寂しいところでに出会ったそう ですこれも同じような文句を並べてお 尋ね者で食うに困るからいくらか恵んで くれというこっちは女子供だから怖いのが 先に立って巾着線を働いて西といらかを 巻き上げられたそうですよいよいよ ずぶといやつです ね中殺のお尋ね者が世間をはからずこの 江戸中を徘徊して昔馴染みをゆすって回る などは十々ふらしなやつであると阪は思っ たそんなやをのさばらせておくと神の意向 に関わるばかりが俺たちの顔にも関わる 本気になって早く借り出してしまえそれ からまた45日の後に上吉から新しい報告 があっ た福田の屋敷に勤めていたおつという女は この頃四谷坂町の奥田創越というお城坊主 の家に方向をしていますそのおは23日前 の晩に主人の使いで塩町まで出ていく途中 霊の天造にとまって主人の買い物をする金 を取り上げられた上にそこらの空地へ 引きずりこまれて奥の居所を教えると責め られたそうですよ達は知らないと言っても 伝造は承知しねえしまいには達の喉を強く 閉めてそう隠さずに家と攻め立てている ところへ近所の若侍が23人通りがあった ので電脳も慌てて逃げていったがおつは 半神繁生になって倒れてしまったうです ここらは日屋の縄張りだからそれを聞いて すぐに網を張ったが伝造の姿はもう見え なかったそうでひはでも悔しがっていると いうことですよしようがねえなと監は 舌打ちしたそこでそのグはどうした相 変わらず演習にいるのか相変わらず道具に 務めていますそれじゃあどこからか 嗅ぎつけて伝造は演習へ訪ねてくるかも しれねえ全波と相談してその近所を見合っ ていろだが伝造を召しとってもすぐに万屋 へ引きずっていっちゃいけねえ俺に一応 知らせてくれ表示しまし たこうして油断なく網を張っていたので あるが災いは意外なところに起こった2月 21日の夜の5つ半午後9時頃に演習の 主人兵は浅草の電下で何者にか殺害された 担当家相口で脇腹を刺されたのである所持 の財布の噴出しているのを見るとおそらく 物取りの仕業であろうという噂であっ た浅草の今戸には日本橋の古川という 大きい金物屋の量がある兵はそこへ茶道グ を見せにその帰り道で災難に会ったので ある団へ入りをしたのでもある前になぜ 松山の下まで踏み込んだのかその主体は 分からなかったがサベに似たような人物が 1人の男と何か言い争いながら通るのを見 たものがあるというので彼らは何かの話で ここへ踏み込んだらしく従って普通の 物取りではあるまいという噂も生まれ たのに半は立ち合わなかったがその下主人 は大抵想像されたその噂を聞いて彼は全波 と一緒に同道の演習屋へ乗り込むとサベの 死骸はまだ引き渡されていないと見えて店 のバトラは帰ってこなかっ た家内のものを遠ざけて半は女中の熊を 店先へ呼び出した奥は開けて二十歳で色の 白い大柄の女であっ たお前は奥間か何でも正直に言えこの頃に 伝造は来なかったがと半は出し抜けに聞い た参りましたと奥間は素直にはきはきと 答えたおいの晩町内のおへ参りますとその 帰りに伝造に会いました伝三は何と言った 俺と一緒に逃げろと言いましたどこへ 逃げるのだ それは申しませんこれから一緒に逃げる から自分の金や着物を持ち出して来いと 言っただけでございますお前は何という 返事をした嫌だと断りましたお前のような 恐ろしい人と一緒には行かれないと申し ましたそれで伝造は承知したかその 恐ろしいことをしたのもお前のためだどう しても頷かなければ主人もお前もただは 置かないぞと怖い顔をして脅かしました なぜ主人を恨むのだ奥は少しく返答に躊躇 したお前の主人は伝造に恨まれるような筋 があるのかと阪はすかさず聞いたあの人は 思い違いをしているのでございますと奥は 低い声で答えた思い違いじゃあるめとアは 笑った恨まれるだけの因縁があるのだろう ば殺の情持ちにかかり合いのあった女を そのまま方向させておくはずがあるね昔の ことは構わないからここのうちに勤めて いろと主人が申しましたそういうにはわけ があるだろう俺はみんな知っているここの 主人は去年のくれなんで堀谷まで出かけた のだよく知っているというように奥は半の 顔を見上げたしかも彼女は案外に兵器で あった旦那は商売のことで商売のこととは なんだ癌の羽を借りに癌の羽反しは 聞き返した勝手違いの返事をされて彼も やや戸惑いの形であったガの羽が何の役に 立つのか彼もさすがに知らなかったはいお 茶の世に使いますと奥間は説明し た世間のことは何でもえているように思っ たが残念ながら反地はちゃに暗かった彼は 顔追ってまた聞いた癌の羽をどうすんのだ 三葉暴きにいたします堀江に育って今は 茶道具商売の店に宝庫をしているだけに 奥間は癌の羽について説明をして聞かせ た 堀江の巣にはたくさんの癌が降りるその中 に白い癌の群がっているのは珍しくないが 稀には不入の癌が混じっている茶事に 用いる三つ葉ボキにはやがのおをよしと するがその中でも黒に白風のあるのを第1 とし白に黒風のあるのを第2とし好者は 非常に慎重するのでその値も高い一口に羽 とも翼の羽ではいけない必ずバでなければ ならないというのであるからそれを拾うの は用いでない奥間の兄のウは堀江の浜で 偶然に拾ってシフとクフのおを蓄えてい た何かの時に奥間がその話をすると主人の 兵は目を丸くして喜んだいずれそのうちに 堀江を訪ねてお前の兄からそのを譲って もらうと言っていたがその年のクレ米は 来年が41の前枠に当たるというので成田 の不道へ産経に行ってその帰り道に堀江の 右を尋ね奥間の主人という縁をたどって 守備よく癌の羽を手に入れてきたのである そればかりでなく今後も注意してそのおを 拾い集めてくれと米はくれぐれも頼んで 帰った 西兵が堀江をうろついていた彩はこれで わかった橋上持ちにかかり合いのある女を 彼がそのままに雇っていたのは色のためで はなくて欲のためであった商売に抜け目の ない彼は奥間の縁をついでおいてその兄 から効果のおを仕入れようと潜んでいたの であっ た彼が半らと道連れになるのを避けたのも 商売上の秘密を知られたくないためであっ たらしいしかし半らばかりでなく伝造も また同様の勘違いをして奥間とサベとの間 には手中以上の関係があるように疑ったの であるお前は伝統にその言い訳をしたのか と反は聞いた何しろ酔いの口で人通りの 多い往来ですから詳しい話はできません 私はあくまでも嫌だと言って振り切って 逃げてきました伝造は追っかけて来なかっ たのが今ももうストリー往来のタがないの でそれっきりついてもきませんでしたその こと主人に話したか決まりが悪いので黙っ ていまし た勘違いをしている天造は一ずに兵を恋の 敵と睨んでその出入りをけっていたらし 彼は兵が今の量から帰る途中を待ち受けて 無理に電したの寂しい場所へ連れ込んで かこ押し門道の末にその凶暴性を発揮した ものと認められ た福の屋敷に関係のあるもののうちに奥間 が現在の方向先を知っているものはない はずであるから電は誰の口から聞き出した のでもなく偶然の通りすがりに奥間の姿を 発見したらしかっ た私からこんなことが出退しましてご主人 様に申し訳がございませんと奥間は泣いて い た 6演習や西兵を殺した下主人は伝造と認定 されたがその行方は分からなかっ た米がその夜今戸の量へ出向いたのは不入 の癌の羽を売り込みに行ったのであると いうことが分かって半らは一種不思議の 人間がつきまとっているようにも思っ た江戸の花が散りホトトギスが泣き渡る頃 になっても伝造という悪業は網に入ら なかった春の末から阪はかの小説のエの 一見にかかりあうことになって月11日に 犯人兵を取りえたが同時に淀橋の火薬製造 所が爆発したために古文のカキッ孝次郎は 負傷した反は幸いに無事であったがその後 23日は疲れて休んだその顛末は今ここに 繰り返すまでも ない上吉の傷は軽かったが次郎の痛みどは かなりに手重いので6月288日の朝阪は 次郎の家へ見舞いに行くとその帰り道で またもや河の読売に出会ったそれは26日 の夜日本橋住吉町の大来で日の国中村の 太田六助が父の敵山田金兵を打ち取った 一見であるまた片かと阪はついた笹川の 鶴吉はこのカーロ番を買ってまたもや一心 に読んでいるであろうそれを思いやると監 の胸はなりのように重くなったつきは もちろん会場屋の直しも定めて頼みがいの ないやつと自分を恨んでいるかもしれない 半は暗い心持ちで夏も日盛りの町を歩いて 帰っ た7月になって鶴吉が10元のきた阪は その顔を見るのが辛かっ た全くお前さんには申し訳がねえと阪は 詫びるように言った私も決して油断して いるわけじゃねえが何にも手がかりがない ので困り抜いていますまもう少し辛抱して 送んなさいそのご挨拶では恐れ言います 先月の住吉町の関内なぞは9の時に親を 殺されて住年も敵を狙っていたのだと申し ますそれを思えば私などはまだ1年にも なりませんのですから鶴吉は果たして河番 を読んでいたのである今年は新本である から殿様と姉の墓参りに行くなどと彼は 話して帰っ たおから表を通る灯ろ売の声も今日の半に は取り分けて寂しく聞こえた ちしんどこに隠れていやがるかいたずらに イライラするばかりで監視も手のつけよが なかったこの春頃はおりおりに姿を表して 昔の知人をゆすり歩いていたがかの米の 一見以内伝造の消息は全く耐えてしまった あるいは兵の懐から相当のまとまった金を 奪ってそれを路用にしたのではないかとも 思われ た7月9日今日は浅草観音の [音楽] [音楽] 4万6万できたこのくらいでいいかいうん よがろ台場がだいぶ混じっているな場は生 が悪いと言うからなるたけ取らないことに しているのだけれど俺たちのうちの金は 今日あって明日ねえのだ生が良くっても悪 くっても構うものが半は笑いながら一手銀 を受け取って今更のように手の上で眺め た改めて中するまでもなく異国の黒船防御 のため府では去年の9月から品川に小場を 気づくことになった空前の大事であるから その費用も帯びたらしいその財政の暴を 補うために今年の1月から新武の一種銀を 発行したので俗にこれを小場と呼んだ もちろん急場しぎに発行したものである から銀の質はつぶる悪い大場造はなかなか の工事であるので遠足の手間賃も普通より 高く1日1種という定めでかの小場銀を 払い渡され たその頃の流行り歌に死霊しまおうかお 台場へ行こうか死ぬにゃもだよ土克とある お台場人足はいい金にもなるがまかり 間違えば海に沈んで命がない実に命がけの 仕事であると世間一般に伝えられてい その小台ぎを眺めているうちに阪はふと 何事をか思いついた俺は早く帰るからルス に誰か来たら待たせておいてくれいいを 言って彼は早々に出ていった観音堂に産経 して霊のトウモロコシや青方好きの中を 通り抜けて昼飯も食わずに急いで帰ると 全波が待っていた早速だパこれからすぐに にお台場へ行って人入れの人足部屋を洗っ たくらい俺も今まで気がつかなかった霊の 伝造のやつねおい人足の中に紛れ込んで いるかもしれねえどうで投げ命はねえやつ だこの頃流行る歌じゃねえが死ぬにはまし だよ土かと度胸を据えて命がけであれ銭を 取ってうめえ酒の1杯も飲んでいるような ことがねえとも言えねえなるほどそんな ことかもしれませんいや早速行ってきます 全波はすぐに飛び出し たお話はまずここで打ち止めでしょうと監 路人は言ったなぜ早くに気がつかなかった かと今でも不思議に思うくらいですお台場 の一手銀なぞは指示見ているくに何にも気 がつかずに過ごしていてふいっと思いつく とそれからトントンと順じよく箱でいくの も妙ですこうなると自分の知恵じゃない神 か仏が知恵を貸してくれたようにも思われ ますよ伝造は人足になっていたんですかと 私は聞いた何百人の人足が入っているの ですがそれを監督する人入れの組があり ますからそれについて調べれば分かるわけ です天造はシの人入の正吉の組に潜り込ん でいますた何しよう大勢の人足を使うの ですからどこの人入れでもいちいちその 身元戦技などしちゃいられません手足の 満足な人間が使ってくれと言ってくれば 構わずにどしどし働かせるのですから伝造 のようなやつの隠れがにはおい向きでそこ に早く気がつかなかったのは反しが十々の 手抜かり誠に申し訳がありません正吉の組 ににそれらしいやのいることを調べだした が全波は伝造の顔を知りませんから高町の 会場屋の直しを連れて行ってそっと首実験 をさせると確かに伝造にそういないという のですそこで私から石地に掛け合いまして 伝造を逃さないように用人させておきまし たもうこうなればイスの上 ですそこでかちの様子は敵討ちの よす物語らんと座を構えるとことが大業に なりますがまかいつまんで申し上げれば その日は7月12日朝の5つ時午前8時に 笹川の鶴吉は直し付き添いで高へ出てくる 鶴吉はキの脇差しを風呂敷に包んでいまし た兼ねて打ち合わせがしてありますから 2人は海辺の茶屋休んで待っている私は 全波と松吉を連れて正吉の小屋へ出て行き ますとこれも打ち合わせがありますから 小屋からは伝造を叩き出すそうして表へ出 たところを私どもが寄って取り押さえまし てしかしすぐには名をかけないで全波と 松吉が伝造の両腕を取ってつきの待って いる茶屋の前まで引きずっていきました私 も後からついていってさあ伝造覚悟しろう 笹川の鶴吉さんが主人と姉の敵打ちをする のだと言うと全波と松吉は捉えていた両手 を話してやりまし たこうなったら仕方がない尋常に覚悟を 決めて立派に打たれてやればいいのに伝造 は両手を緩められたのを栽培に立ちまち すり抜けて逃げ出そうとするそこへ鶴吉が 飛びかかって霊の脇差しで背中から 突き倒しました芝居ならば私がザ役で白線 でも開いて見事見事と褒めたてようという ところです私もまあこれで重を下ろした ような気になりまし た敵討を守備よく進ませた上で鶴吉は直し 付き添いで晩へ訴え出ました私どもがつい ていくとこですからあくまでもつき1人の 片ということにして私どもは茶屋に一休み して引き上げました前にも申す通りこの 敵うには少し無理がありますから後の始末 がどうなるかと案じていましたが何しろ 伝造の在明白なので神にも相当の手心が あったのでしょう案外無事に住みまし たその差しはどうなりましたなんでも笹川 の家から福田の屋敷の母台所を光寺へ納め たとか聞きましたがそれからどうなったか 知りません考えてみると敵討ちの場所は高 で例の泉岳寺の近所脇差しはキラのもの どこまでも縁を引いているのも不思議で訳 を知らない人が聞いたらこい話のように 思うかもしれませんと老人は笑ってい た私が糸まいをして帰る頃には細かい雪が チラチラ振り出し た
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第六十一話は、忠臣蔵にまつわる仇討ち話。ちょうど吉川英治作の新編忠臣蔵を連載しているところですが、半七捕物帳でも、吉良さんのお話。タイムリー。
といっても、吉良上野介は出てきません。時代が違います。出てくるのは、脇差しです。果たして、吉良の残した脇差しが、半七の物語にどう関わってくるのか、ご期待です。
半七のかかわった事件としては十五番目ですが、解決が長引き、その間に、弁天娘、小説の絵馬、廻り灯籠、お化け師匠、などの事件が起こっております。あと、作中に出てくる仇討ち事件は、史実。
作中に吉良の息子についてふれておりますが、この息子というのは、正確には、吉良の孫。実子は上杉家に養子に出ており、その子を養嗣子にむかえたというややこしい話。この義周さん、赤穂浪士切腹のその日に、信濃国にお預け閉門、三年後には二十一才の若さで亡くなっております。名門吉良家も断絶しましたが、半七物語とは無関係。
■吉川英治の忠臣蔵、再生リストはこちらです。
□半七捕物帳 再生リスト
■登場人物
半七……幕末江戸御用聞きの名親分
お仙……半七の妻
多吉……半七の子分
亀吉……半七の子分
松吉……半七の子分。背の高いことから、「ひょろ松」十九件の事件に登場。
善八……半七の子分。三十前後。善ぱ、とも呼ばれる。弁天娘、あま酒売で、すでに登場
幸次郎……半七の子分。正雪の絵馬、で、負傷。療養中
直七……飼い葉屋の亭主
鶴吉……魚屋の若主人
お秋……鶴吉の母
お関……鶴吉の姉
福田左京……番町の旗本
伝蔵……左京の中間
お熊……左京の女中
高木道之助……左京の兄
才兵衛……御成道の道具屋
宇兵衛……お熊の兄
曽根店鹿次郎……左京につかえていた若侍
お辰……左京の女中
■用語集
極月……ゴクゲツ・十二月
旧弊……古い習慣や考え方にとらわれること
公事……クジ・訴訟
助惣焼き……真ん中に餡を入れて四角にやいた菓子。麹町三丁目にあった。屋号は橘屋。主人は佐兵衛で、この店の一手販売。
差料……腰に帯びるための刀
土大根……つちおおね・だいこんの古い呼び名
お台場銀……お台場建設の人夫に日当として支払うために鋳造した劣位の一朱銀。武江年表にも安政元年一月より通用がはじまったと記載がある。
□目次
0:00 吉良の脇差し 一
12:36 吉良の脇差し 二
27:01 吉良の脇差し 三
37:29 吉良の脇差し 四
47:35 吉良の脇差し 五
1:01:38 吉良の脇差し 六
#半七捕物帳 #オーディオブック #岡本綺堂
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