【書籍発売記念対談】佐々木主浩さんと遂に対談!!大魔神を支えた谷繁の行動とは…?
これ優勝だけじゃなくて日本一の時もねあ もうボロボロよ体あん時はねあん時はもう あれでしょ最長不良でしょ熱熱あれですよ ビールかけでそう冷やしすぎて冷やしすぎ てこれこれ本当 みさんよろしくお願いします佐々木さん ですそのついでで乗ってることですあそう ですそうですそうついついですわかった わかった分かったわかったじゃあ今日の トークテーマまず1番目さあ98年を 振り返るうんこれね何年前よもうえ 2023年あ違うわ違うわ25年前25年 だよもう25年も前ですすげえなもういい 加減良くないですかもういいじゃない そんなだってそれぐらいほら優人しない だけだからまはいはいはいあと13年 かかるけんね38年 ぐ僕らも38年ぶり38年だから38年前 のことは一切知らない知らないそうそう そううんまあでもでもま佐々さんと僕で1 年違いじゃないですかうん入団がうんでま 僕が1年あ後じゃねえや先でまプロとして はいつも言うんですけど僕は先輩なんです よプロとしてね それいやあそういえばあれじゃん野球電動 おめでとうございます本ありまし ありがとうございます本当に素晴らしい です本当でねあれ電動の話するとうんあの 電動入りの人じゃないとあのゲスト スピーチないそうそうそうそうそうで 佐々木さんお願いしたそうまさかのいな いっていうそう大体大体さあの博物館側も さ1週間前によこすだよまあましょうが ないですよねあれだってあれ9日が発表 だったんですそうそうで決まってすぐ連絡 が来てなんかずっとルスだったんだ俺出れ なくてでおかしいなどうしたんだろうとっ 電話したら実は谷さんが撮ったんですで スピーカーできますかいやいやもう予定 入ってますよそんなってまねあの予定行き たかったスピーカーで行きたかったより 予定うんていうえあのま真似山ちゃんも あるんでしょいやいやこれはね俺個人的な ねあ そうこれはねもう個人的にもう入ってたん だよあのおお祝会が入ってたはいはいはい まそれはしょうがないですそうそうそう そうなかねごめん本当ごめんなさい行き たかった本当行きたかった1日ずらしくれ かったまあねうんでまだからゴドさんにま お願いしてはい来てもらったんですけど そううんまそこでもうずっと僕ら弱じゃ ないですかうんうん正直めっちゃ弱く なかったですか弱だ弱いだろあれていうか 太陽入ってきた時うん佐々木さんどう思い ましたマジでいや恐ろしいチームに入った なと思ったああま佐々木さんもう大学出て たからそういう感覚だっったんでしょうね うん僕は別になんか最初のあの何年間は うん別に弱くてもなんともなかったです 正直ああそう俺やぱほらある程度大学も 高校も強いチムていたじゃんはいはいはい だかだからプロ入った時あプロってこな こんなのかなって いうまあねうんとりあえずあの野球やる前 に以前に人間関係で悩んだからまあまあ それはねありますねもうもまね僕はま1年 前に入りましたけど年的には3つしたじゃ ないですか僕がだからうんうんま野球ま プロ野球っても常にその年齢ですよね年齢 がやっぱ上の人の方があれなんで1回ね 佐々木さんあれ1年目でしたよねキャンプ 中に呼ばれて呼ばれて僕が先輩にそう媚び 売って媚び売って僕のことを怒ったって いうそうそうそうあさあれはねいけな いっす よ佐々木さんのあれはねダメっすよとかっ て言からお前この野郎あれはねしょうが ないですあれはましょうがないよなあと金 ちゃんはほら中変わってくれたちゃ俺は ああま同級生ですから同級どで被ってく そうやっぱ金ちゃんいいやつだなこいつさ と思ったけどなだって僕の立場からしたら ましゃあないなしょうがないすよだから俺 でも同じタイト取ると思佐々木さんも僕 より上で年がでそれ僕が僕が言われたのが 佐々木さんよりも上の方だ人だったんで それはこっち優先するしかないじゃない ですかそううんまでも俺俺も生きよま大体 的にえ1年目からポルシポルシ そうでもさほら俺ん中では自分の感じなっ て悪そうでほら俺タイプ的にさ後輩にも そうだったはい日本でね変なそんな危ない の乗るんだったら会社で強いの乗りなさ いって俺ま事故した時事した体が資本なん だからタイプじゃはい俺そういうタイプな んだよはいうんまそれがね先輩には ちょっとこうちょっと生意にそう買えば いいじゃんと思ったもん自分でままあま その辺はねお金のある人は買いましょうで まそういう時期からねそうそうそうそう だんだんだんだんなんかこうま僕らもう あの辺りま僕とか佐々木さんが入った辺り のうんうんこうどんどんどんどん強くなっ てたじゃないですかそういやだからさこの 前その資源の電動入ってた時もその色んな 話したけどはいいやいやや練習やらされた けどやらされてましたあれ俺あれやったの が多分自信になったのかなと思っみんな 全員ああそうですねシだってさほら例えば 佐野さん最初33かで来てまいらって大家 さんになってさ完成されてきたじゃんはい すげえ練習さしてたじゃんめっちゃしまし たしたやろで俺らもそうやんか練習 めちゃくちゃ かでほらあそこのクリタスまでさ山形まで 生かされてさあの本当にこれねクリスマス まで練習しました練習したなはいうん 終わってキャンプ終ってあの未だに覚えて ますよ 大大あれで体おかしかった僕はねあれなん でおかしくなったか知ってます温泉だろう そうあれね体が柔らかくなるからうん温泉 のお湯を飲めって言われたんです僕ね 臭かったでしょあれまあんまりこれダイナ いや違う違うだから違う違う俺はだ飲んで いい温泉と飲んで良くない温泉あるじゃん で俺は飲まなかった飲めって言われたけど 飲むふりして俺は飲んでないのそうだ でしょ僕はうん純粋だ 純ちょっとね僕ね体硬かったんですよ正直 自分で分かったんであこれ柔くなるんだっ たらこれ飲まなきゃと思って僕は我慢して 飲んでたんですようんうんしたらそのダナ 温泉のあれトレーニング終わって帰って 実家に帰ったんですよジマシンかなか そなうんそうです体質が変わったんですよ うんでもそれで後でみ佐々木さんとかに 聞いたらあんなの飲むわけねえだろつって 嘘だろと思ってうん僕だけ飲んでた そうそうあれだ2年間だな2年行きました 2年やったよなだからああいうのもあった しさで練習力が半端なかったからそうです ねだからあれがあったから俺は逆に良かっ たなと思ってんだよで一緒にそれを辛い 練習とかきつい練習をしてきたメンバー じゃはいはいそれがやっぱり年重ねてって 感じだはいねあとはね野はね野は野でうん なんかねそのみんなライバルシンがあった ですポジションは違うんですけどうんその 言えばキャンプでもねうんじゃあ一斉に あの全体練習を割って個別練習入るじゃ ないですかであの室内でみんなこう バッティングし始めるんですようんうんし たら終わらないんですよああなんかすよく 言よなはいもうあいつがやってんだったら まだやんなきゃなみたいなうんそんな感じ 雰囲気だんですねあ時だ夜夜連でも全然 開かないっつったもんなマシとこがなそれ ぐらい練習してたっもんなはいだからま そういうメンバーでやっとこう戦えるよう になって98年10月8日うんうん甲子園 うんあれ買じゃないですかうん結構 きつかったでしょいやきつくなかったよ うん8回からだろうん全然全然然全然全然 全然いやあん時は無双でしたね1回しか 負けてないからねあん時うんあの大阪 ドームで忘しない野ちゃんに後輩にね セターこの矢野とあってその阪になってさ で矢野と喋ったらさいや佐々木さんあの おかげでね俺阪神に位になるた思っ たあん時やっぱ俺俺ね結構ねしんちゃんに 助けられてんだよああ守でねあの中のシも そうだしあの中で内持ってるましげ以外ね はい名前なってるで俺に話しかけてくるん だとしんちゃんだけな んあそううんしんちゃんがたにポロっとき てさっ言ってくれるのがほっとすんのよえ へえうん新藤さんがねうん新長なが俺に よく話こうかけるタクロはほらそうかうん もうボビ来ないボビ来ないでしょも来ない でしょうん そうそっかそうそうそうそうそうまでも僕 ともうその前の前の年ぐらいからね僕も あのやっとこう佐々木さんをも全部 受けれるようになってからっていのはうん まほぼ僕のサイン通りに投げてもらって うんうんでマウンドにま来るじゃないです かまスタジアムだったらリリーフカー乗っ てま僕は僕でまやっぱり佐々木さんの顔色 とかねその表情を見ながらあ今日どんな 感じかなってこう見ながらは判断してたん ですけどうんまあでもほぼ一言ぐらいしか なかったですねいつもおかしたよとかね うんそのぐらいだねもうそれぐらいでうん まう後はもう僕がほとんど任してもらっ たっていうのは本当にね僕はまた成長でき たところでしたしあとはま他のチームの僕 はねその対戦あ相手のバッターがちょっと 面白かったですねうん色々ねタ佐々さんで うんもうね面白いんですよ見てると キャッチャー越しに相手のバッターをうん うんこいつがあのものすごいフォーク意識 してんだろうなっていう風な時にねもう それと行くと間違いなく見逃すじゃない ですかうんうんうんもあれが面白くてうん あのま松井は分かりやすかったよなあ どちらというねうんだからあれほどガ俺 思ったんだけどよく彼に聞かれる時に あんな頑固のバッターいないと思っ たもうフォークでなってたらもうさずっと 間違っうんでもうさまっすぐ来たらミュー もしないじゃんはいでまっすぐ来たらも しょうがないって割り切ってくるじゃん うんうんそうはいもう頑こなバッターだな てねそういうま僕はキャッチャー越しに 相手のバッターのその反応を見てま 面白かったですよはいあとはあれですよ これ優勝だけじゃなくて日本一の時もね あああもうボロボロよ体あん時はねあん時 はもうあれでしょ体調不熱熱あれですよ ビールかけでそう冷やしすぎてね冷やし すぎてこれこれ本当みんな風みんななそう だろ僕も多分風邪引いてだろうんあれだ からよく言うけどあれ本当の話だな本当に キキだもんなそうそうそうそう初めてだっ たんだね38年ぶり38ぶりそう38年 ぶりでベイスターズが初めてのまほぼね ビールかでビールが足んなかったんですよ ねそうそう常温が足んないから今度冷え てると持ってきて冷てああ寒かったもんな でほとんどなな体が戻んないうちに日本 シリーズ終わったもんなそうですね佐木 さんはね僕らまあなんとかなったんです けどだってあん時初戦の時ゴンドさんに よく言うんだけど38度3分ぐらいだった んよまだ熱でボルタリに下げてる状態で はいはいでした時にあん点差あった 1000面てはいあまさか投げでだろと 思ったら8回途中で行くぞっていやいや いやいやいやいやいやいやいやいまま権藤 さんし的に言うとまとりあえず新運転し とこうかん9回でいいやんか8回途中で 行く必要ないやんかまあの権藤さんあれで 言うとリミッターを外してるわけだから うんそうそうそうそうあれいつから外した んでたっけあれ残り20試合残り20から リミッタ外しねうんうんうんでもね1で 食ってったんだよ俺貼ってったから押さえ ピッチだからそんな8回で今だったらほら 1リングしか投げないじゃんはいはいはい 8回でピンチの時ってさここは抑え行か なきゃ止まんないなってあるじゃんそん時 は俺今でも抑えは行かなきゃいけないだと 思った8回途中で今もねそういうところは ねうん9回じゃなくてだから今すごい8回 の逆転が多いじゃんはいはいあれここは やっぱり行かなきゃダメだってとこは やっぱ抑えがいかないとああそういうこと ねうんそれだけのやっぱ責任沿ってるから 今でも特によだからでもあれですよね 佐々木さんがま話ちょっと前後しますけど うん佐々さん最初さやった時ってうん サニングですよねうんサイニングですよね うん延長15回までだったからうんうん うんピッチャーいなくなるじゃんはいだ からもうだからもうなんたそのベスタに なってこれはほら俺と森田いたからはい はいとりあえず7回からになったら俺と 森田2人9じゃんそうだねサニングを2人 でそうサイニング2人でと延長になったら そのままそうそうかそうそうそうそうそう だから117人掘ったや130シ 時すごくない117 イリリーフで100イニング超える時代だ よあったんすかうんだからであとありえ ないうんだあと13イニングでボそうで ボルボル取れたんよあの時佐尾君が取って はい2.5いつなだよ俺2.0なのよま そういうのがあってもうねやっぱみんなで これ98年うんね勝ち取ったこれ本当 嬉しかったですね僕はいや本当にね本当に だからずっと一緒にやってきたなチームメ ですようんだからそれ嬉しかったなねえ 佐々木さんの同級生ってちょっと待って くださいもいよ思い出させてくださいま 中山さんいたでしょうんでもドラフトは 違うよはいはい先に入ってますからねうん うの同級生あんまりあ今来るすそう今クス だろえっとあと 川端中央大学そう川端りさあ大さん勝也 ああ大久保さんいるじゃないですかいや いるけど活躍しないです かまそん中でまちょっと活躍したかなって カバさんぐらい川ババタぐらいうんはい バタ優勝の時いたもんだっていやそうです 98年代打とかうんうん川さんが片目で出 てたもんねちょっと 何で僕の同級生ってまあまあいるんですよ 卓郎やろ卓郎でしょタロでもドラフト外 ですからあそっかそっかうんで井上純 でしょあじはいはいはいで滝がにこが佐野 あ佐野はい左うんはいはいであと堀江り からうんうんでえあと外で川口っていう 左打ち川口はいいたんですよ山口の方の 高校からあんであとね甲府から山口って いうくそ悪いやつがあれ川口山口って やばいや川口はまだ大丈夫です山口は 危ないす はいだからね僕入れて7人ぐらいいたん ですよ年はいはいでだからあ僕の1個上 だったら飲むモさんあモルタさん優勝い ないんですよね近鉄ですよあそういそう そうそうちょうど中根さんとトレでこう 考えると本当あの僕らの年代多かったです よねはいうんで俺も中あったもんなひきと シもそうだしひとかな後期もそうだったし はい量がねまたの量がな今もう俺シ前の 部屋だよなめっちゃ楽しかったです今もう 俺階段上がってあの右の奥でしょ右の奥俺 1僕は多分そ左奥だよな左そうそうだよな で弘樹がこっち側にそうですそうですそう ですあの辺ね出世部屋ちそう部屋右奥ね そうそうそう そうほとんどきたかったけどそうあま僕ら はね僕大体僕もまあ一軍でしたから ほとんどいなかったですけどうんえ1年目 から 車持ってまし たあれどこに止めてたんですかあれね トンネル長のトンネル越して左側借りたの ああうん僕はうん量の目の前のあの喫茶店 あったの横うんだろはい僕もまだ持っちゃ ダメだったんだそうだろお前俺より俺より ダメじゃん高卒だ高卒からすぐやからそう ですね うんまあねそんなことしながらね強くなっ ていきましたよだから本当まメンバー本当 いい今思うと本当にいいメンバーがいや 個性すごいあったし1人1人からこう なんかプロプロっぽかったなはいうんプで ま僕ら僕の1つ2つしたぐらいまでかな高 のりぐらいまででしょそうだなちょっと はい一緒にやったのはねうんうんこれね今 のチームとの比較俺ずっと言ってんのは 厳しさがあっていいかなってプレイに対し てのああなんか笑ってやっぱ笑ってるやつ いなかったじゃ失敗して俺まあそうですね ボンダして笑ってるやつねえじゃんか 暴れるやいていはいだからなんかこうそこ ら辺の1つのプレに対して厳しさって選手 同士でこうあれするのが欲しいかなって 思うなうんまミスのなりいじゃないけない というかねあれはしょうがないとかうん うんまそういう感じなんでしょうね今ね はいうんうんそうだね僕らん時ってなんか ミスがしょうがないじゃないですよねうん そうなんでミスすんだわそうそうそうそう ですまそこでどんどんどんどんこう成長し てた自分たちもあったし そのミスをじゃ次どうしたらやらないよう になるそうそう同じようだイジミスに対し てうるさかったはいはいそうですねこう 攻めてってさミスミミスじゃないけどさ 攻めてったプレイでなんかあったらさ しょうがないなそう人あるからこれはミス するのはしょうがないんですよね絶対ミス はするんでそのミスをどうそううんあの 自分で受け止めてどう次に行かすかって いう俺ほと卓郎の1番覚えてるのはさあの 俺回2アウトでさ男で行ってタロが偉した そっからどに追いつかれたあそれそれ なんか覚えたそうよで最後ほらタロが最で ヒってて広いたに泣いたじゃんかでたあん 時たく本当に俺のこと怖かったんだねマト 見 たらゴドさんだからさまサイン出しないっ ってもままバトたまに出すやんかサインと か色々あったけどうんうんでも選手でほら この場面はこういうバッテしなきゃいけ ないなって勝手にやってたもんなはいはい そうですねそのゲームをそうどうするか そうですねゲームのこうを読みながらここ は何が自分自分は何をしなきゃいけないか このチームとして何が必要なのかっていう のをま選手ここがその状況に応じて考えて それをプレイできた選手が多かった多かっ たいうことですねだここはもう自分が犠牲 になってもそれが3番バった4番バった だろうがこのチームバッティング徹すると かってのあったしそうですねだからだって ボビーだってやったバントしもね右 そのもやってましたうんやってたやった やってたそれがなんか強強さじゃねえかな と思うけどねだからただ打ってただけじゃ ないじゃないねマシンガンマシンガンって いうけどね全然違うもんねはいで ピッチャーにしてもほら誰がこの場面で 引くなってすぐパパッてさそんな統一感 あったからさはいまゴドさんがよくそこが ねやってたからそうですねうん
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(プロフィール)
谷繁元信
1970年生まれ。江の川高校(現・石見智翠館)にて甲子園に出場し、卒業後、ドラフト1位で横浜大洋ホエールズ(現・横浜DeNAベイスターズ)に入団。98年にはベストナイン、ゴールデングラブ賞、最優秀バッテリー賞を獲得しチームの日本一に大きく貢献。2002年に中日ドラゴンズに移籍。2006年WBC日本代表に選出され、2013年2000本安打を達成。2014年シーズンから選手兼監督になり、2016年現役引退を表明。通算3021試合出場(NPB歴代最高)、27シーズン連続本塁打、同安打はギネス世界記録に登録された。2016年に中日ドラゴンズを退任後は、各種メディアで評論家、解説者として活動を行う。著書に『谷繁ノート 強打者の打ち取り方』(光文社)『勝敗はバッテリーが8割 名捕手が選ぶ投手30人の投球術』(幻冬舎)『谷繁流キャッチャー思考』(日本文芸社)。
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