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【法廷ミステリ】松本清張/晩景🌙*.。チャプター有り読み間違ぃ等ご容赦くださぃ🙇🏻‍♀️⸒⸒🌕作中、人名の漢字につぃて私的な表現でぉ伝えしてぃます。🌙*.。

[音楽] バケ松本 成長 1朝のしらしらとした日が狭い庭の南天の 歯に注いで今日もそびえが する俺はシャツをハガから外したがシが 寄っている上に 汗臭いこんなものを着ては人の前には出 られないと思い入れを開けたが代わりの シャツがなかっ た 安子と嫁を呼ぶと返事はするがなかなか やってこ ない茶碗の音と子供の声がするから飯を 食わせているの だろうこの分で余っていてもいつ来るか 分からないので茶の間を覗くと7つになる 画像と食卓に座ってい たあ新しいシャツを出してお くれかおが飯つを散らした茶台の前 からおじいちゃんどこへ行く のと顔を向けた ああ裁判所に行って くる今日も裁判手いつまで行くの ああいつまで行くのかおじいちゃんにも わからんな 安子は黙って飯を口に運んでいるその茶碗 が殻になるまで待たせる らしい安子の機嫌が良くないと見たので俺 は自分の予上半に戻っ た昨夜も新一の帰りが遅かっ た麻雀だ飲んでいたのか知らないがこの頃 あまりまともに書いたことは ない月給が遅いと風を行てくるくせに遊ぶ のは1人前だから安子が不機嫌になるのも 最もだろうと 思う一方安子にはいい君だと思わないでも ないだがその余波で安子から小遣いが取り にくいのは弱ったなと思っ た鞄の中に書流やノートを詰めて半分に おったタバコを吸い終わった頃やっと安子 の足音がが聞こえ た少女を開けてクリーニング屋から来た ばかりらしいシャツを畳の上に投げるよう に置い てこれ1枚しかありませんよおじい ちゃん外を歩くのもいいけれどあんまり 汚さないでねと渋い顔をしていった洗濯台 が重んでたまらないという自分たちのもの は勝手に出すくせに何を言うかかと思った が小遣いのこともあるのでうむよしよしと 言って支度にかかっ た安子はすぐに顔を 引っ込め足早に向こうに行ったが足音1つ でも嫁の機嫌の義足が

分かる新一のお下がりのズボを 吐きしは1つないシャツを着て手下カバを 下げると少しは気分が良くなっ た出がけに茶の間を覗くと安子が茶台を 神経室に吹いてい たやす子悪いけれど少し小遣いをもらえん かな電車賃が心細くなったの だやくは干渉に56°台の上をギシギシと こすっていた がいくらぐらいいるのと振り返りもせずに 聞いたそうだな30000円ぐらいもらい たい な安子はエプロのポケットから財布を出し たが今日は米屋の払いがあるとかガス屋が 集金に来るとか つぶやき汚い100円札3枚出し たおじいちゃん裁判所外はいつまで続くん ですか うむまだちょっと検討がつかんなしかし 今日は向こうの弁護士が回答を持ってくる ことになっているので1つの峠だなこの前 裁判所に最速されたから向こうでは ギリギリのところに追い込まれて困って いるじゃろどんなものを出すか見物だ な俺はこさに顎をそらしていっ た日刀乳業が特許を取っていないと分かる とおじいちゃんの勝ちなのやこは薄笑いし ながら聞いたそりゃ俺の勝ちに決まっとる 何しろこれではっきりと俺の発明を盗んだ ことが証明されるんだからな今までの損害 賠償もうんと取れるしこれからどんどん金 が入ってくる牛乳1本について一戦の割合 だと日東乳業だけで全国の販売料1ヶ月分 1億3000万として130万円だ日東が 負ければ他の大手2者やその他その 他群書の乳業会社も当然俺に権利金を払う ことになるから全部で3億本として1ヶ月 30000万円の収入 だこんなことを言っても安子はびくともし ないもう聞くのに飽き飽きしているの だこの頃は嫁も1ヶ月300万円の収入を 冗談にも冷やかさなくなっ たそんな話は耳にするだけでも不愉快だと ろな顔付きを するこれ まで訴訟費用にすると言って相当安子から せびり取っている最も弁護士を雇わない から普通の訴訟からすると費用は嘘みたい に 安いあんまりうろうろしない方がいいです よと出がけに安子は言ったおじいちゃんの 足も釣れているわ自動者が多いので気を つけなさいよもうおじいちゃんも70です から ね70の年寄りを1人で出して自動車に

引かれたなどといえば私たちが世間に見 ないわ大丈夫だ日東入行の訴訟に勝つまで は気が張っているからなこのままでは俺も 死んでも死にきれ ん300円もらって家を出たが安くはバカ なことを言うと思った年寄りだから自動車 に引かれるとは限るまい通事故には若者で も合う亭主の新一の酔っ払いにでも気を つつけるが いい新一といえばあいつもひこは俺の発明 に大分希望を持っていたのだ安子に至って は新一以上に期待を寄せて月300万円 入ったら家をどこに建てるとか会社を 起こしたらとか夢のようなことばかり言っ ていたあの頃は俺も息子夫婦に大事にされ ただから陰子代も積み立てからなんな 下ろしてくれたものだところがそのご一行 に現実の見込みがないと分かってからは だんだん冷たになってきた近頃では俺が 裁判所に行くのを鼻で笑っている俺に騙さ れたように思って余計に俺が憎らしくなる らしいここのところ俺は訴訟費用を自分の 持ち物を売っ たり七に置いたりしてと整えて いるこれは 終戦終戦後朝鮮から引き上げる時やっと こさリックの底に隠して持ち帰ったこと ひんだが一物もなくなっ た俺がそんなものを売り払っていることも 新一夫婦は知っているが気がつかぬふりを しているそれでも300円50000円と 電車賃を請求すればなんだかんだと言い ながら出すのは安子も万一に期待している のだろうそれで夢のようなことが実現すれ ば特と考えているのかもしれない近頃の 若いやつは ずるい俺は霞ヶ関で降りた東京地検の建物 は今新築中なので現在 は旧社にの芝がいっぱい組んだある外から 入った目には落とし穴でも仕掛けてある ように 暗いバラックのような長者の廊下を歩いて 民事第29部の受付によった窓口の自分員 は俺の方に顔をあげたが親父またやってき たかという目をしてすぐに書きかけの書類 に俯い た丸田検察事務官さんはお見えになってい ますかと聞くと色の青い事務員はなんだか さっきまでそこに姿が見えていたがどこか に行ったようですなと後ろも見ないで答え た今日は11時から改訂ということですが もう被告側の弁護人は来ていますかなさあ どうかな11時からだと言うとまだ40分 ほどあるじゃないか あんたそこに立ってないで廊下に待って

なさい事務員は王兵な口調で言った なるほどまだ10時20分だった俺は廊下 を踏んだが今日はいつもと違い胸が弾んで いる長い間戦ってきたがとうとうその山を 今日は迎えたのだ天下けめという気がする いつもは嫌な気分のこの建物が今日ばかり は俺に制服されるように見えた誇りの 溜まった長椅子にはすでに重5人の先客が かけていた笑顔は1つも見えない閉じた 書類に読みふけったり何か書き込んだりし ている1人で来ているものはあまりいなさ そうだ大抵弁護士らしいのが横について さいたり相談し合ったりしている俺は1人 である初めから弁護士の厄介にならないで きたそれで天下の日東乳業相手にここまで 逃走してきたのだから俺も大したものだと 思って いる訴訟費用がないばかりに初め幼稚な ことを言ってきたが相手にされない裁判所 と喧嘩をしたりなめられたりしているうち に少しずつ履行になってきたそれに勉強も 一生懸命にやってきただ六方前書も髪が 手垢で真っ黒になっているその他必要な 法律書はほとんど読んでき た他人は俺のことを特許亡者か我欲の強い じじと思うかもしれぬが俺はここで大企業 に横車を押されている他の人間のためにも 戦わなければならないと思っている金も 欲しいがそれ以上のことも大事だいや正直 金の方に望みがなくなったと分かった時 からこの戦いに周年が燃えてきた俺を騙し た日乳業になんとしてでも恨みを晴らさ なければならぬそれとこの大企業と手を 組んでいる特許中と裁判所 だ今後も弁護士を雇わずに独りでやる つもりだ69歳のこの俺がだ [音楽] あと海底まで40分あるからその缶を利用 してもう一度俺の作った記録を読み返して みようと思う被告日等乳業株式会社の弁護 士はいつもじさんいくらそんなことを言っ ても無駄だよという顔をしている俺が何か 発言すると霊を浮かべて聞いていないふり をしているがあれで偏テック聞き逃すまい としているので油断がならない理が自分に ないと分かっているから揚げ足を取るコタ であるそれで俺は今まで何度ひどい目に あったか知れ ない俺は鉛筆やマネ室で書いた古い大学音 を広げ た 2昭和29年4月我は牛乳等部の報復方法 を暗室し たりよって同29年12月10日及び30 年1月29日の2回にわり特許の出を

なす同33年1月25日特許出願広告と なり33年4月26日特許番号 第24万19873号を終了し たりこれより先発明協会東京支部より全国 新聞通信者に連絡され全国にニュースと なりて各地の新聞社に報道 さる昭和30年1月11日のことにして翌 2月8日より13日まで開催せられたる第 7回東京都優秀発明品展覧会にも出品 す右新聞ニュースと展覧会出品によりて その反響大と なり 早速実施希望の申し込み連続してくるも 当時合成樹脂工業は未だ今日のごとく発達 しておらずようやく風呂式にする程度の ある ものみなれば本発明のごときその厚み 0.02mm内外のものはいず子も発売し ておらず即自その要求に応ずる ことあわ ザ俺は少年時代から発明付を好んだそれで 終戦後朝から上げて以来金が欲しいのと 品物の払い底 で生来の発明浴が大然として湧き出たその 頃大森孫の狭い長南択に身を寄せていたが 労災は終戦前に死んだので他に何の楽しみ もなくこの発明交付だけに凝って凝ってい たそれで東京都優秀発明品展覧会に出品し て都知事の表彰を何回か受けたことがある しかしこれらはどれも実用品に等か制作 コストがかかりすぎるとの理由でどこから も買ではつかなかっ た特に昭和27年に俺が研究しておった ものが第3者によって特許申請され 優先権を取られて以来それ以上の大きな 発明をして見返してやろうと噴気し たその発明というのは細い丸パイプの合成 樹脂のビニールを平に並べてこれを カ熱DIAし各種の敷物テーブルセンター などに使用するものであっ た俺はその発明がどこから漏れたかと当時 はよくわからなかったが弁護士に出願の 相談をしていたことからその弁護士の手 から第3者に内報されたのではないかと後 で気づい たしかしある人からそういう品よりも 例えばビールサイダーなどの王冠のような ものは1度使用すればそれで終わりとなり いつも補充しなければならないからその 発明による権利が偉大であると聞い たまた安全かそのように消耗品であれば いくらでも需要があるつまり需要の永久性 ということが発明にとって最大の要素で あるとも聞かされたこの要素とはもちろん 金も受けという意味である朝鮮で小規模

ながら口座を持っていた俺は かなりの罪をなしてい たごに大東亜戦争に入ってからは自分でも 呆れるほど金が儲かった廃線になってその 財産を一挙にして失ってきた俺だ真実金が 欲しかっただがすでに50を越した俺には 肉体労働もできないし資金もないサリとで 闇商売するほどの器用さも持ち合わせぬ 頼れるものは俺の発明能力だけだっ たその後色々やってみたが思わし工夫が つかなかった俺は安月球の長男の家の隅で 気兼ねしながら何か言ふはないかとそれ ばかりが念頭から離れなかっ た昭和27年の浴衣では寒かったからもう 秋に近い晩だった 俺は近所のおい戦闘に出かけたがその手前 に牛乳屋が あるいつも見慣れている牛乳屋だからその 時も何気なく通ったのだがふと見ると店の 前では店員たちが忙しそうに牛乳便に蓋を していた翌朝配達するものだそれは牛乳便 の口に髪を当ててゴムバンドで閉める作業 だったもも牛乳便の口には薄いボルシの 打ち抜いたようなものがはまっているが 後頭部の縁はそのままだから上に防水師を かせゴムバンドでくるのであるだからその 作業をする店員たちの手は瓶の飲み口に 当たり放題となってい た俺はああ汚いなと思ったその縁に口を 当てて牛乳をラパのする人も多いのである この牛乳屋の店員たちの手がいちいち消毒 されているわけではない目には見えない バイ菌が瓶の縁に付着するかもしれぬ そんなことを客には客は知らないからいや 知っていても一応ビ口が薄い髪で覆われ ゴムバンドで閉められてあるから清潔な ものだと思っている だろうこれは ゆゆしいことだと思ったもし牛乳屋の手に 責金や大腸金でもついていたらどうなる だろう中身の牛乳そのものは牛乳会社で 借金してあるにせよ牛乳販売店の手に渡っ てからの操作が不潔極まるので あるその牛乳屋の品は偶然にも日入業だっ た投入業といえば朝日乳 と氷山印入業とともに3大大手メーカーだ その近代的な設備を持った工場ですら衛生 的な自動報復ができないのだろうかそこで 俺はなんとかこれを改める工夫はないもの かと濁った戦闘に使って考えた最もその時 は別に金儲けのために発明しようという つもりはなかった しかしこの風呂の中 のぼんやりとした試案が特許をもらっ た牛乳便工部

の報復方法の発想母体であっ た俺は瓶の頭部を包んでいるパラフィン紙 みたいな薄い防水士の代わりにもう少し 近代的で見た目に良くしかも衛星的な操作 が簡単にできるものはないかと思ったする とある時街をブラブラしていると点頭に ビニールの風呂敷がぶら下がっているのが 目についた俺はもしそのビニールを小さく 切って瓶の頭を包んだらどうだろうかと 思っただがこれもただ上から包むだけで 防水師がビニールに変わったにすぎない 牛乳屋の定員の手が比性的に触れるのは 同じことであるしかしその時は霊感という かとにかくこのビニールに引かれ た俺は若い女の子が頭にかぶるネカチーフ とかいうのを求め家に持ち帰りハサミで 切ったそして長男の子つまり俺の孫が飲ん でいるカラビの口のところに当ててみ たビニールには色がついているので 綺麗であっ た今中学生になっている孫のテルコがそこ に入ってきてみるなりまあ綺麗と言った 子供の目にも色が綺麗に 映る牛乳は子供のお客さんが多いから赤き 青鳥取の口おいをつけたらもっと疲れるに 違いない俺はこれはけるかもしれないぞと 思っただが風呂敷やネカチーフになるよう なビニールではいかにも熱くて牛乳便の口 を包むとバサバサして不格好だったこれに はもっと薄いビニルが必要で ある俺はビニールのトヤを歩き回って色々 と聞いたがどんなに薄くても0.05mm のものしか ない俺の理想とするのは少なくとも 0.02mmが絶対であっ た俺は東京都工業推奨会館に行きそこで もい公文子工業研究所というのを紹介され たその工業研究所の所長に面会し特別に 薄い合成樹脂被膜の製造研究方法をお願い し た俺の熱心な説明に動かされたか先方では 心よく引き受けてくださった俺はなんだか それだけでも成功の一歩を踏んだような 真地がし たこうして先方も苦労されて2ヶ月ばかり かかって髪より薄いビニールが俺の前に 提示され たそれは新聞士4つ切りぐらいの大きさで 10枚ぐらいあったであろう これは目玉が飛び出るほど高い金を取られ たが俺は大事にして朝鮮から持って帰って い た利長の白の壺をこに売って支払いに当て たさてその宝のような薄いビニールを自宅 に持ち帰り牛乳便の縁に合わせてハサミで

きり包んでみたがらから防水師より手触り が良い色彩もあるし光沢もあるこれは確か にいけそうだと思ったただし値段が紙の ようなわけにはいかぬだがこれも大量査に 入ればうんとコストが安くなると いうもい公文工業研究所で相談言したから 間違いはないところがビニルを上からかし て縁をゴムバンドで閉めてみるとゴム バンドがどうにもぶかでならないまたこれ もただ薄い防水士がビニールに変わった だけ でビ大いの不潔な操作を覗くという大前提 にはなっていないゴムバンドなしに ビニールをこのまま上からかせただけで瓶 に密着する方はないもかそこが肝心かめの ところだと思った俺は色々工夫してみた 例えばゴムのりのようなものをあらかじめ ビニールシートの縁につけて貼ることだ これだと牛乳便自体に湿気があるので ぴたりとつきそうで あるしかし細かなビニールの断片をふに いちいち乗り付けしていたのでは手数が かかるし能率が上がらない第一それでは あまり清潔とは言えないゴムのり付け自体 が不潔だからであるその貴重なビニールの 10枚のうち7枚はああでもないこうでも ないと無駄にしてしまった残りは3枚だけ で あるこれもダメになりそうだ結局俺は10 枚の薄いにいると貴重な骨とを取り替えた のかと思う 情けなくなったすると孫のテルコが学校の 宿題とかで俺の横で水彩がを書いていたが 水を入れた陶器の皿をスカートに引っかけ て少しく水をこぼしたちょうどそこにあっ たビニールはベトベトに濡れたテルコは ベスを描いていたがこの孫も俺がそれを どんなに大事にしていたかを知っていたの だ俺は情けない顔をしてを手に取ったが ビニールはべっとりと濡れたところは見る 影もなくしが寄っているのに水滴が跳ねて いるところはチリチリと縮れてい た俺にハット霊感がひらめいたのはこの時 で あるこの薄いビニールは湿気を受けると 縮むのだ牛乳便の後頭部は濡れているでは ないかしてみるとこののビニールで底を 包み指でさすればビニールの収縮性によっ て自然に密着する通りで ある俺は外貨をあげたこれならゴムバンド もいらないし第一指で瓶の縁に触ることも ないその上人間の手間がどれだけ省けるか わから ぬ俺はすぐに牛乳瓶に水を入れて実験して みた小部を濡らしたのは言までもないそこ

をビニールで包んだだけではうまくいか ないしかしその上から加熱し指でぎゅっと 押すとまるで乗り付けのように接着した実 にうまく行く残った3枚のうち2枚を次々 とその実験に使ってみたがどれも例外なく 成功した俺は大声をあげて新中夫婦の今に 行きそれを見せ た本当にうまくいくわねと伊は子供の思考 を褒めるように言った晩酌をしていた新一 もやれやれそんなことであの利長の壺を 手放したんですかとバカにしたように言っ た 3俺のその発明のことが出た新聞記事は ここに保存して ある家庭に配達される牛乳は瓶の頭部が 大抵は紙で包んでワゴムで止めてある頭部 の放送は牛乳会社でやらず販売店であるが これは会社の方でやりたくても瓶の口が 濡れているためできなかっ た本当は瓶に牛乳を詰め視線で封をした後 すぐ放送するのが理想的でこうすれば手で いじっても運の途中でも口が汚れず衛生的 でいいわけだが前期の理由でやれなかっ た今度紙で放送せずビニールシートでやる 公案ができたこれなら口が濡れていても 放送できるし包んで指でぎゅっと押さえれ ばくっついて しまい輪ゴムで止める手間がいらない値段 も安く上がるし紙より 丈夫出来上がりも広告部分の印刷でもすれ ば見た目も良いとの こと牛乳会社で利用すれば衛生的だし販売 店でやっても手間がうんと違ってきそう だ発明者は高宮次郎氏木か特許出願 中この新聞報道が出ると早速俺のところに ホボの牛乳会社から問い合わせが来 た俺は前の例に懲りているので今度は弁護 士の手を患わさずに俺自身が特許長の窓口 に出かけて面倒な書式をかかりのものに うさがられながら教わって書いて出した もの だ特許町の窓口はおじさん口で言っても わからんから弁護士のところに行って頼み なというだが弁護士はあくまでも出願者の 手続きの代行をするため するだけで ある本人がすればそれ以上のことはある まいその手続きを教えるのが窓口の仕事で あり広木の親切というものだどうも特許長 の窓口と弁護士とは裏で気脈を通じてる ようにしか思え ぬこのことは訴訟になってから俺は嫌と いうほど思い当たった何かといえばお前は 素だから弁護士を建てろと 進めるそれなら弁護士量のないものには

そちらで立て替えてくれるかと言うとそう はいかぬとせせら 笑う俺が少しでも法律に通じてきたのは そんな小競り合いを裁判所と繰り返してき た結果だ陰気で存在で人民を人民とも思わ ぬこの裁判女でで ある 昭和33年5月日東乳業株式会社より我の 都外発明権の買収規模をあるにより会見し た人の連絡を浮くすなわち発明協会のお 切間にて二等乳業株式会社調査室長秋野 正一氏と会計 整理その際同士は世に名刺を渡したるに 肩書きには取締り役生産部長とありなお 同士の横に年齢40前後の紳士控しにより 初めこのものは社員にてもあるかと思いし に自ら名称を差し出したるを見れば弁護士 寺岡マサルとありたり我はこの名所を受領 すこの時発明協会理事の山村市は紹介役 にてあ氏が山村市 曰日東乳業株式会社にてはこの度負傷事件 を起こしたればその責任にて秋野市は重役 より調査室に落とされ たり誠に気の毒に思うゆえ機ががその発明 権を日東乳業に譲渡されたればされたなら ば 秋のはその子にて役員に再び復帰せられる べしゆえに是非日島に譲渡されたしと言わ れる山村市のこの言葉に続いて秋の氏は科 の今回の発明は多大なる意義を持つゆ是非 とも日一社に対して発明件をちとせられた しと今世セリ 我はこれに対し一社のみへの発明権の譲渡 は考慮に入れておらぬ日本全国の牛乳会社 へその特許実施法を考えおるものなりと 答えたりノ市はさらば日東に特許実施権を 与えてくれなば日東から他の会社への使用 も可能なればまず日東独占にされたしと 申し入れ たり我が兼ねてこれを拒絶するに秋のは しばその実権の優先を日東に設定せられた しと再三コ 制すよって我はこれを両としその単価の 相談に入れ入れ り我は一本につき2000の特許料を要求 したり その理由は以下のごと なり現在まで吸乳便の後頭部は1枚の防水 種とゴムバンドで放送されてあるもこの 費用は我の計算するところによれば おそらく 14戦なむしかるに我の発明方法によれば 大体10戦程度で仕上がる見込みなれば その差額は4000なり これを双方半々に分けなば日東にては現在

よりコストに円安となり我も2000の 収入 を教授することをべし特別しよって右要求 するといいしに秋の市は牛乳の事実上の 利益はわずか2000ゆえ機殿の趣旨に 沿いこれを半分 分け分けとなし一戦にされたしと発言され たり我はしばらく熟慮したるが将来長い ことなるがゆえついにこれを承諾しここに 1本につきその特許事資料を一戦と決め 約束し たりこの時俺は重大な加護を貸した右のの 約束は後頭で交わしたものでなんらその場 で契約書も覚え書きも作成しなかったこと だそれというのが俺は日東乳業という一流 会社を頭から信用していたから だまさか後で欺かれるとは夢にも思わ なかっ た要するにこの口約束は俺の全から出た ことでそれを相手の大企業はデドのご踏み にったのであるここに大企業ならばどんな 横車を押しても中小企業ぐらいは外周一食 押し潰すわけにはいかないという傲慢さが あるましてや俺は一個人である今から思え ば生産部長が横に弁護士をつけていたのも 巧妙なやり方でこちらの心理をいかにも 法律的な約束ごとのように錯覚させる器形 であっ たこんな完成にはまったこととは夢にも 知らずそのよ俺は家に帰って早速このこと を新一夫婦に報告し た彼らの点はやがて狂気に変わっ たやっぱりおじいちゃんは大したものね そんな実力があるとは知らなかったわとは 手のひを返したように俺を 持ち上げ派手は夫婦で今日等乳業がどの くらい全国で牛乳を生産しているだろうか 仮に1ヶ月1億3000万本として特許の 実施料が1000だから月収 130万円いや日等のことだからもっと ある だろう1億4000万本ぐらいとして 140万円だそれに朝日入と 山印という大手に者があるこれらを加える といくらその他軍書の牛乳会社を加算すれ ばどのくらいになるなどとその晩は3人で ワワ言いながら興奮でいつまでも眠れ なかっ た思えばあの時が俺の最高の幸福だっ たその後日乳業よ よとして連絡なく我はようやく不安に駆ら れたりよってある時は電話である時は日 本社の受付に 赴き秋の市の費を確かめる樽に常に会議 出張病気血筋などと称して面会すること

あわざりきよりて我は全との会見の目的が 果たしてにあるかと不信を ぜり俺は焦ったとにかく日乳業ともあろう 大学者があれほど熱心に俺の発明を買いに 来たのだからなんとか連絡がありそうな ものだと思ったが何とも言ってこない秋の は元より俺の手元にある弁護士寺岡正の 名刺に書かれた事務所にも電話したがこれ も出張中とか手に入っているとか外出中 などと言って所在を掴むことができなかっ た日が立つにつれ月収300万円の可能性 は次第に薄らいでいっ たそれにも増して少数を覚えたのは新一 夫婦の夢を次第に壊さなければならない ことだっ た何しろ相手が 日刀保でなくとも誰でも信用するだから木 の早い新一などは早くも新築の土地を不 動産屋に頼んだりして大騒ぎだった相当な 収入になれば現在の会社もやめ有利な授業 を起こしたいなどと いう安子などは熱に浮かされたようなこと を口走っていたのみならずおしりの安子は 自分の実家や親戚果ては友人 知人に不調して回ったらしく誰からも展望 されてすこぶる上期限であっ た私の待遇が至れる尽くせだったのは言う までも ないしかし事実の経過とともに彼も心配し 始めおじいちゃん日東乳業からまだ何も 言ってこないか契約はいつかわすのかと うるさく最速するようになっ たそうなると俺は自分自身のためという よりも息子夫婦のため日東乳業になんとか 交渉の道を発見しようと 焦るついには日乳業の交換主は俺の声を 聞き覚え 相手につなぎもしないで即座にイスを使う という気の聞きよだっ たの受付ではまるで乞食親父がやってきた ような態度を示し ただがまだその段階までは良かった とにかく返上しない日島の不正に腹が立つ だけで住むことだったいや帰って交渉に来 た秋の市の報告案が重役会に通らず義理に 急して俺から逃げ回っているものとまだ分 は全員に解釈していたのであっ た昭和35年2月初旬なりき我は自宅に おいてたまたま古新聞の短編中よりラパの 未時代と題する新聞広告を発見し協定し たりそは我の考案したるものと全く同じ 形式にて牛乳便の口がビニールで覆われ たる写真が代々的に掲載され ありきその広告に 曰く牛乳も自動的な高等放送になりました

これは殺菌した薄いビニールシートの キャップを自動的にかせた特許新案 です日東ならではのアイデアで誇りや最近 の心配なく極めて衛生的ですからこれから はラパの道時代が来そうです です我は一瞬我が目を 疑り深い てる特許番号の問い合わせをなすべく 日東乳業株式会社に対し連絡を取りたるも 例のごとく一向に容量を得 ずようやくのことに会社総務部を訪問接し に応えせる社員はかりが交換せるため全く 我らには事情判明せずとの返事を繰り返す のみにして我を叫とする態度歴然 たりここにおいて我は完全に [音楽] 日刀保がを通じて2度とはあまいいや朝鮮 時代に鉱山のある男と共同出資した時その 男に裏切られミスミ航空の一望を盗み取ら れたことがあるだがあの時よりも今度の方 が腹が 立つなぜなら鉱山の場合は相手が布団感で あり悪党であったが今度の対象は天下の日 刀乳業だこの者は歴史も 社会の信用を白して いるそれだけに俺はふんに身をやかぬ ばかりだっ たよって昭和35年7月27日特許長長官 慌て調査を問い合わせるもこれまた容量を 得ずに 終わる我ここにおいて決心し同年8月地元 警察署に出頭 右広告文は我の発明を投与し天下に酷似し たるものなれば名誉既存成立するものと 信じ告発の相談をなし たり所轄書にては作用のようなことはここ にては取り扱わず警視庁捜査第2下に行く べしと言いたれば警視庁同化に出向き告発 の手続きをなしたり 1週間後警視庁よりの回答を見るに日東 乳業株式会社にては右方法はすでに特許を 取得してありとの記載あり我は大いに驚き 日程入行が所持せる該当特許番号の 問い合わせに警視庁捜査2科に出頭すしる に係はここにては取り扱いがえ検察庁に 行くべしと勧告セ らるすなわち8月26日東京地方検察庁に 出頭し右告発の手続きを完了すそのため 前後3回マルタ検察事務官に面会したり しかして9月17日東京事件に告発手続き をなす超えて10月4日午前10時同地の 呼び出しに より丸田検察事務官に説明 す同事務官は本件の早期集結を図るべく できる限り努力せむそのためには今後連絡

を3にせよと申され 激すが察長に提出した日入行の広告分に 関する告発内容は特許法 急報第130条第4項すなわち特許に 関わらざる方法を使用背しるためまたは 販売もしくは確するため広告看板引札の類 にその方法が特許に関わることを表示し また紛らし表情をなしたるものに該当する ものとして特許詐欺事件としたのだつまり この国訴を決するまでには俺は果たして日 等乳業がいかなる特許を取っていたかを 特許長の閲覧室に傾き赴き片っ端から工事 記録を調べた挙げ句どこにも街道番号が ないのを確かめたので ある また俺は一方特許庁長官に日東入行の特許 番号問い合わせを必要に続け内容証明配達 証明郵便を持ってしたところが特許長工業 書有権相談所の名で日東入業からは昭和 35年特攻第 555の特許出願中であるとの回答に接し ただがこれは明らかにイチだなぜなら俺は すでに昭和29年12月と30年1月の2 回にわって特許の出をしこれは33年4月 26日に特許番号を高宮次郎という俺の 名義で受領して いるしたって35年に 同一方法による特許申生はその年月の左 より見て明らかに俺の特許方法を見てから 投与したもので特許権侵害は明瞭だっ たそこで俺は35年3月26日に特許町宛 に特許異義申し書を提出し引き続き日刀 乳業に対し特許取消し請求を提起してい た今から思えば俺はこの特許権侵害だけの 1本やりで進めばよかったそれが新聞広告 に対する特許詐欺事件とし て刑事事件告発にしたのは刑事民事と両方 の告発で 弁護士を1人も雇っていないいや弁護料を 払う能力がないから慰むを得ず独力でやっ たの だ35年11月の半ばだった俺はまた検察 事務官に呼び出されたので東京地検に出頭 すると同事務官は優しい口調で俺に説明し た今日まで部を作成した日乳業株式会社の 広報部の係員を呼び厳重に取り調べたが党 の責任者が死亡したというので処罰の対象 がなくなっ た特許法の進歩なら党の責任者が死亡して も会社の代表者が処罰される両罰規定に なっているのであるが君の提出したのは まだ神法に切り替わらない前だからどうも 残念であっ たという意味のないことを言いさらに手に した六方前章のあちこちを開いて見せて

くれてこんな場合どこを見ても処罰するほ 法文がないと説明され たどう事務間の説明によれば 1不正競争防止法同じく罰則規定に該当せ ず 2被疑者が死亡したので訴訟の対象である 罰則の対象がなくなった3このままでは 時効となるとのことであったつまり広告が 新聞に掲載された昭和33年5月を犯罪 行為の発生とすれば36年5月に時効が 成立するという意味で あるなお同じ無間 は高宮さんあんたが弁護士も雇わず1人で 努力されるその意気込みと熱いに対しては 私は経由を表しているのでこれを事項で 処理することは忍びないまたこのままでの 捜査の持続 は国の乱用となるよっ てあんたが自発的にこの国訴を取り下げた 方が後々のためにいいのではないかそう すれば今に豆乳業と感情的に対立するより も次弾の方法もあると 思う とすこぶる親切にその場で国取り下げのを 出して鉛筆で取り下げ理由を自分で書いて 俺に示した俺は考え込んだうっかりその手 には乗らないぞとは思ったが今の事務官の 言葉では時男にすれば日東乳業との交渉が 持てるような含みがあるこれはおそらく日 入行の意を丸田事務官が受けて俺に暗示し てるのではなかろうかかと思っ てこれはいつまでに出せばよろしい でしょうかと尋ねた事務官は笑って今でも 良いのですよと答えた俺はよほどそれを 持って帰宅しようかと考えたが捜査の持続 は国訴の乱用になると言われた しそれにすでに国の対象になる部の責任者 が死亡したとのことであるから自行完了に はまだ事実があったが結局その場で告発 取り下げしを差し出し た今から思うとこれが敵の術だったのだ まず特許詐欺という刑事事件の方を 取り下げさせて俺の訴訟の外堀を埋めたの であっただがその取り下げ書を出しした後 帰りがけに俺も虫が知らすか太きになった の でまたさんその死亡したという被疑者に あたる方は何という名前でしたかと聞いた すると丸田ジム官 は私が呼び出して調べた日乳業の候補部の 係りは全部安倍の命令を受けて行動した と育堂に答えましたよと言い さらにあなたが日東乳業に知人があった から安倍健二のことを聞きになった方が 良いでしょうと言っ

たそれで俺はそんなことをするよりも当人 が死亡したという事実の証明書を書いて もらった方がいいと考えそう要求した ところ事務官はあいや高宮さんそれは我々 にはできませんよなぜかと言うとほら医者 が患者の体の診察をした内容を他人に 知らしてはならないことになっている でしょうあれと同じです検察長の操作の 内容はどこから要求があっても見せること はできないのですただ安倍検事が死亡した ということは我々の調べではっきりして いるからそれでいいじゃありません かと言ったので俺もそれ以上押し返すこと はできなかっ た我は直に被告発者たる日乳業株式会社 人事家に対し被疑者と称せられる安倍検地 なる人物の在籍の有を電話に行って 問い合わせしに即自彼は昨年9月後報部長 にて死亡セリとの明確なる回答を受けたり よってその遺族の住所を重ねて 問い合わせるに不明なりとの簡単なる答え ありまた我は安倍健二の名はいかなる文字 にあるやらをさらに問い合わせたるに安倍 は安定の案倍数の倍にて検事は健康の件 関数時の2なりとの答え なりその後なおも関係筋を収集調査せるに 安倍検事は安全とせざりしところ翌36年 1月に至りて日業事会員小林市より被疑者 安倍健二なる人物の住所は東京都世田谷 北沢6丁目860番地なりとの回答を得 たりより手現地調査をなすに北沢は1丁目 より5丁目までにて6丁目なきことを確認 す即事電話にて右地上小林市に連絡せるに 同士は間違いましたといい北沢5丁目 860番地なることを訂正 せりよりで引き続き現地を調査接しに安倍 検地なるものの移住接し模様なくしかも 当該1番は二等乳業株式会社の量の宿舎 なり外良は独身者のみにて学生量なること 留守の老婦人より長手すさらに外良は今 まで世帯持ちのものは移住接しことなき ことも確認し たり 5俺はその時足ぼにして下北沢付近を 歩き回ったことを覚えている近年にない 寒い冬であられたばしる中を米国配給店や 酒屋などを聞いて回った結局安倍検事なる 人物は移住していないと分かったさらに 所轄警察署と北沢3丁目の公判でも調査し たが同様不明だっ たなぜ日乳業は実在しない人物をイルカの ように俺に告げたのがその真意が分から なくなっ いや分からなくはないのだこれは日入行が 事項の成立を狙って時間稼ぎをしていたの

で あるまた検察事務官も事項が後わずかで 成立するからこの告発は取り下げた方が 良いと忠告したぐらい だ敵はその自行成立までを逃げ回っている の だしかし俺はそれで諦めなかった相手の 意図が分かっているから余計に維持となっ た日東乳業の方面を調査した結果昭和32 年から昭和34年までの広報部長は山本で 山本という人であることが分かった安倍 健二なるものはその公認として2月から 広報部長に就任していることも分かっただ がここにも会社側の1つの術があったそれ は安倍検事 が小里編の あ部員の部ごWOMANの 剣三水治まるの字であることが調査で判明 したのだ安倍検事ではないのだ同じ音では あるが文字は全く違って いる日東乳業の人事会員に前に聞いた時に はいいの字を説明して 確かに安倍健二と告げたこれも俺を惑わし て時間稼ぎをするためだったの だ結局安倍健二は実在の人物と分かったが 今度はその死亡した病院を突き止めなけれ ばならなかったこれも寒い最中に大変だっ たがもう一度日乳業に電話して安倍健の 知人だがその遺族がどこに住んでいるかと 尋ねた室俺の声では交換代に分かるから 地人を代理に立てて質問させたのだ先方は うまくそれに乗って安倍氏の遺族は杉並堀 のうち52番地に移住していると解答した そこで俺は杉並警察署や堀の内1丁目の 交番で番長を尋ねて回ったところようやく 安倍健二と書いた古い表さにあたった出て きたのは何も知らぬ未亡人だった俺はそこ で安倍氏が会を患って東京医大付属病院で 死亡したという答えを得た今度は都電で 柏木2丁目まで 行き東京医大付属病院で安倍検事が確実に 死亡したとの証明を得 た俺はこの安倍検事を突き止めるだけでも 1ヶ月以上かかっている [音楽] そこで早速東京地検に出頭し丸田検察事務 官に面会して以上の経緯を述べ被疑者は 死亡したというが被告側の日島乳業では かかる不正実な差出を労しているので特許 詐欺事件に関する告発は取り下げるわけに は床の胸を陳述し た丸田事務科は困った顔をしていたが言葉 だけは親切に あんたがそういうなら仕方がない国訴なら ば一旦取り下げたドイツ事件に対して再

告訴はできないが告発ならそれができます よと教えてくれたそこで俺 は約して再告発の手続きを行ったのだっ たまた事務官は俺の書いた上信書を見た上 高宮さんこの告発をなされてももう自行 成立に時間がないから無駄かもわかりませ んよと言った俺は最後の瞬間まで頑張ると 答えた一方別な面を調査すると業界新聞や 人事更新所などでは安倍検事なるものは 事件当時担当職に在籍しなかしていなかっ た事実が濃厚となってきたつまり当時の 広報は山本市が引き続き在職していたこと が確実となったしってこれは日乳業で たまたま死亡した社員を広報部長なりと 称して被疑者の責任から逃れさせようと する工作だったと分かっ た敵は20にも30にも形を労して俺を命 に落とし入れいたずらに調査に疲れさせ自 成立の事実を稼いでいたの だこれが高宮郎という一個人を相手にした 大企業のやることだろう か日東乳業は俺に一本一戦の特許時資料を 支払うのが惜しくなってこれを投票した上 告発を受けると必死 に訪問をくぐり抜けようとしていたので あった寒い冬がいつしか温かい春となった 俺の継ぎはぎだらけの厚ぼったいフル オーバーも雨や雪に汚れ歩き回ったため 袖口や襟がすり切れてき た俺は至るところで俺の発明品が氾濫して いるのを見た町にビニールシートの大いの ついた牛乳便が氾濫している店頭にも住宅 にもそれが入って いるこれは日東乳業だけではない日東乳業 に習って氷山印も朝日乳頭も全部俺の発明 品を登用していた牛乳便の頭俺をあける ようにピンク木青鳥取の色で街中に揺れて い た夏の日を歩くと喉が乾くだがどんなに 乾いていても俺は自分の発明を盗んだ牛乳 瓶に手を出す気はしなかっ た家でも孫のために牛乳1本ずつが来るが その口多いのビニールを見ただけでもゾが 湧い た俺が世帯を持っているならそんなものは 1本も入れさせないのだが息子夫婦が実験 を握っているのだからこればかりはどうに もならぬ孫のテルコはその牛乳瓶をかざし て これおじいちゃんが考え出したのねと言う からああそうだよと答えたすると安子が それを聞きつけ ていくらおじいちゃんの新案でも1問にも ならないんだからねおじいちゃんそんな ことを言わない方が真しよと嗜めた金持ち

を予想した彼女は腹を立てているがその 立場に乳業に向かよりも俺の不quite なさに投げつけられていただが党の俺は どうなのだ外であること嫌をなしに何千何 万本もの俺の発明品を目にしなければなら ないこれが1つ1つ一戦の収入になったら なと思う大声をあげてわめきたいほどに 豆乳魚ののりたく なる俺のファイトとはそれでさらに書き たてられ たおじいちゃん毎日歩き回っているけれど 聞き目があるのと嫁の安子はいかにもご 苦労様とあ切り顔になった今度はどっちの 方面に行ってるの俺は1人でやきもきして いるのにそんなことを自分勝手な運動と とっている嫁に腹が立ったが言っても仕方 がないのであああ花のむく方向へ行くよと 答えてやった俺はその頃遊楽町の新聞者に せっせと足を運んでいたの だあの新聞広告を掲載した新聞であるこれ も給与の一策で日東乳業にどんなに足を 運んでも責任のある人間は俺を避けている とにかく裁判とは別に奴らのを取らぬと気 がすまぬので新聞者を思いついたの だ俺は久保たにこのままではどうしても 済まされないからなんとか社会部に話して 以上の生殺を新聞の記事にしてもらえない だろうかと頼んだの だ新聞者としてもたえ事情は分からなかっ たにせよ特許県侵害の広告を掲載したのは それなりの責任があると主したのだっ たそうですねそれじゃあ社会部の記者に 会ってみますかと久保田は眼鏡の奥から 細い目を しいしたい た俺はヨシアという髪のバサバサした ボサボサした脂ぎった顔の記者とあった そして大企業がいかに個人の特許を侵害し て平然としているか またこちらの追求をいかに長期間逃げ回っ ているかを 詳しく訴え たするとよしや記者はよくわかりました ニュースは古いがこれで現在あなたが困っ ておられることはニュースとしては僕は 良いと思います記事に書きましょうしかし ですねこれを取り上げるかどうかは部長の 権限ですからこの電話1つ了承して くださいと言った俺は吉記者の顔を見て この人は正義感だなと 思い少し頼もしくなったその後俺は吉明 記者を唯一の頼みとして連絡を取りながら 自分も調を調査を進めていたところ7月 21日によ記者が有楽町の喫茶店で会い たいと電話で行ってきた暑い日だったちび

かとに粘りつくアスファルトを踏んで指定 の喫茶店に入ったが吉谷記者は俺の顔を見 て頭をかき実は日東乳業からどうしても 問い合わせの返事を取ることができません でしたそれであなただけの話では一方的に なって公平な記事を書くことができません またこちらの調査でも特番号を知ることが できませんでしたまあ1つご勘弁ください と謝ったさらによし記者は言葉を継いで 社会部としてこれ以上その特許番号を聞く ことはできませんのでやっぱりこれは広告 部でその番号を聞いてもらう他には手は ないでしょうね何しろ向こうの方がそっち は専門家ですからと言ったそこで俺は形を たして次のように吉記者に行っ た大新聞社に依頼した広告主がその広告分 の中にある特許正法の番号の問い合わせに 対して答えられないというのは不可解です 日本のみならず世界でも有数な発行物数を 持つ新聞としてその掲載新聞広告には当然 責任が持たれているものと 同者信用していると思います私も今までは そう信じていましたそれなのにこのような 返事をいただこうとは思いませんでし た吉明記者は俺の態度にけされたのかそれ ともこの正論には返す言葉もなかったのか とにかく僕と一緒に広告部に行きましょう と言って誘い新聞社に戻り者の広告部長と 会見の手はずをしてくれ た 6広告部長は今後の結論を出すようにする ゆしばらく猶予されたしと申しであるに より確約して同務者を辞去 すしに春日を来る8月2日久保田広告部員 より次のごとき電話連絡ありたり その件はすでに警察庁に全部申し出てある から問題はなくもう住んだはずだと思うと 日東入行から返事がありましたよって我は かかる返事は返事にもならぬと思い久保田 に対しでは日東入居は特許番号に対しては 答えられなかったのですねと念したるに 同士はそうですと答えられたり よって我はこれ以上新聞社と交渉するも 無駄なりと悟り交渉を打ち切り たり俺は大新聞者ともあろうものが自社の 発行する新聞広告にこのような無責任 極まる措置を取ろうとは思わなかった そんなことをりたくはないがこの新聞者に とって日入行は大広告主で あるの広告部が俺の言うことは十分に了承 しながら相手方に突っ込みができなかった こともここに由来すると 思うまた吉明者の正義感を持ってしても 記事にかけなかったのはやはり同じ理由に よるものと思っ

た俺はこうしてあらゆる努力を1人でやっ てきた関係方面を回って事実の救命に必死 に努めた それはことごとく失敗にきした初めこの 問題を刑事事件に俺が持ち込んだのはこれ を一挙に片付けたいのと相手側への打撃を なるべく大きくしたかったためだがこう なるともはや万策は尽きたここで俺は方法 を変えていよいよに投入業株式会社その ものを相手取った民事訴訟に突入する決心 になった 俺は1人でまた六方全書を繰り返して読ん で研究したその結果東京地方裁判所に提出 したのが日東乳業 株式会社代表取締役野田強しを被告とし た 1特許法100条による差し止め請求訴訟 2特許法10による損害賠償請求訴訟3 特許法160条による信用回復措置請求 訴訟4特許法196条の特許権侵害罪に よる刑事 訴訟同罪規定適用の準備などだったさらに 他の適用法令の活用方法を研究した 昭和37年5月12日東京地方裁判所に 対し断固として訴訟を提出 す事件番号は昭和37年は第3抜抜抜合 なり担当は同裁判所民事第29部裁判長 川内明夫裁判官原 裁判官竹内 龍作裁判所初期官柴田松夫と決定 す同年10月5 日同地裁民事第29部準備手続き室におい て行われたある第4回準備手続き調所の 作成当日までは何事もなく進行したりきり 下りシカルに第4回準備手続きの当日を 景気として事態は著しく急変し たり東京地裁に訴訟を出してから第4回 準備手続き長所ができるまで約半年かかっ たそしてこの第4回目の準備手続き長所を 見てから俺はびっくり業転したの だその次第を荒まし言うと第1回から第4 回までの準備手続きはずっと竹内最判官に よって続行されてきたが3回目が終わると それまでの論争点を要約して概略の要約 長所を作成これを裁判所側が日東乳業と俺 との双方の当事者に提示するようになっ た原である俺はその要約長所の下書き文書 を竹内裁判官 から提示された日東入行では寺岡弁護士を 代理人として意なき胸を早くも回答して いる俺はその要約長子を読みたいので時間 上の余裕を10日間申し入れて借用法を 申し込んだこの申し立てに対し竹内裁判官 は どうぞごゆっくりと言いその下書分の1

つりを貸してくれたものだっ たその時竹内裁判官はもしあなたがこの 下書き分を見て訂正を用する箇所があっ たらその箇所には付箋を調布してこちらに 戻すようと言っ たそこで俺はその10日間の執行猶予期間 中に 猶予期間中に下書き分を熟読へ閲覧した 結果こちらに不利と思われる文句が14 か所あったので裁判官の言う通りそこに 付箋を張って10月17日に東京地方東京 地裁民事第29部に提出し た井は訂正した要約所の副本の争奪を待っ ていたが次回の高等弁論の前日になっても 一向に裁判所から送ってこないので地裁に 出かけ初期官にそれを請求し たところが初期官からはようやく長所の 下書分は今ニト乳業に預けてそれをタイプ に印象するよう頼んであるから歴史第その 副本をあなたに送るという回答があった俺 はそのまま帰っ たしかし帰宅ご考えているうちにどうして も腑に落ちないことがあったのである日の 高頭弁論開始を待たずにその夜裁判所に 駆けつけてその請求要件を署名にしめた ものを宿直員に差し出し たおじいちゃんどこに行ってたのと帰ると 安子が聞いた 無理もない昼間裁判所から一旦家に戻って 不信を思いつきその容量を書面にしめて8 時頃から家をまた出かけたので帰ってきた のは夜の11時頃になっていた俺は正直に 言うとまた安子に何か言われそうなので ああちょっと新宿あたりをぶらついてきた よと口を濁し たうわ若いもではあるまいしあんまり変な ところをうつかりくださいよと安子は建築 を食わしたもの だある日はいよいよ高等弁論の日だ午前 10時に東京地裁の第29部法廷に出ると まだ要約長所の複本を渡さないので俺は 初期間に請求した 挙句やっとタイプで印刷された副本を 受け取ることができた 海底ギリギリまで待たせたわけだ早速その 要約長所の副本を読もうとした 時川内裁判長が法廷に入ってきて海底と なっ た裁判長は着席するなり原告高宮自と呼ん だので俺は慌てて原告席に着い たその時被告日業のに寺岡弁護士もついで 席に入ったこんなわけで俺はその要約長所 の副本を読むことができないままに高等 弁論の体制に入らされたのだこれはいかん と思ったこの要約長所は果たして俺が訂正

した通りにできているのであろうかまた タイプは被告側である日島乳業で打たれた のである後から何が書き込まれているか 分かったものではないのにそれを熟読する 余裕も与えずにすぐ高等弁論開始とは不審 戦盤だと胸の高を沈めることができなかっ たそこで俺は裁判長に即自発言の許可を 求めこの高等弁論を延期していただきたい のでありますと強く要求したそして今日に いたまでの経過を略説明し た川内裁判長は川原竹内両裁判官と顔を 合わせてしばらく打ち合わせした後この 高等弁論も準備手続きとする胸を 言い次回の高等弁論は昭和37年12月5 日に延期すると戦し た俺ははやっとの思いで家に帰って ようやく長子を熟読したがそれはタイプで 印刷されたものを青写真に取ったものだっ た虫が知らせた通りその要約長所の被告側 には日刀乳業の手によって重大な変化が 行われていることを発見したのだその文句 は次の241文字だっ た なお被告の方法は牛乳便の頭部に対し常に 上蓋争点の操作を 用し牛乳便の開口に も器具またはその他の方法による紙蓋の 除去を要する点で本件特許発明と作用効果 を異にするなお本件特許発明は牛乳便高等 部 の報復方法を称するが事実は牛乳の留出 防止を絶対的目的とする密封方法で紙蓋の 除去も用しない点で付属的結果的に衛生的 であるというものであり被告の方法は単に 牛乳便高等部の汚染防止という衛生的効果 を唯一の目的と する被服方法で機密保持は神部によるもの である点において本件発明と目的を異に するもので ある 7こんな馬鹿な論理があろうかこの文句に よると俺の特許発明は実はは牛乳の留出を 防ぐのを目的とした密封方法で紙蓋の除去 がいらない点で結果的に衛生的であるだけ だというのだ一方被告の日東乳業のは牛乳 便高等部の汚れを防ぐという衛生的効果を 唯一の目的とした被覆方法で機密保持は 神部によるものであるから特許発明とは 目的が違うというのだこれは子供魂の論理 で今発売されている日東乳業や氷山印朝日 入刀などの瓶を見れば1目で 分かる俺の特許発明は紙の蓋が中に詰まっ ていることを前提とした上での報復方法だ つまり問題は紙の蓋があるなしに関わらず その上を覆っているビニールシートの報復

方法にあるので あるこれははっきり問題のをずらして恋に 俺の特許用を正当化しようとするたみで あるしかもこれで通れば以後の抗議はでき ない仕組みになっている危ないことだった あの時これを6に読みもせずに高等弁論に 入っていれば立ちまちこれに引っかかって やられるところだった日刀乳業がギリギリ まで副本のタイプを送らせたことも怪しい しそれを理由に直前までその副本の映しを 俺に渡さなかった裁判長は大企業とグルに なっているとしか思え ないもし裁判長に誠意があれば副本が俺の 手に渡るのが遅れているのを当然に知って いるわけだからまず高等弁論開始前に俺が それを熟読したかどうかを聞きたしその後 に高等弁論開始をセすべきで あるまた当事者同士の今までの論争には 全然出てこないこのような新しい文句が 付け加えられてあるのだから裁判長もとく にこれに気づいているはずで ある両親的な裁判長ならまず日入行に対し これを当事者双方の主張になかった文句で はないかと注意しなければならないところ だ言うなれば日が最後のギリギリまでこの 副本の印刷を送らせて俺に渡さないように したのは俺の目をごまかしたまま後頭弁論 で一挙に有利に立とうとする腹であり裁判 長もまたこれに凶暴したと言わなければ なら ないこんな裁判長の元では高成な裁判が できるはずが ない第4回準備手続き長所を見て事実と 全く相反したることを発見した我は到底 通常の常識にては考えられない事態を重視 し訴訟費用なき我がを我が心で10年間 今日まで激励して戦いきたりしもさらに またいつまで続くやも分からぬこの闘争を 続行すべくややもすればみがちなる我が心 を知するとともに投資を 燃やし断固としてこの恨みをはらむと思い きしかして今日までいたの人々が我と同じ 経路を踏み大企業のために押しつぶされ たるかに思い至ればこれらの人々のために 無いと決意を新たにし たりついで昭和37年12月21日午後3 時 俺は民事第29部準備手続き室で川内裁判 長と面会したこの時は他の2裁判官は同席 せず初期官もいなかった俺と裁判長だけ だった俺はようやく長所に不審の点がある のでそれについて聞きたいと質問した川内 裁判長は不機嫌な顔でようやく長子はどこ までもよですからねそれで良いのですと 言った驚くべき返答である俺は色をなして

裁判長さんもし裁判長さんが今の私の受け ているような重大な局面に立場を変えて 立たれたとしたなら裁判長さんはどう考え になりますかと言っ た川内裁判長はこれも顔色を変え てあなたは私に喧嘩をふけに来たのですか と強く言い返したいや私は喧嘩をしに来た わけではありません今自分としてはあまり の主義に 驚きどうしても納得できかねるので平いな 言葉で講義的に質問をしているだけであり ます俺が言うと裁判長は握りきってどうも 素人は困ると呟いた そこで俺は言っ た私は法律は素人とも苦労ともないと思い ます常識的なものから法律 はできておると私は考えております今私は 相当に興奮しているからこれ以上裁判長 さんと話し合うことはできません気持ちが 高ぶってに自信を持つことができません からこのまま帰らせていただきますと言っ た川内裁判長は俺の言葉にたいて見えたか 今度は優しい声に変わり急に話題を変えて ではあなたの質問を聞きましょうと言った だが俺はあまりのことに頭に血が上がり 登り頭痛がしてきたのでそれには答えずに 黙っいた裁判長はそういう俺の様子を じっと見ていずれにしても要約長所という ものはどこまでも要約ですから後で訂正 することができるのですあなたの訂正さ れようとするところを明示して くださいと言っ たそれで俺もようやく気持ちが和んで 改めて裁判長に訂正の趣旨を説明した ところがその準備手続きの終了する頃に なって被告側の日東乳業株式会社代理人 寺岡弁弁護士が入室してきた裁判長は寺岡 被告代理人にそれまでの経過を話し要約 長所についての打ち合わせの打ち合わせ その他を行っ た俺は最後に裁判長に向かい要するに本 要約聴取を閲覧した結果当事者双方の具体 的論争点が欠場していますこの解決には 当事者双方の特許後報を付き合わせて調査 することが1番の早道 でしょう私の方は特許後報の提出を早く からしています裁判長さんは被告の特許 広報の提出を求めないで被告の言反論 ばかりをようやく長所に記載されているの はいかなる理由によるものですかと再び 詰め寄っ た川内裁判長は頷いて被告代理人に対し てあなたの方はなぜ特許候補を提出しない のですかと質問したこの尋問に対して寺岡 代りには苦しい顔をしていた

がそれは煩わしいからですとようやく言っ たなぜ煩しいのですかと裁判長が聞くと 寺岡弁護士はついに答えられずに沈黙した 呆れた話だこの問答を聞いただけでも日 乳業がいかに高であるかがわかるだがが いくら法定技術にたけた寺岡弁護士でも 特許を取っていないものを出せと言われて も返事に急するだけなの だ特許がないから番号を見せるわけには いかない坊主に曲げを見せろというような もの だ詰まった弁護士は苦し紛れにそれは 煩わしいとか面倒だとか言って逃げようと した ここ までこが無な強弁が口から出るとはさすが に日東が頼んだ弁護士だけあるおよそ法廷 で総称の重要な書類提出を煩わしいなどと いう理由で拒否できたらそれこそ天下大平 であるいかに被告にひきをしている川内 裁判長でもこれには言うところを知らない 表情ってでただそれでは次回準備手続きの 時までにあなたの方の特許候補を提出する ようにと申し渡したその次回の準備手続き 記述というのが今日すなわち昭和38年1 月18日で ある 8俺はノートから顔をあげた いつの間にか1時間経っている呼び出し 時間はとくに過ぎていたまさか廊下の椅子 に座っている俺を忘れたわけではあるまい と思い窓口に行くとそこに川内裁判長が 通りかかった裁判長さん時間は大分過ぎて いるようですが海底はどうなったの でしょうと聞くと実は寺岡先生が不明だ から私の方も困ってのですと言い捨てて そくさと通りすぎた寺岡先生だかなんだか 知らないが帝国より1時間以上も待たせる とは大会社の代理人とも思えない振る舞い であるいやいやそうではない日刀乳業の 代理人だからそんなズボをするのだろうと 思っただがこれはズボではないのだ彼は この前裁判長から日乳業の特許候補を提示 するように言われたが何を提示していいか 分からずうえているのではあるまかまさか 今度も煩わしいからというわけには行くま その寺岡代理人がやっと姿を表したのが 帝国より1時間半遅れてであっ たよほど急いできたと見え息をはは吐いて いたその場に寺内裁判官は列席してい なかったなぜ前回まで担当し た竹内裁判官が欠席をしたの か彼はなぜ川内裁判長の準備手続きを補助 しようとしないのか俺は不審に思った遅れ てきた寺岡弁護士に裁判所はそれまでの

経過を説明したその時寺岡弁護士はカから 書類を出したそれが前回に裁判長から要求 した被告の特許候補の一部であった俺は胸 を踊らせてそれを見たそれは果たして俺の 予想した通り日東乳業の特許番号ではなく 実に日東乳業が昭和31年3月28日に 出した特許出願の番号に過ぎなかっ たそこで俺は立ち上がって裁判長に言った これは特許出願であって まだ権利設定の許可を取っていないもの です被告側はこのような真しで長年私を ごまかそうとしてきたのであります裁判長 はどうかこの証拠によって速やかに日東 乳業の特許権侵害の事実認定について裁断 をお願いしますと言っ たすると寺岡弁護士はオの方に いや高宮さん我々の特許出願はあなたの 出している牛乳便行頭部の報復方法とは 内容的にもまたその目的とするところも 違いますからこの 日刀保したものは全く別個のものですよと 言っ た被告側代理人が裁判長の許可も得ずに 直家に俺に行ったのはよほど気が焦ってい たものと 見えるそこで俺は寺岡弁護士に行っ たあなたの方で言う特許申請の内容は私も とに承知しているしかしそれは今度の要約 長所に私の知らないうちに書き込まれた 241文字の記載の内容と全く同様で 明らかに私の発明の投です私のを申し訳的 ばかりに 申し訳的に少しばかり一部変えただけで 全体から総合判断して私の発明と少しも 違わないの ですと言葉激しく言い返した次に俺は裁判 長に向かい裁判長さん許可も得ないで発言 したことは誠に愛すまぬことですしかし側 がお聞きのような弁をしています裁判長 さんはこれをどういう風にお考えですかと 聞いた川内裁判長はこれは困りましたね 双方の主張がまた今本に戻ったと言ったの でいや少しも戻っていません私は日東入行 が私と同じような牛乳便の報復方法を 施しそれを侵害でないと主張するからその 根拠となるべき日乳業所有の特許番号の 明治を求めたのであり ます私はこのことだけを知るためもう10 年間もかかってい ますいちいちは申しませんが法廷の外で 大変な苦労をしてきたものであり ますそしてやっと法廷に出てみれば相 変わらず日乳業側はこんな差をほど労して い ますもし被告側で市に正当な特許権を所有

していたら前回に裁判長もお聞きの通り 特許候補の提示を求められた被告が 煩わしいからと言って拒絶に拒絶の理由に するはずもなくまたなぜ煩しいのかという 裁判長からの質問に沈黙するはずもあり ませ んこれらはいかなる理由によるもの でしょうかこれこそ被告自身が正当な工業 特許権を持っていないことを最もよく語る ものではありませんかと言ったすると川内 裁判長は高宮さんその手については裁判長 として も何も意見を言うことはできません これからの心理によって結論が出ると思い ますただこれは裁判長としてではなく1 個人の川内の感想として聞いてもらいたい のですというからほう何ですかと俺は聞い たそれはですね日本の工業特許法はドイツ のそれと比べて大変に狭くされているのは 特急が個人の利益の独占というより も社会の利益教授という立場に法の精神が 置かれているからですよつまり工業特許は 社会との契約であるという通年から独占権 はなるべく小さく与えた方が良いという ことなのですですから特許権取得者にとっ ては不満があるでしょうが異常の法令から 他人の特許の一部を変更しても特許権侵害 にならないというケースが多くなるんです これはあくまでも一般論ですから私は本件 関係事項について言ってるわけではあり ませんその点は了解して くださいそして今言ったことは裁判官とし てではなくどこまでも川内個人の感想です からその手も含んでいて くださいそして裁判長は次回は38年5月 15日にすると言っ たそれでいいんですね寺岡先生と裁判長は 被告側の代理人に聞いた寺岡弁護士は俺の 方に連勝して頷い た俺はは足を引きずって我が家に戻った年 を取って気落ちがすると余計に足がもつれ て くる家の前で嫁の安子が近所の女と立ち話 をしていたが俺が家の中に入るのを見てお しりをやめて戻ってき たおじいちゃんどうでし た俺は10年前から来ている汚れたオバを 脱ぎながら 日東乳業はやっぱりイチなことを言いよっ た特許権も何も持ってやしないと言っ たそいじゃあおじいちゃんが勝ったんです か常識ではとっくに勝っているが日本の 法律はどうも正義のためには作ってない らしいいや法律は正常な常識の上に立って いると思うがそれを運用する裁判官が正義

でのためではなく法律の軸の万人だなだ から大企業やその代理をしている悪徳弁護 士に手もなく絡まれてしまうの だ何のことだかわからないけれどおじい ちゃんが負けたというのですねいや負けは せぬ俺はどこまでも戦ってやる何年かかっ ても いいそんなに1人で利金でもだめですよお じいちゃんには弁護士も何もついていない んですから ね弁護士がいなくとも俺はここまでやって きたこれからもやるん だ1問にもならんことをやっても仕方が ありませんよもううちも訴訟費を渡すませ んから ね子代だとかなんとか言って金を取らない でくださいよええともお前たちには迷惑は かけぬ俺が持っているものを洗いざらい 七夜に置いてでも火は 作るふおじいちゃんの汚いものなんか七夜 が取ってくれるもんです か子はさ初めからこんな結果を予想してい たよにせせら笑い目だけ光らせて出ていっ た俺は縁側に腰として外を見 た今年も歯を落とした小の先が寒い風に 震えて いるあの特許を取ってから俺はこれで何度 目の正月を迎えたのだろうと思っ た川内裁判長が言った社会との契約という こと葉が頭に浮かん だ社会との契約という攻撃の名において いかに独占企業が特許法の不味に講じて 応募を極めたことかその社会からすら俺は 弾き出されているのではない か俺は早くも暗くなった自分の部屋 で保護の裏に下書きを書き始めた [音楽] 裁判官費申し立て書原告高宮 次郎被告日等乳業 株式会社担当裁判官裁判長判事川内明夫 半治川原泰彦半治竹内 龍作原告高宮郎は表記事件を担当する裁判 官全員3名を民事訴訟法第37条の条文に 基づき拒否することをここに 申し立てる申し立ての 趣旨 1昭和37年10月15日東京地方裁判 所民事部記録閲覧室において原告高宮実郎 は 本件の訴訟記録を閲覧したる結果別子準備 手続き長所及び高等弁論長所に記載されて ある記録は事実と全く総意 しかつ原告の知らざる事項の記録のあった ことは原告の甚だしく遺憾とするところで あるかかる事体は裁判の構成を防ぐべき

事情ありと原告は思考するもので あるゆえに原告はこのままの状態において の本事件の裁判の続行を拒否するもので あるよって子宮構成なる裁判を開始せられ て本事件の集結を告げられることを希望 するもので ある申し立ての 1第4回準備手続き長所の記録事項中当時 者の陳述等の項目内におけ る安子が部屋の入口から覗いた気配を知っ たが俺は振り向きもせずに書き続けた子宮 構成なる裁判によって本事件の集結を告げ られむことをと書いた時には 運営の前頭を持って涙が落ち た

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