【朗読】伊藤左千夫「野菊の墓 」 朗読・あべよしみ
伊藤幸を 咲野の 墓後の月という自分が来るとどうも思わず にはいられ ない幼いわけとは思うが何分にも忘れる ことができ ないもはや10年あまりも過ぎ去った昔の ことであるから細かい事実は多くは覚えて いないけれ 心持ちだけは今なお昨日のごとくその時の ことを考えてると全く当時の心持ちに 立ち返って涙がとめどなく湧くので ある悲しくもあり楽しくもありというよう なあり様で忘れようと思うこともないでは ないがむしろ繰り返し繰り返し考えては 無限的の興味をむさぼっていることが多い そんなわけからちょっと物に書いておこう かという気になったので ある僕の家というのは松戸から2ばかり 下ってやりの私を東へ渡り小高い丘の上で やはり矢切村と言っている ところ矢切の斎藤といえばこの界隈での 休暇で里の崩れが人ここへ落ちて勝になっ たうちの1人が斎藤と言ったのだとじじ から聞いて いる屋敷の西側に一条56尺も回るような シの木が45本重なり合って立って いる村1番のいで村中から羨ましがられて いる昔から何ほど嵐が吹いてもこのシモの ために僕の家ばかりは屋根を剥がれたこと はただの1度もないとの話 だ家なども随分と古い柱が残らずしの木だ それがまたすすやら赤やらで何の木か 見分けがつかぬぐらい奥の間の最も煙に 遠いとこでも天井板がまるで油 thereforeで塗ったように板の 木目も分からぬほど 黒いそれでも立ちは割合に高くて簡単な ランマもあり銅の釘隠しなども打って あるその釘隠しが馬鹿に大きい癌であっ たもちろんちょっと見たのでは木か金かも しれないほど古びて いる僕の母なども先祖の言い伝えだからと 言ってこの戦国時代の異物的古いを大変に 自慢されてい たその頃母は血の道で久しく患っておられ 黒塗り的な奥の人間がいつも母の病弱と なってい たその次の10条の間の南隅に2条の小 座敷が ある僕がいない時は旗降り場で僕がいる うちは僕の読書室にしていた手すり窓の 生子を開けて頭を出すとシの枝が青空をて 北を覆て いる母が長らくブラブラしていたから市川
の親類で僕には縁のいになっているたみ子 という女の子が仕事の手伝いやら母の看護 やらに来ておっ た僕が今忘れることができないというのは その民子と僕との関係で あるその関係と言っても僕はたことな関係 をしたのでは ない僕は小学校卒業したばかりで15 歳月を数えると13歳何ヶ月という 頃たみ子は17だけれどそれも生まれが 遅いから1515と少しにしかならない 痩せぎすであったけれども顔は丸い方で 透き通るほど白い皮膚に赤身をおんだまに つのいい子であっ たいつでも生き生きとして元気が良くその 癖際は弱くて肉の少しもない子であっ たもちろん僕とは大の仲良しで座敷を吐く と言っては僕のところを覗く生子をはくと 言っては僕の座敷へ入って くる私も本が読みたいの手習いがしたいの というたまには畑の絵で僕の背中をつい たり僕の耳をつまんだりして逃げて いく僕もたこの姿を見れば恋いこいと言う て2人で遊ぶのが何より面白かっ た母からいつでも叱ら れるまたタヤはまのところへ入ってるな こらさっさと掃除をやってしまえこれから はまの読書の邪魔などをしてはいけません タミヤは年上のくせになどとしきりに小言 を言うけれどその実母もたこば非常に可い がっているのだから一向に小言が効か ない私にも少し手習いをさしてなどと時々 たみ子はだだを言うそういう時の母の小言 も決まって いるお前は手習いよか縫です着物が満足に 縫えなくては女1人前として嫁に行かれ ませ んこの頃僕に一点の邪念がなかったは もちろんであれどたみ子の方にも嫌な考え などは少しもなかったにそういないしかし 母がよく小言を言うにもかわらずたみ子は なお朝のご飯だ昼のご飯だと言うては僕を 呼びに 来る呼びに来るたびに急いで入ってきて本 を見せろの筆をかせのと言ってはしばらく 遊んでいるその暇にも母の薬を持ってきた 帰りや母の用を足した帰りにはきっと僕の ところへ入って くる僕もたみ子が覗かない日はなんとなく 寂しくもたらず思われ た今日は民さんは何をしているかなと 思い出すとフラフラと所出を 出るを見に行くというほどの心ではないが ちょっとたみ子の姿が目に触れれば気が 落ち着くのであっ
た何のこったやっぱりたこを見に来たん じゃないかと自分で自分をあったような ことがしばしばあったので ある村のある家さ午前が止まったから聞き に行かないか門が来たから聞きに行こうの と近所の女どもが誘ても民子は何とか断り を言うて決して家を出ない隣村の祭りで 花火や飾り物があるからとのことで霊の 向こうのお浜や隣のおせらが大騒ぎして見 に行くというにうちのもらまで民さんも 一緒に行って見てきたらと言うてもたみ子 は母の病気を言いまにしていか ない僕もあまりそんなところへ出るは嫌で あったから うちにいるたみ子はこそこそと僕のところ へ入ってきて小声で私はうちにいるのが 一番面白いわと言ってにっこり 笑う僕もなんとなしたばそんなところへ やりたくなかっ た僕が3日おき4日おきに母の薬を取りに 松戸へ行くどうかすると帰りが遅くなる たみ子は3度も4度も裏作の上まで出て私 の方を見ていたそうでいつでも内中のもの に冷やかさ れるたみ子は真面目になってお母さんが 心配して見ておいで見ておいでというから だと言い訳をする家のものは皆ひそひそ 笑っているとの話であっ たそういう次第だから作女のお増すなどは 無常とたを小がって何かと言う とたこさんはまおさんとこへばかり行き たがる暇さえあればまおさんにこびりつい ているなどとしきりに言いはしたらしく隣 のお染や向こうの大葉までかれこれ噂を するこれを聞いてか兄嫁が母に注意した らしくある日母は常になく難しい顔をして 2人を枕本へ呼びつけ意味ありげな小言を 言う た男も女も156になればもはや子供では ないお前ら2人があまり仲が良すぎるとて 人がかれこれ言うそうじゃ気をつけなくて はいけないたみ子が年傘のくせに良くない これからはもう決してまのところへなど 行くことはならぬ我が子を許すではないが マサはまだ子供だタミヤは17ではないか つまらぬ噂をされるとお前の体に傷がつく まおだって気をつけろ来月から千葉の中学 へ行くんじゃない かたみ子は年が多いしかつは意味あって僕 のとろへ行くのであろうと思われた時が ついたか非常に弾いた様子に顔真っ赤にし て俯いている 常は母に少しぐらい子と言われても随分 だだを言うのだけれどこの日はただ両手を ついて俯いたきり一言も言わ
ない何のやましいところのない僕は すこぶる不平でお母さんそりゃあんまりご 無理です人が何と言ったって私らは何の わけもないのに何か大変悪いことでもした ようなお小事じゃありませんかお母さん だっていつもそう言っていたじゃありませ んかたことお前とは兄弟も同じだお母さん の目からはお前もたみ子も少しも手立ては ない仲良くしろよといつでも言ったじゃ ありません か母の心配も通りのあることだが僕らも そんないやらしいことを言われようとは 少しも思っていなかったから僕の不平も いくらかのりはあるははにわかに優しく なってお前たちに何のわけもないことは お母さんも知ってるがね人の口がうるさい からただこれから少し気をつけてというの です色合ざめた母の顔にもいつしか僕らを 真から可愛がる笑みが称えている やがて民はあのまた薬を持ってきてそれ から縫いかけの合わせを今中に仕上げて しまい なさいまは立ったついでに花を切って仏壇 へ捧げて ください聞くはまだ魚かそんならシオンで も切ってくれ よ本人たちは何の気なしであるのに人が かれこれ言うので帰って無邪気でいられ ないようにして しまう僕は母の小言も1日しか覚えてい ない23日経ってさんはなぜ近頃は来ない のか知らんと思ったくらいであったけれど たこの方ではそれからというものは様子が カラっと変わってしもう たたみ子はその後僕のところへは一切 顔出ししないばかりでなく座敷のうで行き 合っても人のいる前などでは容易に物も 言わ ないなんとなく決まり悪そうに眩しいよう な風で通りすぎて しまうよどなくものを言うにも今までの 無遠慮に隔てのない風はなく嫌に丁寧に 改まって口を聞くので ある時には僕があまりにわかに改まったの をおかしがって笑えばたみ子もついには袖 で笑いを隠して逃げてしまうという風 でとにかく人への柿が2人の間に結ばれれ たようなになっ たそれでもある日の4時過ぎに母の 言いつけで僕が瀬戸の夏畑になす思いで いるといつの間にかたみ子がざを手に持っ て僕の後ろに来てい たまおさん出し抜けに呼んで笑って いる私もお母さんから言ってきたのよ今日 の縫い物は肩が凝ったろ少し休みながら
ナス思いで来てくれ明日工事漬けを つつけるからってお母さんがそう言うから 私飛んできまし たたみ子は非常に嬉しそうに元気いっぱい で僕がそれでは僕が先に来ているのをた さんは知らないできたのと言うとたみ子は 知らなくて さニコニコしながらナスを取り 始めるナス畑というのはシ森の下から人へ の藪を通り抜けて内より西北にあたる裏の 洗剤 畑崖の上になっているので常川はもちろん 中川までもカカに見え武蔵一円が見渡す れる秩父から足柄箱根の山々富士の高値も 見える東京の上野森だというのもそれ らしく 見える 水のように住み切った秋の空日は一見半 ばかりの辺に傾いて僕ら2人が立っている 夏畑を正面に照り返して いるあたり一体にしとしてまたいかにも はっきりした景色我ら2人は真に画中の人 で あるまあなんといういい景色 でしょうたこもしばらく手をやめて立っ た僕はここで白場するがこの時の僕は確か に東日以前の僕ではなかっ た2人は決してこの時無邪気な友達では なかっ たいつの間にそういう心持ちが起こってい たか自分には少しも分からなかったが やはり母に叱られた頃から僕の胸のうちに も小さな恋の卵ががいくつか湧きそめて おったに違い ない僕の精神状態がいつの間にか変化して きたわ隠すことのできない事実であるこの 日初めてたみ子を女として思ったのが僕に 邪念の目指しありし何よりの証拠 じゃたみ子が体をくの字にかめてナスを もぎつつあるその横顔を見て今更のように たこの美しく可愛らしさに気がつい たこれまでにも可愛らしいと思わぬことは なかったが今日はしみじみとその美しさが 身にしみ たしなやかに艶のある瓶の毛に包まれた耳 た豊かな頬の白く鮮やかな顎のくし目の 愛らした首の辺りいかにも清なる藤のりや 花染めのたきやそれらがことごとく有尾に 目に止まったそうなると恐ろしいもので物 を言うにも思い切ったことは言えなくなる 恥ずかしくなる決まりが悪く なる皆霊の卵の作用から起こることで あろうここ10日ほど中書の下手ができて ろくろ話もせなかったからこれも今まで ならば無論そんなこと考えもせぬに決まっ
ているが今日はここで何か話さねばならぬ ような気がし た僕は初め無増さにたさんと呼んだけれど あは無増さに言葉が継が ないおかしく喉が詰まって声が出 ないたみ子はナスを1つ手に持ちながら体 を起こしてまおさん何 なんでもないけどたさんは近頃変だからさ 僕なんかすっかり嫌いになったようだ ものたみ子はさすがに如しでそういうこと には僕などよりはかに神経が英敏になって いるさも口押しそうな顔してつと僕のそば へ寄ってき たまおさんはあんまりだわ私がいつまお さんに手をしまし た何さこの頃たさんはすっかり変わっ ちまって僕なんかに用はないらしいからよ それだってたさんに不足を言うわけでは ない よたみ子は咳き込ん でそんなこと言うわそりゃまおさんひどい わご無理だわこの間は2人を並べておいて お母さんにあんなに叱られたじゃありませ んかあなたは男ですから平気でおいでだ けど私は年は多いし女ですものああ言われ ては実に面木がないじゃありませんかそれ ですから私は一生懸命になって嗜んでいる んでさそれをまおさん隔てるの嫌になっ たろのと言うんだもの私は本当につまら ないたみ子は泣き出しそうな顔つきで僕の 顔をっと見て いる僕もただ話の小口にそう言うたまでで あるからたみ子に泣きそうになられては かわいそうに気の毒になっ て僕は腹を立っていったではないのにた さんは腹を立ったの僕はただたさんが にわかに変わって会っても口も聞かず遊び にも来ないから嫌に寂しく悲しくなっ ちまったのさそそれだからこれからも時々 は遊びにおいでよお母さんに叱られたら僕 がとをせおうから人が何と言ったって良い じゃない かなんと言うても子供だけに無茶なことを 言う無茶なことを言われてたみ子は心配 やら嬉しいやら嬉しいやら心配やら心配と 嬉しいとが胸の中でごったになって争た けれどとうと嬉しい方が勝ちを閉めて しまっ たなお見よと話をするうちにたこは鮮やか な曇りのない元の元気になっ た僕ももちろん愉快が 溢れる宇宙間にただ2人きりいるような 心持ちにお互いになったので あるやがて2人はナスのもくをする大きな 畑だけれど月の半ば過ぎではナスも
ちらほらしかなっていない2人でようやく 2勝ばかりずつお取りえ たまあたさんご覧なさい入り日の立派な ことたみ子はいつしかざを下へ置き両手を 鼻の先に合わせて太陽を拝んでいる西の方 の空は一体に薄紫にぼかしたような色に なっ たひ赤く赤いばかりで光線の出ない太陽が 今その半分を山にうめかけた ところ僕はたみ子が一心入り日拝む塩 らしい姿が長く目に残っ てる2人が余念なく話をしながら帰って くると瀬戸口の4つきの外におマスが ぼんやり立ってこっちを見ているたみ子は 小声でおますがまたなんとか言います よ2人ともお母さんに言ってきたのだから おマスなんかなんと言ったってかやしない さ一事件を降るたびに2人が今中に湧いた 恋の卵は傘を増して くる木に触れて交換する双方の意志は直に 互いの今中にある霊の卵に次第な養分を 給与 する今日の日暮れは確かにその木であった ぞっと身震いをするほど著し兆候を表した ので あるしかしなんと言うても2人の関係は卵 時代で極めて取り止めがない人に見られて 見苦しいようなこともせず帰り見て自ら やましいようなこともせぬ 従ってまだまだ呑気なもので人前を作ろう というような心持ちは極めて少なかっ た僕とたことの関係もこのぐらいでお しまいになったなら ば10年忘れられないというほどにはなら なかっただろう に親というものはどこの親も同じで我が子 をいつまでものように思うて いる僕の母などもその一人に盛れ ないたこはその後時折り僕の所出へやって くるけれどよほど人目を計って木骨を負っ てくるような風でいつ来ても少しも 落ち着か ないせに僕に嫌味を言われたから仕方なし に来るかとも思われたがそれは間違ってい た僕ら2の精神状態は23日と言われぬ ほどいしき変化を遂げて いる僕の変化は最も 甚だしい3日前にはお母さんが叱れば私が 戸を背負うから遊びに来てとまで無茶を 言うた僕が今日はとてもそんなわけのもの で ないたみ子が少し長いをするともう気が とめて心配でならなくなった たさんまたおいでよあまり長くいると人が つまらぬことを言う
からたみ子も心持ちは同じだけれど僕に もう行けと言われると妙に拗ねだすあれ あなたはこないだ何と言いました人が何と 言ったって良いから遊びに来いといいわし ませんか私はもう人に笑われても構いませ ん の困ったことになっ た2人の関係が密接するほど人目を恐れて くる人目を恐れるようになってはもはや 罪悪を犯しつつあるかのごとく心も おどおどするのであっ た母は口でこそ男も女も156になれば 子供ではないと言ってもそれは理屈の上の ことで心持ちではまだまだ2人をまるで 子供のように思っているからその後たみ子 が僕の部屋へ来て本を見たり話をしたりし ているのをすぐ前を通りながら一向気に 止める様子も ないこの間の小言も実は兄嫁が言うたから 出たまでで本当に腹から出た小事では ない母の方はそうであったけれど兄や兄嫁 やおマスなどは盛に影ことを言うて笑って いたらしく 村中の評判には2つも年の多いのを嫁に するきかしらんなどともっぱら言うている との 話それやこれやのことがうう2人に知れた ので僕から言い出して当分2人は遠ざかる 相談をし た人間の心持ちというものは不思議なもの 2人が少しも各位なき特進上の相談であっ たのだ けれど僕の方から言い出したばかりに たみ子は妙に塞ぎ込んでまるで元気が なくなり小前としているので あるそれを見ると僕もまたたまらなく 気の毒に なる感情の一心一体はこんな風にもつれ つつ危うくなるので あるとにかく2人は表面だけは立派に 遠ざかって死後日を経過し 陰暦の9月13 日今夜が豆の月だという日の朝梅下が降り たというほど 冷たいその代わり天気はキラキラしている 15日がこの村の祭りで明日は酔い祭りと いうわけゆえ野の仕事も今日一渡り決まり をつけねばならぬところから家中手分けを して野へ出ることになった それで甘露的運命が僕ら2人に下ったので ある兄夫婦とおすと他に男1人とは泣いの 借りのりを是非買ってしまわねばなら ぬたみ子は僕を手伝いとして山肌の綿を 取ってくることになっ たこれは元より母の指しで誰にも意義は
言え ないまああの2人を山の畑やるって親と いうものよっぽどおめでたいもの だ奥底のないおマスといじまがりの兄嫁と は口を揃えてそういったに違いない僕ら 2人は元より心の底では嬉しいにそうい ないけれどこの場合2人で山畑へ行くと なっては人に顔を見られるような気がして 大いに決まりが 義にも進んで行きたがるようなそぶりは できない僕は朝半前は所出を出ないたみ子 も何かグズグズして仕もせぬ 様子もう嬉しがってと言われるのが 口惜しいので ある母は起きてきてまおも支度しろたも さっさと支度して早く行け2人で行けば1 日に楽な仕事だけれど道が遠いのだから 早く行かないと帰りが夜になるなるたけ日 のくれないうちに帰ってくるようによお マスは2人の弁当をこえてやってくれおさ はこれこれれのもの で誠に親の心 だたみ子に弁当をこえさせては自分ので あるからおさなどはろなものを持っていか ないと気がついてちゃんとおにじこえさせ たので ある僕はズボ下に旅はし麦わ broughtといういで たちたみ子は手刺しを履いて桃引きも履い てゆけと母が言うと手刺しばかり履いて桃 引き吐くのにグズグズして いるたみ子は僕のとろへ来て桃引き吐か ないでも良いようにお母さんにそう言って くれという僕は民さんがそう言いなさいと いう押し問答をしているうちに母は 聞きつけて笑い ながらタヤは町場もだから桃引き吐くのは 決まりが悪いかい私はまたお前が柔らかい 手足へ居やすすきで傷をつつけるが かわいそうだからそう言ったんだが嫌だと 言うならお前の好きにするがよい さそれでたみ子は霊のたきに前かけ姿で 麻裏造りという 支度2人が一とざる1つずつを持ち僕が別 にバニ高と天秤とを肩にして 出かけるたみ子が後からすげがをかぶって 出ると母が笑い声で 呼びかけるたやお前がすげがをかぶって 歩くとちょうどキノコが歩くようでみとも ないあみがさがよかろ新しいのが1つあっ たはずだ イカ連は出てしまって別に笑うものも なかったけれどたみ子は慌ててすげがを 脱いで顔を赤くしたらしかっ た今度は網がをかぶらずに手に持ってそれ
じゃお母さん行ってまいりますと挨拶して 走って出 た村のもらも彼これれ言うと聞いているの で2人揃うて行くも人前恥ずかしく急いで 村を通り抜けようとの考えから僕は一足先 になって 出かける村外れの坂の降り口の大きな胃腸 の木の根でたみ子の来るのを待ったここ から見下ろすと少しの田んぼがある色よく きばんだ押しに梅雨をおんでしっとりと 打ち出した光景は気のせいかことに 清々しく胸のすくような眺めで あるたみ子はいつの間にか来ていて昨日の 雨で洗い流した赤土の上に二葉みは胃腸の 葉の落ちるのを拾って いるたさんもう来たかいこの天気の良い ことどうです本当に心持ちの良い朝だ ねい本当に天気が良くて嬉しいわこのまあ 胃腸の歯の綺麗なことさあ出かけましょう たみ子の美しい手で持ってると胃腸の葉も ことに綺麗に 見える2人は坂を降りてようやく窮屈な 場所から広場へ出た気になっ た今日は大急ぎで綿を取り片付け散々 面白いことをして遊ぼうなどと相談し ながら 歩く道の真ん中は乾いてるが両側の他に ついているところはつにに濡れて色々の草 が花を開い てるうこは裏がれて水そばなど一番多く しって いる都草も黄色く花が 見えるのがよろよろと咲いて いるたさんこれのくがと僕は我れ知らず足 を止めたけれどたみ子は聞こえないのか さっさと先へ行く僕はちょっとへもを置い てのの花を一握りとっ たたみ子は一丁ほど先へ行ってから気が ついて振り返るやいなやあれと叫んで駆っ てき たたさんはそんなに戻ってきないたって僕 が行くものを ままおさんは何をしていたの私びっくりし てまあ綺麗なのまさん私に半分遅れたら私 本当にのぎが 好き僕は元からのが大好きたさんものが 好き私何でものの生まれかりよノギの花を 見ると身の出るほど好ましいのどうして こんなかと自分でも思う くらいたさんはそんなにのぎが好き通りで どうやらたさんはののような人 だたみ子は分けてあった半分ののを顔に 押し当てて嬉しがっ た2人は歩き 出すまおさん私のぎのようだってどうして
ですかさあどうしてということはないけど たさんは何がしのぎのような風だから さそれでまおさんはが好きだって僕大好き さたみ子はこれからはあなたが先になって と言いながら自らは後になっ た今の偶然に起こった簡単な問答はお互い の胸に強く言う意味に感じ たたみ子もそう思ったことはそのそぶりで わかるここまで話が迫るともうその先を 言い出すことはできない話はちょっと 途切れてしまっ た何と言っても幼い両人は今罪の神に翻弄 せられつつあるのであれど野のような人だ と言った言葉についでその野を僕は大好き だと言った時すら僕はすでに胸に同機を 起こしたくらいですぐにそれ以上を言い 出すほどにまだまだ図々しくはなってい ない たみ子も同じこと物に突き当たったような 心持ちで強くお互いに感じた時に声は 詰まってしまったの だ2人はしばらく無言で 歩くまにたみ子はのぎのような子であっ たたみ子は全くの田舎風ではあったが 決してそやではなかった火憐で優しくて そうして品格もあった 嫌味とか肉とかいうところは爪の赤ほども なかったどう見てものぎの風だっ たしばらくは黙っていたけれどいつまで話 もしないでいるはなおおかしいように思っ て無理と話を 考え出すたさんはさっき何を考えてあんな に脇見もしないで歩いていたの私何も考え て癒しませんたさんはそりゃ嘘だよ何か 考え事でもしなくてあんな風をするわけは ないさどんなことを考えていたのか知ら ないけれど隠さないだって良いじゃない かまおさんすまない私さっき本当に考え事 をしていました私つくづく考えて情けなく なったの私はどうしてまおさんよか年が 多いん でしょう私は17だと言うんだもの本当に 情けなくなる わたさんは何のこと言うんだろう先に 生まれたから年が多い17年育ったから 17になったのじゃないか17だからなん で情けなのですか僕だって再来年になれば 17歳さたさんは本当に妙なことを言う人 だ僕も今たみ子が言ったことのここを下せ ぬほど子供でもない分かってはいるけど わざと戯れのように聞きなして振り返って みるとたみ子は真に考え込んでいるようで あったが僕と顔を合わせて決まり悪気に にわかに脇を向い たこうなってくると何を言うてもすぐそこ
へ持ってくるので話が行き詰まって しまう2人のうちでどちらか1人が少し ほんのわずかにでも推しが強ければこんな に話が行き詰まるのではないお互いに 心持ちは奥そこまで分かっているのだから 吉神を突き破るほどにも力がありさえすれ ば話の一歩を進めてお互いに開け放して しまうことができるので あるしかしながら真底からおな2人はその 吉神を破るほどの推しがないので あるまたここで話の皮を切ってしまわねば ならぬというようなはっきりした意識も もちろんないの だいわばまだ取り止めのない乱敵の恋で あるから少しく心の力が必要なところへ 来ると話が行き詰まってしまうので あるお互いに自分で話し出しては自分が 決まり悪くなるようなことを繰り返しつつ 幾長かの道を歩いた 言葉数こそ少なけれその言葉の奥には2人 ともに無料の思いを包んで決まりが悪い 感情のうちには何とも言えない深き愉快を 称えているそれでいわゆる足も空にいつ しか田んぼも通り越し山道へ入っ た今度はたみ子が心を取り直したらしく 鮮やかな声でまおさん もう半分道きましでしょう か大長作へは一時に遠いって言いました ねそうです1里半には近いそうだがもう 半分のよきましたろうよ少し休みましょう か私休まなくともようございますが早速 お母さんのバチが当たってすすきの派で こんなに手を切りましたちょいとこれで 言えてくださいな 親指の中ほどで傷は少しだが血が意外に出 た僕は早速髪を咲いて言えて やるたみ子が両手を赤くしているのを見た 時非常にかわいそうであっ たこんな山の中で休むより畑行ってから 休もうというので今度はたこを先に僕が後 になって 急ぐ8時少し過ぎと思う自分に大長作の旗 へつい た10年ばかり前に親父がまだ達しな自分 隣村の親戚から頼まれて余儀なく買ったの だそうで畑が発たと三輪が2丁ほどここに あるので あるこの辺一体に高台は皆三林でその間の 柵が畑になって いる国を持っているといえば世間は良い けど手間ばかりかかって割に合わないと いつも母が言っている畑 だ散歩を林で囲まれ南が開いてよその畑と 続いている北が高く南が低い高配になって いる母の水作通り綿は末にはなっているが
風が吹いたら溢れるかと思うほど綿はえん でいる点々として畑中白くなっいそのに 朝日が刺していると眩しいように綺麗だま よくえんでること今日取りに来て良いこと しまし たたこは女だけに綿の綺麗にえんでるのを 見て嬉しそうにそう言っ た畑の真ん中ほどに霧の木が2本しって いる歯が落ちかけているけれど10月の熱 をしのぐには十分だ ここへありのキガを寄せて2人がじんどる 弁当包を枝へ釣る天気の良いのに山地を 急いだから汗で暑い着物を1枚ずつ脱ぐ風 を懐へ入れ足を伸ばして 休む仰切った空に緑の 松林モもどこかで泣いて いる声の響くほど山は静かなのだ 天と地との間で広い畑の真ん中に2人が話 をしているので ある本当にたこさん今日という今日は極楽 のような日です ね顔から首から汗を吹いた後のつやつやし さ今更にたこの横顔を見 たそうですね私なんだか夢のような気が するの 今朝うちを出る時は本当に決まりが悪くて 兄嫁さんには変な目つきで見られるおマス には冷やかされる私はのぼせてしまいまし たまおさんは平気でいるから憎らしかった わ僕だって平気なもんですか村の奴らに 会うのが嫌だから僕は一足先に出て胃腸の 下でたさんを待っていたんでさそれはそう とたさん今日は本当に面白く遊ぼうね僕は 来月は学校へ行くんだし今月とて15日 しかないし2人でしみじみ話のできるよう なことはこれから先は 難しい哀れっぽいこと言うようだけど2人 の中も今日だけかしらと思うのよねた さんそりゃまおさん私はみちみちそれ ばかり考えてきました私がさっき本当に 情けなくなってと言ったらまおさんは笑っ ておしまいなした けど面白く遊ぼう遊ぼう言うても話を 始めるとすぐにこうなって しまうたみ子は涙を拭うたようであっ たちょうどよくそこへ馬が見えてきた西側 の山路からガサガサささに触る音がして焚 をつけた馬を引いてほかの男が出てき たよく見ると意外にも村の常吉であるこの やつはいつか向こうのお浜にたみ子を遊び に連れ出してくれと仕切りに頼んだという やつだ嫌な野郎が来やがったなと思って いるといやまおさんこんちゃどうも結構な お天気ですな今日はご夫婦でわりかなしれ てます
ね おおつさん今日は打ちかな大変早くごせが 出ますねはあ我々なんざだちんとりでもし てたまに1杯やるより他に楽しみもないん ですからなとみ子さん嫌に見せつけますね あんまり罪です ぜこの野郎しけなと思ったけれど我々も あまりいれる身でもなし笑いとぼけて常吉 をやり過ごし たバカ野郎実に嫌なやつださあたさん始め ましょう本当にたさん元気をお直しよ そんなにくよくよ押しでないよ僕は学校へ 行ったって千葉だもの盆正月の他にも 来ようと思えば土曜の晩かけて日曜に来 られる さ本当にすみません泣きつくして あのつさんって男何という嫌な人 でしょうたみ子はたきがけ僕はシャツに肩 を脱いで一心に取って3時間ばかりの間に 七通り片付けてしまっ たもう後はわけがないから弁当にしようと いうことにして霧の影に戻る僕は兼ねて 用意の水筒を持ってたさん僕は水を組んで きますから 留守バを頼みます帰りに海鶴やあびをうん と土産に取ってきます私は1人でいるのは 嫌だまおさん一緒に連れて行ってください さっきのような人にでも来られたら大変 ですものだってたさん向こうの山を1つ 越して先ですよ清水のあるところは道と いうような道もなくてそれこそ茨やすすき で足が傷だらけになりますよ水がなくちゃ 弁当が食べられないから困ったなたさん 待っていられる でしょうまおさん五章だから連れて行って くださいあなたが歩ける道なら私にも歩け ます1人でここにいるのは私はどうして もたさんは山へ来たら大変だ抱っこになり ましたねそれじゃ一緒に行き ましょう弁は綿の中へ隠し着物はでに来て しまって 出かけるたみ子はしきりにニコニコして いる旗から見たならばばかばかしくも 見苦しくもあろうけれど本人同士の身に とってはその拉致もなき推し問答のうちに も限りなき嬉しを感ずるので ある高くもないけど道のないところを行く のであるから笹原を押し分け木のに捕まり 崖を 譲るしばしばたこの手を取って引いて やる近く23日以来の2人の感情ではたこ が求めるならば僕はどんなことでも拒まれ ないまた僕が求めるならばやはりどんな ことでもたこは決して拒みはしないそう いう間柄でありつつもあくまで臆病に
あくまで気の小さな2人はかつて1度も言 意味に手などを取ったことはなかっ たしるに今日は偶然のことからしばしば手 を取り合うに至っ たこの辺の一種夕べかららざる愉快な感情 は経験ある人にして初めて語ることが できるたさんここまで来れば清水はあそこ に見えますこれから僕が1人で行ってくる からここに待っていなさい僕が見えてい たらいられる でしょう本当にまおさんのご厄介ですね そんなにだだを言っては済まないからここ で待ちましょうあらエズがあっ た僕は水を組んでの帰りに水筒は腰に 言いつけ辺りを少しばかり探ってあけびし 10とずる一目を取り林道の花の美しいの を5六本つけて帰ってき た帰りは下りだから無増さに2人で 降りる畑出口で僕は春蘭の大きいのを 見つけ たたさん僕はちょっとあくを掘っていく からこのあけびとエズを持っていって くださいあっくりって何あら春蘭じゃあり ませんかダミさんは町場もですから春蘭 などとのおっのですやりの百勝なんぞは あくと申しましてね赤の薬にいたし ますあら口の悪いことまおさんは今日は 本当に口が悪くなった よ山の弁当といえば土地のものは一般に 楽しみの1つとして ある何か整理上の理由でもあるか知らんが とにかく山の仕事をやがて食べる弁当が 不思議とうまいことは誰も言うところ だ今我々2人は新しき清水を組みきたり母 の心を込めた弁当を分けつつ食べるので ある興味の尋常でないわ言うも愚かな次第 だ僕はあびを好みたみ子はエを食べつつ しばらく話を するたみ子は笑いながらまさおさんは 赤切符が切れたらおかしいでしょう ね僕は真面目になこれはおマスにやるのさ おマスはもう塔に 赤切符に入る時におマスが火を炊きに来て 非常に赤をいっているからそのうちに僕が 山へ行ったらあくを取ってきてやると言っ たのさまああなたは親切な人ですことねお マスは影日向のない肉のない女ですから私 も仲良くしていたんですがこの頃はなんと なし私に突き当たるようなことばかし言っ て何でも私を憎んでいます よそれはおマスドが焼きもちを焼くのでさ つまらんことにもすぐ焼きもちをのは女の 癖さ僕が空あっを取っていってお増にやる といえばたさんがすぐにまああなたは親切 な人とかなんとか言うのと同じわけ
さこの人はいつの間にこんなに口が悪く なったのでしょう何を言ってもまおさんに はかいやしないいくら私だっておマスが根 もそこもない持ちだくらいは承知してい ますよ 実はおマスも不憫な女よ両親があんなこと になりさえせねば方向人とまでなるのでは ない親父は戦争で死ぬおふはこれを嘆いた が元での拍子1人の兄が外れもというわけ でとうとうあの 始末国家のために死んだ人の娘だものた さん至ってやらねばならないあれでもた さんあなたを大変褒めているよいじ曲がり の兄嫁にコキ使われるのだから一層 かわいそうで さそりゃまおさん私もそう思っていますさ お母さんもよくそうおっしゃいました つまらないものですけどなんとかかとか 分けてやってますがまたまおさんのように 情け深くされる とたみ子は言いさしてまた話をつまらした が霧の葉に包んででおいた林道の花を手に 取って急に話を転じ たこんな美しい花いつ取っておいでなして リドは本当に良い花ですね私リドがこんな に美しいとは知らなかったわ私急にリンド が好きになったおおええ 花鼻好きなたみ子は霊の癖で色の顔にその の花を 押し付けるやがて何を思い出してか1人で ニコニコ笑い出し たダミさんなんでそんなに1人で笑っ てまおさんは林道のような人 だどうしてさどうしてということはない けどまおさんは何がしリドのような風だ から さたみ子は言い終わって顔を隠して笑っ たたさんもよっぽど人が悪くなったそれで さっきの仇打ちというわけですか口真似 なんか恐れいりますなしかしたさんがのぎ で僕が林道とは面白いついですね僕は喜ん でリドになりますそれでたさんがリドを 好きになってくれればなお 嬉しい2人はこんな拉致もなきこと言うて 喜んでい た秋の日足の短さ日はようやく傾き染める さあとの掛け声で綿もぎに かかる午後の分はわずかであったから1 時間半ばかりで模終えた何ややそれぞれ まとめてバニに乗せ2人で差し合いに 担ぐたこを先に僕が後にとぼとぼ畑を 出かけた時は日は早く松の小を限りかけ た半分道も来たと思う頃は13夜の月が木 の間から影を刺して尾花に揺らぐ風もなく 梅雨の奥へ見えるような夜になっ
た今朝は気がつかなかったが道の西手に 一段低い畑にはそばの花が薄を引き渡した ように白く 見えるコギが寒気に泣いているにも止めず にはいられないたさんくれたでしょどうせ 遅くなったんですからこの景色の良い ところで少し休んでいき ましょうこんなに遅くなるなら今少し急げ ばよかったにうちの人たちにきっとなんと か言われるまおさん私はそれが心配になる わ今更心配しても追いつかないからまあ 少し休みましょうこんな景色の良いことは 滅多にありませんそんなに人に申し訳の ないような悪いことはしないものたさん 心配することはない よ月明かりが斜めに差し込んでいる道端の 松の切り株に2人は腰をかけた目の先七 発見のところは木の影で薄暗いがそれから 向こうは畑いっぱいに月が刺してそばの花 が際立って白い なんというえ景色でしょうまおさん歌とか 俳句とかいうものをやったらこんな時に 白いことが言えるでしょうね私らような 無筆でもこんな時には心配も何も忘れます ものまおさんあなた歌をおやんなさい よ僕は実は少しやってるけど難しくて容易 にできないのさ山畑のそばの花に月がが 良くてコロが泣くなどは実にええですなた さんこれから2人で歌をやりましょう かお互いに1つの心配を持つ身となった 2人はうちに思うことが多くて帰って話は 少ないなんとなくおぼつかな2人の行末 ここで少しく話をしたかったのだたみ子は もちろんのこと僕よりも一層話したかに そういないが年の至らぬのと浮いた心の ない2人はなかなか差し向かいでそんな話 はできなかっ たしばらくは無言でぼんやり時間を過ごす うちに1列の狩が2人を促すかのように空 近く泣いて 通るようやく田んぼへ降りて胃腸の木が 見えた時に2人はまた同じように一種の 感情が胸に湧いた それは他でもないなんとなくうちに入り づらいという心持ちで ある入りづらいわけはないと思うてもどう しても入り づらい躊躇する人間もない立ちまち門前 近く来てしまっ たまおさんあなた先になってください私 決まり悪くてしょうがない わよしとそれじゃあ僕が先になろう 僕はすこぶる勇気を起こしことに平気な風 を予想て門を入ったうちの人たちは今夕飯 最中で盛に話が湧いている
らしい庭場の雨戸はまだ相たなりに月が 野口まで差し込んで いる僕が咳払いを1つやって庭場入ると 台所の話はにわかに止んでしまっ たは指の先で僕の肩をついた僕も承知して いるのだ今午前会議で2人の噂がいかに 盛んであった か酔い祭りではあり13夜ではあるので内 中表座敷へ揃うた時母も奥から起きてき た母は一通り2人のあまり遅かったことを とめて深くは言わなかったけれど常とは 全く違っていた何か思っているらしく少し も打ち解けないこれまでは口には子を言う ても真中に疑わなかったのだが今夜は口に はあまり言わないが心では十分に2人に 疑いを起こしたに違い ないたみ子はいよいよ小さくなって座敷な へは出ない僕は山から取ってきたあびや 海屋をたく座敷中へ並べ立ててあに僕が こんなことをしていたから遅くなったのだ との意を示し無言の弁解をやっても何の 聞き目もない誰1人それをそうと見るもの はない今夜は何の話にも僕ら2人はのけ者 にされる始末でもはや2人は全く罪ある ものと目血されてしまったので あるお母さんがあり甘すぎるああしている 2人を一緒に山端へやるとは目のないにも 程がある旗でいくら心配してもお母さんが あれではだめだこれが台所会議の決定で あった らしい母の方でもいつまで子供と思ってい たが謝りで自分が悪かったというような 考えに今夜はなったので あろう今更2人を叱ってみても仕方がない 何にマを学校へやってしまいさえせば主材 はないと母の心はちゃんと決まっている らしくまさやお前はな11月へ入ってすぐ 学校へやるつもりであったけれどそうして ブラブラしていてもためにならないからお 祭りがしまったらもう学校へ行くが良い 17日に行くとしろええかそのつもりで小 自宅して おけ学校へ行くは元より僕の 願い10日へ20日早くとも遅くともそれ に被災はないがこの場合しかも今夜 言い渡しがあってみると2人はすでに罪を 犯したものと定められての仕置きである からたみ子はもちろん僕にとっても すこぶる心苦しいところが ある実際2人はそれほどに堕落したわけで ないから頭からそうと決められてはいさか 妙な心持ちがするさりとて弁解のできる ことでもなしまた強いことを言える資格も 実はないので あるこれが1ヶ月前であったらばそれは
お母さんご無理だ学校へ行くのは望みで あるけど都を着せられての仕置きに学校へ 行けとはあんまりでしょなどとすぐだだを 言うのであるが今夜はそんなわがままを 言えるほど無邪気ではない全くのところ恋 に陥ってしまって いるあれほど可愛がられた1人の母に隠し 立てをするなんとなく手立てを作って心の ありたけを言い得ぬまでになって いるおか人前をはかり人前ではこさに2人 がううしく取り出すようになって いるかくまで私心が長じてきてどうして 立派な口が 聞けよ僕はただ 一言はあと答えた霧何にも言わず母の 言いつけに猛dirする他はなかっ た僕は学校へ行ってしまえばそれで良い けどたさんは後でどうなるだろうかふと そう思ってそっとたみ子の方を見るとお マスが枝豆を漁っている後ろにこは俯いて 膝の上にたきをこねくりつつ沈黙して いるいかにも元気のない風で夜のせいか 顔色も青白く見え たたみ子の風を見て僕もにわかに悲しく なって泣きたくなっ た涙はまぶたを伝わって目が曇っ たなぜ悲しくなったか理由は判然し ないただたみ子がかわいそうでならなく なったので あるたみ子と僕との楽しい関係もこの日の 夜までは続かなく13日の昼の光と共に 全く消え失せてしまっ た嬉しいにつけても思いのたは語り尽くさ ず浮き悲しいことについてはもちろん 1/1打も語り合うないで2人の関係はの 幕に入ってしまったので ある14日は祭りの初日でただもせわしく 日が暮れ たお互いに気のない風はしていても手に せわしい仕事のあるばかりにとにかく思い 紛らすことができ た15日と16日とは食事の他用事もない ままに所出へこもり通してい たぼんやり机に持たれたなり何をするでも なくまた2人の関係をどうしようかという ようなことすらも考えてはい ないただたみ子のことが頭に満ちている ばかりで極めて単純にたこを思えている他 に考えは働いておら ぬこの2日の間にたこと三視会はあった けれど話もできず微傷を交換する元気も なくうしい心を互いに目に訴えるのみで あっ た2人の心持ちが今少し増せておったなら ばこの2日の間にも将来のことなど随分
話し合うことができたのであろう けれどしぶい心持ちなぞはけほもなかった 2人にはその場合になかなかそんなことは できなかっ たそれでも僕は16日の午後になってなん とはなしに以下のようなことを巻紙へ書い て日暮れにちょっと来たたみ子に僕がい なくなってから見てくれと言って渡し た朝からここへ入った霧何をする気にも ならない外へ出る気にもならず本を読む気 にもならずただ繰り返し繰り返したさんの ことばかり思って いる民さんと一緒にいれば神様にれて雲に でも乗っているようだ僕はどうしてこんな になったん だろう学問をせねばならない身だから学校 へは行くけれど心では民さんと離れたく ない民さんは自分の年の多いのを気にして いるらしいが僕はそんなことは何とも思わ ない僕はたさんの思う通りになるつもり ですからたさんもそう思っていてください 明日は早く経ちます当期の休みには帰って きて民さに会うのを楽しみにしており ます10月16日まおたみ子 様学校へ行くとはいえ罪があって早くやら れるという境遇であるから人の笑い声 話し声にもいちいち心が 起きる2人に対する調整かのように聞か れる一層早く学校へ行ってしまいたくなっ た決心が決まれば元気も回復して くるこの世は頭も少し臭えて夕飯も心持ち よく食べた学校のこと何くれとなく母と話 をするやがて真についてからもなんだ バカバカし15かそこらの小僧のくせに女 のことなどばかりくよくよ考えてそうだ そうだ明朝は早速学校へ 行こうたみ子はかわいそうだけれどもう 考えまい考えたって仕方がない学校 学校一口聞きつつ眠りに入ったようなわけ であっ た船で川から市川へ出るつもりだから17 日の朝小の降るのに一切の持ち物を鞄1つ に 詰め込み民子マスに送られてやりの私へ 降り た村のもの荷船に便乗するわけでもう船は 来て いる僕はたさんそれじゃというつもりでも 喉が詰まって声が出 ないたみ子は僕に包みを渡してからは自分 の手のやり場に困って胸を撫でたり襟を 撫でたりして下ばかり向いて いる目に持つ涙をおマスに見られまいとし て体を脇へそらして いるたみ子が哀れな姿を見ては僕も涙が
抑えきれなかっ たたみ子は今日を別れと思ってか髪は さっぱりとした胃腸返しに薄く化粧をして いるすすとこの細かい弁慶島で羽織りも長 もじい米沢つに品の良い友善チリメンの帯 を閉めてい たたきをかけたたこも良かったけれど今日 のたみ子はまた一層を引き立って見え た僕の気のせいででもあるかたみ子は13 日の夜からはひひひ日とやれてきてこの日 の痛々しさ僕は泣かずにはいられなかっ た虫が知らせるとでもいうの かこれが生涯の別れになろうとは僕は もちろん民ことてよもやそうは思わなかっ たろう けれどこの時の辛さ悲しさはとても他人に 話しても信じてくれるものはないと思う くらいであっ た最もたみ子の思いは僕より深かったに そうい ない僕は中学校卒業するまでにも45年間 のある体であるのにたみ子は17で今年の うちにも円THの話があって両親からそう 言われれば無増さに拒むことのできない身 であるから行末のことを色々考えてみると 心配の多いわけで ある当時の僕はそこまでは考えなかった けれど親しく目に染みたたこの痛々しい姿 はいく年経っても昨日のことのように目に 浮かでいるので あるよそから見たならば若いうちによく あるいたずらの勝手な泣き顔と見苦しくも あったであろうけれど2人の身にとっては 真に哀れに悲しき別れであった互いに手を 取って後来を語ることもできずこめの しょぼしょぼ降る私場に泣きの涙も一目を はかり一言の言葉もかわしえないでとのを してしまったのである無常の船は流れを 下って早く10分間と立たぬうちに後蝶と くだらぬうちにお互いの姿は雨の曇りに 隔てられてしまっ た物も言いえないでしょんぼりとしれてい た不便な民さんの おかげどうして忘れることが できよう民さんを思うために神の怒りに 触れてに脱されるようなことがあるとでも 僕には民さんを思わずにいられ ない年をとっての後の考えから言えばああ もしたらこうもしたらと思わぬことも なかったけれど当時の若同士の資料には何 らの工夫もなかったので あるやおやおひは家を焼いたらば再び思う 人に遭われることと工夫をしたのであるが 我々2人はつど1枚をしんで開けるほどの 知恵も出なかったそれほどに無邪気な可憐
な恋でありながらなお親に応じ兄弟に はかり他人の前にて涙も吹きえなかったの はいかに気の弱い同士であっ たろう僕は学校へ行ってからもとかたこの ことばかり思われて仕方がない学校におっ てこんなことを考えてどうするものかなど と自分で自分をしり励ましてみても何の会 もないそういう言葉の知りからすぐたみ子 のことが湧いて くる多くの人中にいればどうにか紛れるの で日の中はなるたけ1人でいないように 心がけてい た夜になっても寝ると仕方がないから なるたけ人中で騒いでいて疲れて夫をして いたそういう始末でようやく年もくれ当期 休業になっ た僕が12月25日の午前に帰ってみると 庭一面にもみを干してあって母は前の縁側 に布団を敷いて日なたぼっこしていた近頃 はよほど体の具合も良い今日は兄夫婦と男 とおマスとは山へクを吐きにたとの話で ある僕はたさんはと口の先まで出たけれど ついに言い切らなかっ た母も意地悪く何とも言わない僕は帰り 早々たみ子のことを問うのがいかにも 決まり悪くそのまま霊の所出を片付けて ここに落ち着いたしかし日暮れまでには たみ子も帰ってくることと思いながら おろおろして待っている 皆が帰っていよいよ夕飯ということになっ てもたこの姿は見え ない誰もまたたみ子のことを一言も言う ものも ない僕はもうたみ子は市川へ帰ったものと 察して人に問うのも忌々しいから他の話も せず飯が済むとそれなり所出へ入って しまっ た今日は必ずたみ子に遭われることと人方 ならず楽しみにして帰ってきたのにこの 始末で何とも言えず力が落ちて寂しかった さりとて誰にこの苦を話しようもなく たみ子の写真などを取り出して見ておった けれどちっとも気が晴れ ないまたあのやたみ子がいないから 考え込んでいやがると思われるも口惜しく ようやく心を 取り直し母の枕本へ行って夜遅くまで学校 の話をして聞かせ たある日は9時頃にようやく起きた母は まだ寝ている台所へ出てみると他のものは 皆また山へ行ったとかでおマスが1人台所 片付けに残って いる僕は顔を洗ったなり飯も食わずに瀬戸 の畑へ出てしまったこの秋たこと2人で ナスを取った畑が今はああと名が起きて
いる僕はしばらく立って伊豆子を眺めると もなくたみ子の影を農中に描きつつ思いに 沈んで いるまおさん何をそんなに考えている のおマが出し抜けに後ろから沿言って近く へ寄ってきた僕が良い加減なことを 一言二言言うとおはいきなり僕の手を取っ てもう少しこっちへ来てここへ腰をかけ なさいまあと言いつつわを積んである ところへ自分も腰をかけて僕にもかけさせ たまおさんお民さんは本当にかわいそう でしたようちの姉ちゃんたら本当にいじ まがりですからねなんという根性の悪い人 だか私もはここのうにいるのは嫌になって しまった 昨日まおさんが来るのは分かりきっている のに姉ちゃんがいろんなことを言っておい お民さんを市川へ返したんですよ待つ人が あだっぺとか会いたい人が町道かっぺとか 当てこすりを行ってお民さんを泣かせたり してねお母さんにも何でも色々なことを 言った らしいとうとおいお昼前に返してしまった ので さまさんがおい来たら哀れたんですよまお さん私はお民さんがかわいそうで かわいそうでならないだよなんだって あなたがいなくなってからはまるで泣きの 涙で日を暮らしているんだものまおさんに 手紙をやりたいけれどそれがよく自分には できないから悔しいと言ってね私の部屋へ 未UMAもすりと髪を持ってきては泣いて いまし たおさんもは私にも隠していたけれど後に は隠していられなくなったのさ私もお民 さんのためにいくら泣いたかしれ ない見ればおマスはもうポロポロ涙を こぼしている一体おマスはごく人の良い 親切な女で僕とたみ子が目の前で仲いい風 をすると嫉妬心を起こすけれど元より執念 深い少でないからたみ子が1人になれば たこと仲が良く僕が1人になれば僕を 大騒ぎするので あるそれから名増すは僕がいない後で たみ子が非常に母に叱られたことなどを 話したそれは概略こで ある意地悪の兄嫁が何を言うても母がたこ を愛することは少しも変わらないけれど2 つも年の多いたみ子を僕の嫁にすることは どうしてもいけぬということになった らしくそれには兄嫁も色々言うて嫁にし ないとすれば2人の中はなるたけ咲くよう な工夫をせねばならぬ母も兄嫁もそういう 心持ちになっているからたみ子に対する しけは正のことを思うていても到底ダメで
あると遠回しに風死していたそこへ来て たみ子が開けてもくれてもくよくよして 人の目にも止まるほどであるから時々は 物忘れをしたり呼んでも返事が遅かったり して母の感触に触ったことも度々あっ た僕がいなくなってから20日ばかり経っ て11月の突き始めの 頃たみ子も他のものと野へ出ることとなっ て母がたこにお前は一足後になって座敷の 周りを雑巾がけしてそれから庭に広げて あるむをくへ片付けてから野に行けと 言いつけ たたみ子は雑巾がけをしてからうっかり 忘れてしまってむを入れずに野出たところ 間が悪くその日雨が降ったからそのむ10 枚ばかりを濡らしてしまったたみ子は雨が 降ってから気がついたけれどもう間に合わ ないうへ帰って早速母に詫びたけれど母は 平日のことが胸にあるから 何も10枚ばかりのむが惜しいではない けれど一体私の言いつけをおろかに聞いて いるから起ったことだ元のたこはそうで なかったえて勝手な考え事などしている から人の言うことも耳へ入らないのだと いうような随分痛い小言を言っ たたこは母の枕元近くへ行ってどうか私が 悪かったのですから堪忍してと両手をつい て謝ったそうすると母はまたそう何も他人 らしく改まって謝らなくともだと叱った そうでたみ子はたまらなくなってわっと 泣きしし たそのままたみ子が泣き止んでしまえば何 のこともなく住んだであろうがたみ子は とうとう一晩中泣きとしたので明る朝は目 を赤くしてい た母も夜時々目を覚ましてみるとたみ子は いつでもスクスク泣いている声がしていた というので今度は母が非常に立腹してお マスとたこと2人呼んで母が震え声になっ て言うに は愛たでは私がどんなわがままなことを 言うかもしれないからおマは聞き手になっ てくれたみ子は言うべ一晩中泣きとした 定めし私に言われたことが無念でたまら なかったから でしょうたみ子はここで私はそうであり ませんと泣き声で言うたけれど母は耳にも かけずになるほど私の小言も少し言いすぎ かもしれないがたみ子だって何もそれほど 悔しがってくれなくても良さそうなもの じゃないか私は本当に考えると情けなく なってしまった可愛がったのを恩に着せで はないが元言えば他人だけれど血のみの時 からたみ子はしょっちゅうへきていて今の マと2つの乳ぶさを1つずつ含ませていた
くらいおマスが来てからもあの通りで2つ のものは1つずつ4つのものは2つずつ 着物をこらえてもあれに1枚これに1枚と 少しも分け隔てをせないできたたこも真の 親のように思ってくれ私も我が子と思って よその人は誰だって2人を兄弟と思わない ものはなかったほどであるのに後にも先に も1度の小言をあんなに悔しがって余裕 泣いてくれなくとも良さそうなもの市川の 人たちに聞かれたらば斎藤のバがどんな ひどいことを言ったかと思うだろう10何 年という間我が子のように思ってきたこと もただ1度の小言で忘れられてしまったか と思うと私は 悔しい人間というものはそうしたもの かしら およく聞いてくれ私が無理かたみ子が無理 かなあお ます母は目に涙をいっぱいに貯めてそう 言っ たたみ子は身もよもあらぬ様でいきなりに おマスの膝すがりついて泣き泣き おまやお母さんに申し訳をしておくれ私は そんな大それた両ではないゆんあんなに 泣いたわ全く私が悪かったから全く私が 届かなかったのだからおまやお前がよく 申し訳をそう言ってお くれそれからおマがお母さんのご立もごも もですけれど私が思うにゃおさんも少し 勘違いをしておいでなさいますお母さんは 長年おたさんを可いがっておいでですから おさんの気立ては分かっておりましょう私 もこうして1年ご厄介になっていてみれば お民さんは本当優しい大人しい人です お母さんに少しばかり叱られたってそれを 悔しがって泣いたりなんぞするような人で はありますまい私がこんなことを申しては おかしいですが まおさんとおさんとはああして仲良くして いたのを何かのご都合で急にお別れなさっ たもんですからそれからというものをた さんはかわいそうなほど元気がないのです この葉のそぐにもため息をつきカラスの泣 にも涙ぐんで触れば泣きそうな風でいた ところへお母さんから少しきつくしられた からとめどなく泣いたのでしょうお母さん 私は全くそう思いますわお民さんは決して あなたに叱られたとて悔しがるような人で はありませんおたさんのような大人しい人 をお母さんのようにあ言ってしっては あんまりかわいそうです わおマが共なきをして言い訳を言うたので 元よりたみ子は憎くない母だからにわかに 顔色を直し てなるほどおマがそういえばは私も少し
勘違いをしていましたよくおますますそう 言うてくれた私はもうすっかり心持ちが 治ったた黙っておくれもう泣いてくれるな タミヤもかわいそうであった何まおは学校 へ行ったんじゃないかくれには帰ってくる よなおマお前は今日は仕事を休んでうまい ものでもこらえてくれ その日は3人がいく度も寄り合い色々な ものをこらえては茶事をやり1日面白く話 をし たたみ子はこの日はいつになく高笑いをし 元気よく遊ん だなんと言っても母の方はすぐ話が分かる けれど兄嫁がまなすきがな色々なことを 言うのでとうとう僕の帰らないうちにたこ を市川へ返したとの話であっ たおは長い話を終わるやいなやすぐ打へ 帰っ たなるほどそうであったか姉はもちろん母 までがそういう心になったではか弱い望み も絶えたも同様心細さのやるせがなく泣く より他に線がなかったの だろうそんなに母に叱られたか一晩中なき 通したなるほど などと思うと再び熱い涙がみなり出して とどがない僕はしばらくの間涙の出るが ままにそにぼんやりしておったその日は とうとう朝飯も食べず昼過ぎまで畑の辺り をうろついてしまっ たそうなるとにわかにうちにいるのが嫌で たまらないできるならばくれのうちに学校 へ帰ってしまいたかったけれそうもなら ないでようやくこらえて年起こし元日1日 おいて2日の日には朝早く学校へ立って しまっ た今度はリクロ市川へ出て市川から記者に 乗ったからたこの近所を通ったのであれど 僕は決まりが悪くてどうしてもたみ子の家 へ寄れなかったまた僕に寄られたらばが あるだろうとも思って行く度寄ろうと思っ たけれどついに寄らなかっ た思えば実に人の境遇は変化するもので あるその1年前まではたみ子が僕のところ へ来ていなければ僕は日曜の度にたみ子の 家へ行ったので ある僕はたみ子の家へ行っても他の人には よはないいつでもおばあさんたさん はそらたさんわが来たと言われるくらいで ある時などは僕が行くとたみ子は庭に菊の 花を積んでいた僕はたさんちょっとおいで と無理に瀬戸へ引っ張っていって2間柱を 2人で担い出し柿の木へかけたのをたみ子 に押さえさせ僕が登って柿を6つばかり 取るたみ子に半分やればたみ子は1つで たくさんと言うからはその5つを持って
そのまま裏から抜けて帰ってしまっ たさすがにこの時は戸村の家でも内中で僕 を悪く言ったそうだ けれどたみ子1人はただニコニコ笑ってい て決してまおさん悪いとは言わなかった そう だこれくらい手立てなくした間柄だに恋と いうことを覚えてからは市川の町を通る すら恥ずかしくなったのであるこの年の 初中休みには家に帰らなかったくれにも 帰るまいと思ったけれど年の暮れだから1 日でも2日でも帰れと言うて母から手紙が 来たゆえ大晦日の夜帰ってき たおマスも今年きりで下がったとの話で いよいよ話し合いてもないからまた元日1 日で2日の日に出かけようとすると母が お前にも言うておくがたみ子は嫁に行った 去年の下月やはり市川のうちで大変裕福な 家だそうだと簡単に言うのであっ た僕ははあそうですかと無増さに答えて出 てしまっ たたみ子は嫁に行っ たこの1号を聞いた時の僕の心持ちは自分 不思議と思うほどの平気であった僕がたこ を思っている感情に何らの動揺を起こさ なかったこれには何か相当の理由があるか もしれねどともかくも事実はそうである僕 はただ理屈なしにたみ子はいかな教外に いろうとも僕を思っている心は決して 変わらぬものと信じて いる嫁に行こうがどうしようがたこはで僕 がたみ子を思う心に寸分の変わりないよう にたみ子にも決して変わりないように思わ れてその観念はほとんど大石の上に指して いるようで毛の先ほどの危惧心もないそれ であるからたみ子は嫁に行ったと聞いても 少しも驚かなかっ たしかしその頃から今までにない考えも出 てき たたこはただただただ少しも元気がなく痩 をえて夫妻でわかりいるだろうとのみ思わ れてならない可いそうなたさんという観念 ばかり高まってきたので あるそういうわけであるから学校へ行って も以前とはほとんど反対になって以前は 勤めて人中へ入ってくを紛らすとした けれど今度はなるべく人を避けて1人で たみ子の上に思いをはせて楽しんで ナス畑のことや綿畑のことや13日の晩の 寂しい風やまたやりの私で別れた時のこと やを繰り返し繰り返し考えては1人慰めて おっ たたみ子のことさえ考えればいつでも気分 が良くなるもちろん悲しい心持ちになる ことがしばしばあるけれど散々涙を出せば
やはり後は気分が良くなる たみ子のことを思っていればかって学科の 成績も悪くないので あるこれらも不思議の1つでいかなる理由 か知らねど僕は実際そうであっ たいつしか時も経って忘れもせぬ6月22 日僕が30の海大に苦しんで考えていると 小遣が斎藤さんおから方ですと言って机の 橋へ置いて去った例のすぐ帰れであるから 早速車間に話をして即日帰省した何事が 起こったかと胸に同機を弾ませて帰って みると酔い闇のうちの有様は意外に静か だ台所でうち中夕飯時であったがただそこ に母が見えないばかり何の変わったもない 僕は台所へは顔も出さずすぐと母の心情へ 来 た安土の明かりも薄暗く母はひたり枕に ついて伏せっているお母さんどうかしまし たか ああまさおよく早く帰ってくれた今私も 起きるからお前ご飯前ならご飯を済まして しまえ僕は何のことかしきりに気になる けれど母がそういうままに早々に飯を 済まして再び母のとろへ 来る母は帯を言うて布団の上に起きていた 僕が前に座ってもただ無言でいる見ると母 は雨のような涙を落として俯いている お母さんまあどうしたん でしょう僕の言葉に励まされて 母はようやく涙を 吹きまお堪忍してくれたこは死んでしまっ た私が殺したようなもの だそりゃいつですどうして民さんは死んだ んです僕が夢中になって問い返すと母は むせび返って顔を抑えて いる死重を聞いたら定めしひどい親だと 思うだろうがこらえてくれ まさおお前に一言の話もせずたって嫌だと いうたみ子を無理に進めて嫁にやったのが こういうことになってしまっ たたい女の方が年上であろうとも本人同士 が独身であらば何もおだからとて余計な 口出しをせなくても良いのにこの母が年が もなく親だてらにいらぬお世話をて 取り返しのつかぬことをしてしまったたこ は私が手をかけて殺したも同じどうぞ堪忍 してくれ まさお私はたこの後追って行き たい母はもうおいおいおいおい声を立てて 泣いて いるたこの死ということだけは分かった けれど何が何やらさらにわからぬ僕とて たこの死と聞いて失心するほどの思いで あれど今目の前で母の嘆きの一通りならぬ を見ては泣くにも泣かれず僕がオロオロし
ているところへ兄夫婦が出てき たお母さんまあそう泣いたって仕方がない と言えば母は構わずに泣かしておおくれ 泣かしておくれというのであるどうしよう も ないその間で兄嫁がわずかに話すところを 聞け ば市川の何がしという家で先の男の気象も 知れているに財産も戸村の家に倍以上で ありそれで向こうからたみ子を立っての 消耗ナコードというのも戸村が世話になる 人である是非やりたい是非行ってくれと いうことになっ たたみ子はどうでも嫌だと いうたみ子の嫌だという精神はよく分かっ ているけれどまおさんの方は年も違い先の 長いことだからどうでも何がしの家へやり たいとは戸村の人たちはもちろん親類まで の希望であったそれでいよいよ斎藤のおか さんに意見をしてもらうということに相談 が決まりそれでうちのお母さんがたみ子に 幾度意見をしても泣いてばかり承知しない からとどのつまりお前がそう強情張るのも 正のとこへきたい考えからだろうけれど それはこの母が不正知でならないよお前は それでも今度の円THが不正知 かこんな風に言われたからたみ子は すっかり自分を諦めたらしくとうとう皆様 の良いようにと言って承知をしたそれから は何もかも人の言なりになっ 下半ばに議をしたけれどたこの心持ちが 本当の承知でないから向こうでもいくらか 明けになりたこは身持ちになったが無月で 降りてしまっ た後の日立ちが非常に悪くついに6月19 日に息を引き取っ た病中僕に知らせようとの話もあったが 今更まに知らせる顔もないというわけから 知らせなかったうちのお母さんはたみ子が まだ口を聞く時から市川へ行っていて たみ子が行けなくなるともう泣いて泣いて 泣きいた一口混ぜにたこは私が殺したよう なものだとばかり言っていて市川へ置いた ではどうなるか知れぬというわけから昨日 車でうへ送られてきたの だ話さえすれば泣く泣けば私が悪かった 悪かったと言っている誰にもしようがない からまおさんのところへ伝法を打った たみ子もかわいそうだしお母さんも かわいそうだし飛んだことになってしまっ たまおさんどうしたら良い でしょう兄嫁の話で大方は分かったけれど 僕もどうしてよいやらほとんど途方にくれ た 母はもう半期違い
だ何しろここでは母の心を沈めるのが第1 とは思ったけれど慰めようが ない僕だって一違いになってしまったらと 思ったくらいだから母を慰めるほどの気力 は ない倉庫しているうちにようやく母も少し 落ち着いてきてまた話しだし たま聞いてくれ 私はもう自分の悪党に呆れてしまったなん だってあんなひどいことをたこに言ったっ けかしら今更なんぼ食いても仕方がない けど私はまおたみ子にこう言ったんだ正夫 と夫婦にすることはこの母が不正知だから お前は他へ嫁に 行けなるほどたみ子は私にそう言われて みれば自分の身を諦める他はないわけだ どうしてあんなむごたらしいことを言った のだろうあかわいそうなことをしてしまっ た全く私が悪とを言うたためにたこは死ん だお前はね明日は夜が開けたらすぐに行っ てよくたみ子の墓に参ってくれそれで お母さんの悪かったことをよく詫びてくれ ねい まお僕もようやく泣くことができたたい どういう都合があったにせよいよいよ 見込みがなくなった時には合わせてくれて もよかったろうに死んでから知らせるとは 随分ひどいわけだ民さんだって僕には会い たかったろう嫁に行ってしまっては申し訳 がなく思ったろうけれどそれでもいよいよ の間際になっては僕に会いたかったに違い ない実に情けないことだ考えてみれば僕も あんまり子供であったその後市川を3回も 通りながら尋ねなかったは今更残念でなら ぬ僕はたみ子が嫁に行こうが行くまがただ たこに会いさえせば良いのだ今一目会い たかっ た次から次と果てしなく思いは溢れてくる しかし母にそういうことを言えば今度は僕 がを殺すようなことになるかもしれない僕 はきっと心を取り直し たお母さん本当にみこはかわいそうであり ましたしかし取って帰らぬことをいくら 悔やんでも仕方がないですから後のことを 年頃にしてやる他はないお母さんは ただただご自分の悪いようにばかりとって いるけれどお母さんとて心はただたみ子の ためまのためと一筋に思ってくれたこと ですからよしそれが思うようにならなかっ たとてたみ子や私らがなんとてお母さんを 恨みましょうお母さんの心はどこまでも 情けplacでしたものをたみ子も決して 恨んではいやしまい何もかもこうなる運命 であったの でしょう私はもう諦めましたどうぞこの上
お母さんも諦めて ください明の朝は世が開けたらすぐ市川へ 参り ます母はなお言葉を継いでなるほど何もか もこうなる運命かもしらねど今度という 今度私はよくよく後悔しました俗に親ばと いうことがあるがその親ばがとんでもない 悪いことをした親がいつまでも物の分かっ たつもりでおるが大変変な間違いであった 自分はあ様におすり申して救いていただく 他に助かる道はないまお前は体を大事にし てくれ思えばたみ子は長年の間にもついぞ 私に逆らったことはなかった大人しい子で あっただけ自分のしたことが食いられて ならないどうしてもかわいそうでたまら ないたこが今の時のこともお前に話して 聞かせたいけれど私にはとてもそれができ ないなどとまた声をくらしてきたもう話せ ば話すほど悲しくなるからとてしいて1度 寝ることにし た母の手前兄夫婦の手前泣いとこらえて ようやくこらえていた僕は自分のかい入り 布団に倒れるともうたまらなく1度に込み 上げて くる口Aは手ぬいを噛んで涙を絞ったどれ だけ涙が出たか隣室の母から世が開けた ようだよと声をかけられるまで少しもやま ず涙が出 た北ままで寝ていた僕はそのまま起きて顔 を洗うやいやまだほのぐらいのに家を 出る夢のように2の道を走って太陽が ようやく地線に現れた自分に戸村の家の 門前まで来 たこの家のかどのあるところは庭から正面 に見通して 見える朝にそばを焚いてパチパチ音がする 僕が前の縁先に立つと奥にいたおばあさん が目ざとく見つけて出てくるかやかや とみまおさんが来ましたまあまおさんよく 来てくれました体操早くさおあがんなさい 抜きでしょさ金 やたこのお父さんとお母さんたこの お姉さんも来たまあよく来てくれました あなたの来るのを待ってましたとにかくに 上がってご飯を食べ て僕は上がりもせず腰もかけずしばらく 無言で立ってたようやくと民さんのお墓に 参りに来まし たせなる様は目に余ったと見えよったり とも口が聞けなくなってしまったやがて お父さんがそれでもまちょっとご飯を 済ましていったらああそうですかそれでは みなして参ってくるがよかろいやあ着物 など着替えんで良いじゃない か女たたはもう鼻すすりをしながらそれ
じゃとで 立ち上がる水を持ち線香を持ち庭の花を たくさんに取るおだまき草先日草天宿 ボタンとめえめえ手に取り分けて 出かける柿の木の下から瀬戸へ抜け巻 UMAの裏門を出ると松林である桃梨畑の 間を行くとわずかの他があるその先の松林 の片隅に雑器の森があって天田の墓が 見える戸村の墓地は持のき45本を中心と して6ツばかりを分けしてあるその程よい ところの新墓がたみ子がとの住処であっ た葬りをしてから雨にも合わないので ほんの新しいままで力紙なども今結んだ ようで あるおばあさんが先に てさあまおさん何もかもあなたの手でやっ てくださいたみ子のためには本に戦争のく ようにまさるあなたの光どうぞまおさん よくお参りをして ください今日はたみ子も定めて草の影で 嬉しかろうなこの人にせめて1度でも目を 眠らないたこにまあせめて1度でも合わし てやりたかっ た3人は目をこすっている様子僕はこう 上げ鼻を上げ水を注いでから前につくばっ て心の行くまで拝んだ真に情けなわけ だ寿命で死ぬはいし方ないにしても長く 患っている間にああ見舞ってやりたかった 一目会いたかった僕もさんに会いたかも さんだって僕に会いたかったに違いない 無理に強いられたとはいえ嫁に行っては僕 に合わせる顔がないと思ったに違いない 思えばそれが哀れでならないあんな 大人しい民さんだもの両親から親戚中 かかって強いられどうしてそれが拒ま れようたさんが気の強い人ならきっと自殺 をしたのだけれど大人しい人だけにそれも なかったのだ民さんは嫁に行っても僕の心 に変わりはないとせめて僕の口から一言 言って死なせたかっ た世の中に情けないと言ってこういう 情けないことがあろうかもう私も生きてい たく ない我知らず声を出して僕は両膝と両手を 地べたへついてしまっ た僕の様子を見て後にいた人がどんなに 泣いたか 僕も我1人でないに気がついてようやく 立ち上がっ た3人の中の誰が言うのかなんだって たみ子はまおさんということをば一言も 言わなかったの だろうそれほどに思い合ってる中と知っ たらあんなに進めはせぬものをううれてい たのだにこの人の胸も聞いてみずたこも
あれほど嫌がったものをいくら若いから とてあんまりであったかわいそう に3人も光をたけ水を注いだおばあさんが またまおさんあなた力がを結んでください たくさん結んでくださいたみ子はあなたが 上の力を頼りにあの世へ行きますなあ仏な あ 仏僕は心にあった髪のありたけを力強に 結ぶこの時ふっと気がついたたさんは野が 大好きであったにのを掘ってきて植えれば よかったいやすぐ掘ってきて植えよう こう考えて辺りを見ると不思議にのぎが しってる戸村の人に踏まれたらしいがなお 浮き立ってああとしているたさんは野菊の 中へ葬られたのだ 僕はようやく少し落ち着いて人々と共に 墓場をじし た僕は何にも欲しくありませんご飯は もちろん茶も欲しくないですこのまま追い とま願います明日はまた早く登りますから と言って帰ろうとすると内中で 引き止めるたみ子のお母さんはもうたまら なそうな風でまおさんあなたにそうして 帰られては私はいても立ってもいられませ んあなたが面白くないお心持ちは十々察し ています考えてみれば私どもの届かなかっ たためにたこにも不便な死にをさせまお さんにも申し訳のないことをしたのです私 どもはいよにもあなたにお詫びをいたし ますたこかわいそうとおししたらどうぞ たみ子が今の話も聞いていってくださいな あなたがおいでになったらお話し申す つもりで今日はおいでか明日はおいでかと 実は家中がお待ち申したのですから どうぞそう言われては僕も帰るわけに行か ず母もそう言ったのに気がついて座敷へ 上がっ た茶やご飯やと出されたけれども真似 ばかりで済ますそのうちに人々皆奥へ 集まりおばあさんが話しだし まおさんたこのことについては私ども一度 誠に申し訳がなくあなたに合わせる顔は ないのですあなたに色々ご無念なところも ありましょうけれどどうぞまおさん 過ぎ去ったことと諦めてご勘弁お願います あなたにお詫びをするのが何よりたこの苦 よになるの です僕はただもう胸いっぱいで何も言う ことができないおばあさんは話を 続ける実はと申すとあなたのお母さんはめ 私またたこの両親ともあなたとたみ子が それほど深い中であったとは知らなかった もんです から僕はここで一言言い 出す民さんと私と深い仲とおっしゃっても
たさんと私とはどうも視野しませんいいえ あなたとたみ子がどうしたと申すではない のです元からあなたとたみ子は非常な 仲良しでしたからそれが分からなかったん ですそれにたみ子はあの通りのうきな子 でしたからあなたのことは一言も口に出さ ないそれはあまるきり知らなかったとは 申されませんそれですからお申すような わけ僕は皆さんにそんなにお詫びを言わ れるわけはないというたみ子のお父さんは お詫びを言わしてくれと いうそりゃまおさんの言うのはごもとも です私どもが勝手なことをして勝手なこと をお前さんに言うというものですがまお さん聞いてください理屈の上のことでは ないです男親の口からこんなことど言うも いかがですがたみ子は命に変えられない 思いを捨てて両親の希望に従ったの です親の言いつけで背かれないと思うても 通りで感情を抑えるは無理なところもあり ましょうたこの死は全くそれゆえですから 親のみになってみるとどうも残念であり ましてどうもししませんとまさんが言う 通りお前さんたちに何の罪もないだけ親の 目からは不便が一そうでなあの通り 大人しかった民子は自分の死ぬのは心々と 諦めてかついぞ一度不足らしい風も見せ なかったですそれやこれや思いますとな どう考えても地と親が無印悲であったよう でまおさん察してください見る通り家中が もう悲しみの闇に閉ざされているのです 愚かなことでしょうがこの場合お前さんに みこの話を聞いてもらうのが何よりの医者 に思われますから年がもないことを申す ようだがどうぞ聞いて くださいおばあさんがまた話を 続ける結婚の話からいよいよ難しくなった までの話は兄嫁が家での話と同じで今と いう日の話はこうであっ た6月17日の午後に医者が来てもう1日 2日のところだから親類などに知らせる ならば今中にも知らせるが良いと言います からそれではとてとりあえずあなたの お母さんに告げると18日の朝飛んでき ましたその日はみこは顔色が良くはっきり と話もいたしまし あなたのおかさんが来ましてたや決して気 を弱くしてはならないよどうしても今一度 治る気になっておくれよた やたみ子はにっこり笑顔さえ見せてやりの お母さん色々ありがとうございます長々 可いがっていただいたご音は死んでも忘れ ません私ももう長いことはありますまい神 やそんな気の弱いことを思ってはいけない 決してそんなことはないからしっかりし
なくてはいけないとあなたのお母さんが 言いましたらたみ子はしばらくたってやり のお母さん私は死ぬが本毛であります ばそれで良いのですと言いましてからなお 口のうで何か言ったようで何でもまおさん あなたのことを言ったに違いないですがえ よく聞き取れませんでしたそれ切り口は 聞かないでその世の明け方に息を引き取り まし たそれからまおさんこういうわけです世が 開けてから枕を直させます時あれの母が 見つけまし たたこは左の手にもみの切れに包んだ 小さなものを握ってその手を胸へ乗せて いるのです それで内中の人が皆集まってそれをどう しようかと相談しましたがかわいそうな ような気持ちもするけれど水に置くのも気 にかかるとにかく開いてみるが良いとあれ の父が言い出しまして皆のいる中で開け ましたそれがまささんあなたの写真と あなたのお手紙でありまし て おばあさんが泣き出してそこにいた人皆涙 を吹いている僕は一心に畳を見つめてい たやがておばあさんがよよ話を 継ぐそのお手紙をおとが読みましたから誰 も彼も1度に声を立って泣きましたあれの 父は男ながら大声して泣くの ですあなたのお母さんは気が触れはしない かと思うほど口説いてなくお前たち2人が これほどの語いとは知らずに無理無いに 進めて嫁にやったは悪かったああ悪いこと をした不憫だったたや堪忍して私は悪かっ たから堪忍して くれにわかの騒ぎですから近隣の人たちが どうしましたと言ってたねに来たくらいで ありましたそれであなたのお母さんはどう しても泣き止まないです体に触ってはと 思いまして葬式が住むと車でお送り申した 次第 です身を諦めたたみ子の心持ちがこう 分かってみると誰も彼も同じことで今更の ように無理に嫁にやったことが後悔され たまらないですよ考えば考えるほどあの子 がいそうでかわいそうでいてもたってもい られ ないせめてあなたに来ていただいて皆が 悪かったことを十分あなたにお詫びをし またあれの墓にも光をあなたの手からたけ ていただいたら少しは家中の心持ちも 休まるかと思いまし て今日のことなんぼ待ちましたろまおさん どうぞ聞き分けてくださいねえたみ子は あなたには背いてはいませんどうぞ不憫と
思うてやって ください一言一句皆涙で僕も一時泣きして しまっ たたみ子は死ぬのが本毛だと言ったかそう 言った かうちの母があんなに身を責めて泣かれる のもそのはずであっ た僕はおばあさんよくわかりました私はた さんの心持ちはよく知っています去年の春 民さんが嫁に行かれたと聞いた時でさえ私 はたさんをほども疑わなかったのですもの どのようなことがあろうとも私がたさんを 思う心持ちは変わりませんうちの母なども ただそればかり言って投げますがそれもみ 悪気があっての技でないのですから私は もちろんたさんだって決して恨みに思いは しません何もかも決まった縁と諦めます私 は当分毎日お墓へ参り ます話しては泣き泣いては話しこ一号おつ 一いくら泣いても果てしがない僕は母の ことも気にかかるのでもうお昼だという 自分に戸村の家をじした戸村のお母さんは たみ子の墓の前で僕のそぶりがあまり いわしかったから途中が心配になるとて 自分でやりの入り口まで送ってきてくれ たたこの哀れなことはいくら思うても 思い切れないいくら泣いても泣ききれない しかしながらまた目の前の母が介護のに 攻められ自ら滞在を犯したと信じて嘆いて いる哀れさを見ると僕はどうしても今は 民子を泣いてはいられない僕がめそめそし ておったでは母の苦しみは増ばかりと気が つい たそれから一心に自分で自分を励まし元気 を予想てひたすら母を慰める工夫をし たそれでも心にないことは仕方のないもの 母はいつしかそれと気がついている 様子そうなっては僕が家にいないより他は ない毎日名の間市川へ通ってたこの墓の 周囲にはのが一面に植えられたそのある日 に僕は十分母の心の休まるように自分の 心持ちを話して決然学校へ出た たみ子は余儀なき結婚をしてついによ去り 僕は余儀なき結婚をして長えて いるたみ子は僕の写真と僕の手紙とを胸を 離さずに持って いよう有名はけ立つとも僕の心は1日も たこの上をさら ぬ OG
青空文庫様より朗読させていただきました。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000058/files/647_20406.html
初出・・・「ホトトギス」1906年(明治39年)1月
当チャンネル中の伊藤左千夫作品
「奈々子」https://youtu.be/rKPP53WN7lc
伊藤 左千夫
(いとう さちお、1864年9月18日〈元治元年8月18日〉- 1913年〈大正2年〉7月30日)は、日本の歌人、小説家。明治期に活躍した。本名:伊藤 幸次郎。
歌人としては正岡子規の実質的な後継者として優れた短歌・歌論を発表し、小説家としては代表作「野菊の墓」などを執筆。
ボイストレーナー・朗読家の あべよしみです。
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