緑色の顔をしたおじさんの絵は子供にどう説明すればいいのか【表現主義2】
じゃ始めましょうはいえっとねま一応ね あの取り上げるサッカーこれからねえ たくさん色々名前が出てくるので順番とか さあのなんて言うのかな大体どのぐらいの 時代の人なのかっていうのま一応こう まとめてみたんですかうんあのもう同じ 時期にキュビズムもあるしそれから未来派 もあったしあの 世界的にヨーロッパもさもういろんな同じ 人が違う作風でまた違うあのモチーフを 書くとかっていうのは当たり前にあるので うん一概にこの人はこういう人ですみたい なことは言えないんですようんうんうんな んだけれどもま一応ねあのジャンル分けを するとこれに当てはまるかなっていうこと で例えばパウルクレイなんかはここでは 表現キズムシリムとか書いてあるけども それのどれにも当てはまらないっていう 考え方の人もいるんですようんうんだから 私もそうだなと思うしあのうまマティスも まフォービズムて言われてみたらそうだな と思うけどそれだけじゃないよなって思う 部分もあったりしてまこれは一応のこう 目安としてあのつけていますのでその辺を ご了解くださいま後付けだからね全部ね こういう何々派とか何々ビズムみたいな やつはそうなんですもうこの人たちがそう 言って活動してるわけじゃないんですよ私 はあの表現派を始めましたとかて言うん じゃないんですよそう あの後から人がこの人はそれに当てはまる んじゃないかって言ってるだけなんでま そういう話も後でしようと思いますけれど もそうですねそもそもアーティストなんて 肩にはまりたくない人たちなんだからそう なんですそうそうそのそのそこなんですよ なので私はどちらかというと面白いなって いう基準であの選んでいてもっとたくさん 本当はあのアーティストはあのもう表現派 たくさんいるんですよその中でも私が興味 持てるなっていうものだけをこう集めてき ましたで見ていきましょうまずねハリヒ カペドンクっても全然私も知らなかった人 なんですがうん聞いたこともないね うん多分ね知ってる人はものすごく マニアックな人だと思うんですがこの人は ねもうねこの表現派表現ドイツ表現主義の 1番最後の方に出てきますうんそちらの方 から見ていくっていう感じでだんだん上に 上がってくっていう感じで見ていき ますでカンペドンクさんねまねわか知ら ないのはねあのもしょうがないっていうか まあのグラフィックデザイナーでもありね ドイツで生まれたんだけどオランダに帰化 したってっていうことなんでもうドイツが
嫌になっちゃったみたいなねあの色々戦争 もあったしいろんな差別もあったり色々 あったんでまそういう人結構多いんですよ ねあのパウルクレイも結局スイスに逃れて いって最初ドイツとフランスの国境あたり で生まれたんだけれどももうドイツから 離れちゃうっていうたくさんアメリカに 渡っちゃうあのアーティストもいたしだな のでまこのカペドンクもそういう感じで あまりこう こう 的にこう取り上げられるってことは少ない んですがそれだけにねものすごく新鮮だっ たんですよどういう作品かというとこう いう 作品ちょっとあなんかキュビズムっぽい 感じもあるししるみたいな感じもするし うん見たことないような色使いで面白いな と思ったんですよまピカソもなんかあれだ よねゲルニカっぽいよねちょっとねあうん ピカソの影もあるねなんかね血が入ってる から余計にうんいやね結構ね表現主義の中 に動物着ますうん動物ねずっとねなんか 動物書いてる人やばい人みたいなので動画 あったじゃないはいんでさえ動物書いちゃ いけないのかななんて思った人はさあの 朗報です表現主義は結構動物出てきますま この時期はもうねだいぶあの昔の中世の 価値観から逃れてるというかそうそう そうそうそうそう変わってきてるからね そうね人間主義からさ脱するためにさ動物 に来るっていうねうんまあのうイタリアで もそうですよねあのイタリアでもこうあの 馬と人間を描いた人っていたじゃないです かうんうんそういうと同じでなんかねこの 人間の本能とか野生とかさその今までなん か知性とか理性とかに頼ってた生き方から もっと感格的で本能からさに基づいた生き 方にこう変えたいっていうさもう動物たち と同じような視点でさ世の中見てみたいっ ていうさそういうねあの価値観が生まれて きてるなって感じるのこれもこう馬がい たり牛がいたりでこう人間もさその中に こう混然としてるじゃないこう離れ離れ じゃなくてもうさ入り組んじゃってどこ もうなんか一体化してるんですよこの世界 がうんこう風景の中に動物と人間がこうさ 一食体になってるこうなんかこう自分の体 の中にこうさ踏み込まれてるぐらいのうん こいう表現は面白いなあこの色使いも 面白いしキュビズムとまた違うこう人間の この必食のね跡が残ってる塗り方とか うんなんかいいなと思ったしこういう作品 もあったんですよこれは1917年のあの ランドスケープあのうん風景っていうただ
のねあの題名がついているカペドンクの うんとシカゴ美術館のものなんですがここ にもねやっぱりほら鹿なのか動物とこれ なんかね鳥みたいなんですよ羽があって うんうんがいてで向こうに人間の家があっ て山があって森があって木があってで なんかこうさ寒々しい空気感っていうかね 色使いも面白いなって思ったここれも表現 主義なんだなと思ってうんなんか日本語 日本語じゃない日本画っぽさ感じるよね ちょっとこれうんそうそうだ日本人のさ 自然感って近くないこれになんかね そうこうやっぱりほら木が真ん中に来てる しまずそうなんかあのセシルのね絵みたい なうんちょっと雰囲気は感じるあやっぱり ヨーロッパがヨーロこのまんまヨーロッパ 的なこうさ行き方じゃなくてもっとこうさ アジアの方からこう価値観をさ取り入れて もいいんじゃないかっていうことが起き てるんですよここそどうしてかていうとさ ロシアの方から来てるんですよそれがうん カンディンスキーとかねああいうロシア からね入ってきたねドイツにてきた人が こうアジアのこう世界観とか価値観みたい なものをなんかねこう持ってきてい るっていう話もね こうなんていうのか文章のね橋柱から 感じ取られるんですよね うんこれなんかもねこんな大きな花とかさ どこまでが風景でどどもうさなんて言かな こう見た感じの景色よりも うんなんて言うのかなもういろんなものに 見えていいっていう世界が始まっててこれ は1918年頃のカンペドンクのあの鼻の あるうん絵っていう題名でま76cmか 60cmぐらいなものなんですがこれもね だいぶこう中小性が始まってるというか うんまあの花は花で分かるんだけど植物と かうんこの辺なんかも建物かもしれない けれどだんだんこうさこう整って画面を 構成することに集中したいから余計な形は 省いてこうっていうさ動きがうん感じ られるんですよ うんこんなのもありますうんもうここに 至るとねいろんなものがさこうごちゃ混ぜ になっていてもいいっていうかうんまこの せ最初に紹介したこの作品と同じでま混然 一体化していくっていうか人間と景色とか が分離されていなくてその世界丸ことこさ 全部自分なんて言うのか世界観がもう自分 っていうのは世界の中の一部であって世界 の景色と切り離されたもの離されたもので はないっていうさうんそういう世界が 見れるんですよねこれもあの風景のまと あの自画像っていう題名なんですが風景の
印象と自我像っていうこれ96CM68 CMって結構大きいんですよ ねこういう透明感とかこういうのももう なんか新しいものが生まれてきてるぞって いうね感じがするんですこの表現ねま 1914年のまこういうねあのすご分かり やすい部分もあるんだけれども分かり やすいけれどもなんかこうちょっとさ今 までの形式ばったあの真面目な射術的な絵 とはまた違うね世界が うんこれはあのフルートを吹いてるねあの 人がこえフルートなのかなんかラッパがな ラなんかねうんでなんか帽子をかぶってい てなんか鶏と牛がいるっていうね不思議な 通でなんか色合いもちょっとねあのビビッ な部分もあるけどカサッとした色っていう かねちょっと落ち着いた白混ぜたパステル 調の色もあったりあのこう色のハーモニー とかがとても綺麗な作品ですうんこういう カペドングねで次にねうんブルケはの人を 紹介しますがうんこれはあのキルヒなって いう人がすごく有名で前ねエミールノル デっていう人は紹介したことがあるんです ようん水彩画でこうふわーっと綺麗な色だ をさ描いて紹介したんそれをね多分ね うんとモンドリアンの花の時にこんな作品 がある他にもあるんだよみたい水彩で表現 した作家でこういう人がいますみたいなの で紹介したことがあるんですようんうん 今回は紹介しないんですがこのブルハの このキルヒなってすごく有名ででこの人な んです かすっごい若くしてなくなっちゃっあこの 人は若くしてないんだ58歳でね自分で あの命を立った人なんですがうんすっごい 悪い時期にやっぱり活動していろんな思い があったんだと思うんですけれどキルヒな 美術感がダボスっていうところにあり ますこ いうこいうなんかもかなりにあの1905 年の作品です かビビッな色をもうやっぱり思いきって顔 の旗とかに使っててそうだね目の部分が 青いだもんね青と白だもんもう顔のさ なんかこう造作もさいい加減っていうかさ はっきり書いてないしうんうんしかしさ このみ周りの緑の色がこの体の中にまで こう映ってねこやっぱりこの混然一体化し てるわけですよこの画面全体がうんこれ歯 の加のある女性のヌードってことで歯の歯 の色がこう光で反射して人間の体に移って るっていう心書いてるわけなんですがま こういう中もなんか人間市場主義じゃなく て人間がもう自然の中で一体になることの 方が幸っていうかそうそういうもの望ん
でる世界っていううんそういうものが絵に なってい ますこれこれはねあのダボスの冬っていう ね台なんですが1923年もうかなりね雪 の景色だと思うんですよこれ冬だからうん でもその雪の上にいろんな色がこうさ映っ てこういうさ何かあの のうん景色っていうものは実際にはないか もしれないけどもしかしたら街の明りとか でこういう風に見えたのかもしれないし うんそういう風にすることでこう冬のこう 寒い景色の中でもこう人間のこうぬくもり とかさこう温かみとかさそういうものに 包まれてる街みたいなものを表現しようと したのかもしれないんですがうんこの 思い切った色使いうん特徴で ですこれもそうですよ ねこれは多分印象派からま後期印象派の 五歩に来てそしてさらに何かこの五歩から 得たなんかこう自分がこう感じる世界って いうものを再構築するっていうのかな絵画 の中にうん見たものにあの引きずられるん じゃなくて見たものを自分の世界の中に 引っ張るみたいなうんうんうんまそうだね じゃないと顔緑にしないよねいない緑緑に は見えなかったと思うんだよねそうそうだ と思う多してうんそうよねうん表現した いって思った感情が緑だったんだろうね なんかそうなんだよそうそう そうそうでもさ全然おかしくないっていう のが不思議なのよねおかしくないまあどう なんだろうね僕はおかしいと思うけど 思うもうだからこれ勢のものとして認識し ちゃうとおかしくないってなるけどうん ぱっと見おかしいでしょってなるけどねあ なんでこれが緑の顔ないやなんで緑なんて いや顔どころか手も緑だしみたいなさ多分 かま子供が多分ねうんお父さんこれなんで さこの人さ緑色の顔してるのって聞くと 思うんだよねそう言うよね子供は絶対ね そうさなんて答えますかいやそれ真面目に 説明したら多分わかんなくなっちゃうから うんえなんだろう葉っぱになりたかったん だよこの人もっていう感じかな ああして答えるなら葉っぱになりなかった そう葉っぱになろうと思ってなんとか絵の 中でだけでも自分は葉っぱになろうっと 思って書いたら顔も緑になっちゃったん じゃないみたいな ああそれぐらいのことしか言えないま多分 これはさまセラーっての大きな肖像があっ てシラっていう人がうん多分ねこれ スケッチしてるんですよねうんうんうん絵 書いてるんですやっぱりうんさこの景色を こう見ながら書いてるんだ
けどこう見てるうちにさこうその気持ち 景色そのものに自分がさうん景色になっ ちゃってるっていうことにうんもうにも 気づかないっていうかねうんいやまあだ からそうなのかもしれないけどそれ子供に はわかんないだねそれはそうだねだから僕 の言ったぐらいの解釈が多分ちょうどいい んじゃないかなと思っ葉っぱになりたかっ た葉っぱになりたかったぐらいが多分 ちょうど分かりやすいそうだねでそれを見 ているねこのキルヒなこのシェラーって いう人を見てあこの人はこの景色の中に 埋没して作品を書いてるっていうねうん それをは別にそれでいいんだけどそう人 普通のま大人に向けてはねそういう解説が いいと思うんですがま子供になったらね 葉っぱになりたかったんじゃないかなって いうねそうそう そうそれがいいと思うだって子供はさ なんかかっこいいと思ったものになり たがるじゃない本でああだからその感覚は 共有できると思うんだよ子供は あこれ綺麗だなとかこれいいなって思った ものになりたいって思ったことある でしょうみたいなそのなんかウルトラマン かっこいいなと思ったらなりたいと思う じゃないて真似するでしょって言ってこの 人も自然見ててせの葉っぱがかっこいいな とかなんか素敵だなっと思ったからそう いう自分をんだよみたいな感じじゃ お父さんなんで地面はピンク色なのって 聞かれたらどうするそれはもうわかん ないそこまで来たらちょっとわかんない けどね今パッと思いつかないけどあそう なんでこれさ紫色なのここはとかさうん うんうん女の子だったら気がつくと思うん だよね気がつくねうんまここにね捕食退避 というかねうん要するにさこの色同士を 際立たせるこう色使っていううんこういう さ影が紫とかねうんうんうんうんこういう ものでこう紫と反対の色っていうのは緑な んですようんああなるほどねそうでこの紫 をまた引き立たせるのはさ明るいピンクと かねこのピンクが緑とこうさ捕食退避で またさこの緑の色を鮮やかにしていくと いうかなるほどこういうね色彩のこの色 工夫みたいなものは実はパウルクレイア カンデンスキーがバウハウスで一生懸命 教えたことでもあるんですようんうんうん だからねそういうものがこうまキルひなっ ていうのはまあの肝心スキーの影響かなり 受けてるしうんあのま午歩なんかはね感覚 的にそういうさ色彩の使い方を色々研究し たことを日記に書いてるんですけれども 日記とか手紙に書いてるんですがまういう
ことがだんだんねこの世の中であこう絵を こう自分がその見そのものを書くんでは なくてもっと効果的に使うにはどうしたら いいかって工夫が始まってるというかね うんそういうところもちょっとあの考え ながら見てもらうとし面白いと思うんです がうんこれはこれはね あのま森を描いてる作品ですキルヒナーが まこういうこうものすごくこうさあの整理 された要するにあまり余計なものを書かず にもう画面をすごくこうさ構築してくま これちょっとあれ勝鹿北斎なんかのあの 浮いなんかからの影響もちょっとか ちょっと私なんか感じるんですけどねうん うんうんうんなんかこうやっぱハガハガを ねやっぱりねあの今回取り上げません けれども表現主義の人たてねみんなハが やるんですようんうんでその木版がの やっぱりお手本っていうわけじゃないけど まある1つのきっかけとしてフランス なんかでこう紹介された浮きなんか関係が あったかなってちょっと思うんですよね うんうんうんうんなのですごくこう平面的 にあのこうちょっとデザイン化されてると いうかあのこう構図なんかもえてあの作品 のそのうん中をこう自分なりにこう構築 するっていうことが行われてるんですよ うんそういうこともねあの特徴になって ますでもね人間を書くとなるとねみんなね すっごいなんかね雑なんです よ表現派の人たってうんうんこれからあの 紹介してきますかうんやっぱりねこう人間 に対するこううなんか憎っていうかさ人間 の残酷さとかさ人間のさ愚かさとかそう いうものがねテーマになっていくのでうん こう自然とかさ動物を愛するのとはね なんか対象的にねすごくね人間がねこう 乱暴に書かれていくっていうねうんそう いう傾向がありますこれはなんか ストリートシーンでね道をこう歩く人々の ご様子をすごいデフォルメしてなんかこう ねブキボに書いたような感じなんですが うんそうねもキルヒなって言うと結構これ 大表例として出てきます うんまこういうビビットなね色合いのこう ビゼ近くの橋って橋とかねそういうもの 当時はなんかこういうあの建築物っていう も新しい建築物っていうのかなそういう ものも結構出てくるは出てくるんですよま これはあのブルッケっていう端派っていう 意味もちょっとあるかもしれないあの えっと表現派の中にはえっと青騎派って いうねブルーライターって言われて カティンスキーなんかがか関わっていた派 とあとブルケっていうねものすごくこの
うんか未来に向けてま未来未来派の影響も あるんだと思うんだけれどもこう未来に 自分たちがこう過去のうんいろんなこうさ 政治的に抑圧されたこ絵画から決別して 未来に続けるその橋渡しになるんだって 意味であのグループを作った人たちとこう 別れていくんですよでもあともう1つ新 植物主義の人たちもいてこう3つぐらい こう種に分かれるんです がこういうね 秋これね人間もほらねブキラボに書いて あるんだ けど相変わらずが一生懸命ね景色を綺麗な 色でねこう構成してこうなんどうやったら 見応えがあるかどうやったら人々がねこう あの楽しく見てもらえるかっていうの一生 懸命考えてる絵なんですけどねこれはね 結構大きいですよ136CMだね大きいね これ代表面白いねなんか本当に景色には力 入れたなって感じがするよねこれね そう手前には全然力入れなかったけど手前 の人間に全然力入れ入れてないけどって いうそれはよくわかるねこれはね分かるん でしょうんそういうところがねまたねこう 極端で面白いっていうかさ分かりやすいっ ていうかねそう ねねこうだからもうなんていうかこう抑圧 されていたこう規制概念っていうかさこう みんながいいとされるものをさこう 振り払ってさ自分たちだけができるなんて 言うのか若いからできることうんそういう ものに束縛されてないからこそ実現できる 世界っていうさうんそういう描き方をは わざとするっていうかうんそういうものは 前衛であり表現派であるという かこういうね色彩結構ね景色あるんです よでね鼻を描くとねこんな感じ です余計なもところはねもうなんだか わかんないところはもうラボにしちゃって やっぱ描きたいところだけね一生懸命こう さ綺麗な色でこう花一生懸命描くみたいな うんこういうやっぱりどうしてもねやっぱ 鼻みたいなものは売れやすいのでうんそう いうものにはやっぱりちゃんとね答え られるようになってるみたいなんですよ 表現派でもうんうん表現主義でもまこう いうねうんご的な感じのあのま鼻のさい てるを書いてる作品もあり ますまこういうのもあるんですよねまなん か働いている人であのアルプレーベンだ からまアルプスのまこう生ている人間 みたい なそういうアルプス風の お自分が思い描くアルプスの人物をこう 大体的に人間書いてるんだけどもやっぱ
武器なでなんかさ人間らしくないんですよ なんか動物でもいいような感じのそうだね うんうんなんかこう細かくさ綺麗に整った ものを囲うっていう欲そういう気持ちは どこにもなくてうんなんかこうこう せわしくこう動物のようにさもう働いて るっていうところ全面に出すそして太陽が 上がってこうさ日が日が上がると同時に 動き出してもうさそその中でさとにかく こう生きてる人間っていうさそういう なんか美しいとかどうとかそういうんじゃ なくてそういう生き生きとしたこう躍動 みたいなものをこの景色と一緒に書くと いう かこういうね あのなんか独特な色使いうんも面白いなと 思うんですよねキルヒね紫と緑のま最初に ねこのああのこの人のねシェラーの大きな 肖像画で書いたなこの紫とこの緑の配色 っていうのはやっぱちょっと独特のこの キルヒなの配色のこう特徴なのかなと思っ て見てるんですうんうんなんかこうどう です印象に残るよねこのキルヒなって言っ た時にそうね うん心に残るというかうんうんうんこんな 作家もいますしはいそこから今度は座張り ヒトでちょっと1人あの2人ぐらい ちょちょ取り上げてみたいと思うんですが こう親色物主義っていうのがねあるんです よまどんなことなのかっていうのちょっと 作品を見ながらはい夫ディックスっていう うん人はいますこの人はどのぐらいの人か というとねもうかなりねカペドンクより またさらに新しい人ですうんうんこれ作品 出しちゃって大丈夫なのああ1969年か ちょっとまあなんかモヤかけとこういや 50年経ってればいいから大丈夫だねこれ ねうんなくなってから50年だからうん今 2023年だから大丈夫 ですこの人の天覧会私昔学生ぐらいの時に 見たことあるんですよ鎌倉のうんと県立 キタ美術館で珍しくオットデクス店って いうのやっていてその時のね取り上げ方は ねどちらかというとウインのねあの正規末 的なね作品が多かったんですようんうんな でうんなんかね気持ち悪いね女性のね絵が 多くてあんまり好きになれなかったんです よね綺麗には書いてあったんだけどうん それはねどういう作風かって言とこんな 作風だったんですよ紹介されてたのは こういうね街のね建康というかね大都市の これはメトロポリタンっていうねポリスっ ていう大都市の人々のなんかさ大敗的な 風俗というかさうんすごくこう人間のさ 愚かさみたいなものね響楽主義的なそう
いうもの批判するようなさ絵っていうの 結構あるんですようん結構大きいんですよ これ181か404CMうん大きいんです がすっごい綺麗に描くんですよそれをうん つるつるに描くんですよああはいえ痛えの よ痛にねこのテンペラとかねうまくこう 使ってねあのすごい古典技法使ってね綺麗 に書いてあるんですけれどもま色も綺麗だ しうんなんですけどねあんまりあんまりと 気持ちが悪いなっていう感じでこう出て くる人々がそうねあんまりばしいそう けばけばしくってねうんなんかねあんま 好きじゃなかったの私はうんでもね今回ね 調べたらいろんな作品があることが分かっ てあなんでこういうところ紹介しないのか なと思ったんだけどうん初期はねこういう ねやっぱ気持ち悪いんですようんこれ なんかね汚いですよ黒とかねなんか ドロドロしてるしねなんかね痛々しい感じ がするしねあ色遣いはあれだね岡本太郎 っぽいけどねああもうそういう時代ですよ ね原原職みたいなそうそうそうそうそう赤 黄色みたいあ岡本太郎もあるよねこういう 色使いねそうそうそういう色使いあるじゃ ないそうそうそう色とか赤とか青とかで あと黒でこうまとめてくそうそうそうそう そうそうま作品は結構違うけど色は似て色 はちょっと近いかなってね色うんま やっぱりねこれもさ一応火星の字画像 なんて言ってるけどどう考えてもやっぱり 戦争のこうさうんうん対する批判であっ たり恐怖だったり不安だったりうんそう いうものがね画面にこう出ていて まう重要ではあると思うんだけどね あんまり飾ってみたいなっていう感じでは ないわけですようんだこういうところも フォビフランスのフォービズムとすごい 対象的な部分なのよねうん一緒一緒には できないことなんですようんそそうでねで もねこういうのもあるんですよこれいいな と思った面白いな これレダですよレダ覚えてますかレダ レダこれギリシャ神話に出てくる白鳥に なってうん出てきた女神がいてうん誘惑 するって話あったじゃないですかどっかで あったっけダヌも書いててあのマリーああ あのあったいっぱいいろんなシリーズが あるやつねそうそうそうマリロランさんも ね書いてみんな同じテーマで書いて るってやつねそうそうそうそうレダがね 誘惑してるやつねはいはいはいあったあっ たうんこれこれオットディクスがこれ書い てるんですようんよく見ててくほら だんだんそういう目で見てくと見えてき ますから
ほらこれさレダっていうのは白鳥に なり変わったあれはさ確かさギリシャ神話 のあの神様いたいるんですようんうんうん 男の神様がうんそれがさこうねあの女性を さこう誘してるっていうかうんこれ ねこれはだんだん見見えてきますよこれ 白鳥なんだなうんうんうんでだって書いて あるからさだんだんそういうものが見えて くるんだけどすごい強力しあの協力主義 っていうかさなんかこう大敗的なところも あるんだけどちょっとこう未来派でもあり さうんキュビズム風でもありうんで色使い がま表現派かなと思って持ってきたんです がうんでま絵のこの構成としても面白い なあと思ってねこの白い白鳥こういう風に 書くっていうのちょっとやっぱすごい画期 的なことだなと思ったりうんうんうん うんこんなもやっぱりこう夫ディクスも うまんとかね特徴とか出てくるんですがま 表現派の特徴で馬がねこうね飛び跳ねてる のかなんかでこう水辺にこう映っててうん なんか青い馬も赤い馬もいってさそんなの ないだろうみたい なないだろって突っ込みたくなるような絵 なんだけどさそうねこの辺になってくると なんかあんま楽しめない絵になってくるか な感じだねでもやっぱり表現派って言っ たらあやっぱ表現派だなっていう感じ だんだん見えてくるでしょうんま今こう いう文脈で見てるからまだ見れるけど美術 館にこれ飾ってあったらさっとどっか行っ ちゃうよ僕 はさっと見過ごして次に行く感じだと 思っあんま興味引かれないんだねこういう 絵ってねああそう見ててなんか心地よく ないしななんだろうな何なんだろうこ れってなるからああななんですよ私もだ からオデックのねうんあのね途中まではね 全然興味なかったわけうんうんでも今回ね 違うの持ってきますからだんだんそれが 分かってきますからうんまこの辺りはねま こねやっぱりね暖房のねうんあ戦争中ねま なんかこうねやっぱり戦争の時のこう見た 景色を書いてるらしいんですがうんうんま そういう戦争の鍵があるんですよこれね うんうんで紙に合衆であのささっと書いた こういうものもね表現主義結構で紙に ガッシュで書くっての多いんです よこういうのもありますこれもあんま好き じゃないんだけど表現主義って言ったら やっぱりあこれ表現主義だなていうか うんうんこういう 人間美しくもなんともない女性をさうん けばけばしく書くっていうねうんうんうん コデックスこんなのもあってねうわとか
思うんだけどこれキュビズムとされる らしいこれ表現主義ではなくて ああま確かにキズも入ってるよねそうなん ですよだからね工作1人の作品作家の中に やっぱりその当時の時代の流行みたいな もの動きムーブメントがやっぱりねすごく この時期ってねいろんなところでいろんな こう強烈な動きがあるからものすごくそれ にさ左右されてるっていうのねやっぱ 改めてね今回ね調べてみて分かったの人 でき うんできないねみんな影響受けてるからね それぞれそうそういうところてさうん だんだんねやっぱり時代があこういうの あんまりいいことじゃないんじゃないか なってみんな気づき始めたっていうかうん ことでもあるわけよやぱなんかさこの時代 に翻弄されてるみたいで自分がないみたい じゃないなんかうんそれ良くないんじゃ ないかって今のアーティストの目からは そういう風に思える部分があるんのよね うんでもねそこがまた面白いところでも あるいろんな作風が見れるからうんうんで ねここからガンと変わりますまここを経て なんだけどねここを経てねやっぱりなんか 違うなって思ったんだよねディクスはうん 次に出てくるこうなります30年代になる ええすごい変わるんですよ素朴な風景がに なったそうこれがねブルッケのねブルッケ なんかとねなんかこれ新色物主義はねここ までなんですよここが新色物主義で私はね ここはねブルッケの影響があるかなと思う んだけどうんうんそブルッケがね考えた ことってねどういうことかって言うと ちょっと元に戻りますがブルケはねこう どういう意味でブルケって名乗ったかって いう と未来の芸術との繋がりつまり橋渡しを 象徴するっていうことでうん10代の グルーネバルトとかデューラーとか今まで あのこのアート百貨でもルカスクラナとか 結構ちょこちょこっと出してきたと思うん ですが古いねドイツのあのアーティストと から脱却して新しい未来の作品へと橋渡し するのが自分たちであるっていう風に考え ていてうんこの過去のこういうね古いね 作風をね割と研究した上でこう新しいもの を作ろうとした形跡があるんですようん それがねここのね このオットディクスなんかにね見られるん ですよこれはね古いね古典的なね ルネサンスのルーカスクラナハが描いた 景色にすごく似てるんですこの辺の細かい 描写がうん うんこういうものとかうんすごくね古典的
な要素もあるけれどもしかし古典的なも のってさキリストが書かれてたりさ ギリシャ神話が書かれてたりしたわけじゃ ないですかうんそこから脱却して本当に 純粋な自分たちの風景見た自分の風景を その従来の様式も取り得ながら描くていう 風にね変わってくんですよオットデクス がここがねなんかねすごく見応えがある 作家だなと思ったんですよ今回うんなんか ねここで終わってたらね私うーって感じま 盛り上げなかったと思ここが来た時にね うんあちょっと待てよとうんそしてねここ で終わっててもうーんまそうなのかなって ここに来た時にねあ是非ね紹介したいなと 思いまし たえさっきとかここに来るのここに来る ええどうここれは好きになれそうまきま シンプルに綺麗だよね別になんか何々歯と か関係なくうんうんうんうん絵として綺麗 だよねそうそう そうそう魅力的なところをよく捉えて るっていうかうんこの山のね雪のかぶった さこう魅力的な山肌とこの川のね細かい波 のね描写とかねそうね綺麗よね水が 透き通ってる感じがよく通ってて綺麗だね ここねそうでこういう木のね細かい枝のさ こう枯れた木の美しさみたいなもので広い 世界がこうねこのただの1つのワンシなん だけど奥の方に深いさ景色がかけ描けてい てだから真逆に触れた感じだよねなんか さっきのケバケバしい世界からさうんもう 家になったんじゃないかなっていう気が するそうねなんかもう都会のドロドロした ケベかしいやつが嫌になってもう自然に来 ましたみたいな感じがするそうそう そうそうもうだからもう極まればまたね うんも元反対に振るか振るっていうさ なんかねああなんかこう1人のね作家の中 にねこういう変化がねうんあるんだなと 思ってほっとしたりね あのまちょっとねやっぱり少しこう元に 戻ったりねこうこういうのもあるんだけど うんちすごく落ち着いた色にこう変化して 良かったなあとかねもうこのまんまで言っ たらどんなことになるんだろうとかさあ ここに来てよかったなって思うんですよ いやなんかすごいあのうん今になって人間 臭さを感じてるよこの一連 のを見てキルヘなあの人間臭さを感じてる ねあなんか好きになったいやあのま俗に まみれた後になんかちょっと崇行になって くみたいなパターンってうん割とま人間 ってあると思うんだよね色々そのうんうん うんあの瀬戸内着長さんとかじゃないけど さうんうんあの人もそうだしそう今の哲学
者の名前何だったっけ社会哲学者の人 えっと名前ど忘れしちゃったけどうん こないだ事件で刺された人ねいるんだけど ああいたね日本人のねそうそうそう日本人 のね哲学者の人いてそうあの人も昔成田 さんだっけ成田さんじゃないあ似てるんだ けど違うんだねあの人はうんそうど忘れ ちゃったなあまさんでもなくてなんもう 1人もう1人いるんだよ今パパパチンって 出てきますからここに名前がはい後で調べ て載せますけどもはいあの人も昔すごい なんかナパ市みたいなね色々すごい俗 っぽいこといっぱいやってた人だけど今は すごくああいう社会のそういう哲学ととか の道に進んでまあるし啓蒙的なことやっ てるみたいなねうんうんうんなんかその辺 に僕は人間ぽそすごい感じるんだね ああ私はねあの懲役太郎さんが好きなんよ ねうんうんうんYouTuberでねうん あの全回3番ある人でさうんふんうんうん まあの893だった人なのよかつてうんで もさ893とはえ言いきてないような感じ もあるんだけどうんま3回あのロヤにさ 入ってるんだけどうんうんだけどなんかね すっごい開心してるんだよ今はね毎日の ようにさあの動画配信してて このいかにしたらさ世の中良くなるから 一生懸命さ事件取り上げて言ってるんだ けどうんうんすごいさ真摯な気持ちが 伝わってくるわけうんうんああなんかさ このああいう人が言う方がものすごくさセ 特力があるわけようんこう犯罪に手を染め たことのあるそういうものを目撃した人だ からこそさうん説得力のある言葉ってある じゃないいやそうだと思うちゃいけないん だよってうんうんうんここは恥ずかしい ことなんだよっていうことをかつて 恥ずかしい思いをした人が言わなきゃだめ なのようんなんか こうぞにまみれてなくてさ俗を批判する人 っていうのはうんすごい空振りして るっていうかこうさあのなんていうか空気 なねなんかさこう真実みがないけれどうん かつてさ苦い思いをして本当に実際にさ 犯罪に手を染めてだからこそこういうこと やっちゃいけないんだっていう風に思えて 会心してる人のやっぱりさその気持ち すごい伝わると思うねうんうんうんま だいぶ話がそれるけどそう ねなさこうなんかこう俗にまみれてさいん もに翻弄されていろんな様式取り入れてさ うんなんかこうスタイルだけ真似してさ 表現主義ってさできちゃうんだけどそうね 今思名前思い出した宮台さんだあ宮台さん ねこな切りつけ
られさっき言ってた哲学者日本の哲学者の 人は宮台さんのことではいまあなんかさ やっぱりこうさ こうま宮さんもそうだけど本当のことをさ っていう経験を持つっていうことはすごく 重要でうんあのそういうことが言える大人 がすごい少なくなってきてるわけよみんな さいいことはさ分かるん頭で考えられるん だけど色々実際にさ経験してさ言える ことっていうのを喋れる人って少なくなっ てきてるからうんだねそういう意味で やっぱこう画間もさかっこいいとこだけ 見せる人はあまり私はどうかなっていう風 に思っちゃうのどちらかというとむしろさ ダメなとこもいっぱい見せてこういうね うんなんか変なのもあるんだけど結果的に ここに来る人の方が私はすごいなんか すごいなと思っちゃうよねなんかまあそう だねそうあのモンドリアンもそうじゃない モンドリアンもそうだよねそうあの絵を 悪してさ聞く聞くの絵だっけあそうそう鼻 の絵が紹介したけどねそう綺麗なのに隠し て売ってさ生活のため にそマビもそうだったマビもいろんなさ 結局中小海外のさもうさミニマリズムまで 行ったんだけど結局さもう具体的なの書き 書き始めちゃったっていうさ極まってもう 絶対主義みたいなのがさ極まるとこっちに 反対にさうん紹介したうんその割と アーティストのね経緯を見てるとそういう の多いよねだからねそうそうそうだからね そうそういうのをさこう自系列でこう流し てこうさ見てくのは面白いなって私は思っ ちゃうなんかねうんそれでねこの人をね あのオトディクスを紹介してもうみんなね 多分この辺の時はさもうああとかもういい よ表現主義もうお腹いっぱいですみたいに なってたと思うんですが うん同じ表現主義と言われてるレッテル 貼られている人でもやっぱりね全然違う 作品が色々あって あのこの気持ちがこうさどんどん変化して 見る世界が変わっていったり状況が変わっ ていく中でこう適用して自分なりにその中 でも適用して自分の世界を極めていこうと する動きねそういうところがねなんか 掛け替えがなくこういじましいていうかさ ああなんかこうなんとかこれで生きていき たいなっていうさ思いがさこう伝わって くるというかうんうんそういうところを すごくね感じるんですよオットディクスっ てうんもう19445年のね作品なかもう なんか普通のね画なんだけどまあでもね あのこういうものが残されてね良かった なって私は思って
ますでこれだってこれが新即物主義って いうのねいやあのここまでですよね新物 主義はねうんで同じ新物主義でされる作家 の中にこのマックスベックマンっていう人 がいますうんこの人もねちょっとねもうあ もうあんま好きじゃないなと思ってた実は うんうんあんまりいいあのねここでももう ね嫌だから紹介しないんだけど違う作品を 紹介することになるんですがまこういうね 頑固じさんみたいなしてるんだけど さ写真が悪いなんかねこういう顔のね作品 もあってねでもそれはね紹介しないんだ けどうんうんますごい対策があってねあの 人もねなんかね一括りできない人なんだな とわか分かるんですがうんこういう作品が ありますまずええこれはね1908年の もう対戦前ですよねうんうんこれねばネオ バロック様式っていうものがあってその 当時うんまそれで書いた要するにバロック 式のこの構図なんだけどほらバロックも あのうんとまあのグレコで紹介した時の 構図を思い出してもらいたいんですよL グレコうんうんうんあの大原美術館が買っ たあのエルグルコなんかこうさ天使がさま 上に舞い上がってさこうね天をこう 見上げるようなさ構図だったと思うんです よこれそれと同じような構図なんだけれど もえ着てる洋服を見てみるとその時代この 時代ね1998年9年あたりの人々が書か れてるっていういうこれがネオバロック 様式というあの表現だそうですうんでこれ も対策でねあ4mの高さええ50cmの幅 でかいな2m半ですよねそれでこれはね うん復活っていうテーマなんですようん リザレクションっていうのはこれはもう キリストのそのテーマなんですようんだ からさすごいな一見するとこのキリスト教 のなんか宗教がなのかと思うじゃないです かうんこれがね2回ねあのベックマンはね 挑戦してますこれじゃないなって思ったん ですよここまで書いて うんここに来るんですよね これ次の1916年のうん勝ではもう何か こう宗教がでもないうんでも復活っていう タイトルにし てこうのねこの苦悩とかこの状況の悪い中 でなんかなんとかして生きようとするその 中で復活するしようとするうんそういうね 人間のこうねじれた体の表現とかこうこう いうものはね新息物主義のま表現であここ では今回はね取り上げませんが新息物主義 の中にねエゴ仕入れって人もいるんですよ うんうんうんうんまエゴしれなんかとね 共通するようなこう人体のこうねじれと いうかさうんこううんカサッとしたこう
白いこううん色味のないねあの表現とか ちょっとこう英Cではすごく有名なので なんか言えばあの知ってる人はねあそ ちょっと仕入れっぽいなってこの色遣い そうだなって思うと思うんですがうんうん うんでかいねこれもねこれもすごい でっかいんですよこらこんなこう大画面で ねでっか書いてるさあの写真もも残って ましてだからこれ4m97に3M45って いうねうん大々超大策なんですよ対策うあ これはねあこれじゃないんだなで長大策 結構ね初期作っててこれもそうなんですが これねタイタンタイタニック号の悲劇うん を書いてる逃げるところねうん逃げる ところうんこれもねすっごい大きい作品で これが書いてる様子なんですがうん ベックマンです まそう1912年あたりねあの タイタニック号のあのちょうど うんとなんだっっけあのグッケンハイムね ペギーグッケンハイムを紹介した時にその お父さんペギーのお父さんがこの タイタニック港に乗っててまあの船もろと 沈んじゃったって話をしたと思うんです がまこういうね初期はすごくこうま対策で こうなんて言うのかなやっぱり対策主義で こう立派なこうさものでちゃいけないって いうさ割とこう うまインテリな感じのさあなんですようん でここからねだんだんねやっぱりこの時代 の空気がねこうじゃないなまだいぶここで はね色使いなんかもも表現主義が入ってき てることが分かると思うんですが うんうんこういうの書き始めますうんま親 色物主義はねまあのオトディックスでも 紹介したようになんか人間のさこう見 にくいところをこうさ表現するっていう ことなんですよねうんなんでこれは あんまりね好きじゃない作品なんだけど 一応その例としてねあの夜っていうあの 作品でまいろんななんかいってる人がい たりねなんか首絞められてる人とかね拷問 にかけられてるような人が書かれてます がこれでまこういうこと言い始めますま こういうの経てねベックマン気がつくん ですようん想像とは救いであるうん救いで あるべきなんじゃないかとなんかこれ全然 救われないと思うんですよこれじゃうん うんうんなんか救いをしなきゃいけないっ て気がつく始める始めるんですようんうん ねベックマンは個人は容赦なく苦しみの 人生につがれて いる多くの満たされず無駄な意思への期待 を通じて世界を経験しているっていうし これショーペンハウアーの言葉なんですが
うん要するにもうなんかさこう うん満たされないうんこんなはじゃない なんでこなの苦しまなきゃいけないんだろ うっていうさま時代も時代だからさそう いうことをずっとみんな経験してるわけ ですよヨーロッパ10まあそうだねうん うんでこれにすごく共感したんだけどま シペハワーはさらにそういうものから 脱するためにはその修道員の中で自己否定 してその苦痛のサイクルから永久に解放さ れなければならないんだけどうんうんそう まそういうことをま10代の考え方で言う とそういうさ金欲してそういうなんかさ欲 のないところに行けばあ救われるっていう 宗教感ってあるじゃない日本でもキリスト で もでしかしベックマンはいやそれができる のはもう数少ない人であって多くの人はさ それができないから困ってるんでさうん どうしたらいいんだって言った時に ベックマンは あ表現としての世界の美的実行の中に一時 的にでもそういう世界に浸ることで苦痛 から解放されるって考えあの気がつくん ですようんこれすごい発見だと私は思うん ですよなんかうんうんこう靴ばっかり書い てると多分さある時はって気がついたと 思うんですよ こういうこと書いても何にも世の中良く ならないんじゃない かまそう社会的意義を持つならねうんうん まさ批判をすることは悪くないんだけど うんだ私もねYouTube見ててさ つくづく思うのは社会批判してるさ YouTuberいっぱいあるわけなん ですよたくさんあるんですようんそれ ずっと聞いてるとねすっごい世の中悪くて さもう悲惨でさ政治はさ腐敗してるしさ 世の中真っ黒だなって思うばっかりになっ ちゃうわけうんうんうんそうじゃないよな と思って私はさあの画材のね動画を見たり 人が絵描いてるとこ見たりするんだけど うんうんうんそうすとすっごい救われるの いやあんなこと言う人はさま言わせておけ ばよくてもっとさ日々さどうやったら自分 がさ建設的なね時間の使い方ができるかと かさ楽しく過ごせるかっていうことがそこ に集中するべきなんじゃないかなっって つくづく思うわけうんまでベックマンも それね気が付いた らしいやっぱりさ美しい絵を描いたりする と人々はそれを見てほっとしたりさあ ちょっと救われたなって一瞬ねうん一瞬か もしれないけどさそういう気持ちになるん じゃない
かそこからねこういう作品が生まれ始め ますままだねちょっとねベックマンらしい 感じはあるけどうんまだね都会がを 引きずって てこんな感じでもさ人間ちっちゃくってさ どうでもよく書いてあってさこんな感じで ねうんすポップななったポップになったね まあのなんかさあの工業化していく世界に ちょっと不安も感じながらもなんか おもちゃのように書いてさうんなんか上の 方からさ見下ろして楽しんでるみたい なとかまこういうねうんあの川の上の氷 っていうねこれもあのベマねあの珍しい 景色のね代表作なんですがうんこれもう皮 が凍っちゃっているところが面白いなあと 思ってこう本当に純粋にねその面白さで 書いてるらしいんですがうんなんかこう 面白いものが描けたなと思ったと思うん ですよこれ書いた時にうん相変わらず人間 はねどうでもいいいい感じにっと書いて あってうん うんでねこんな風になってき ますうんうんこんなの書き始めてやっぱり さみんなさ絵を見てねあ綺麗だなあ花が 欲しかったなこういう花があ家ん中にあっ たらいいなって うん良かったよねなんかずっとさこれ書い てたら さもうやっぱり悲惨ていうだけなあこう いうの書いて良かったんじゃないかなって 思ってうんうんまねリリーねまマンタ マルタゴンリリーっていうねあのユの花を 描いて綺麗な花ですがまもうね手慣れた もう筆さばきでねささっと書いたような 感じですがうんこんなのも書いてますバラ のある 生物まあねなんか闇の中にねまバラがこう 咲いていたら 人もひもちょっとこうほっとしてああ なんかあ絵があって良かったなって思って くれるかなっていう気持ちがこう伝わって くるという かまちょっと ねまこういうもばっかり書いてたらいけ ないんじゃないかなっていうんでこういう のも書いてるんだ けどでもさちょっとこうこの時とちょっと 違うんです よなんかねちょっとこう面白おかしく ちょっとちゃかすみたいなそうだねなんか パンクバンドのあのCDジャケットみたい な感じじゃないああそうそうそうそう ちょっと距離が持ててるっていうかねあの ポうんあのポポップな感じがるだからあの あそうそうそうそうそう漫画で書きました
的なそう深刻なものを深刻にせず笑っ ちゃいみたいなうんうんうんうんものに 変わっていくというかねそうだねなんか 妖怪をさ怖く書いてたのがさなんか鬼太郎 みたいに書き直したみたいな感じじゃねま そうそうそうそう同じ妖怪でもだいぶ違う でしょうみたいな感じがするですよまあ なんかねそういうので少しずつこう変わっ ていってねまなんかこう暗いんだけどもさ なんか古いスイミングプールとか書いてる んですがま相変わらずねベックマンのこ闇 の部分みたいなものもあるけどまなんか ベックマンらしい風景かなそうそう言われ てみるとそうかなっていうところさこう 思いとまってるというかうんでここういう ねこういうのもなんか表現主義でまかつて 植物主義で批判してたけどもう何にも人間 もいなくなってなんかこうちょっとこう 平安平和なところもありながらもちょっと 不安もありながらああなんかベックマン らしい風景なのかなっていううんまそう いうところに落ち着いていくっていう ところをちょっと紹介したんですが はいまま一旦ねこここでね休憩をしてま いろんな表現主義があったのでまこの後ね あの青騎士っていうカンディスキーなんか が中心になってこのカディスキーがこう 抽象表現になる前のうん作品をちょっと 紹介しながらどんな活動をドイツでしてた かとかうんうんまカンディスキーのその後 ねえっとその次にぐらいになるかもしれ ないんですが カリスキーのねうん女性遍歴みたいなもの もまた敵ハムみたいになってるじゃない はいちょっとねそういうところも紹介して この場を盛り上げていこうと思ってます はいじゃあまた次回ということで ありがとうございましたはいありがとう ございました
【画家川田祐子をもっと知りたいリンク】
▼画家川田祐子公式サイト
▼軽井沢アトリエ日記
https://kawadayuko.blogspot.com/
▼ニュースレター登録
※ニュースレターでは自伝や作品の紹介を書いています
▼川田祐子作品販売サイト
▼Instagram
https://www.instagram.com/naganostudiokawada
▼Facebook 画家川田祐子のgakaラジ
https://www.facebook.com/kawadayukogakaradio
▼note.com 現代美術画家川田祐子
https://note.com/kawadayuko
*2017年創刊のニュースレター・バックナンバーは、note.comにて販売中!
【杉野の情報】
▼Twitter
Tweets by pesu1028
▼note
https://note.com/suginomasami
▼Youtubeチャンネル『個性のじかん』
https://www.youtube.com/channel/UChGsPqpP1er97ZMjKeCoXjg
#アート
#美術
#画家
