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♡日本語字幕♡人間主義♡4K♡創価学会第三代会長:創価学会インタナショナル会長:池田大作先生♡海外大学講演まとめ①~⑭♡1989年6月14日~1997年10月21日♡

人間主義 人間は何のためにあるか 人間はどう生きるべきか 人間はどう幸福になっていくべきか 人間がどのように平和に生きてい くべきか っていうところに最大の眼目を おいて根本をおいて すべての学問も教育も指導者も 考えていかねばならない 教育に依っていかようにでも人間 は変わる 生命の中に善も悪もある通り 教育に依ってその善も出せるし 悪も出しちゃう 悪の方を出したのが何回とない 何回となき多くの戦争暴力 これを人間教育人間の幸福のため 自由のため平和のために 教育をするんだ 教育はあるんだと その一番の根本的な課題に焦点 を当てる その教育が二十一世紀を開く世界 的な人類的な重要なポイントです 日は三百数十年という輝かしい 伝統また格式をもたれたここフランス 学士院におきまして東西における 芸術と精神性と題しまして講演 の機会をいただきました私は最大 の栄誉と感謝申し上げますご尽力 いただきました事務総長閣下始め ご関係者の方々に心より私は御礼申し上げます またご多忙のところご出席いただき ました諸先生方に私は深く深く 感謝申し上げるものであります さてこの由緒ある演壇に身を置き まして私の胸に一胤の詩想が込み 上げてまいります幽遠なる海底 には深く深く 噴き上ぐる大いなる 泉ありそれは湖よりもなお広く 青く 清列なる水脈滾々と溢れまた 溢れ そこには妙なる琴の音が 静かに また静かに漂い響く この太古の初めより尽きせぬ真 清水に 人もし触るれば 永遠なる

生命の力は洗われ出で 人もし汲 めば 自在無礙なる創造の力を養 う 内なる宇宙をひたしゆくこの 泉は 大いなる生命の海へと流れ ゆく おお根源なる大宇宙の神秘 のこの泉よ その底知れぬ深淵より 生命の大海はうねり 歴史は迸る ほとりなる琴の音が奏でる 聖なる その荘厳なる調べは 人間の内なる 律動にして 人類の普遍の言語なる か ひとは聴かずや 波間にたゆ とう 玲瓏たるこの聖なる交響を ひとは見ずや この魂の奥深く湧き 出づる音律を 大いなる深淵なる 不可思議な創造の泉を古来芸術 とは人間の精神性のやむにやま れぬ発露であった 様々な形を結びながらそこに巧 まずして一個の全一なるものを 象徴するものでありました確かに 個々の芸術活動は限られた空間 内での営みであったかもしれない しかし芸術に参加する人々の魂 には自らの活動の回路を通じて 宇宙的生命ともいうべき全一なる ものと繋がり一体化せんとする 希求が脈打ってきておりました つまり自分というミクロな世界が 宇宙というマクロな世界と融合 しつつ作り出すダイナミックな 生命体人間は物質的な生活において パンを欲するように精神面において はそうした全一なるものに浸り それを呼吸し蘇生の活力を引き 出そうとすることを生き方の基 軸としてまいった歴史であります パンが肉体の新陳代謝に不可欠 であると同じようにアリストテレス がいみじくもカタルシスといった ように芸術もまたそのもたらす

効用作用は心の新陳代謝になくて はならぬものであったわけであります ではなぜ芸術が人間にとって格 も本然的な営みであり続けてき たかその最大の要因を芸術の持つ 結合の力に求めることができる と私は思うのであります ゲーテのファウストの独白にある ようにあらゆるものが一個の全体 を織りなしている一つ一つが互 いに生きて働いているというの が生きとし生けるものの実相である ならば人間と人間人間と自然人間 と宇宙をも結び合わせ全一なる ものを志向しゆくところに芸術 の優れて芸術たらんとせんがための ものがあったと言える 詩歌であれ絵画であれ音楽であれ 彫刻であれ我々が珠玉の芸術作品 に触れたときのあの感動それを 一言にして言えばあたかも我が 胸中の湖に共感の波動が幾重にも 幾重にも広がり精妙なリズムが はるか天空へと飛翔しゆくが如 き生命の充実感である これこそ自己拡大の確かなる実感 であります有限なるものは無限 になるものへ体験の個別性は意味 論的宇宙ともいうべき普遍性の世界 へと開示されていくそこに芸術 特有の結合の力の生き生きとした また活動があると私は見ておる のであります ところでその普遍性の世界は多く の演劇が宗教的祭儀と不可分の 関係にあったことに象徴される ように常に宗教の世界と相即不 離の関係にありましたハリソン 女史も言うように人間を教会へ 向かわせる衝動と劇場へ向かわせる 衝動とは出発点において同じであった というわけでありますつまり芸術 は宗教でありまた宗教は芸術であった この二つながらのよく生きんする 人間の情熱のおのずから思考する ところは一致しておったように 思えるそれでは東洋にあっては どうか かつてはポールクローデルが近年 には私の知友でもありました日本で 対談集を出版しました故アンドレ マルロー氏が並々ならぬ関心を 示す日本人の美意識も色濃く宗教 性を帯びたものであった日本の

宗教的伝統はキリスト教のような 厳格な一神教とは違う 曖昧な部分があまりにも多いの でありますがそれにもかかわらず アンドレマルロー氏が西洋と異なる 日本人の伝統的美意識を内的実相 と呼ぶときそこには宇宙や自然 との生命的な共感ないし一体感 に基づく宗教的背景をはっきり 感じ取っていたはずであります かつてクローデルが西洋と対比 して自然を服従をさせるという よりも自らがその一員となること と位置づけた東洋的もしくは日本 的美意識は数十年の歳月を経て マルロー氏の網膜に映じたもの と深く根を通じておるような気が する 全一なるものへの志向性はそれ と意識されないにせよ日本の文化 においてもそれは独自の色彩を 添えていたわけでありますそこで 問題は古今東西を問わずこうして 芸術や宗教を通して発現されて きた結合の力が社会の近代化に 伴い富に追尾してきたという現実 であります 私は十九世紀末葉以来鋭敏な精神 が予感し警句し続けたことをここで あえて批評するつもりはありません がしかし自然や宇宙から切断され つつある人間は今や人間同士の絆 さえ断たれがちでありその結果 孤独はもはや孤独としてすなわ ち病としてすら意識されなくなって しまってきた時代であります 私達を取り巻く芸術環境も近代 の流れとともに次第次第に大きく 変わってきてしまった一例を挙げ れば原稿用紙やタブローに一人 向かう孤独な芸術家と他方匿名 の多数の読者であり鑑賞者である 大衆といったあまりに近代的な 芸術環境にあって結合の力がい かに十全に発揮されるかどうか 個々の努力や才能によってそれ なりの成果が期待できるにして も何よりそこには結合の力を発現 させるための有機的共同体的な 場が欠落してきたということであります それは例えば半円劇場に集い来た った観客たちも俳優と同様に時には 俳優以上に演劇に参加することが できた

古代ギリシャの芸術環境とは余 程違ってしまったということであります さてここで私は東洋の仏法の説 く縁という概念を用いて結合の力 というものを血縁の力と置き換 えて考えてみたいと思いますその 方が本日のテーマに即して問題 の所在をよりはっきりとお分かり いただけると思うからであります 縁を結ぶということの縁とは仏 法の縁起説の概念によっております ご存知のように縁起説は釈尊以来 仏教の長遠な歴史を貫く骨格として 参りましたまた考え方をしてきました すなわち仏教では社会現象であれ 自然現象であれ宇宙現象であれ 何らかの縁によって起こってくる ものである それ自体のみで存在するものではない ということを説いているこれは 一言にして全ての事象現象は全て 関係性の中で生ずると言い換えて も良いと思いますただ関係性その ものと即断しますと空間的なイメージ が強くなってしまう それに対し仏教の縁起とは時間 の要素も加わった多次元的な捉 え方となるのでありますクロー デルやマルローを魅了した自然 と共感共生している日本人の美 意識の根底には原始的なアニミズム の要因もありますがより深く仏教 的伝統に因を持つ 縁起感も見逃してはならないと 私は主張する一人でありますちなみ に日本の伝統的芸術である茶また 生花庭住まい屏風といったような ものはそれ自体として価値や意味 を持つというよりも実は生活空間 の場の中に位置づけられている ということなのであります それによって初めて彩りを添える すなわち場に結縁することによって 価値や意味を生じてきたのであります 連歌や俳諧なども本来多人数が 寄り合う場というものがなくして は成り立たないそういう芸術であった ということを一つ付言させていただきます さてこうした結縁によって精気 する一切の事象の実相を仏法では 空と説くこの空の概念を無と同一 視する傾向は未だ払拭されない できておりますけれどもそれは それとしてこの点に関しては仏教

側の責任もあり特に世俗的価値 を否定しさったところに悟りの脅威 を求めた小乗仏教はニヒリズム と著しく接近しておるのであります しかし大乗仏教で説かれる空の 概念というものはニヒリスティック でスタティックな症状的概念とは 180度様相を異にし刻々と変化し 生々躍動しゆくダイナミックな 生命の働きそのものをいうのであります 先生方に近しい人の言葉を借りる ならば一切の事象を永遠の相の もとではなくて持続の相のもと で捉えようとしたベルクソンの 生の哲学の方がよほど大乗的な 空の概念に密接しておる ということを申し上げておきたい 私はこの大乗仏教の空が内包している ところの生々脈動してやまぬダイナミ ズムをここで創造的生命と名付け ておきたいと思いますそれは常に 時間的空間的な限界を乗り越え 乗り越え小さな自己から大きな 自己への彫刻作業に余念がない 換言すれば宇宙本源のリズムとの 共鳴和音に耳を傾けながら日々 新たなる飛躍を目指していくところ にその面目があると思うからであります 私がアカデミーフランセーズの ルネユイグ先生と対談集闇は暁 を求めてを上梓したのは十年ほど 前のことでありましたがその中で ユイグ先生はこの大乗仏教の核 心部分を適切にも精神的生命と 位置づけられた 宇宙が目標として向かって歩ん でいる未来の創造的活動に私達 を結びつけると深い理解と共鳴 を秘めることだったこのユイグ 氏の位置づけに関して日本の最高峰 の学者が大変に感嘆しておった ことがございましたこの創造的 生命のダイナミズムについて大乗 仏教の精髄である法華経では多角 的にして総合的な解明がなされて おりますが本論に即しその点を 少々考えさせていただきたいまず 法華経では時間的にも空間的にも 無限無辺の生命の広がりが開示 されているしかもその広がりが 一個の生命の今の一瞬に一切包 摂されてゆく 生命の自在性を解き明かしている のでありますここで私は法華経

の描写に真に劇的文学的絵画的 彫刻的イメージが横溢している ことにも触れておきたいと思う のであります法華経の説法の中心 部分は虚空会と呼ばれる大宇宙の 空中での儀式でありますがそこ では金銀瑠璃真珠など七つの宝 で飾られ巨大な宝塔が大空に浮 かび上がってくる その大宇宙にそびえ立つ宝塔とは 実は自分自身の生命の壮大さ荘 厳さを象徴しているのであります 寿量品という経文が法華経の一番 肝心要でありますがその経文に 描く安穏なる世界の姿が天人が 満ち庭園の林も楼閣も宝をもって 飾られ花も咲き果実もたくさん 実り人は皆遊び楽しみ空には音楽 が鳴り美しい花が雨の如く降り 注ぐ このように説かれているこれは おとぎの世界を彷彿させるような 生命の詩と音楽と絵画の共演を 言っておるように思いますけれども これは釈尊の説いた経文です真実 である宗教史にあっては確かに 宗教と芸術とが対立相克するケース もしばしばありましたが法華経 における想像力の縦横無尽なる 駆使は両者の相補い融和しゆく 関係をよく示しているのであります 以上こうした点からも明らかで ありますように法華経における 創造的生命のダイナミックなその 展開には人間の営みの様々な次元 キルケゴール流に言うならば宗教 的電磁的または美的次元が全て 包摂されているということであります それらが渾然一体となって宇宙 的流動ともいうべきダイナミズム を形成し淘汰作用と昇華作用を 重ねたわけであってその結果どの ようなイメージが浮き彫りされて いくでありましょうかあたかも 多くの色彩を施された駒が回転 の速度を速めるにつれて限りなく 美しい一色に近づいていく そのように私はここで法華経の 精髄を真に簡明に表現した言葉 を思い出すのでありますそれは 有名な迦葉尊者にあらずともまい をもまいぬべし舎利弗にあらね ども立つてをどりぬべし上行菩薩 の大地よりいで給いしにはをどり てこそいで給いしかという経文

であります 迦葉とか舎利弗というのは釈尊 の高弟であり今で言うならば最高の 知性の代表の存在であります彼 等が舞や踊りになぞらえながら この姿を見せたということは法華経 の説法を聞いたときの彼ら自身 の歓喜の高揚を意味している つまり人生の最高の価値最高の 歓喜充実感というものを知り得 た境涯をそれを描写したものである ということでありますそれは芸術 の次元において相通ずる人生の 昇華をも意味しておると思います また上行菩薩という言葉は法華経 の説法の座で釈尊亡き後一切の 弘法を託すために大地の底より 呼び出したとされる無数の菩薩 の代表者を意味しているのであります 確かに法華経自体が一個の生命 の回転のドラマとして説かれている その様子を要約しておりますをどり てこそいづ等の表現も事実の客観 描写というよりも創造的生命の 優れて象徴的な描出と捉えることが できるのであります 菩薩の躍動しつつ出現する有様 は一言で言えば歓喜を象徴しております それは単なる歓喜ではなく宇宙の 本源の法則に則った人生の深い 探求と社会への限りない貢献の上 からの歓喜の中の大歓喜でなければ ならない ということなのでありますその 象徴性の純度というものを考え つき私はポールヴァレリーのあの ソクラテスが踊る女人の姿を凝 結して語る美しい一節を想起する のでありますそれは生命のあの 高揚と振動あの緊張の支配得られる 限り敏捷な自分自身の中であの 恍惚状態はほのほの功徳と力を 持ち恥や煩い愚かさなど生活の 単調な糧はその中に焼き尽くされて 女人の中にある神のように尊い ものを我々の目に輝かさせてくれる であるであろうと これはもとより両者を同次元で 論ずることはできないかもしれない しかし動くものの究極に言語という 形を与えようと象徴性の純度を高める とき期せずして想像力が踊りの イメージを象る連想作用に誘われる ということは大変興味深いこと であると私は思うのであります

ともあれ現代は人類史上空前とも いうべき試練と変動の時代を迎 えておりますそうした中にあって 多くの人々の目が内面へと向け られていることも明らかである 晩年のヴァレリーは不気味な文化 の音を聞きながら精神連盟のために 奔走した マルロー氏も私との対話で未来世紀 の精神革命の予兆に耳を大きく 傾けておられた本日のテーマに 即して言えば創造的生命の開花 発現は人間の内面的変革を通し 必ずやそうした精神連盟精神革命 に大きく道を開いていくであり ましょう それはまた芸術をはじめ人間の すべての営みを活性化させゆく 源泉となり得ることも間違いないと 私は信じている最後に私の拙い 芸術頌を申し上げますおお芸術 おお芸術よ汝は永遠の光彩文明 と文明の消えざる碑銘おお芸術 おお芸術よ汝は生命の凱歌自由 と創造と歓喜とのおお芸術おお 芸術よ汝は深き祈り根源なるもの への聖なる合体おお 芸術おお芸術よ汝は友愛の広場 万人が相集い握手し笑みを交わす かつての西の文人がこう謳った 東は東西は西だが両巨人の相見 えんとき東西も国境出自もあり 得ぬと時を同じくして東洋の詩 人もまた謳った東洋も西洋も人類 の祭壇の前に婚せよと今芸術は その手もて魂を誘う 心なごむ癒しの森ヘ 天かける想像力の花園ヘ いと高き英知の台へ そして 地球文明のはるかなる地平ヘと 謳い上げまた祈りつつ私の本日の 記念のスピーチを終わります 今日は創立三百五十五年という アメリカ最古の伝統を誇る貴大学 のご招待を受けましてこのスピーチ の機会を賜り大変光栄に思って おります ただいま私を紹介してくださった モンゴメリー教授そしてまたこの 後私のスピーチにコメントをして くださるナイ教授カーター教授 をはじめ本日ご列席の諸先生方 に深く感謝の意を表するものであります ありがとうございます

さて世界を震撼させたソ連の政 変は大河のうねりのような歴史 の動向となりました近年ナイ教授 等が指摘しておられるソフトパワー の台頭という現象を一段とクローズアップ させました すなわち歴史の動因としてかつ ては軍事力や権力富といったハード パワーが決定的要素でありました が最近はその比重が落ち知識や 情報文化イデオロギーシステム などのソフトパワーが著しく力 を増しつつある現代となっております このことはハードパワーが主役 であったかのような湾岸戦争におい てもはっきりと見てとれますハード パワーの行使も現代では国連という システムやその背後にある国際 世論というソフトパワーを無視 してはもう不可能であります そうした時流を不可逆的なもの にしていくことによって現代に生きる 私どもに課せられた歴史的な使命 は大変に重いその際ソフトパワー の時代を切り開く最も大切なキーワード として私は内発的なものということ を申し上げてみたいと思います ハードパワーというものの習性 は外発的に時には外圧的に人間 をある方向へ動かしそしてまた 進ましていくがそれとは逆に人間 同士の合意と納得による内発的な 促し内発的なエネルギーを軸とする ところにソフトパワーの大きな 特徴があると思います このことは古来人間の精神性や 宗教性に根差した広い意味での 哲学の本領とするところでありました ソフトパワーの時代とはいえそう した哲学を欠けばつまり人間の 内からの人間の側からの内発的な 対応がなければ知識や情報がい かに豊富であっても例えば容易 に権力による情報操作を許し笑顔の ファシズムさえ招来しかねない と思うのであります その意味からもソフトパワーの時代 を支え加速していけるか否かは あげて哲学の双肩にかかっている と私はいっても過言ではないと思う のであります この内発性と外発性の問題を鋭 くかつ象徴的に提起したのが有名な 良心例学これはことに当たって

の良心のあり方をあらかじめ判例 として決めておくことを巡るパスカル のジェスイット攻撃ではないかと 思うのであります 周知のようにジェスイットには 信仰や布教に際して良心の従う べき判例の体系を豊富に整えて おりますがパスカルは内なる魂の あり方を重視するジャンセニスト との立場からジェスイット流の そうした外面的規範や戒律が本 来の信仰をどんなに歪めているか を力説してやまないものでありました 例えばインドや中国における良 心例学をパスカルはこう攻撃しております 彼らは偶像崇拝を次のような巧 妙なくふうをこらしてさえ信者たち に許しているのであります衣服 の下にイエスキリストの御姿を かくしもたせ公には釈迦や孔子 の像を礼拝するとみせかけて心 の中ではイエスキリストの御姿 を礼拝するように教えているの でありますと パスカルは異国におけるそのような 信仰のあり方そのものを必ずしも 非難しているのではないと思います 確かにそのようなやむを得ぬ選択 を余儀なくされる場合もあるかもしれない がそこに至るまでに多くの良心の 苦悩や葛藤逡巡熟慮決断がある はずであります それは良心の内 発的な働きそのものであると思う のであります にもかかわらずそうした選択の 基準をあらかじめ判例として外 発的に与えられてしまうと容易 にそれに依存する結果良心の働き は逼塞させられマヒし堕落してしまう 場合が多い 易きをもとめる多数へのおもねり でしかない良心例学とは従って パスカルにとって良心の自殺的 行為にほかならないとなるのであります こうしたパスカルの論難は単に ジェスイットやジャンセニスト との争いという次元を超えて広 く人間の普遍的な良心のあり方 という点で実に多くの示唆をは らんでいると私は思えてなりません パスカルほどの純粋さは望みう べくもないにしてもこうした内 発的な魂の働きが一個の時代精神 に決定し社会に生気を与えている

例は史上極めて稀ではないかと 思うのであります その数少ない例証の一つを私は 一八三〇年代のアメリカ社会を 訪れ比類のない分析を加えたフランス の歴史家トクヴィルの古典的名著 アメリカの民主政治の描写に見 いだすことができると思うのであります いうまでもなく十九世紀初頭の 建国後半世紀のアメリカを訪問 したトクヴィルに最も印象深かった のは母国フランスとは様変わり したかの地の宗教事情宗教的様 相であったといえる その驚きを彼は宗教は外見的な 力をへらすことによってその実力 を増すようなことにどうしてなり うるかという疑問として投げかけて おりましたすなわち フランスでは宗教が教会の多く の煩瑣の儀礼形式と化しややも すれば魂の桎梏となるきらいがあった ゆえに宗教の外見的な力を減らす ことはそのまま宗教からの解放 信仰心の衰弱を意味していた しかし新興国アメリカでは逆に 儀礼や形式を少なくすればするほど に人々の信仰心が横溢していく ようであった 彼は言います アメリカ連邦においてほどにキリスト教 が形式と儀礼と像とを少ししか 含んでいない国は他にはどこにも ないそしてまたここほどキリスト教 が人間の精神に対して明確で単純 なそして一般的な理念をあらわ している国も他のどこにも見る ことができないと トクヴィルの指摘は一応フランス におけるカソリシズムの形骸化 とアメリカにおけるピューリタニ ズムの隆盛を言っているものの ようでありますがもう一歩敷衍 して考えれば信仰における内発 的なものが最も純粋な形で時代 精神へと昇華していることへの 感嘆といえると思うのであります ともあれ宗教の名に値する宗教 であるかぎり個人的な側面と制度 的な側面とをもちます高等宗教 は必ず何らかの絶対的なものの もとに全ての人種身分階級を超 えた個の尊厳を説きますがそれ と同時に宗教が運動体として展開 し始めると必然的に制度化の要請

が生じてくる しかし制度的側面は時代とともに 刻々と変化するものであり個人 的側面を主とすればどちらかと いえば従であるわけであります にもかかわらずほとんどの宗教 が陥ってきたのは制度的な側面 が硬直化することによって制度 が人間を拘束し宗教本来の純粋 な信仰心が失われてくるという 本末転倒であります 制度や儀礼などの外発的な力が 信仰心という内発的な力を抑え 込んでしまうわけであります トクヴィルが特筆大書している ことは当時のアメリカの宗教事情 ほどこうした本末転倒の悪弊に 陥らず信仰そのものの純粋さが 毀たれていない社会は稀である ということでありました そうした時代精神を背景にして 初めて私のうちに神を示すもの が私を力づける私の外に神を示 すものは私を疣や瘤のように小さな ものとするといったエマーソン の内発的なものを謳い上げたおお らかな楽観主義も生まれてきた と思われるのであります 確かにそうした事情は海の凪に たとえられるかもしれないおそら くそれ以前の公認宗教としての 政教一致的色彩の強い流れとそれ 以降の世俗化のなかで内面的な 私事へと矮小化されゆく流れとの その狭間に生じた幸運にして幸福な 凪にも似た状況ともいえるかもしれない とともにそれは単なる過ぎ去った 一時期ではなくアメリカの人々 の歴史意識の深層部に貴重な伝統 として蓄えているものと私は信じて おります さて近代の日本にそのような精神 の内発的発露の例証を求めても やや無理があるようであります 明治の開国以来日本は欧米先進国 に追いつけ追い越せをスローガン に近代化の道をひた走ってまいり ました そこで文豪夏目漱石がそのもの ずばりに外発的開花と名付けた ように目標や規範は常に外から 与えられ内発的なものを育んで いく余裕も時間もなかった ここでも一つのエピソード明治時代

の新渡戸稲造をめぐるエピソード を紹介させていただきたい ご存知のように新渡戸は太平洋 に友好の虹をかけるその信念の もとにその揺籃期の日米関係の 改善に奔走した人物であります 彼があるときベルギーの知人と 宗教について話したときあなたのお 国の学校には宗教教育はないのか と聞かれ内省の果てに見いだした のが宗教に代わって江戸時代に 形成され明治の末年まで日本人の 精神形成にあずかった力武士道 でありました そこで彼は武士道日本の魂という 本を著し副題に日本思想の解明 と銘打ったのであります その内容は今日は略させていただきます けれども広い意味での武士道の 精神性がプロテスタンティズム そしてまたピューリタリズムと 幾つかの共通点をもっていたという ことは明治の日本でのフランクリン の熱狂的な迎えられ方によって 象徴されていることはご存知の 通りであります それにもまして私が本論の文脈 で強調しておきたいのは武士道 による精神形成が日本人にとって 内発的であったということであります 内発的とは自省的ということで あり他から強制されて何かをする のではなく自律的にそうするということ であります 武士道が形成されていた江戸時代 の日本で汚職や犯罪が現代とは 比較にならぬぐらい少なかった という事実は社会に内発的な力 が働いていた証左といえるのであります そのことはまた私にアメリカ連邦 におけるほどに刑法が寛大に施行 されているところは他にないとの トクヴィルの言葉を想起させる ものであります 精神の働きが内発的であったが ゆえに人々は自己を律するに過 つことなく人間の証とも言うべき 克己の形に無理がなかった ゆえに人間関係はさしたる摩擦 も不安もなく円滑に営まれそこに 形成される文化のかたちは日本 独自の美しさと魅力をたたえて まいりました 貴大学出身で大森貝塚の発見者の

Esモースが日本の庶民社会の中に 見いだした驚くべき美風もwホイット マンがマンハッタンの大通りを 行く日本の使節から感じ取った あの気品も皆この文化のかたち に根差していたわけであります ともあれ現在の日米間には基本的に 友好関係が保たれているとはいえ 日本の経済力の増大につれてとみ に不協和音が目立つようになりました 最近の構造協議などを通じて浮 かび上がってくる問題は貿易摩擦 というよりも文化摩擦の次元に まで及んでいる 文化といっても必ずしも友好を 促すとは限らない固有の生活様式 に深く根差した部分に及んでいく ときに異文化同士の接触はしばし ば嫌悪と反目を呼び起こすもの であります 異文化同士が衝突しそうした一種 のハレーションを起こした時ほど 深く内発的な自己規律自己制御 の心が人々に要請される時代はない と思っております パートナーシップといったところで そうした精神面での裏打ちがな されていなければ所詮絵にかいた 餅に終わってしまうことを心配 する一人であります またそれを欠いたがゆえに近代 日本はある時は外国に対していたずら に自らを卑下したりそうかと思う とgnp大国など些細なことで傲り たかぶったりして不信と過信と の間を揺れ動いてきました 一言にして言えば自己規律の哲学 を欠いていたからでありますその 無残な破局が本年でちょうど五十 年目を迎えたかの真珠湾攻撃であった ことを私は深い胸の痛みとともに 思い起こすのであります ちなみに武士道といえばこの小さな 本が日露戦争終結のためポーツマス 会談でなかなか大きな役割を演 じたことを皆様もご存知のこと と思います 開戦直後来るべき講和への仲裁 などをルーズベルト大統領に期待 した日本政府は大統領とハーバード大学 の同窓生でその後交流交際を深 めていた貴族院議員である金子 堅太郎をアメリカへ派遣しました 大統領は快くその依頼を受けて

くださった そのうえで日本人の性格やその 精神教育面での原動力となっている などの本を紹介してほしいそう 所望したところ金子が渡したの がこの武士道の本でありました 数ヶ月後金子にあった大統領は この本を読んで日本人の徳性を よく知ることができたとも言い 喜んで講和への働きかけをして くださったのであります このエピソードは決して波穏やか ではなかった日米近代史にさわ やかな彩りを添えてくださいました 新渡戸が先駆的な教育者であった ことを思うにつけモンゴメリー 教授に所長をお願いしている私 どもの創価大学ロサンゼルス分校 の環太平洋平和研究センターも 日米新時代に虹をかける労作業 の一端を担うべく私も全力の貢献 をしていく決心であります さて往昔のそうした内発的なパワー エネルギーを世紀末の枯渇した この精神の大地にいかにして蘇生 させていくか日本においてもアメリカ においてもそれは容易ならざる 作業であると思います その意味からも私は仏法哲理の 骨格中の骨格ともいうべき縁起 という考え方に少々言及させていただき たいと思います 周知のように仏法では人間界で あれ自然界であれ森羅万象をこと ごとく互いに因となり縁となって 支え合い関連し合っており物事 は単独で生ずるものではなくそう した関係性のなかで生じていく と説いております これが縁りて起こるということ であり端的にいって個別性よりも むしろ関係性を重視するのであります また関係性を重視するといっても その中に個が埋没してしまえば 人間は社会の動きに流されてい くばかりで現実への積極的な関わり は希薄になってまいります 仏教史にその傾向が大変著しく 見られることはベルクソンや貴 大学で長く教鞭をとられたホワイト ヘッドなど知性が鋭くこれを指摘 してまいりました しかし真の仏教の真髄は更にその 先に光を当てておるのであります

すなわち真実の仏法にあっては その関係性の捉え方が際立って ダイナミックで総合的であり内 発的なのであります 先ほど異文化同士の接触がもたら す嫌悪と反目に触れましたが関係 性といっても必ずしも友好的な ものばかりとはかぎらない あちらを立てればこちらが立たない といった敵対関係にあることも しばしばあります その場合調和ある関係性とは一体 何なのか やはりエピソードによる例が一番 よいと思いますので一言申し上げ させていただきたい あるとき釈 尊がこう問われたある人に 生命は尊厳だというけれども人間 だれしも他の生き物を犠牲にして 食べなければ生きていけないいか なる生き物は殺してよくいかなる 生き物は殺してはならないので あろうかと問う 誰もがジレンマに陥りやすい素朴 な質問でありますがこれに対する 釈尊の答えはこうでありました 殺す心を殺せばいいのだという のであります 釈尊の答えは逃げ口上でもなければ ごまかしでもありません縁起感 に基づく美事なる回答なのであります 生命の尊厳という調和ある関係 性は殺してよい生き物と殺して はならない生き物といった時に 敵対し反目する現象界の表層で はなく深層にまで求めなければ ならない それは単なる客観的な認識の対象 ではなく殺す心を殺すという人間の 主体的生命の内奥に脈打つ主客 未分化の慈しみの境位であります このダイナミック総合的内発的な 生命の発動はベルクソンやホワイト ヘッドが指摘しているように単 なる自我の消滅無我ではなく自 他の生命が融合しつつ広がりゆく 小我から大我へと小さい我より 大きい自分生命への自我の宇宙 大への拡大を志向しているのであります 私どもの信奉する聖典には正報 なくば依報なしという言葉があります 正報すなわち主観世界と依報す なわち客観世界が二元的に対立 しているのではなく相即不離の

関係にあるとするのが仏法の基本 的な生命観であります宇宙観であります と同時にその相即の仕方は客体 化された二つの世界が一体となる といった静的なものではない 依報である森羅万象も正報という 内発的な生命の発動を離れてあり 得ないという極めてダイナミック かつ実践的色彩が強いものであります 要するにその正報である内発的な ものをどう引き出すか良心例学 にならってごく身近な例でいえば 私も仏法者としてこの精神にの っとって例えば離婚の問題で相談 を受けたような場合離婚するも しないもそれはプライベートな 問題で当然本人の自由であります しかし他人の不幸のうえに自分の 幸福を築くという生き方は仏法 にはないそれを基準に考えてください と答えますジレンマをともなう そうした苦悩と忍耐と熟慮のなか でこそパスカル的意味での良心の 内発的な働きは善きものへと鍛 え上げられ人間関係を分断し破壊 する悪を最小限度に封じ込める ことができると私は思うのであります そしてこのような内発的精神に 支えられた自己規律自己制御の心 ほど現代に必要なものはないと思う のであります それは生命の尊厳のみならず人間関係 が希薄化していくこの世界にあって 現代にあってともすれば死語化 され憂慮されている友情信頼愛情 などかけがえのない人間の絆を みずみずしく蘇生させていくために 貴重な貢献をなしうるにちがいない と思うからであります ソクラテスにおいてそうであった ように広い意味で哲学の復権で ありまたそのような哲学の土壌 の上にソフトパワーの時代は真 にたわわな果実を実らしていく ことと私は確信するのであります とともにそれはボーダーレス時代 にふさわしい世界市民の勲章ではない かと思うのであります 私の敬愛してやまぬエマーソン ソローホイットマン等アメリカ ルネサンスの騎手たちもまたそう した世界市民の一員だったのではない かと思うのであります 最後に私が青春時代に愛誦した

エマーソンの友情を謳い上げた 美しい詩の一節を皆さま方に捧 げ私の話とさせていただきたい と思います 私の胸は言ったおお友よ君ひとり ゆえに空は晴れ君ゆえにバラは 赤く万物は君ゆえにその姿は気 高くこの世ならぬものに見える 宿命の水車のみちも君の貴さゆえに 日輪の大道となる 君の高潔さは私にも教えた私の 絶望を克服すべきことを 秘められた わたしのいのちの泉は君の友情 ゆえに美しい ご清聴ありがとうございました 本日はご多忙の中ご出席またご 列席いただきましたまず尊敬申し 上げるラマレディ大学基金会議 長またパンデイガンジー記念館 副議長アショーガコウシガンジー 記念館理事ラダクリシュナンガンジー 記念館館長はじめ諸先生方に厚 く御礼を申し上げるものであります 精神の大国インドの伝統あるこの ガンジー記念館よりお招きをいただき このように講演の機会をいただ いたことは私の最も光栄とする ところであります マハトマガンジーが生涯を終えた この地を原点としましてその不滅 の精神を世界へ未来へ脈々と伝え ゆかんとする貴記念館のご努力 に私は満腔の敬意を表する一人で あります 昨年秋来日された館長ともお互 いの師匠の思い出に触れながら 師匠から弟子へと受け継がれて いく精神の継承をめぐってゆっくり と語り合ったものであります 実は本日二月十一日は私の亡き 恩師戸田城聖創価学会第二代会長 の誕生日なのであります 恩師は一九〇〇年の生まれであります からガンジーとはほぼ三十歳の 年齢差であります第二次世界大戦 中ガンジーが最後の獄中闘争を 行っているとき我が恩師も日本の 軍国主義と戦い牢獄にありました 恩師はガンジーのごとく信念の 平和主義者でありました慈愛の 民衆の指導者でありました独創 の歴史変革者でもありました 私どもの平和と文化と教育の運動

は全てこの恩師の精神と行動を 受け継いだものばかりであります 恩師はこよなく貴国を敬愛して おりました いつの日かこの憧れのインドの大地 を踏みインドの哲人たちと心ゆく まで語り合いたいと死ぬまで願 っておった人であります その意味において私はこの席に 恩師と二人で臨んでいるような 感慨を禁じ得ないのであります さて私どもは現在一世紀に一度 あるかないかの大変革期に直面 しておりますが世紀末に変動は つきものと言われておりますけ れどもゴルバチョフ氏のペレストロイカ に先導された歴史の流れは文字 通り堰を切られた奔流のように ペレストロイカそのものをも飲み 込んでしまいました ベルリンの壁の崩壊からソ連邦 の消滅に至るこの数年の動きは あらゆる歴史家の予測を大きく 上回ってしまいました その結果自由を求める民衆の声 はもはやいかなる権力をもって しても抑圧できないという事実 が明らかになってきた反面歴史 はいかなるイデオロギーや理念 の指標ももたず海図なき航海を 余儀なくされつつあることも否定 することはできません そうしたカオスが強まれば強まる ほど私は狂瀾怒濤の逆巻く歴史 の川面の奥深く静かに訴えるように 語りかけているマハトマガンジー の声に耳を傾けざるを得ないの であります 彼曰くあのロシアで起こっている ことは謎であるその実験の最終 的成功については深い疑惑を抱 いているそれは非暴力への一つの 挑戦のように見える成功するように 見えてもその成功の背後には暴力 があるロシアの影響のもとにある インドの人たちは極度に不寛容 になっていると ご存知のようにこの言葉は一九 三一年十二月スイスのレマン湖畔 に病身のロマンロランを訪問した ガンジーがロマンロランに語った ものであります いうまでもなく当時はファシズム の軍靴の音が近づくなかロシア

革命は人類史上の希望の星として 多くの人々の心を捉えましたボル シェヴィズムの暗黒面であるテロ や暴力もさしてまだ表面化していない ころであります ゆえに熱烈な平和主義者ロマン ロランなどもガンジーの革命と レーニンのそれと二つが今日同盟 して旧い秩序を覆し新しい秩序 を建設する そのための架橋作業 に腐心しておりました そうした時期だけに限られた情報 のもともっぱら体験によって鍛 え上げられた曇りなき目で暴力 や不寛容というボルシェヴィズム の宿命的ともいうべき悪をえぐ っているガンジーの先見性はま ことに特筆すべきものであるとい ってよいでしょう ソ連邦崩壊の決定打となった昨年 八月のクーデター失敗の直後モスクワ の広場で秘密警察の創設者ジェル ジンスキーの巨大な像が引きずり 落とされ民衆の足蹴にされる映像 を見つめながら先入観にとらわれ ず一直線に物事の本質に迫るガンジー の眼識の確かさを私は改めて痛 感した一人であります さて未曾有の戦争と暴力の世紀 を終えようとしている今日この 人類の至宝にして二十世紀の奇跡 ともいうべき先哲から不戦世界を 目指すため私どもが学び受け継 いでいくべき遺産は何でありましょう か 私なりに楽観主義実践民衆総体 性の四点に絞って申し上げさせていただき たいと思う まず第一にその透徹した楽観主義 であります 彼の思想のその根底の楽観主義 これは思想の人であれ経綸の人 であれ古来卓越した人物はほぼ 例外なく楽観主義者の風格をも っているようであります そのなかでもガンジーほどけれん 味なく鮮やかな軌跡でそれを生き 抜いた人はまことにまれである と思っております彼は語っております 私はどこまでも楽観主義者である 正義が栄えるという証拠を示し 得るというのではなく究極において 正義が栄えるに違いないという 断固たる信念を抱いているから

である また彼はわたくしは手に負えない 楽観主義者であります私の楽観 主義は非暴力を発揮しうる個人 の能力の無限の可能性への信念 にもとづくものであるとも語って おります ここに明らかのようにガンジー の楽観主義は客観情勢の分析や 見通しに依拠して生み出された ものでは決してないということ でそれでは単なる相対論になってしまう からといえましょう 正義といい非暴力といい徹底した 自己洞察の結果無条件に己が心 中に打ち立てられた人間への絶対 的な信頼であり死をもってしても 奪い取ることのできない不壊の 壊れない信念であった 私はそこに常に己に立ち返ること から出発する東洋の演繹的発想 の推移を見る思いがする一人で あります 無条件なるがゆえにそこには永遠に 行き詰まることがない自ら信念 の道を放棄してしまわないかぎり 彼の楽観主義は限りなき希望の 展望と勝利とを約束されている のであります 非暴力には敗北などというものは 絶対にないこれに対して暴力の果て は必ず敗北する との彼の静かなそしてそのなか にも不敵な自信をのぞかせた言葉 は汝自身の胸中を制覇した人の みがよく発しうる精神の勝ちどき であります勝利の声であります 想像するに数々の試練によって 鍛え上げられたガンジーの境涯 は獄中で抗議の断食を続けている ときにおいてもファシズムの脅威 を前に暴力か非暴力かののっぴ きならぬ選択を強いられている ときもあるいはカルカッタやベンガル で地域抗争による悪戦苦闘を強い られているときも黒雲を突き抜け た先のようにどこまでも広がる 澄みきった青空のようなものであった に違いない だからこそ楽観主義を標榜でき たのでありそこに非暴力という 人間の善性の極限すなわち臆病 や卑屈による弱者の非暴力では 絶対なく勇気に裏付けられた強

者の非暴力を民衆と分かち合おう としたガンジー主義の真髄がある と私は思うのであります その原則を曲げて安易に弱さや 暴力の誘惑に屈し不純物を混入 してしまえばたとえ一時的に成功 を収めようともガンジー主義とは 異なるものになってしまう ガンジーにとって人間が人間である ことの証ともいうべき非暴力こそ 生命線であったのであります こうした達観した生き方はそこまで 達観できなかったロマンロラン やネルーのような理解者また多く の同志をも時には困惑させ混乱 させたに違いない確かに短いスパン 感覚で見ればナチスへの非暴力 抵抗の勧めなどガンジーの主張 があまりにも現実から離れた理想 論に見えたときもそれはあった に違いないでありましょう しかし長いスパンで戦後の歩み を振り返ってみれば戦火のなか 自由と民主主義は非暴力によって のみ救われるという荒野の叫び を倦まず叫び続けたガンジー的 課題を我々が乗り越えたなどという ことは到底言えないのであります むしろ世紀末を覆う人間不信の ペシミズムは人間への信頼を誇 らかに謳い上げたガンジーの透 徹した楽観主義を重要な課題として 浮かび上がらせていくように思 えてなりません ガンジーの遺産として第二に注目 すべきは実践ということであります 申すまでもなくガンジーは生涯 にわたって実践の人でありました あるバラモンから瞑想生活入り を勧められたガンジーはそのとき わたくしとて魂の解脱と呼ばれる 天国に至ろうと毎日努力しています しかしそのためにわたくしはな にも洞窟に隠棲する必要はありません 私はいつも洞窟を担いで歩いて おりますと答えたユーモラスな エピソードはこの裸足の聖者の 面目をよく伝えております 同じ非暴力主義者でもあったトルストイ などと比べてガンジーの行動力 と行動半径は際立っている とはいえ実戦は単なる行動とは 違う単に身体を動かすことならば 動物でもできる

否動物の方が行動的であるかもしれない 実践とは善なるものの内発的な 促しによって意志し成すべきことを なしかつ自ら成就したことの過不足 を謙虚に愛情をもって検討する 能力とはいえないでしょうか 積極果敢な行動の人である彼は 同時に現実への畏敬と謙虚な姿勢 を忘れない 常に自らを唯一の正統と思い込む 居丈高さしかもたないようなそういう 人間ではなかった そういう人とは最も遠かったはず であります また断固たる確信の人である彼は その確信の根拠を理論の整合性 などではなく魂に求めるため大きく 人を容れる雅量と寛容の人でも あったはずであります 善いことというものはカタツムリ の速度で動くものである 非暴力は成長の遅い植物である しかしその成長はほとんど目に 見えないが事実である確実である 等の印象深い留言は言葉は実践 の人の静かな心情の吐露として 今なお千金の重みをもっております ガンジーに見るこうした実践像 は二十世紀に猛威を振るった急 進主義的イデオロギーが生み出した 革命家像や人間像と著しいコントラスト を成しておりました 献身的な理想主義者であるが偏 狭で独善的で自らの主義を通す ためには流血を伴う武断主義に 訴えることも辞さない ボルシェヴィズムはこうした血 気にはやる革命家群像をおびただ しく産んでいきました ロシアの詩人パステルナークが ドクトルジバゴで厳しく糾弾している 場面この種の急進主義的イデオロギー を指しておったのであります すなわち急進主義の人たちは一度 として人生のなんたるかを知った ことのない連中である 人生というものの息づかい人生の 魂を感じたことのない連中である と彼は言う 文豪タゴールの甥ソーミエンドラ ナートタゴールもその痛ましい 症例であったようであります かつてはガンジー主義者で共産主義 者となったこの青年がガンジー

に激しい敵意を燃やす そして訪問してきたときの様子 をロマンロランは日記の中にこ う綴っております それは高潔な理想主義者できわ めて紳士で自分の信仰のために 一切を犠牲にする覚悟である という優れた一青年が革命という 旋風に巻き込まれた個人の魂たちの 致命的な狂気きちがいになって しまった陥ってしまったその悲劇 だ 昨年のソ連邦崩壊の過程でロシア人 がフランス革命を終わらせたと の声が一部で聞かれました ある意味で確かに共産主義の死 はフランス革命からロシア革命 へと受け継がれてきた近代の合理的 で急進主義的なイデオロギーの 死に繋がっているかもしれません ガンジーはいち早くそうしたイデオロギー のアキレス腱を見破っておった わけであります 合理主義者はあっぱれであるしかし 合理主義が全能を主張するとき にはぞっとする化け物になると 彼は喝破した ガンジーの一生を色濃く染め上げ ている漸進主義的実践像はそれ ゆえに尊く永遠不滅なものである と私は信ずるのであります 第三に当然のことながらガンジー にとって欠かすことのできない のはその民衆観である 民主主義の今日民衆の名を口にする 人は数多くいる しかしどれだけの人がどれだけの 指導者が真に民衆の側に立って 働いているか疑問である 大半は民衆におもねりまた利用 し裏では民衆を愚弄しているとい っても過言ではないでありましょう だがガンジーは正真正銘の民衆 の友であり父でありました 全身で民衆の中に入り全身で民衆 と苦楽をともにし全身で民衆の心 を深く知りつかんだ彼の無私と 献身の生涯は文字どおり聖者の 名にふさわしいものでありました 神はなぜそのような非暴力の大 実験のために私ごとき不完全な 人間を選ばれたのかと自問しつ つガンジーはこう言います 神はわざとそうさせたのだと思う

神は貧しく無言で無知な大衆に 仕えなければならなかった完全 な人が選ばれていたならば大衆 は絶望してしまうであろう 大衆は同じ欠点を持った人間が アヒンサーへ向かって進むのを見て 自分たちの力量に自信を持つことが できるのだと 私はこの民衆への溢れんばかり の愛情と同苦の思いが横溢している この姿に心の底から感動を禁じ 得ないのであります 私どもの宗祖日蓮大聖人も一介 の名もない漁師の生まれでありました がそうした自分自身をむしろ誇り とされ民衆仏法の旗を高く掲げて おられました ガンジーの民衆観は私に大乗仏教 の菩薩道の真髄真価をほうふつ とさせておるように思えており ません しかし彼の民衆観は虐げられた 人々への愛情同苦憐憫といった 慈母のような側面ばかりではなかった 非暴力を体得することによって 民衆が自分自身をば弱者から強者 へと鍛え上げていく厳父の側面 を併せもっていたということであります ゆえにガンジーは一人に可能な ことは万人に可能であるという のであるから私の常に変わらぬ 心情はそこにある従って実験は 私室ではなく自分の部屋ではな く野外で行ってきた との信念のままにためらうこと なく唯民衆の海へ飛び込んでい ったのであります 一人に可能なこととはいうまでも なく人間のできうる限りの完全 な自己浄化目指す強者の非暴力 であります この非暴力の高き理想を万人に 可能ならしめんとして民衆に訴え 強者たれ強者たれと叫び続けあの ような大規模な大衆運動にまで 組織化していった例は歴史上かつ てなかった アインシュタインはわれわれの時代 における最大の政治的天才と称 えた そのようにガンジーを呼んでいます が私はそのわれわれの時代を人類 史上と置き換えても決してほめ すぎではないと思う一人であります

その天才性は多くの人々が疑問 視するなか決行され近代インド 史上に燦然と輝く成果を収めた あの塩の行進の着想などはまさ しく天才的 その指導者の骨髄であると私は 賛嘆申し上げたい その天才を支えていたものそれ は何か ガンジー自身の透徹した民衆観 であったということであります 民衆の心をよく知っておられた ということであります そのことを身近で一番よく知って おった方が盟友ネルーであった と私は思います 彼は彼の著書インドの発見において ガンジーの登場を一陣の涼風一條 の光明と譬えまことに生き生き と描き出されております なかでも私が注目したのはガンジー が民衆の心からどすぐろい恐怖の 衣を取り除くことによって民衆 の心の持ち方を一変させたという 歴史的な事実であります 長年の植民地支配がもたらした 権力への恐怖それにともなう卑屈 臆病諦め等々の弱さから解放される ことこそ強者への第一歩であった 強くなれ 強くあれとの彼の励まし それは善良さには知識が伴って いなければならない単なる善良さ は大して役に立たぬ 人は精神的な勇気と人格に伴った 優れた識別力を備えていなければ ならないという言葉にもよく表 れております 善良さや強さというものは賢明 さの裏付けがあってこそ十全な 力を発揮することができるから であります ネルーは恐れるな恐れるなとの 教訓をガンジーのインド民族への 最大の贈り物といたしました民衆 がいかなる権力やいかなる権威 も恐れなくなってこそ民主主義 の時代の夜明けではないでしょうか そうであるならばガンジーのこの メッセージはインドに限らず全 地球上の民衆への贈り物として 未来永遠に一段と輝きを増し続け ていることを私は確信する一人で あります

最後に文明的視点から総体性について 触れさせていただきたいと思う 西欧主導型の近代文明の欠陥を 一言にしていえばそれはあらゆる 面で分断と孤立を深めていって しまった点であります人間と宇宙 人間と自然個人と社会民族と民族 さらに善と悪目的と手段聖と俗 等々のすべてが分断されそのなか で人間は孤立化に追いやられて しまった 人間の自由や平等尊厳を追求した 近代の歴史は反面そうした孤立 化の歴史であったわけであります ところでガンジーが全人格と全 生涯をもって語りかけてくるものは そうした近代文明に対するアンチ テーゼであったことはいうまでも ありません 確かに有名なチャルカに象徴される 彼の文明批判は全面的に受け入れる にはあまりにも極端すぎるかもし れません しかし何よりも尊いと思うのは ガンジーの言々句々挙措動作が 巧まずして発散している一種の世界 感覚というものであり宇宙感覚 というものであります それは分断と孤立を乗り越え調和 と融合を志向する総体性とも言う べき感触でありました それはガンジーの次の心情に端 的に吐露されていると私は思えて なりません 私は全人類と一体化していなかった ならば宗教生活を送れなかった であろう それは私が政治に立ち入ったから 可能になったのである 今日人間のあらゆる活動は全体 として不可分のものとなっている 人間の仕事を社会的なもの経済 的なもの政治的なもの 純粋に宗教的なものというように 完全に区分することはできない 私は人間の活動から遊離した宗教 というものを知らない 私は宗教は他のすべての活動に 道義的な基盤を基礎を提供するもの である その基礎を欠くならば人生は意味 のない騒音と怒気の迷宮に変わ ってしまうであろうと誠に明快 な論旨を述べております

その宗教観は宗教と生活を不可 分のものとし宗教を人間の諸活動 の源泉ととらえる大乗仏教の在り方 と見事に符合しておるものであります 政教分離は近代政治の原則であります がそれは必ずしも宗教を人間の 内面的私事に限定するのではな く純化された宗教性が人間社会 の万般を潤していくことなのだと マハトマはこう訴え語りかけている ように思えるのであります 私は十三年前ガンジーの高弟で あられるナラヤン氏との出会い を思い出します ガンジス川中流の田園の町パト ナの私邸に氏を訪ねました その時の一時間にも及ぶ語らい は今も鮮やかに脳裏に焼き付いて おります ナラヤン氏の総体革命という考え方 に強くひかれた私は率直に問う てみました 総体革命について私も以前から 提唱してまいりました 結局は一人一人の人間革命が基本 となりそこから政治教育文化など 各分野の変革につながっていく のではないでしょうかと尋ねました それに対してナラヤン氏は全面 的に賛成ですと即座に応じてくれ ました 病魔と戦っておられる日々でありました が病身とは思えぬ力強い口調が 印象的でありました そこに私は様々な試練にさらされ つつも脈々と受け継がれていく ガンジーの魂の深い息継ぎを感 ずる一人であるわけであります 今から三十年以上も前に現代の 脱イデオロギーの時代を予見していた アメリカの思想家ダニエルベル は神聖なるものの復活すなわち 新しい宗教的な形態の勃興はある のであろうか 私はこのことに関し疑問をもって いないと述べております 私はガンジーが宗教とは宗派主義 を意味しない 宇宙の秩序正しい道徳的支配への 信仰を意味すると訴える開かれた 精神性宗教性こそそれに呼応するもの と思っております ガンジーはこの大いなる精神性 宗教性はあらゆる人々の中に平等

に宿っている その内なる力を眠らせたままでは 決してならない それを全人類に目覚めさせていこう こう呼びかけているように思えて ならないのであります 真理は神であるをモットーとし セクト性を徹底して排したガンジー が濃密に体験してきた聖なるもの こそこの精神の力ではなかった のではないでしょうか それこそが凶暴なイデオロギー によって痛めつけられた人々の心 を癒し蘇生させ人類史を開きゆく 大道であることを私は信じてやみ ません 私がこの平和の王道を恩師から 学んだのは戦後まもない十九歳の ときであります 以来四十五年間波瀾万丈の民衆 運動に身を投じてまいりました これからも更にガンジーが生涯 民衆の中で魂と魂の美しい共鳴 を奏で続けたあの姿をしのびつ つ尊敬するインドの皆様方とご 一緒に不戦への平和への大いなる 精神の連帯を世界へと広げてまい る決心であります 最後にガンジーにマハトマと偉大なる 魂との尊称を贈ったタゴールが 人間と社会と宇宙を貫く永遠なる 生命の律動美事に謳い上げた詩 の一節を朗読させていただきたい 昼となく夜となくわたしの血管 をながれる同じ生命の流れが世界を つらぬいてながれ律動的に鼓動 をうちながら躍動している その同じ生命が大地の塵のなか をかけめぐり無数の草の葉のなか に歓びとなって萌え出で木の葉 や花々のざわめく波となってくだ ける その同じ生命が生と死の海の揺 籃の中で潮の満ち干につれてゆら れている この生命の世界に触れるとわたく しの手足は輝きわたるそしていま この刹那にも幾世代の生命の鼓動 がわたしの血のなかに脈打っている という思いからわたしの誇りは 湧きおこると ご清聴ありがとうございました 尊敬するセリーン総長閣下ヤマグチ 大使そしてまた今日ご出席ください

ましたたくさんの諸先生方大変 にありがとうございましたただいま トルコの父ケマル初代大統領の 創立されました伝統あるアンカラ 大学より名誉博士号を拝受いたしました ここに謹んで御礼申し上げます ありがとうございましたさらに このように講演の機会をいただ いたことは私の最大の光栄であり 喜びでありますセリーン総長を はじめご関係者の諸先生方にまた ご列席の方々に心より感謝申し 上げるものであります さてトルコの事情に通じたある 日本の識者は貴国を遠くて近い 国と呼んでおります確かに両国 は地理的にアジア大陸の片や西端 片や東端と遠く隔たっております が文化的民族的な距離は驚くほど 近い三ヶ月ほど前私は貴国出身 の著名な人類学者であらゆるハーバード大学 のヌールヤーマン教授と懇談 する機会がございましたその際 話題になったのも両国の親近性 でありますトルコ民族の源流も 中央アジアでありまた両国は悠久 なる民衆の交流の道シルクロード で結ばれている故でありましょう か言語風俗習慣面で不思議なほど 類似性をもっております 教授はそのときに両国は自然の 同盟国であると表現しておりました 結論しておりました加えてトルコ の人々が友情をことのほか大切 にされることは周知の事実であります アルカダシュルクという言葉に 示される信義と友情を重んじかつ 勇健の心に富んだ貴国の精神性 を私も深く敬愛する一人であります 近代日本とトルコが交流を始めて から百年余貴国から送られる友情 のエールに比べて我が国からの 発信はあまりにも弱かったと言わざる を得ない私はこれまで微力ながら 創価大学や民音などを通じて貴 国との文化交流に尽力をさせていただき ましたが新しい世紀の両国の友 好に更に全力で貢献しゆく決意 であります ところで世紀末の今日激動の二十世紀 は我々に何を要請しているので ありましょうかそれはセリーヌ 総長が一昨年創価大学での講演 で絶対的な単一の権力や主張の時代 から大衆の英知による意思決定

の時代へと指摘されたように富 や権力といったハードな手段に 頼るのではなくシステムやルール などのソフトな手段による新たな 平和的秩序形成が必要であるということ であります 現在不完全ながら国連が体現している 国際的なシステムやルールをより 広く緊密に作り上げていくこと こそ私は平和への一つの王道である と思っております私どももngoとして 国連への協力支援を一貫して行って まいりました さらにそうしたシステムやルール を構築していくためにはそれら を待望する世界の世論またその 支えとなる精神的基盤や時代精神 が培われていかなければならない そうした観点から私は貴国の国 是ともいうべきケマル主義に改 めてスポットを当ててみたいと思います なぜならば貴国はビザンチウム コンスタンチノープルイスタンブール の三つの名をもつ大都市が象徴 しておりますようにまさに東西 の十字路の要衝に位置しております また七百年前の貴国の民衆詩人 である エムレが私は争うためにこの世に 生を受けたのではない愛すること こそ我が人生の使命であると謳 い上げたように普遍的なヒュー マニズムが脈動している大地であります その地に生まれたケマル主義の 本質は単なる西洋化にとどまらず 長期間の治乱興亡が交錯する歴史的 体験によって育まれていった卓 越した選択であり文明の揺籃が 放つ光彩であると私は思うから であります ケマル主義が共和主義民族主義 人民主義国家企業主義世俗主義 革新主義の六つの柱から成ることは いうまでもありませんが私はそう した制度面の奥に静かではある が確たる流れを通わせている普遍 性への志向開かれた精神ともいう べきものに注目したいのであります ケマルアタチュルク大統領の悲願 は一にも二にもトルコ民族の覚醒 にありましたにもかかわらずケ マル主議は古い友人と仲良くし 新しい友人を作れとの大統領の モットーに見られますように偏

狭な民族主義に陥らず普遍的な グローバリズムへと門戸は大きく 開放されていたのではないでしょうか 私がそう申し上げる第一の理由 はケマル主義を濃密に染め上げ ている優れたバランス感覚であります 初代大統領は勇猛にして果敢な 実践家でありときには激情の人 でありました同時にその行動は 強い意志力によってコントロール されていたすなわちそこには常に 透徹したバランス感覚が働いていた ということであります 史上ケマル大統領ほど己が事業 に左右されなかった人は稀有であります ましてその事業たるやトインビー 博士が西洋におけるルネサンス 宗教革命科学革命フランス革命 産業革命を一代で成し遂げよう としたと驚嘆したほどの偉業であった ことを考えればそのバランス感覚 自己抑制力は特筆大書して良い と思うのであります 有名な晩年の権力譲渡トルコの 近代化民主化を進むために一党 独裁を廃しすすんで野党を作ろう としたことはその象徴的な事例 であります残念ながらその試み は時期尚早で成功にはいたって おりませんでしたが 絶対的権力者が自らすすんでその 座から降りようとしたことは類 例のない壮挙として近代史に厳 然と刻まれていることは間違い ないでありましょうバランス感覚 の事例はこれに限りませんオスマン 帝国時代の苦い経験から外国資本 の導入など外国からの介入には 警戒心を働かせながらもこと教育 となると外国人教師を積極的に 迎え入れた 開明性も闇雲な排外主義者には 到底不可能なバランス感覚自己 抑制の帰結であったと思うのであります さらに新生トルコの領土確保の 後は外に向かって武力を行使した ことは一度もないパントルコ主義 のようなそういうものに与しなかった ことも優れた見識でありバランス 感覚であります こうした資質こそ実は現今の地球 時代が差し迫った要請としている 重大課題であると思うのであります バランス感覚や自己抑制とは独り

よがりの独善や偏狭を厳しく退 け他との比較の上から自己を客観 視しつつ全体の中に己を正しく 位置づけていく能力のことである からであります そうした能力の人にして初めて 自国と世界個別と普遍とのバランス のとれた開かれた精神を保ち普遍 的なグローバリズムを志向しうる と思うからでありますそして国際関係 を正しく公平に取りしきるシステム やルールはそのような精神的基盤 の上にのみ可能になると私は信じて おります 初代大統領の意志を継いだ二代 のイノニュ大統領の手によって 複数政党制が導入される選挙による 政権交代が実現したときトイン ビー博士はその画期的意義を政治 での公平と中庸という観念にとって の記念すべき勝利と評しました ここにいう公平や中庸が私の申し上げ たケマル主義の普遍性への思考 や開かれた精神の重要な構成要素 であることはいうまでもありません 第二にケマル大統領が開明的な リーダーとして常に民衆の側に 立ち続けておられたという事実 であります 普遍性といっても上空を飛翔する ように広がっていくものではない 民衆の大地に浸潤し民衆の心から 心へと伝えられることによって 国境を越え地球を結んでいくその 意味から民衆こそ普遍的なものの 大地であり母なのであります 私はかつて我が内なる民衆像を こう謳い上げました民衆よ君こそ 現実だ君とはなれて現実の世界 はない君のいない科学は冷酷君の いない哲学は不毛君のいない芸術 は空虚君のいない宗教は無慙それ だけに私は一九二六年八月のあの ケマル大統領の有名な演説には 強く強く心を揺さぶられるもの があるのであります それは偉大なる運動は全てその 根を人民の心の底深くおろすべき であるそれこそはあらゆる力の あらゆる偉大さの根源であるそれを 措いてはがらくたとほこりしか 存在しないのであるとこの不敵 な自信が彼の比類なき実績から 生まれていることはいうまでも ありません

民衆の中へ飛び込み戦場におい ても政治や教育の現場においても 彼等と常に一緒に戦い苦楽をとも にし民衆の一人一人にトルコ人 であることの自覚と誇りを促し 続けた点においてケマル大統領 の名は冠絶しております 賞嘆しても余りありますケマル 大統領は勇躍挺身し戦いに俗み 疲れ自失茫然たる状態にあった トルコの人々を勇気づけた民衆 の心の持ち方を一変させること によって祖国を存亡の危機から 救い出し新生トルコへの建設へ と向かわしたのであります そしてこのように自覚した民衆 と民衆はそれぞれの美質を光らせ ながら必ずや世界市民のスクラム を組んでいくに違いない目覚めた 民衆の存在というものは必然的に 普遍的な連帯を招き寄せるから でありますこれが法則であります それには何といっても教育であります ケマル大統領の民衆との共戦の中に 私が普遍的なるものへの鼓動を 聞き取るのはそこにあって教育 が極めて重要視されていたから であります一見急進的に見える ケマル革命も教育を基軸にした 漸進主義を基調としておりました 革命の成功をもたらした一番の秘密 はそこにあったのではないでしょうか 民族といい文化といい個別的なる もの同士が接触し普遍的なるもの へと昇華していく回路は対話を含む 広い意味での教育による以外ない ヌールヤーマン教授と深く同意 しあったのもこの一点でありました 教授は教育によってこそ人は背景 の違いを超えて共通のものを発見 する何かの流派に所属している だけの状態から脱して人間という 次元で考えられるようになる 名言であります至言であります 教育こそ普遍的なるものそして その開花である世界平和への無 二の回路などであります実際一 大文化革命ともいうべきケマル 革命の多くの側面で教育革命ほど 目覚ましい成果を上げたものはない と私は思うのであります率先して 黒板とチョークを手にトルコの大地 をあちらこちらと駆け巡り庶民 に自ら考案したトルコ式ローマ字

を教えたあの崇高なる姿が私の 胸に鮮やかに蘇ってくるのであります ケマル主義は教育によって新たな トルコ人新たなトルコの建設を 目指しました そしてその先には一国の枠を超 えた普遍的な価値としての文明 が想定されていました一九二一年 初代大統領は述べました民族同士 の長年にわたる敵対感情を拭い 去るには軍事的勝利によってで はなくひとえに近代的知識と文明 とが要求することを全て達成すること そしてあらゆる文明民族が実現 した文化的水準へ実際に到達すること によってであるとここには文明 化することによってトルコ人が 世界市民としてグローバリズム を体現していくことつまり良き トルコ人であることが同時に良 き世界市民へと通じゆく理想的な 方向性がおおらかにうたわれている と思うのであります 文明の進歩人類の進歩へのこう した楽観的な見方は確かに西欧 の没落に象徴されるヨーロッパ 中心の進歩史観の崩壊以前のもの でありますその後の歩みを見ても 歴史の進歩というものは決して 上り坂を一直線に行くような単純 なものではない また今世紀の文化人類学は西洋 的価値観の一元的な支配を突き 崩し文化に優先順位などという ものはないとするいわゆる文化 相対主義の潮流を不動のものとし つつありますその上で私が指摘 したいのはケマル主義の初心す なわち普遍性を志向しつつ開かれた 精神をもって世界史の主流に参画 していこうとしたかの瑞々しい 初心であります それは単なる理想ではなく歴史 上の一つのモデルが想定されて いたに違いないと思うのは私一人で ありましょうか若き日のケマル が貪るように勉強し新生トルコ の憲法や教育制度が範を仰いで いる大革命時のあのフランスおよび フランス人こそそれではなかった でしょうか今世紀のフランスの 優れた哲学者ヴェイユは言います 大革命はフランスの王冠のもとに 服していた諸地域の住民をただ

一つの塊として融合させたしかも 国民の主権に対する陶酔を込めて そうなったのである権力によって フランス人とされていた人々が 自由な同意によってフランス人 となった フランス人でない人の中にもフランス人 となりたがる者がたくさんいた こう語る当時のフランス人という 言葉はそれほどに魅力的な普遍 性の響きを帯びていたようであります このフランス人をトルコ人と置き換え れば彼女の文章はそのまま新しい トルコおよびトルコ人を創出し ようとしたケマル大統領が構想 したところを鮮やかに映し出している と私は信ずるのでありますともあれ 東西文明の十字路に位置してこ られた貴国の役割は近年一躍クローズアップ されてきました私はそれが単なる 経済的な利害関係や宗教的民族 的絆のみによるものではなくケ マル主義が体現している普遍性 開明性にも大きく起因している と見ている一人であります そうである限り流動化を強めつつ ある昨今の動きは帰国の基本路線 である内に平和を外に平和をの 大いなる前進となるひいては日本 を交えて文化交流と相互理解の 新たなるシルクロードを人々が にぎわい行き交う夢躍る未来さえ へも予見させるものがあるのであります その精神のシルクロードにおいて は人間の尊厳自然との調和また 未来の世代への責任などの価値観 が深く広く共有されていることは 当然でありますさらにそれはまた 環境問題をはじめとする地球的 問題群の打開への連帯にも通じ ていくと私は信ずるのであります 私も世界平和への貴重な一里塚 として微力ながらそのために全力 を挙げて貢献をしていく決心であります 最後にその思いを再びエムレの詩 の一節に託し私のスピーチを終わら せていただきます世界は私の生命 の支えである 世界中の人々は私と同じ民族なの であるご清聴ありがとうございました ニーメンハオシェーシェーニー メンダヤウチン本日伝統と格式 を誇るここ中国社会科学院におき まして講演の機会をいただいた

ことは私の最大の栄誉とするところ でありますありがとうございます ただいま世界最高に権威のある 名誉称号を頂戴し私は最大に光栄 と思っております ご尽力くださいました尊敬する 胡縄院長をはじめ中国社会科学院 の諸先生方並びにご列席の先生 方に心より御礼を申し上げます ありがとうございましたただいま 胡縄院長からもお話がありました が二十一世紀を間近に臨み世界の 情勢はますます流動性を強めて おります かつて貴国の故周恩来総理は天下 大動乱の相を予測されましたが その言葉通り米ソの対立を軸とした 世界秩序崩壊後の情勢は刻々と 揺れ動き一刻も目を離せません そうした中注目すべき現象は中国 や日本朝鮮半島さらには台湾香港 など東アジア地域にしばしばスポット が当てられていることは事実であります 儒教文化圏漢字文化圏という言葉 が我が国でもまた世界でもしきり に論議され始めております確かに その最大のきっかけは経済的要因 であることは事実かもしれない 日本はもとよりニーズと呼ばれる 諸国の近年の経済成長は刮目に 値いたします 加えて中国の巨大な活力を考え 合わせればいくつかの不安定要因 を抱えながらも東アジア地域が 二十一世紀の世界における枢要 なブロックを形成しゆくであろう ことは誰が見ても明らかであります それと同時に私が注目するのは 文化圏という言葉が示すように 人々の関心が単に経済次元にとど まらず成長をもたらす 文化的要因領域にまで広がって きておるという事実であります こうした傾向は今まで先進諸国 と言われてきた欧米の識者に特 に強いように思えてなりません それはいわゆるハードの部分から ソフトな部分への関心の移行もしくは 深化とみて良いのではないでしょうか ではその東アジア地域の文化中 でもその水脈をなしている精神 性を特徴づけているのは一体何か もとより簡単にひと括りできる ような性格のものではありません

があえて言えばそこに共生のエー トスというべきものが流れ通っている といえるのではないでしょうか 比較的穏やかな気候風土にあって 対立よりも調和分裂よりも結合 我よりも我々を基調に人間同士 がまた人間と自然がともに生き 支え合いながら共々に繁栄して いこうという心的傾向であります そしてその重要な水源の一つが 儒教であることは論をまちません とはいえ私は共生のエートスという 言葉で儒教の伝統的徳目であった 三綱五常などを想定したのでは 決してありませんそれらの多く は個人に先立つ共同体の重視という 点で共生に通ずるが反面既存の 位階秩序を固定化していたずら に社会を停滞させてしまいました その歴史の手垢にまみれた封建 主義イデオロギーが五四運動以来 激しい批判のつぶてを浴びてき たことは周知の事実であります そうした弊害をもたらした最大 の要因はやはり漢代における董 仲舒の献策によって儒教が国教 化されたことに求められると私は 思っておる一人でありますローマ カトリックの歴史が物語っている ように権力と癒着した途端あら ゆる宗教は御用宗教と化し民衆 に根ざした瑞々しいあの初心を 亡失してしまうからであります そうした旧時代の臭気に包まれた 遺物が二十一世紀文明に何ほど の貢献をなしうるであろうか それゆえ私は近年盛んに喧伝されている 日本の目覚ましい経済発展について も手放しで喜ぶ気には到底なれない のであります成長発展の無視し えぬ部分が旧時代の遺制を残し たまま個人の人権や生活を犠牲 に供するかたちで遂行されてきた との欧米諸国からの非難も根拠 のないことではないからであります いわゆる会社至上主義と呼ばれる ものでありそれを伝えているのは 共生のエートスとは似て非なる 自己犠牲をよしとし甘んずる閉鎖 的心情であるからでありますそう ではなく共生のエートスという ものは君臣や親子夫婦そして会社 や家庭などの部分に限定固定され ずむき出しの本能よりもっともっと 純度が高くなおかつダイナミック

に広がり脈動していく普遍的な 心情であります もとよりエートスでありますから 老荘流の無や混沌とは異なって まいりますがさりとて人間や社会 を固定化するようなものではな く時代の変化に柔軟かつ自在に 対応しうる本質的に開放系の心 情エネルギーを意味しておるの であります その点フランスの中国学の最高 権威であるヴァンデルメールシュ 教授が儒教は旧社会とともに消滅 せざるを得なかったしかしまさに また儒教が決定的に死んでいれば こそその遺産が発展の諸要請と 矛盾せずに新しい思惟様式の中に 再投資される と述べているように誠にこれは 示唆的な言葉でありますその再 投資された先に欧米の行きすぎた 個人主義へのある種の解毒作用 と相互の触発がもたらす人道という 普遍的価値の実現が期待される からでありますそこから二十一世紀 文明への貴重な指標を読むことが できるのは私一人ではないと思う のであります またほかならぬ貴国の近代儒学 思想の太い水脈を形成していた 大道思想の志向していたものこそ この共生のエートスとは言えない であろうかと私は思う一人であります 二年ほど前に来日された貴社会科 学院の孔繁教授も日本での講演 の中で康有為譚嗣同から 孫文に至る近代の大道思想の流れ を極めて肯定的に指摘され私も 貴重な勉強をさせていただきました 確かに譚嗣同のあまねく法界虚空 界衆生界には至大にして至微なる 一物が充満し隅のすみまでくっつ きあいとけあいつながっている との言葉に接するときその純度 といい普遍性といい私は中国民族 の夢であり理想社会であり壮大 なるユートピアである大道思想 に共生のエートスの一典型を見る 思いがしたのであります それではこうした純度や普遍性 の淵源はどこにあるか私はその 大きな要因が儒教の始祖孔子の 激烈な知的格闘にあるように思 えてなりません論語の有名な言葉に 知るを知ると為し知らざるを知らず

と為す是れ知るなりとあります 未だ人に事つかふること能はず 焉んぞ静く鬼に事へん未だ生を 知らず焉んぞ死を知らん等と並ん で孔子が人知人為と人知人為を超 えたものとの間にいかに精妙な スタンスをとっていたかをよく 示しておりますソクラテスの無知 の知を彷彿とさせるこうした勁 い言葉はよほど謙虚にして剛毅 な知性からしか期待できないもの であります 孔子の場合漢字というメディア 特有の視覚に訴える意味論的明晰 さによって結論部門が箴言風に 要約して記されているしかしその 結論に到達するまでどれほどの 知的格闘を要したかはかのソクラテス が同じような信念を友と共有する ためにあの膨大な命をかけた対話 言論戦を展開したことを想起すれば 十分であります その孔子の苦闘を最もよく物語 っているのが後に正名論として 継承発展させられていく子路の 一節であります先生方は先刻ご存知 のことでありますが確認の意味 からその箇所を引用させていただきます 子路曰く衛君子を待ちて政をな さば子まさに奚をか先にせん子 曰く必ずや名を正さんか子路曰く これあるかな子の迂なるやなん ぞそれ正さん 子曰く野なるかな由や君子はその 知らざるところにおいて蓋闕如 たり 名正しからぎれば言順わず言順 わざれば事成らず事成らざれば 礼楽興らず礼楽興らざれば刑罰 中らず刑罰中らざれば民手足を 措くところなし故に君子はこれ に名づくれば必ず言うべしこれを 言えば必ず行なうべし君子はその 言において荀しくもするところ なきのみとこの中の君子はその 知らざるところにおいて蓋闕如 たりとは先に挙げた知るを知る と為し知らざるを知らずと為す 是れ知るなりに相応しておりこう した言葉に対する厳格主義と禁欲 主義は古今の鋭敏な知性に共通 しているように思われてなりません いわゆる名と実との相応の問題 でありそれを巡ってヨーロッパ

中世のスコラ哲学は唯名論と実 念論との間で果てしなき論争を 続けて参りました乱世を迎え人々 の危機意識が強まれば強まるほど 優れた思想家は符節を合わせる ように言葉の吟味へと向かうよう であります ソクラテスがそうであり近代哲学 の父デカルトも我思う故に我在り の一語を探り当てるために驚く ほど忍耐強く徹底した遍歴と自己 省察の旅を続けて参りましたその 事情は孔子のわれ言うことなか らんと欲すとの弟子子貢を驚か した苦悩の述懐からもうかがえる のであります また時代を下って譚嗣同が仁がわ からなくなるのは名のためである として名にとらわれた人間の分別 の虚妄を鋭くついたのも清末中国の 危機意識を色濃く映し出したもの といえるのではないでしょうか さらに現代にあっても洋の東西 を問わず言葉に対する圧倒的な 関心の高まりは二十世紀の世紀末 を覆う闇の深さを物語っている ようであります それはさておき私が注目するのは 秩序の基盤にして政治の要諦である 礼楽刑罰を調えようとするにあた ってまず名を正すことを中枢に 据えた孔子の透徹した思索であります 確かに子路とのやりとりは直接 的には王位の継承を巡って誰が 王を名乗るか 名乗るのにふさわしいかという 即物的な政治論議であったかもし れませんしかし名と実との整合性 を激しく希求しゆく彼の思索は 政治次元の俗塵を振り払いながら 精神性の純度を高めつつ一切の 秩序を構成する原点昨今の文化人類学 でいう宇宙軸のようなものさえ 予感し迫ろうとしていたのではない かと私は思うのであります また古来その名に値する宗教や 哲学は人間いかに生くべきであ ろうかという価値論の側面と世界 はいかに構成されているかという 存在論の側面を併せもった包括 的な世界観でありました孔孟な どの古代の儒家はその価値論の 豊饒さに比べ存在論は極めて貧困 というのが通説でありました

しかし名を正さんかとの孔子の言葉 から後に仏教の影響等も受けながら 精緻に展開されていく宋学の存在 論の予兆のようなものを感じ取れる ような気がしてなりませんともあれ 私には孔子の言葉が秩序への飽 くなき求心力を凝結させたあまり にも簡勁な一語であるだけに一層 強くその予兆が感じられてならない のであります またそうであったればこそ名を 正さんかの一語からその後正名 論という独自の言語哲学の系譜 が予期せぬほどの広がりを見せて いったと私は思う一人であります 唐突のようでありますがここで 私は孔子の言葉に天台智顗が法華 玄義で述べている劫初に万物名無し 聖人理を観じて準則して名を作る との言葉を対置してみたいと思います 儒教と仏教孔子の場合は正名による 秩序への模索であり智顗にあって は天台にあっては作名による秩序 の創出であるというニュアンス の相違こそあれ名というものを 極めて重視し万象が織りなす秩序 の画竜点睛としている点で共通 しているからであります これは極めて中国的現象であります 同じ大乗仏教でもインドを代表 する龍樹は中論に見られるように 名によって構成される分別と差別 の現象世界を突き抜けた無分別 無差別の世界への志向性が強い 言うなれば世間を出づる出世間 への傾斜であります ところが智顗にあっては天台に あってはそうした出世間の解脱 の境地境涯を当然踏まえつつも そこからさらに世間へと還ってくる つまり出出世間というベクトル の転換がなされているということ でありますともに仏法者らしく 世界宗教としての普遍性を求め つつも龍樹と違って智顗はその 普遍性を具体的な現象世界に即 して展開していったということ であります 私はそこに東アジアの精神性の 反映がはっきりとうかがえると思う 一人であります孔繁教授が仏教 思想なども儒学の助けを借り儒 学と融合してこそ初めて中国社会 の中で発展することができたと

述べておられるのもその辺の経緯 を指しておられるように思えて なりません 私はこのベクトルの転換は仏教 の変質ではなく継承的発展である と信じておる一人でありますなぜ なら現象世界を重視してこそ東アジア の精神性の奥底に流れる共生の エートスを汲み上げ昇華させる ことができたからでありそれを 無視しては衆生済度という仏教 の本義も叶わないからであります 四年半ほど前貴社会科学院の劉 国光副院長を団長とする中日友好 学者法律代表団の方々と東京でお 会いいたしました際私は天台智 顗の思想に言及しながら真実の 仏法はこの刻々と進歩変化する 社会荒れ狂う現実から離れたところ には絶対にない むしろ経済政治生活文化等々と 不可分でありそれら全てに常に 生き生きと活力を与え価値の方向 へリードしていくそこに仏法の 重要な使命もあると訴えたもの であります同席されていた朱紹 文教授がその趣旨に深く賛同して くださったことを昨日のことのように 鮮烈に覚えておるものであります ちなみに大乗仏教の真髄では智 顗の法華玄義の文を釈してこう 述べております至理は名無し聖人 理を観じて万物に名を付くる時 因果倶時不思議の一法之れ有り 之を名けて妙法蓮華と為す此の 妙法蓮華の一法に十界三千の諸 法を具足して闕減無し之を修行 する者は仏因仏果同時に之を得る なりと前半部分は法華玄義を受け て作名の次第を述べておりそれ に続く妙法蓮華の一法に十界三千 の諸法を具足して闕減無し が智顗の一念三千論を踏まえた 存在論の要約であることは先生 方に申し上げるまでもありません また修行する者は仏因仏果同時に 之を得るなりとは人間いかに生 くべきかの機軸となる修行論行動 論価値論であります 社会的実践を強く促している点 でエートスというにはいささか 実践性を欠いた天台仏法の弱点 を補完しているといっていいかもし れませんその意味からも存在論 と価値論とを併せ具えた宗教的

世界観の雄勁にして断固たる表 白を成しているのであります さて東アジアの精神性の美質である 共生のエートスは数千年の歴史 を地下水脈のように貫いて例えば 新中国の社会主義イデオロギー などにも独自の人間主義的光彩 を投げかけているのではないかと 私は思っております時間の関係 上その提言の考察は割愛させていただきます が私は共生のエートスが象る人格 理想的人間像の一典型として故 周恩来総理を絶対に挙げねばな らないと思う一人であります 私は亡くなる一年ほど前病身の 総理と一度お会いしました実は 今年の四月来日された中国人民 対外友好協会の韓叙会長と懇談 した折もこの不世出の名宰相を 巡る数々のエピソードをお聞き し改めて感銘を深くしました ご存知の通り韓叙会長は長年中国 外交部にあって周総理のもとで 働いてこられております例えば 周総理は外国の客人を迎えるとき などもかゆいところに手が届かん ばかりの細やかな配慮専用機の 乗務員にも丁寧な挨拶を忘れない 礼節 どんなに自分が疲れていても人 前では決して出さず逆に部下が 疲れて居眠りをしているとそっと 寝かせておいてくれる温かさ中国 はおろか世界中が頭に入っている かのような真剣さと責任感に裏 打ちされた驚異的な記憶力 側近や親族に自分の名を利用する ことを決して許さなかった厳しさ 公正さ等々さすが周総理ならでは の人となりが輝いております大 局を見据えしかも細部を忘れず 内に秋霜の信念を秘め外に春風の 笑みをたたえ自分中心ではなく あくまでも相手の心を中心によ き中国人にして世界市民コスモポリタン 常に民衆という大地に温かく公正 な眼差しを注ぎ続けた その卓越した人格は革命は人を 生かすもので殺すものでは絶対 ないとの魯迅の叫びを体現しております 私が先に対立よりも調和分裂よりも 結合我よりも我々を基調に人間 同士がまた人間と自然とが共に 生き支え合いながら共々に繁栄 していこうという心的傾向と申し上げ

た共生のエートス が脈打っておるその類まれなる 具象化といえる人が周総理であります そうした人格ほど人間関係を深く 病んでいる世紀末の今日に要請 されているものは絶対にないと思う のでありますさらに東アジアの 精神性にあって最も特徴的なことは そうしたエートスが人間社会に 限定されず自然をも巻き込んだ 宇宙大の広がりを見せていること であります ここでは詳しくは触れませんが 仏教の山川草木悉皆成仏に象徴 される自然と共生しゆく思潮は 環境破壊や資源エネルギー問題 等が深刻化するほどますます重み を増していくに違いないと思います そのとき東アジアは二十一世紀 文明の夜明けにあって経済という 表層次元だけではなく精神性の 深みまでスポットが当てられ人類 史上の駆動力として一段と全世界 から期待が寄せられていくのではない かと信ずるのであります 最後に私の心情を陶淵明の詩の 一節に託し講演を終わらせていただきます 相知は何ぞ必ずしも旧のみならん 傾蓋は前言に定まる客有り我が 趣きを賞し毎毎林園を顧みる談 諧かないて俗調無く説く所は聖 人の篇謝謝 本日は洋々たる未来性に富むクレア モントマッケナ大学におきまして このように講演の機会を与えられた ことは私の最大の栄誉でありスターク 学長をはじめご関係者の方々の ご尽力に対し深く感謝申し上げます ありがとうございますさて二十一世紀 まで余すところわずか世界はい やまして世紀末の様相を深めつつ あるようであります離合集散統合 と分離を繰り返すその姿歴史の 常とはいえ昨今の世界情勢はま やかしの統合原理であったイデオロギー が潰え去ったあと民族や人種様々 な原理主義の台頭など分離の力 が際立っており放置しておけば 冷戦後の世界というものは収拾 のつかないカオスさえ招いてしまう 恐れがあります 東欧の解放平和裏の統一ドイツ の誕生湾岸戦争の終結等々その 都度新しい国際秩序創出のための 展望が多く語られてまいりました

しかし日ならずして夢は急速に 色あせ国連中心という大筋での 合意はあるものの現状は秩序への あてどなき暗中模索の段階にある と言ってよいでしょう それは野焼きを終えた後の赤茶 けた地肌に似ておりますその荒 涼たる大地に瑞々しい新草を敷き つめるためにも私どもは全力を 挙げて新たな統合原理を探し当て ていかねばならないと思うのであります とはいえ人類は偽りの統合原理 の悪酔いからまだ醒めたばかり であります 私は旧ソ連の何人かの友人から イデオロギーが人間に君臨し食い ものにしていくプロクルステス のベッドの譬えを聞きましたその イデオロギーのもとでの膨大な 犠牲を思えば統合原理の模索は 慎重の上にも慎重を期していか ねばならない その意味からも新たな統合原理 は人間を超越したところにではな く徹底して人間に即して内在的に 求められていかねばならないと思う のでありますこうテーマを設定 していくとき私の脳裏に浮かぶ のは精神薬理学のパイオニアでも ある エルキース博士の鋭い洞察であります 博士は私どもの機関紙のインタビュー に答えて次のように論じており ました治癒とは全体性の回復のこと でありますヒーリングとホール とホーリーという言葉は語源を 同じくするものである それは円満であることすなわち 個人として調和がとれ他者と調和 がとれそして地球と調和がとれている ことを意味いたします痛みとは 部分が全体から切り離されたという 警告なのでありますとこれは医学 的な痛みの問題に限らず病める 現代文明の総体にあって人間の 全体性が著しく損なわれてしま っている点に病巣の根源がある といえないでありましょうか 人間の全体性全人性こうした言葉 が私達の想像力の中で生き生き としたイメージを結ばなくなって 既に久しくなりましたホモサピエンス ホモエコノミクスホモファーベル ホモルーデンス等々の言葉の総称

が全人生とも言えますがそれだけ では定義を羅列しているようで いささか策に乏しい意味が浅い むしろ全人生への希求をたたみ かけるように訴えている dhロレンスの警告の書アポカリプス 論の末尾の文章の方がもっと問題 の輪郭をより鮮やかに論じている ように思えてなりません人間が 最も激しく冀求するものはその 生ける完全性であり生ける連帯 性であって己が魂の孤立した救 ひというのがこのことではない としつつロレンスはこう結ぶ吾 々の欲することは虚偽の非有機 的な結合を殊に金銭と相つらなる 結合を打毀しコスモス日輪大地 との結合人類国民家族との生きた 有機的な結合をふたたびこの世 に打樹てることにある まず日輪と共に太陽と共に始め よさうすればほかのことは徐々に 徐々に継起してくるであらうと 彼は言うこのいかにも芸術家らしい 激発に対しマルクスやシュンペーター にも比肩される巨視的な社会動態 分析を行ったハイマンのような いかにも学者らしい幅広い識見 からも同じような言葉を聞くことが できるのであります すなわちハイマンは全人性や生 の全体性を歪めることなき社会 の発展を有機的成長とし慎重にこ う述べております有機体という このつねに危険な比喩をわれわれ のいま目的に使用することが許 されるならば社会有機体が生命 をもって成育し変化しそれでいて 同一性を維持していく社会の謂 である 近代社会がこうした有機的成長 から著しく逸脱していることは 申すまでもありません全人性とは 過去の歴史や伝統を生き生きと 今に蘇生させかつまた宇宙的生命 の律動を全身で呼吸しつつ脈動 しゆく一個の生気あふれる生命体 であります そこで初めて人間は真の充足感 をつまり足ることを知った人の 落ち着きや余裕さらに他者への 思いやりや配慮など古来人間が 徳と呼んできたものを手にする ことができるのではないでしょうか

逆に歴史や伝統他者や宇宙から 切り離されてしまえば彼を待っている ものは最後はいつも末梢神経の働き に引きずられているような苛立ち 不安感そして狂気にさえ繋がり かねない 自己喪失感であるに違いありません ニーチェが言う最後の人間として の現代の姿は近年様々に論じられて いますがそのあまりにもみすぼ らしく歴史の勝利者というには 程遠い意気阻喪させるようなイメージ は私にはそうした不安感や自己 の喪失感と表裏をなしているように 思えてならないのであります 実際最後の人間のイメージはロレンス が非有機的な殊に金銭に連なる 結合と断罪したそれと酷似して おると思うのでありますそれが 現代流の経済人であるとすれば かつてアダムスミスが描き出した 元祖経済人の何とはつらつとして 生々躍動していることでありましょう かこの経済人のイメージひとつ 取り上げてみても近代の進展に伴う 全人性の損壊というものは否定 しようのない事実と言わざるを得 ません こうした現状から飢えや疾病と の戦いなどに象徴される近代化 のメリットを失うことなく全人 性をどう復権させていくか私は これこそ猛威を振るう分離の力 の勢いを鎮め新たな統合原理を追 求しゆく王道であり迂遠のように 見えても時代の病への抜本的な 治療であると信じておる一人で あります さてそうした課題に挑戦しゆく 上で大切なことは第一に漸進主義 的アプローチということである と私は思っております一昨年旧 ソ連において七十年間にわたる 共産主義の実験が無残な失敗に 終わったとき一部でロシア人が フランス革命を終わらせた といった感想が語られたブルジョア 革命たるフランス革命からプロレタリア 革命たるロシア革命を一本の線 でつなぎそこに歴史の継承的進歩 発展の軌跡をたどろうとする見方 がソ連邦の消滅によってほぼ息 の根を止められたということであります 確かにそうした感想には少なから ぬ真実が含まれており一言にして

言えば歴史や人間に対する急進 主義的アプローチの破綻ではなかった かと私は思う一人であります言 うまでもなく急進主義的アプローチ とはあらかじめ歴史の進歩発展 に対する合理的な青写真を描いて おきその理念や理論に合わせて 現実を裁断し作り変えていこう とする行為であります そこには十九世紀の理性万能の風 潮が色濃く反映されており全人 性という課題に即して言えば人間の 理性的側面のみが極端に肥大化 されてしまったということであります そのため歴史は一定の議論法則 によって導かれ従ってその理論 法則さえマスターしてしまえば 全てがわかったように錯覚する 頭でっかちの善意であるがゆえに それだけ鼻持ちならない非寛容 で傲慢な革命家群像をおびただ しく輩出してしまったわけであります 確かに全てが合理的に割り切れ そこから合理的なユートピアの 青写真が導き出される ならばそこへ到達するのに早いの に越したことはなく急進主義に 傾くのは理路当然となってしまう それに従おうとしない反革命分子 に対しても何らかの強制力を行使 したくなるのも必然の成り行き であるでしょう こうした中心主義に対する批判 はたくさんありますがここでは 一つだけキルギスタン出身で現代 ロシアを代表する作家アイトマート フ氏の告発を挙げさせていただき たいと思う私との対談集大いなる 魂の詩の中で彼は青年にこう呼び かけているのであります 若者たちよ社会革命に多くを期待 してはなりません革命は暴動で あり革命は集団的な病気であり 集団的な暴力であり国民民族社会 の全般にわたる大惨事であります 私たちはそれを十分すぎるほど 知ることができた 民主主義改革の道を無血の進化 の道を社会を逐次的に改革する 道を探し求めてもらいたい進化 漸進的発展というものはより多く の時間をより多くの忍耐と妥協 を要求し幸福を整え増大させる ことを要求しますがそれを暴力 で導入することは絶対に要求しません

私は神に祈ります若い世代が私たちの 過ちに学んでくれますようにと やや長文になりましたが全人性 生の全体性の立場からする痛切 な訴えであると私は感じております それはまたかつてエドマンドバーク やゲーテが行ったジャコビニズム 批判と驚くほど波長が一致して おるということであります とともに革命的急進主義に限らず 何らかの歴史的必然性に基づく 世界観というものはともすれば 人間が自らの行動によって運命 を切り開いていく力を否定してしまう 傾向になると言えないでありましょう か人生にしてもまた歴史にして も物を扱うように対象化し客体 化してはならずその何たるかを知る にはその中に身を置き自ら生きて 知るしかない それゆえ変化は内発的漸進的にな される以外になくもし外から急 進的な働きかけがなされるとする ならば必ず全人性生の全体性の どこかが壊れ偏頗を生じてしまう のは当然でありますその点真正 の自由主義者であった faハイエクが社会に向かう自ら の立場を植物の世話をする園芸 師に擬していることは大変に言い得て 妙であります植物の成長という ものはいかなる意味でも内発的 漸進的になされる以外にはない 園芸師にできることはそのための より良き条件作りとなるからであります 同じように自由主義も社会それ 自体が持っている自制的な力を どう円滑に引き出すかという点 に尽きるということになるわけ でありますまたはからずもこの 類比は社会における多様性の尊重 も促しております 良き園芸師がそうであるごとく それぞれの多彩にして尊厳なる 個性を大切にしながらいかに調和 の花園を広げていくかこの現代の 重大な課題にあっても内発的漸 進的なアプローチによって多様性 を創造性の源泉と生かしゆく道 が開かれていくのではないだろう かと思うのであります そして貴国がその偉大なる模範 を世界へ示しゆく使命を担って おられることは改めて申し上げる ものでもありません従って第二

に訴えたい点は急進主義的アプローチ が必然的にテロや暴力に訴えて いった のとは逆に漸進主義的アプローチ の必然的帰結であり武器となる ものは対話であるということであります それもソクラテスがそうであった ように言葉と言葉の撃ち合いが 果ては死をもたらすかもしれない ほどの緊迫した状態さえ覚悟した 退くことを知らぬ徹底した対話 でありますそれはおそらく暴力 に数十倍する精神の力と強さを 要するかもしれません思うに隣人 との対話であれ歴史とのあるいは 自然や宇宙との対話であれ語らい を通した開かれた空間の中でのみ 人間の全人性は保障されるもの であり自閉的空間は人間精神の 自殺の場になっていくほかはありません なぜならば人間は生まれ落ちたまま 人間であるのではなく文化的伝統 背景にした言葉の海対話の海の 中で鍛え上げられて初めて自己 を知り他者を知り真の人間となって いくからであります私は言論嫌い が人間嫌いに通じていくことを ソクラテスが若者に諄々と説いて 聞かせるパイドンの美しい一節 を想起しております言論嫌いを 生む言葉への不信は言葉への過 信と一つのものの裏と表にすぎ ないその一つのものとは対話と 対話による人間同士の結びつき に耐えられぬ弱い精神を言うの である そうした弱い精神は何かにつけ 人間への不信と過信の間を揺れ 動き分離の力の格好の餌食とな ってしまうからであります対話 は最後まで貫徹してこそ対話とい えます問答無用は人間の弱さへの 居直り人間性の敗北宣言であります さあ若者よ魂を強く鍛えよう望 みを捨てず自制力を働かせながら 勇気をもって前進しよう金銭よりも 徳を名声よりも真実を求めてソクラテス はこう温かく語りかけておりました 古代ギリシャと現代の大衆社会 を同一視することはできないかもし れませんがかといってその差異 を強調しすぎることも考えもの であります その証拠に例えばウォルターリップ マンの古典的名著世論はより良

き世論形成のための要としてソクラテス 流の対話ソクラテス的人間の必要性 を繰り返し繰り返して訴えておる という事実であります私は先日 東京でスターク学長閣下並びに バリツァー教授と会談いたしました その折教育以上に大切なものはない との一点で深く賛同しあいました 開かれた対話に基づく教育こそ 単なる知識や情報の伝達にとど まらず偏狭な視点や感情の超克 を可能にするからであります特 に大学は建設的対話を通してソクラテス 的世界市民を育て 新たな統合原理を探索する突破 口を開きゆく使命を有している と思うのでありますちなみにソクラテス とともに人類の教師とされる仏教 の釈尊も臨終の床での最後の言葉 は嘆き悲しむ弟子たちへの質問 の勧め対話の促しであったということ を申し添えさせていただきたい と思います 釈尊は入滅のそのときまで友が 友に尋ねるように何でも聞いて ごらんと人々に呼びかけ続けて おりました第三に機軸としての 人格ということを強調させていただき たいと思います全人性とは人格 の異名といってよく 統合原理といっても出来合いの 抽象的な理論などでは決してありません 卓越した人格の力を通して内在 的に模索される以外になくいわ ば統合の力という絆の結び目を 成すのが人格であると思うのであります その一つの証左として第二次大戦 後いち早く国際的なスケールで 取り組まれた 貴大学の人間教育の尊い努力は 今平和秩序形成へ卒業生の方々 の目覚ましい活躍となって結実 しておられます私はこの事実に対 し深い感慨を覚える一人であります 貴大学が創立されたのと同じ時期 私の恩師である 戸田城聖創価学会第二代会長は 日本の軍国主義による弾圧で二 年間の獄中生活を終え民衆一人 一人の人格に光を当てながら新しい 人間主義の運動を開始いたしました 青年をこよなく愛した恩師がよく 人生の名優たれと励ましていた ことを私は大変懐かしく思い起こす のであります

確かに人格の力というものは役者 が舞台の上で自分の役割に徹し 演じきっていくときの集中された 力によく似ておると思うからであります 名優がそうであるように卓越した 人格にあってはどんな切羽詰まった 立場に置かれてもどこかでその 立場を演じているような余裕と 落ち着きとある種のユーモアさえ も漂わせることができるものであります 淡々とその場を切り抜けていく ことができるのでありますそれは 自分で自分をコントロールする 力といっていいかもしれません またそうであると思います優れた 演出家でもあったゲーテは俳優 を選ぶ際の基準について聞かれる それに対してこう答える何をおい ても自制心を持っているか否か を見たなぜならば一考自分の制御 もできず他人に対しても最も好 ましいと思うところを示すことも できないような俳優は断じて物 にならない俳優という職業に徹底 するには絶えず自分自身を無にして 行かねばならない こう彼は結論しましたいうところ の自制心とは魂の理知的部分による 欲望の制御を説いたプラトンの 哲学の節制にも通じておると思います 単に俳優に不可欠な資質である のみならず人格を人格をたらし める最大の要件であると言って も過言ではないでありましょう ここで私は仏法者としまして仏 法哲理の中でも最も重要な原理 がまさにこの人格形成の要件に 符合していることに触れてみたい と思います仏法では衆生の生命 状態を十の範疇に分けます悪い 方から順に申し上げれば苦しみ に押しつぶされた生命の状態の 姿がこれを地獄界欲望に心身を 焼かれている それを餓鬼界強者を恐れ弱者を あなどる命これを畜生界常に他人 に勝ろうとする見栄っ張りの姿 これを修羅界平静に物事を判断 していくこれを人界喜びに満ち たその姿これを天界悟りを志向 するその命を声聞界自然現象に 触れ一人何かを悟る 真理を悟るそれを縁覚界一切の 衆生を救済しようとする慈悲の

境地境涯これを菩薩界そして最後に 円満にして自在な仏の境地である ことが仏界仏そこに至ろうとする 努力が信仰であるそして更にこの 十の範疇のそれぞれが互いにまた 十の範疇を具えている つまり地獄界という範疇はその 中に地獄界から仏界に至る十の 範疇を含んでいるということであります ともあれ生命は一時として固定 化してはいない次の瞬間には十 の範疇のうちどれかへと絶えず 変化していくとする ダイナミックな生命の現象である 生命観でありますそこで本論の 文脈で特筆すべきはそうした流れ の中にあって十の範疇のうちの どれが自らの生命の基底部となる かが実践修行のうえの最大のポイント となってくるわけであります そして最も高い境地である菩薩 界仏界を基底部に据える生き方 が理想的仏法者像理想的人間像 として勧められているのが仏法 であります人生には必ず喜怒哀楽 がその都度十の範疇のうちどれ かが発現していくしかしそれら は常に清浄にして不壊なる菩薩 界仏界の生命によってコントロール されている まさに理想的な人格形成の在り方 そのものであると思うのであります 私どもの宗祖は単にそう説いた だけではなく邪な権力によって 斬首刑にされようとしたときも 嘆き悲しむ門下をこれほどの喜び をば笑いたまえとたしなめ捕吏 に酒を振る舞うなど生涯最大の 難局を悠々と乗り越え後世に人間 としての人格としての範を示されて きたのであります ゆえに私はこの仏法哲理が全人 性の復権への機軸をなす人格形成 に大きく貢献できる一つである と信じておりますのみならず仏 法の実践者として二十一世紀の 命運を決するともいうべき新たなる 統合原理を求めての旅路に諸先生 方とともに勇気ある出発をして いきたいと念じてやみません その思いを私が若い頃から愛誦 してきたウォルトホイットマン の人間賛歌に託し私のスピーチ を終わらせていただきますぼく

には見えるあらゆる土地の男と女 がぼくには見える哲人たちののど かな連帯がぼくには見える わが人類の建設的な営みがぼく には見えるわが人類の忍耐と勤勉 のかずかずの成果がぼくには見える さまざまな身分が肌の色が未開 が文明がぼくはそれらのものの中に 入り込み見分けがたいほどにま じり合いそして地球上のあらゆる 住人たちに挨拶を送る ご清聴ありがとうございました サンキューソーマッチ あまりにもすばらしき晴天の本日 アメリカ最古の伝統を誇るハーバード大学 へ二年前に引き続き再びお招き いただきましたことは私の無上の 光栄でありヤーマン教授コックス 教授ガルブレイス名誉教授はじめ ご関係者の方々に深く感謝申し上げます ありがとうございました さてギリシャの哲人ヘラクレイ トスは万物は流転するとの有名な 言葉を残しました 確かに人間界であれ自然界であれ すべては変化変化の連続であり 一刻も同じ状態にとどまっている ものはない どんなに堅牢そうな金石であっても 長いスパンで見れば歳月による 摩滅作用というものを免れることは できない まして人間社会の瞠目すべき変容 ぶりは戦争と革命の世紀といわ れる二十世紀の末を生きる我々 がパノラマのように等しく眼前に しているところであります 仏教の眼はこの変化の実相を諸 行諸々の現象は無常常に変化している と捉えております これを宇宙観からいえば成住壊 空つまり一つの世界が成立しそして 流転し崩壊しそしてまた次の成立 に至ると説いているのであります またこれを人生観のうえから論 ずれば生老病死の四苦すなわち 生まれ生きる苦しみ老いる苦しみ 病む苦しみ死ぬ苦しみという流転 をだれびとたりとも逃れることは できない この四苦四つの苦しみなかんずく 生あるものは必ず死ぬという生 死死の問題こそ古来あらゆる宗教 や哲学が生まれる因となってきました 釈尊の出家の動機となったとされる

四門出遊のエピソードや哲学を 死の学習としたプラトンの言葉 はあまりにも有名でありますし 日蓮大聖人も先臨終の事を習う て後に他事を習うべしと言われて おります 私も二十年前このテーマを中心 に不世出の歴史家トインビー博士 と何日にもわたり幅広く論じ合い ました なぜ人間にとって死がかくも重い 意味をもつかといえば何よりも 死によって人間は己が有限性に 気づかされるからであります どんなに無限の富や権力を手にして もそうした人間であってもいつか は死ぬという定めからは絶対に 逃れることはできません この有限性を自覚し死の恐怖や 不安を克服するために人間は何 らかの永遠性に参画し動物的本能 の生き方を超えて一個の人格となる ことができました 宗教が人類史とともに古いゆえん であります ところが死を忘れた文明と言われる 近代はこの生死という根本課題 から目をそらし死をもっぱら忌 むべきものとして日陰者の位置 に追い込んでしまったのであります 近代人にとって死とは単なる生 の欠如空白状態にすぎず生が善 であるならば死は悪 生が有で死 が無生が条理で死が不条理生が 明で死が暗等々とことごとに死 はマイナスイメージを割り振られて しまっておりました その結果現代人は死の側から手 痛いしっぺ返しを受けているよう であります 今世紀がブレジンスキー博士の 言うあのメガデス大量死の世紀 となったことは皮肉にも死を忘れた 文明の帰結であったとはいえない でありましょうか 近年脳死や尊厳死ホスピス葬儀 の在り方またキューブラーロス 女史による臨死医学の研究などの 関心の高まりは等しく死の意味 ののっぴきならぬ問い直しを迫 っておるように思えてなりません やっと現代文明は大きな思い違い に気づこうとしておるわけであります 死は単なる生の欠如ではなく生

と並んで一つの全体を構成する 不可欠の要素なのであります その全体とは生命であり生き方 としての文化であります ゆえに 死を排除するのではなく死を凝 視し正しく位置づけていく生命 観生死観文化観の確立こそ二十一世紀 の最大の課題となってくると私は 思う一人であります 仏教では法性の起滅を説きます 法性とは現象の奥にある生命の ありのままの姿をいいます 生死など一切の事象というものは その法性が縁に触れて起すなわ ち出現し滅すなわち消滅しながら 流転を繰り返していくと説くの であります 従って死とは人間が睡眠によって 明日への活力を蓄えるように次 なる生への充電期間のようなもの であって決して忌むべきものでも なく生と同じく恵みであり嘉せら るべきことであると思うのであります ゆえに大乗仏典の精髄である法華経 では生死の流転しゆく人生の目的 を衆生所遊楽とし信仰の透徹した ところ生も喜びでありまた死も 喜び生も遊楽であり死もまた有楽 と解き明かしているのであります 日蓮大聖人も歓喜の中の大歓喜 と断言していらっしゃる 戦争と革命の世紀の悲劇は人間の 幸不幸の決定的要因が外形のみ の変革にはないという教訓を明 確に残しました 次なる世紀にあっては従ってこう した生死観生命観の内なる変革 こそ第一義となってくるであろう ことは私には確信して言えるの であります そのうえで大乗仏教が二十一世紀 文明に貢献しうるであろうと考える 視点を私なりに三点に要約して 申し上げさせていただきたいと思います 第一に平和創出の源泉ということ であります 古来仏教が平和のイメージに彩 られている最大の理由は暴力を 排しなべて対話や言論を徹底して 重視しているからではないでしょうか ヤスパースは釈尊の死を悼む弟子 たちの悲しみを言葉を自在に使う 人をうしなってしまったと的確 に評しております

ある仏典が釈尊を喜びをもって 人に接ししかめ面をしないで顔 色はればれと自分から先に話し かける人としているようにその 生涯は一切のドグマから解放された 開かれた心による開かれた対話 を貫いておったのであります 八十歳の高齢に達した釈尊の最後の 旅を綴った仏典は戦争への意図 を言論による説得で思いとどま らせたというエピソードで始まり ます すなわち隣国ヴアッジを征服しよう とする覇権主義の大国マガダという 国の大臣に対し直接諌めるので はなく国の盛衰の理を巧みに説 き及び侵略をそこで厳然と阻止 しております またこの仏典の最終章はいまわ の際の釈尊が愛する弟子たちに向かって 法のこと修行のことなど聞き残 して悔いが残らぬよう二度三度 と対話の勧めを行っている感動 的なシーンが記されております 最後の旅の始めと終わりがこの ように言論の光彩を浮き彫りにし 言葉を自在に使う人の面目を躍 如とさせているのであります なぜ釈尊が対話にあって自在で ありえたのか それはこの覚者の広大な境涯が あらゆるドグマや偏見執着から 自由であったからであります 釈尊の言葉に私は人の心に見がた き一本の矢が刺さっているのを 見たとあります 一本の矢とは一言にしていえば 差異へのこだわりといってよい でありましょう 当時のインドは大いなる変革期 で悲惨な戦乱が相次いでおりました 釈尊の透徹した眼はその争乱の 根底に何よりも部族や国家などの 差異へのこだわりを見いだしていた はずであります アメリカ哲学の黄金時代を築いた ハーバード大学のロイス教授は 今世紀の初頭社会と宗教をテーマ に講演なされ改革が可能だとすれば それは内面から起こらなければ ならない 社会の全体はいかなる過程におい ても善きにつけ悪しきにつけ一人 一人の心が決めることだと論じて

おります 民族であれ階級であれ克服される べき悪すなわち一本の矢は外部 というよりまず自分の内部にある ゆえに人間への差別意識差異への こだわりを克服することこそ平和 と普遍的人権の創出への第一義 であり開かれた対話を可能ならし める黄金律なのであります またそうあってこそ相手の性分 や能力に応じて法を説く対機説法 という自在な対話も可能なのであります 事実釈尊の対話の特徴は部族間 の水争いの仲裁をするときも凶暴 な強盗を改心させるときも乞食 行に異議を申し立てる者の浅慮 を戒めるときも常に内なる悪という 一本の矢に気づかせることを眼 目としておりました その類まれなる人格の力こそある 王者をして王様をして世尊よ私たち が武器をもってさえ降伏させる ことのできない者をあなたは武器 をもたずして降伏せしめると感嘆 させてしまったのであります 差異へのこだわりの克服は宗教 が民族宗教を超えて世界宗教へ と飛翔しゆく跳躍台でもあります 日蓮大聖人が迫害を加える日本の 最高権力者をわづかの小島のぬし ちっぽけな小島の主と一蹴された とき明らかに国家を超えた普遍 的価値世界宗教の地平が望まれている のであります もとより対話といっても春風の ようなものばかりではなくとき には火を吐くごとき言論のつぶて が相手の傲り高ぶる心を撃ち砕 く場合もあります 釈尊とか龍樹とかそういう名前を 聞くと円満そのもののような印象 を与える仏教者たちも当時の支配 者たちからはすべてを否定する 者と非難されておりました 日蓮大聖人も庶民に対しては肉 親も遠く及ばぬ細やかな愛情を 注がれておりますが邪な権力と の戦いでは一歩も退くことは断 じてない 身に寸鉄も帯びずもっぱら言論 非暴力に徹する姿勢は微動だにも しませんでした それは遠島に流罪されているときの 次の師子吼に象徴されております

すなわちあなたが改宗すれば日本 の国王にしてあげるとの誘惑も ある また改宗をしなければ父母の首を はねるとの脅迫もあった しかし智者に自分自身の正義が 破られることがなければ断じて 受け付けない智者に我義やぶられ ずば用いじとなり とまことに言論にかける信念の 強固さそれは金剛のごとしでありました もしこうした対話の姿勢が徹底 して貫かれるならば対決のおも むくところ対立ではなく調和が そこにまた偏見ではなく共感が 争乱ではなく平和が訪れてくる ことは間違いないと私は思う一人で あります けだし真の対話にあっては対決 も結びつきの一つの表れである からであります ヤーマン教授やサリマン教授とお 会いした際対話ということを最 重要課題として語り合えたゆえん もここにあります 先ほどご紹介もありましたが我が 創価学会は第二次世界大戦の際 真っ向から日本の軍国主義に対抗 しました そのために牧口常三郎初代会長 をはじめ多くの同志が投獄されました 今からちょうど五十年前のこと であります 取り調べの検事や看守にさえ毅 然と仏法を語りながら平和を語り ながら牧口初代会長は七十三歳 で獄死しました その意志を継いだ戸田第二代会長 は二年に及ぶ獄中闘争の後地球 民族主義という理念を掲げ悩み 苦しむ民衆の中へ飛び込んで座 談の波を広げていったのであります 核廃絶も恩師が青年に託した遺 訓でありました この歴史的淵源を原点としまして 我が創価学会インタナショナル は現在世界百十五の国地域の民衆 と連帯し平和と文化と教育の運動 を展開しております 私自身微力ではありますが人類 の平和と幸福のためにご臨席の 諸先生方をはじめ世界の良識との対話 を更に続けてまいる決意であります 第二に人間復権の基軸という視点

であります これを平易に言うならば再び宗教 の時代が叫ばれる今こそはたして 宗教をもつことが人間を強くする ことなのか反対に弱くすること なのか善くするのか悪くするのか 賢くするのか愚かにするのかという 判断を誤ってはならないということ であります 社会主義諸国の崩壊によりマルクス の権威は地に堕ちた感があるとは いえ彼の宗教阿片説は全く無意味 であったとはいえません 洋の東西を問わず復活しつつある もろもろの宗教が阿片的側面を ぬぐい去っているとはとうてい 言えず先のテキサス州で銃撃事件 を起こした教団などは極端な例 でありますが世紀末の神々の中 には相互依存と文化交流の進展 に逆行する閉鎖的独善的なもの も多いようであります そのためにも私は仏教で言う他力 と自力 キリスト教流に言うと恩寵と自由 意志の問題になると思いますが その両者のバランスの在り方を 改めて検証してみたいのであります ヨーロッパ主導の中世から近代 への流れを大まかに俯瞰してみ れば物事の決定権がもっぱら神の 意志にあった神中心の決定論的 世界からその決定権が人間の側 に委ねられた自由意志と責任の世界 へと徐々に力点が移行してくる 過程であります いってみれば他力から自力への 主役交代であります それは確かに科学技術を中心に 大きな成果を積み上げてまいり ましたが同時にその理性万能主義 が人間が自力ですべてを為しうる という思いあがりを生み現代文明 を抜きさしならぬ袋小路に追い 込んでいることは周知の事実であります かつての他力依存が人間の責任 の過小評価であるとすれば近代 の自力依存は人間の能力の過信 でありエゴの肥大化であります 袋小路の現代文明は自力と他力 の一方へ偏重するのではなく今 や第三の道を模索しているとい えるのではないでしょうか その点自力も定めて自力にあらず

他力も定めて他力にあらずと精 妙に説く大乗仏教の視点には重要な 示唆が含まれていると思うのであります そこでは二つの力が融合し両々 相まって絶妙のバランスをとって いくことが慫慂される勧められる からであります 少し立ち入って述べればかつて デューイが誰でもの信仰を唱え 特定の宗教よりも宗教的なものの 緊要性を訴えました なぜなら宗教がともすれば独善 や狂信に陥りがちなことに対し 宗教的なものは人間の関心とエネルギー を統一し行動を導き感情に熱を 加え知性に光を加える そしてあらゆる形式の芸術知識 努力働いた後の休息教育と親しい 交わり友情と恋愛心身の成長など に含まれる価値を開花想像せしむ るからであります デューイは他力という言葉は使い ませんが総じて宗教的なものとは 善きもの価値あるものを希求し ゆく人間の能動的な生き方を鼓 舞しいわばあと押しするような 力用といえるのであります まことに宗教的なものは自ら助 くるものを助くるのであります 近代人の自我信仰の無残な結末 が示すように自力はそれのみで 自らの能力を全うできない 他力すなわち有限な自己を超えた 永遠なるものへの祈りと融合によって 初めて自力も十全に働く しかしその十全なる力は本来自身 の中にあったものである デューイもおそらく含意していた であろうこうした視点こそ宗教 が未来性を用いるかどうかの分水嶺 であると私は思うのであります 私は仏教者に限らず全宗教者は 歴史の歯車を逆転させないために この一点は絶対に踏み外してはな らないと思うのであります そう でないと宗教は人間復権どころ か再び人間をドグマや宗教的権威 に隷属させてしまおうとする力 をもつからであります その点コックス教授が私どもの 運動をヒューマニズムの宗教の 方向を示そうとしているとして 注目してくださっていることに 深く感謝申し上げます

仏典には一念に億劫の辛労を尽 せば本来無作の三身念念に起る なりとあります 仏教は観念ではなく時々刻々人生の 軌道修正を為さしむるものであります 億劫の辛労を尽くすとあるように あらゆる課題を一身に受け全意識 を目覚めさせていく 全生命力を燃焼させていく そうして為すべきことを全力で 為しゆくそこに無作三身という 仏の命が瞬間瞬間湧き起こって 人間的営為を正しい方向へ正しい 道へと導き励ましてくれる 法華経にはしばしばドラムやトランペット のような楽器が登場します それらの響きが生きんとする意志 への励ましであるとすればよく 納得できます そしてその仏の命の力用が君よ 強くあれ君よ善くあれ賢明であれ との人間復権へのメッセージである ことは申すまでもありません 第三に万物共生の大地という視点 を申し上げたい 法華経には数々の譬喩が説かれて おりますがその中で広大なる大地 が等しく慈雨に潤い大小さまざ まな草木が生き生きと萌え出ずる 描写があります 一幅の名画を見るように雄大にして ダイナミックいかにも法華経らしい 命の躍動は直接的には仏の平等 大慧の法に浴してすべての人々 が仏道を成じていくことを示しております しかしそれにとどまらず人間並びに 山川草木に至るまで仏の命を呼吸 をしながら個性豊かに生を謳歌 している万物共生の大地のイメージ を美事に象っているように思える のであります ご存知のように仏教では共生を 縁起と説きます 縁起が縁りて起こると書くように 人間界であれ自然界であれ単独 で存在しているものはなくすべてが 互いに縁となりながら現象界を 形成している すなわち事象のありのままの姿 は個別性というよりも関係性や 相互依存性を根底としている 一切の生きとし生けるものは互 いに関係し依存し合いながら生きた 一つのコスモス哲学的にいうならば

意味連関の構造を成しているという のが大乗仏教の自然観の骨格なの であります かつてゲーテはファウストであら ゆるものが一個の全体を織りな している 一つ一つがたがいに生きて はたらいていると語りました この仏教的ともいうべき知見を 若き友人エッカーマンは予感は するが実証がないと評しました がその後百数十年の歳月とともに かのゲーテのそして更には仏教 の演繹的発想の先見性を感ずる のであります 因果律を例とすれば縁起論でいう 因果律は近代科学でいう人間の 主観から切り離された客観的な 自然界を支配している機械論的 因果律とはおよそ異なり人間自身 を含む広義の自然界に渉っております 例えばある災害が起こる その災害がどのようにして生じ たのかその一定の原因究明は機械 論的因果率で可能であります しかしそこにはなぜ自分がその 災害にあったのかという類の問い は決定的になじまない むしろそうした実存的問いを切り捨て たところに成り立つのが機械論 的自然感であります 仏教で説く因果率は何に縁りて 老死があるのか生に縁りて老死 がある との釈尊の原初の応答が示している ようにそうしたなぜという問い を真正面に受けているのであります そうして思索を深めながら中国の 天台智顗の有名な一念三千論のように 近代科学とも十分に整合性をもつ 雄大にして 精緻な論理を展開している のであります 時間の関係で詳論はいたしません が現代の生態学トランスパース ナル心理学量子力学等はそれぞれの 立場でそうした仏教的発想と親 近しつつあるように思えてなりません さて関係性や相互依存性を強調 しますとともすれば主体性が埋没 してしまうのではないかと思われ がちでありますがそこには一つの 誤解があるようであります 仏典には己こそ己の主である

他の誰がまさに主であろうか 己がよく抑制されるならば人は 得難い主を得る まさに自らを熾燃とし法を熾燃 とすべし 他を熾燃とするなかれ自らに帰 依し法に帰依せよ他に帰依する なかれ等々あります いずれも他に紛動されず自己に 忠実に主体的に生きよと強く促 しているのであります ただここで己自らというのはエゴ イズムに囚われた小さな自分す なわち小我ではなく時間的にも 空間的にも無限に因果の綾なす 宇宙生命に融合している大きな 自分すなわち大我を指しております そうした大我こそユングが自我 の奥にある大文字の自己と呼び エマーソンがあらゆる部分や分子 が平等に結びつく普遍的な美永遠の 一なる者と呼んだ次元と強く共鳴 し共振し合いながら来るべき世紀 へ万物共生の大地を成していく であろうことを私は信じて疑いません それはまたホイットマンの大ら かな魂の讃歌の一節を想起させる ものであります わたくしはいつも振り向いてあなたに 呼びかける おお魂よあなたこそ誠のわたく し すると見よ あなたは何といとも優しげに一切 の天球の主となる あなたは時間の伴侶となり死に 向かっては円満なる微笑を浮かべ 空間の広大の広がりをくまなく 満たし存分に膨らましてくれる 大乗仏教で説くこの大我こそが 一切衆生の苦を我が苦となしゆく 開かれた人格の異名となり常に 現実社会の人間群に向かって抜 苦苦しみを抜き与楽楽しみを与える 行動となっていることを確信する 一人であります こうした大いなる人間性の連帯 にこそいわゆる近代的自我の閉塞 を突き抜けて改たな文明が志向 すべき地平があるといえないで ありましょうか そうしてまた生も歓喜であり死 も歓喜であるという生死観はこの ダイナミックな大我の脈動のなか

に確立されていることであると思う のであります 大聖人の御義口伝には生老病死の 四相を以て我等が一身の塔を荘 厳するなりとあります 二十一世紀の人類が一人一人の 生命の宝塔を輝かせゆくことを 私は心から祈りたい そして開かれた対話の壮大な交響 にこの青き地球を包みながら第三 の千年へ新生の第一歩を踏み出し ゆくことを私は願うものであります その光彩陸離たる人間と平和の世紀 の夜明けを見つめながら私のスピーチ とさせていただきます ご清聴ありがとうございました シェイシェイ尊敬する深圳市人民 政府副市長張鴻義先生尊敬する 深圳大学学長蔡徳麟先生ご列席 の諸先生並びに学生の皆様方開放 中国をリードしゆく若き知性の 学部であるここ深圳大学におき まして講演の機会をお与えいただき 私は最大の光栄と思っております ありがとうございます 今日はお休みのところこのように ご参集くださいまして心から皆さん 方に敬意と感謝を申し上げます また青春である皆さん方の未来 は希望があり無限があり歌があり 愛があり全てが広がっております 光彩を放っておりますまた昨年 十一月蔡学長にご来日をいただき 貴大学の名誉教授の称号を賜った ことは私にとりまして生涯の栄誉 となりましたここに改めて衷心 より御礼申し上げますさらにその 折貴大学と創価大学との間に学術 交流協定が結ばれました 末永き友好への第一歩をしるした ことを皆様とともに喜び合いたい のであります私が深圳のこの地 を訪問させていただいたのはちょうど 二十年前一九七四年の五月のこと でありました二十星霜を経て今 再びこの地を訪問しその輝かしい ばかりの大発展たくましいバイタリ ティーの躍動に目を見張る思い がいたします 林立する高層建築近代的に整備 された美しい道路アジア各国から 訪れ快活に街を行き交う人々貴 国の繁栄と日中両国の友好を願い 行動してきた一人としまして心 から嬉しく感ずる次第であります

さて旧ソ連また東欧圏を見舞った 大激震によって世界はポスト冷戦 といわれる時代を迎えております しかし米ソにおける平和という 冷戦の枠組みが取り払われた後 人類はどのような平和的な世界 システムを構築しようとしている のか一向に明らかではありません 善悪は別としましてともかく紛争 拡大の抑止力となってきた超大 国の力に代わり何をもって続発 する 地域紛争防止平和へのステップ としていくのでありましょうか 国連といってもまだまだ力不足 でありソマリアpkoに見られるように ややもすると国連の名のもとに 地域紛争の泥沼にはまり込んで いく危険さえあります 率直に言って世紀末の今日数年 前のあの民主化の沸き立つような 潮流とは逆に民族や宗教がらみの 後を絶たぬ争乱を前にして途方 に暮れ手をこまねいている人が 大多数なのではないでしょうか 私は昨年末東京で国連のガリ事務総長 と会談し国連の未来の構想など 種々語り合いました 総長はじめ袋小路の国際情勢に 突破口を見いださんと努力されている 多くの方々の労苦の汗を私は大変 尊く思いますし私どもも民間次元 でできうる限り協力応援してまいり たいと思っておる一人であります それと同時にこの世紀末を覆う 暗雲のよってきたる根源はどこにある のか というマクロ的視点もおろそかに してはならないと思う一人であります トインビー博士が究極において 歴史を作る水底のゆるやかな動き と名付けた深い流れに耳をそば だてていかなければ二十一世紀 を展望することはまた不可能である からであります こうした課題を眼前にするとき すぐさま私どもの目に飛び込んで くるのは世界とりわけ先進諸国 に顕著な未来世紀への海図も羅針盤 もなく右往左往する人々の真に 荒涼たる心象風景ではないでしょうか かつてマックスウェーバーは資本主義 の交流をもたらした宗教的原因 を分析した有名な書物の末尾で 他ならぬその資本主義の爛熟した

社会に傲り高ぶった精神のない 専門人や心情のない享楽人の登場 を予感しつつ事実そうなるかどうか は誰にもわからない と慎重に留保しましたしかし不幸 にも彼の危機感は杞憂に終わら なかったという事実であります 現代社会は人種問題を初め麻薬 暴力教育荒廃家庭崩壊などに苛 まれいたるところに欲望や本能 の地肌を覗かせてしまっている これが現状となってしまった数 年前フランシスフクヤマの歴史 の終わりと最後の人間という本 が冷戦終結時というタイミング もありまして世界的な話題を呼び ました彼はその中で歴史の終わり に登場する最後の人間像をニーチェ の言葉を借りながらリベラルな 民主主義は胸郭のない人間すなわ ち欲望と理性だけで作られていた 気概に欠けた人間長期的な私利 私欲の打算を通じてくだらない 要求を次々に満たすことにかけて は目端の利く人間を産み落とした のであると述べておりますいう ところの欲望がウェーバーのいう 享楽人に理性が専門人に通じている ことは誠に申すまでもない事実 であります 問われているのは詰まるところ 人間なのであります現代文明の 危機の本質はまさしく人間が人間 であるための条件が揺れ動き見 失いつつあるがゆえにその人間の 危機をどうするかという課題であります そこで私は近年とみに脚光を浴 びつつある 東アジア特に中国三千年の歴史 に脈々と流れ続けている独自の 人間主義の水脈ともいうべきもの に目を向けてみたいのであります 貴国の最近の目覚ましい経済発展 は世界の人々を瞠目させております が私はその原因としてこの人間 主義の要因を無視することはできない と信じておる一人であります 今から二十年近く前中国学の世界 的権威であられるイギリスのジョセフ ニーダム氏は香港大学の名誉博士号 の受章式に際して講演いたしました その中で彼は神々の黄昏を迎えている 時代にあっては超自然的なものの 認可によって支持されることの 一切なかったところの一つの倫理

的な考え方一つの倫理的モデル が追求されるべきであるとして その点中国文化には世界に通ずる 貴重な贈り物があると喝破しております 超自然的なものの代表格はいうま でもなくキリスト教の神であります 欧米社会における倫理的な考え方 やモデルは本来超自然的なものの 認可や支持つまり神との約束事 の上に成り立ってまいりました 倫理とは人間同士の約束事である 前に神の僕である一人の人間が 神との間にかわす約束事であった わけであります 例えばフランクリンに有名な十三 の徳目節制沈黙規律決断倹約勤勉 誠実正義適度清潔落ち着き貞節 謙遜がありますそれらはギリシャ 哲学やキリスト教思想を背景に しているとはいえ多くの点で東洋 の伝統的な美徳とも共鳴し合う 普遍性をもっております 儒学でいう仁義礼智信に比べても 異質のものではありませんし明治時代 の日本でフランクリンが福沢諭吉 をはじめ各界各層の実に多彩な 人々から理想的人間像として熱烈 に受け入れられたことをみても 明らかなことであります とはいえ彼我を隔てる重要な一点 は神との約束の有無であります 十三の徳目はアメリカ資本主義 の勃興期のエートスを典型的に 体現したものでありますがそれは 支えているのは禁欲に徹し富を 蓄えることが神の心にかない神 の栄光の証になるのだという信仰 であります 確かにその信仰はフランクリン など自制心と博愛の情に富んだ 多くの魅力ある人間群像を生み 出しましたしかしそれから百年 二百年を経過し神への信仰が徐々に 薄れてくるにつれそれとセット になっていた人間の徳目も色あ せてこざるを得なくなったのであります その結果到来したモラルなき産業 社会の実情は先にフクヤマの最後の 人間に垣間見たとおりであります だからこそ時代は神など超自然 的なものの認可や支持などを当て にしない人間性に即した倫理規範 を要請しているのであります そこで私は貴大学のモットーである 自立自律自強に着目したいのであります

自ら立ち自ら律し自ら強めていく そこに志向されているものは将来 中国を担って立つ強靭にして屹 立した人格の一人一人にとの気 概があると思うからであります しかしそこで言う自とは自分自己 自身などと造語されているとは いえ欧米の伝統に根強い個とは かなり違うようであります個が 分割不可能な最小単位としての 孤立した個人を意味するのに対 し自という文字は決して一人に 限定されない 自在な深まりと広がりを帯びている 宋代明代の中国思想史に通じた コロンビア大学のドバリー教授 は自然自得自任などの言葉を考察 しつつ彼らの議論の中に頻出する 自を伴った複合語を採集すること によって新儒学の倫理学用語辞典 を作ることも可能とさえ驚嘆している のであります 辞典を編みうるほどに絢爛そして 多彩な倫理模様を織り成す背後 には中国伝統の骨太の人間観が 横たわっているように思われる のであります申すまでもなく漢字 の人とは人間と人間とが互いに 支え合っている様を示しており 中国思想の最大のキーワードである 仁も人と二から構成され人が互 いに向き合い意を通じ合い愛し 合うことを意味している すなわち一人きりの人間という ものはないありませんあるはず はない人間は互いに繋がり合って 一個の有機体を成ししかもその 繋がりは人間の世界にとどまらず 自然界や宇宙へと広がり万物が 渾然一体となった有機的全体像 を構成している 要約していえばこれが宋代朱子 学などに色濃く体現されている 中国伝統の人間観自然観である と思う一人でありますそれはまた 人間や事物の個別観よりも関係 性や相互依存性を重んずる仏教 の縁起観にも深く相通じ合っている ように思えてなりません 蔡学長は東西文化交流と二十一世紀 と題する論文の中でこうした深き 哲学性に基づく東洋文化の復興 が国際関係を更なる協調ヘリード しゆくことを予見されております 私もこの希望を共有する一人で

ありますかくして有機的人間観 にあっては森羅万象ことごとく 人間に無関係のものはない 全ては人間いかに生くべきかと の問いに即して位置を与えてお られるいうなれば人間主義に基づく 等身大の思考方法でありますす なわち人間のための科学人間のための 政治経済イデオロギーというように 常に人間という原点に立ち返り 等身大の寸法に合わせてあらゆる 事象の意味善悪過不足が検証されて いく立場であっていくべきである でありましょう こうした人間主義は特に東洋的 発想全般に見られておりますが 中国思想はその典型であります 孫文という人はその人間主義の 最も良質なセンスの持ち主であった 方ではないかと思うのであります 三民主義の中で自由に関するユニーク な考察があります こんにちこの自由という言葉はけ っきょくどういうふうに使わね ばならないのかもし個人に使う ならばひとにぎりのバラバラな 砂になってしまうと迂闊に読む とまるで権力志向の国家主義者の 発言のように思われる発言であります しかしこのくだりは民権を論ずる なかに出てくる紛れもない自由主義 者の発言でありますただ孫文に とっての自由とは書物や観念の中に あるのではなく民衆の生活意識 生活実感という現実の中にのみ 脈打つものであった したがって抽象的画一的に全て に適用される自由などは絵空事 であるそれを無理に現実に押し 付けようとすると早晩適応異常 を起こして等身大の寸法を大きく 逸脱してしまうであろうという のでありますともあれ自由の実 像というものは生きた現実のなか に探り当て築き上げていく以外 にないというのであります 孫文がある目標を立ててみんな に奮闘させるには人民が痛切に 皮膚に感じているものでなくて はならないと述べているように 人間の現実とは民衆の生活実感 の異名でありそこから切り離されて しまえば人間のための自由ではな く自由のための人間という本末転倒 に陥ってしまうからであります

中国の人々のこうした現実感覚 を特徴づけているのは論理的に 矛盾しているように見えるもの でも即座に排斥しあうものではな く矛盾や不条理が様々に交錯している 人間社会の全体像のなかへ大きく 抱え込み実践を通してより良き 選択肢を模索していく 柔軟かつ懐の深い人間主義的発想 ではないかと思うのであります 換言すれば二者択一の部分観で はなく中国伝統の大同思想にも 通底した止揚合一の全体観であります 自由という言葉の鼓動をば書物 の中でなく刻々と変化しゆく現実 の中に聞き取っていった孫文の あの自由観はまさしくこの全体 観に発していたのではないかと 思うのであります こうした発想は現在貴国が選択 している社会主義市場経済にも 巧まずして反映されているように 私には思えてなりません一昨年の 秋この体制が採用されて以来内外 で様々な議論がなされました確かに 一面から見れば計画経済を本領 とする社会主義と資本主義の揺 監であった市場経済を結びつける ことは木に竹を継ぐような無理 難題に見えるようでありました 事実そうしたシニカルな論議も 数多くありましたしかし私は速 断や短見は慎むべきであると思う 一人であります政治や経済から 次元を転じて物事を止揚合一の 全体観で捉える人間主義の光を 当ててみると社会主義市場経済 もよほど異なった相貌を呈して くるはずであるからであります 鄧小平閣下は株式や証券などの 市場的要素の導入についてかの 南方講話の中でざっくばらんに 語っております許可して断固として 実践してみよ一二年やって正しか ったら自由化しよう正しくなか ったら是正しやめるまでのこと だ やめるのもすぐやめてもよいし ゆっくりやめてもよいし尻尾を 残しておいてもよいし何を恐れる のかこの態度を堅持すればどう ということはない大きな誤りを 犯すはずはないだろうと真に柔軟 かつ懐の深い対応の仕方と世界 的な有名な言葉であります

私も第二次並びに第三次訪中の 折鄧小平閣下と二回にわたり対話 をもちました中国の発展と繁栄 の展望を伺いましたそのことを 今もって鮮明に覚えております 等身大の物差しを自在に使いながら 社会主義市場経済の適否を判断 し調整を加えていく方法は経済 に人間が翻弄されるのではなく あくまでも人間のための経済を 一貫して貫いていこう とする優れて人間主義的発想である のでありますそうした慎重な方法 は市場経済にしても一挙に導入 しようとせずここは深圳などの 特区を試験的に先行させその成 否を見極めながら徐々に改革を 進めていく漸進主義的手法にも はっきりとうかがい知ることが できるのであります そうであるならば社会主義市場 経済という一見奇異に思える取り 合わせも多くの困難を抱えた中国 が試行錯誤を繰り返しながらな おかつ歴史の淘汰作用によるマイナス を最小限にとどめ社会の安定と 成長を図っていくためギリギリ の選択であったに違いないと思う 一人であります 人口や版図など貴国の巨大さを 考えればそれは掛け値なしに二十一世紀 の命運を左右する人類史的実験 であります世界は固唾を飲んで その動向を見守っておりますし 私も古い友人の一人としまして 成功を祈らずにはおられません 結局一切は人間に始まり人間に 帰着します経済にしても例えば 儒学の徳本財末論の良き伝統が 示すような等身大のコントロール が働いていかなければ世界に蔓延 する世紀末病ともいうべき拝金 主義の風潮を助長させるだけで ありましょう ニーダムが倫理的な考え方倫理 的モデルと言うときそうした風 潮へのアンチテーゼを強く期待 しておりましたまたトインビー が中国こそ世界の半分はおろか 世界全体に政治的統合と平和をも たらす運命を担っている と言うとき帰国の歴史が蓄えて きた人間主義的モラルの力をは っきりと予想しておったのであります 今中国の経済発展の最先端を行く

深圳の地で自ら立ち自ら律し自ら 強めながら二十一世紀へと鳳が 飛翔しゆく皆さま方の目指すものは 必ずやニーダムやトインビーの 思い描いていたそれとぴったり と符合する 人間主義の限りなき地平であろう ことを私は信じてやみません終わり に敬愛する皆さま方への私の心 情を貴国の大詩人白居易の詩の 一節に託しまして私の話を終わら せていただきます賢に交わること まさに汲汲として直を友として つねに偲偲たりご清聴ありがとうございます 謝謝 ボンジョールノただいまは温かい そしてまた寛大な総長閣下のご理解 あるご紹介感謝申し上げます またただ今は世界で二人目のドクター の意義を含めたこの指輪最大に 名誉であり深く深く感謝申し上げます 尊敬するロベルシモナコ総長閣下 をはじめボローニャ大学の諸先生 方ならびにご来賓の先生方そして 敬愛する学生の皆さま本日世界 最古の歴史と伝統を誇るここボローニャ 大学で講演の機会を与えました ことに対してそれは私の最大の 光栄とするところであります 総長はじめご関係の諸先生方に 心より御礼申し上げますありがとうございました グラッチェ 試験期間の一番お忙しいときにも かかわらずこのようにお集まり をいただき厚く感謝申し上げます この講演に出席した学生の方々 には特別に優秀な成績をつけて いただくよう私は総長閣下をはじめ 教授の先生方に謹んでお願いするもの であります 今日は国連に関連して少々論じ させていただく運びとなりました 私は国連にまつわるグローバル な課題を考えるのにこのボローニャ ほど格好の天地はなかろうかと の感慨を深めておる一人であります 五年前に東京で総長副総長と会談 した際にも申し上げたことであります が主権国家の枠組みというもの を超え国連にグローバルな地平 をもたらしていくのには貴大学 の九百年の伝統に脈打っている 普遍性国際性の気風こそまこと に貴重な財産であると思う一人 であるからであります

既に十三四世紀貴大学にはその 名声を慕ってヨーロッパ全土から 学生が集まり自治の気風も高々 に国際的な大学都市を形成をして こられております その意気軒昂たる要素は神聖ローマ 皇帝の横暴に対し学生たちがわれ らは一陣の風に屈してしまう湖 沼の葦にあらずここに来たらば そのわれらを見いださんと一歩 も退かないとのエピソードによく 見てとることができるのであります 昔も今もこうした気概こそ世界 市民のバックボーンであるから であります 私どもsgiも国連のngoの一員としまして 様々な支援活動を行ってまいり ました 一九八二年以降世界数十の都市 で核兵器現代世界の脅威展戦争と平和 展環境と開発展などを国連と共 催し地球的問題群の打開に向け 英知の結集を呼びかけてまいり ました 更に人間の尊厳を訴える現代世界の 人権展を昨年十二月には世界人権宣言 の四十五周年を記念してまた本 年二月には国連人権委員会の会 期に合わせてジュネーブの国連 欧州本部でも開催しております 一昨日まではロンドンでも開催 しておりました 二十一世紀を担う青少年のため 婦人平和委員会が実施した子どもの 人権展世界の子どもとユニセフ 展などもユニークな試みとしまして 高く評価されてまいりました また青年を中心に数々の難民救援 募金カンボジアへの約三十万台 に及ぶラジオ支援にも力を入れて まいりました 私自身も三度にわたる国連軍縮 特別総会をはじめ折々の記念提言 の中で平和と軍縮国連の改革のための 試案を幾多世に問うてまいりました とはいえsgiは社会団体や政治団体 ではなくあくまで人間の内面の 改革を促す仏教運動を基調として おります ゆえに本日は国連改革の具体的 側面というよりもこの人類の議会 を活性化していくための精神的 基盤その担い手たる世界市民の エートスといった理念的側面を

考察させていただきたいのであります なかんずく貴国の偉大なる文化 への敬意と感謝の思いを込めまして イタリアルネサンスの生んだ万能 の天才レオナルドダヴィンチに スポットを当てながら自己を統 御する意志と間断なき飛翔の二 点について論及させていただき たいと思います なぜなら国連というグローバル なシステムの本質というものは あくまで協調と対話を機軸とする ソフトパワーという点にありその パワーを強化していくには迂遠 のようであるかもしれないが精神 面理念面での裏打ちが不可欠である からであります 近くはボスニア情勢に見られる ようにギリギリハードパワーの選択 の局面があったとしても国連の 第一義的使命がどこまでもソフト パワーにあることは異論の余地 はありません 明年創設五十周年を迎える国連 の歴史は短いと言えば短い長い 人類の歴史から見れば緒についた ばかりといえるかもしれない しかしあまりにも短命に終わった あの国際連盟の悲運を考えれば 国連半世紀の歩みは決して軽視 されてはならない とりわけ米ソ冷戦の終結とともに pkoなど国連の動きは見違えるように 活発化しようやく創設時の精神 が機能しはじめたといわれる昨今 この流れを何としても希望の二十一世紀 へと繋いでいかねばならないから であります 半世紀前の国連創設の立役者は いうまでもなくアメリカのルーズベルト 大統領であります 彼は同じく国際連盟の旗振り役 でありましたウィルソン大統領 の志を継ぎ理想主義国際主義人 道主義を掲げてまいりました その信念が国連創設の精神となり 原動力となったことは周知の事実 であります スターリンそしてまたチャーチル などの強者を相手に倦まず普遍 的安全保障の理想を説き続ける その姿をある後世の歴史家はなか ば揶揄を込めて宇宙的ヒューマニズム と呼んだそうであります

確かにその後の冷戦下での国連 機能の形骸化を見れば揶揄されて も仕方のない面があったかもし れません しかし歳月の淘汰作用というものは まことに測り知ることができない ものがあるのであります 今創設時の精神への回帰と復興 が言われるなか宇宙的ヒューマニズム は決して絵空事でも夢想でもなく なりつつあるという事実であります あれこれと思いを巡らしている ときちょうどレンズを調整している とカメラのファインダーに被写 体の輪郭が明らかになってくる ように私の脳裏に鮮明に動かし がたく浮かび上がってくるのは 巨人レオナルドダヴィンチの高 くそびえ立つ姿なのであります 善悪の彼岸を悠々と独歩している かのレオナルドダヴィンチと生々 しい利害打算の渦巻くあまりにも 散文的な国連とは次元が違いすぎて 両者を結びつけることは唐突のように 見えるかもしれません しかし我々は万事に短いスパン と長いスパンの視野を併せもって いかねばならないと思うのであります 巨視的に見ればヤスパースがレオナルド ダヴィンチとミケランジェロは 二つの世界であるこの二つの世界は お互いに近づき合おうとしない レオナルドは世界市民でありミケランジェロ は愛国者であると称したレオナルド 的視野が今ほど要請される時はない と私は思うのであります さて我々がレオナルドに学び継承 していくべき第一の点は自己を 統御する意志ということではない でありましょうか レオナルドは独立不羈の自由人 であり宗教や倫理の規範から自由 であるのみならず祖国も家庭も 友人も知人といった人間社会のし がらみにも決して束縛されぬ孤高 の世界市民でありました ご存知のとおり彼は庶子であり 独身を貫いたその生涯から家族 の痕跡を見いだすことは稀で祖国 への愛着もまた甚だ希薄であった 祖国での修業時代を終えると躊躇 なくミラノへ赴き君主イルモー ロのもとで十数年間を過ごすイル モーロの没落後は短期間ボルジア

と組んだあとフィレンツェローマ ミラノと居を移しながら我が道を 堂々と歩み続け晩年はフランス 王の招きに応じかの地で生涯を 終えております 彼は決して冷淡な人間ではなく 徳性に欠けるわけでもなかった がその一生はともかく己の欲する ところにひたすら忠実な超俗の風 格を貫いて生きてまいりました いかなる挙措や出処進退にあた ってもレオナルドダヴィンチは 祖国愛や敵味方善悪美醜利害な どの世俗的規範にはほとんど関心 を示さない それらを超出した境地を志向し 続けている 名誉そして金銭をもっての誘いな どもどこ吹く風かとさりとて権力 者の意向にあえて逆らおうとも せず己が関心事のみを追い続ける その歩みは二君に仕えずといった 世俗的倫理にもおよそ無関係で ありました 謎の微笑を浮かべる優美な女性 像モナリザの作者は同時に鬼神 もひしぐ猛々しい戦士たちのせ め合うアンギアリの戦いの作者 でもありました 流水の模様に目を凝らし植物の生態 を見つめ鳥の飛翔を分析するレオナルド は同時に死刑囚の顔を食い入る ように凝視し解剖のメスを振る うレオナルドダヴィンチでもありました ともかく世間の常識や規則では 推し量ることのできぬ巨大なスケール の持ち主であったことは事実であります そして世俗的規範を超出しゆく その自在さはまさに自由人にして 世界市民の精髄を見せるその一方 イタリアルネサンスならではの 伸びやかな活気に満ちた時代精神 を独自の風格に体現しております その超出を可能ならしめたもの こそ類まれな自己統御する意志 であったのではないかと私は思う 一人であります 自分自身を支配する力より大きな 支配力も小さな支配力ももちえない と述べているように彼にとって はどう自己を統御するかが万事 に先立つ第一義的課題でありその 力が十全に働いていさえすれば いかなる現実にも自在な対応が

可能であり現実次元の向背善悪 美醜などは二義的三義的な価値 しかもたない 彼はかつての主君イルモーロを 滅ぼしたフランス王の招きにも 平然と応じておりますが傍目には それが志操一貫に欠けるように 見えてもこの巨人にとっては無 節操とは似て非なる寛大で度量 の大きさを物語っておるようであります こうしたダヴィンチの超俗のかたち は仏法で説く出世間の意義に親 近しておるのであります 仏法で説く世間とは差別ということ を意味しており出世間とはすなわ ち利害や愛憎美醜や善悪などの 差別を超出してそれらへの執着 から離れるという意義であります 仏教の最高峰といわれる法華経 では諸の執着から離れさせる令 離諸著等と記されております とはいってもこの仏典の極理に 離の字をば明らかとよむなりとある ように単に煩悩への執着を離れる のではなく超出したより高い次元 から諸の煩悩を明らかに見て使い こなしていく強い主体の確立こそ が出世間の真義なのであります ニーチェのような善悪の彼岸の 住人がレオナルドは東洋を知っている と喝破しているのもこうした超 俗のかたちの親近と無関係ではない ように思われます その親近は仏教にあってもレオナルド にあっても超俗および出世間の心 がしばしば鏡に譬えられている 点からも察することができるの であります この自己を統御する意志ということ で著名なロシアの大文学者メレシ コーフスキーのダヴィンチ伝に 私の忘れ得ぬ一幕があります この評伝は作者の想像力による 創作部分も多いようであります が主君イルモーロ軍がフランス 軍に滅ぼされるその戦闘の様子 をダヴィンチが愛弟子とともに 丘の上から眺めているこの部分 はいかにもダヴィンチらしい面 目を躍如とさせており迫真力をもって 迫っております 彼らはもう一度砲火を交じえている 遠い煙の塊を眺めた 今その煙は無限の平野の末におそろ

しく小さいものに見えた 祖国外交名誉戦争国の興亡国民の 叛乱人間にとって偉大に物々しく 思われるこういったこともすべて 永遠のはればれしい大自然のなか におけるあの一団の煙に等しい のではないか 夕日に溶けていく煙の一小塊と 何ら択ぶところはないのではない かと彼は謳った まさにこれこそ統御された心の 鏡に映し出されたみすぼらしくも 矮小な戦争の実像であります 宇宙的ヒューマニズムの巧まざる 顕現でもあります 私どもは仏法を基調にして国連 支援をはじめ様々な平和文化運動 を推進しております それは端的に人間革命を第一義 に社会の変革へと標榜しております がダヴィンチにおける自己を統 御する意志は私どもの人間革命 と深く通じていると確信している 一人であります 制度や環境など人間の外面にのみ 目を向け続けて挙句の果ては民族 紛争の噴出する惨憺たる結末を 迎えている世紀末の人類にとって 自己の内面をどう統御するかという ところから出発するダヴィンチ 的命題はますます重みを増して くるであろうと私は確信しておる 一人であります 第二にレオナルドにおける間断 なき飛翔ということを申し上げ ておきたい 人間が鳥のように大空を飛翔する ことはあまりにも有名なダヴィンチ の夢でありましたが彼の魂もまた 生涯を通して間断なき飛翔を繰り 返しておりました 若いうちに努力せよ鉄が使用せず して錆び水がくさりまたは寒中に 凍るように才能も用いずしては そこなわれる 倦怠より死をありとあらゆる仕事 もわたしを疲れさせるようなことはない 等々の言葉はこの天才がまた希 代の努力精励の人でもあったことを 物語っておるのであります 最後の晩餐の制作中など日の出 から夜遅くまで飲まず食べずで 仕事に没頭しているかと思うと 今度は三日も四日も絵に手をつけ

ずに行きつ戻りつ思索にふけり 続けることもあったという このすさまじいばかりの集中力 にもかかわらずこうした創作への 執念とは裏腹にダヴィンチの創作 で完成されたものは周知のように ごく少ない 絵画においても極端な寡作のうえ そのほとんどが未完成のままで あります 万能の天才らしくその他にも彫刻 機械武器の製作土木工事驚くべき 多芸多才ぶりを発揮しております が見果てぬ夢でしかなかった人力 飛行に象徴されるようにおおむね アイデア倒れ意図倒れに終わっている ようであります 特徴的なことはダヴィンチはそれ に何ら痛痒は感じないらしく未完 を苦にするのでもなく未練をもつ 様子もなく恬淡として他へと念 頭を転じてしまうのであります 傍目には未完成に見えてもおそら く彼にはある意味で完成していた のでありいわば未完成の完成とも いうべき相乗作用であったにち がいない そうでなければ創作への執念と おびただしい未完成との落差は 理解に苦しむ しかし未完成の完成は同時に完成 の未完成であった ルネサンスの時代精神は全体総合 普遍などと形容されております がダヴィンチにあっても無限に 広がり生々流転しゆく宇宙生命 ともいうべき全体性普遍性の世界 かつてヤスパースが一切がそれ に奉仕せねばならぬ全体と呼ん だあの包括的な世界がまず予感 されていたはずであります 創作活動とは絵画や彫刻であれ 工作機器や建築土木の類であれ そうした全体性普遍性の世界を 巨腕を駆使しながら個別性のなか に写し取ってくる創造の営みで ありました すなわち不可視の世界の可視化 であったわけであります 従っていかに完成度を誇る傑作 であっても個別の世界の出来事 であるかぎり未完成であることを 免れえない 人はそこに安住していてはならず

新たなる完成を目指して間断なき 飛翔を運命づけられているのであります ブッダが最後に残した言葉はもろもろ の事象は過ぎ去るものである怠 ることなく修行を完成させなさい という言葉でありました 大乗仏教の精髄も月月日日につ より給へすこしもたゆむ心あら ば魔たよりをうべし更にまた譬 えば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆる が如し只今も一念無明の迷心は 磨かざる鏡なり是を磨かば必ず 法性真如の明鏡と成るべしと生命 の本然的なあり方を示しております 未完成の完成から完成の未完成 へゆえに両者の相乗作用という ものはダイナミックに生々流転 しゆく生命の動き現実の動きその ものといってよいでありましょう 経験の弟子レオナルドヴィンチ と宣言し一切の先入観を排して 現実の動きを凝視し続ける彼は 従って現実を固定化してしまい がちな言語の働きには不信と敵 意すら抱いておりました 絵画を言挙げし強調し言語を難 ずるダヴィンチの特異な言語批判 は私に大乗仏教の中興の論師である 龍樹菩薩という人の洞察を想起 させるのであります 彼もまた仏教の根本をなす縁起 の法すなわち空に関して滅しも せず生じもせず断滅もせず恒常 でもなく単一でもなく複数でも なく来たりもせず去りもしない 依存性縁起は言葉の虚構を超越し 至福なるものであると称えながら 現実の固定化実体化に陥りがちな 言語の虚構性を鋭くえぐり出して おりました 言語による固定化が完成と未完成 のダイナミックな相乗作用を失 わせかりそめの安定を恒久的な ものと錯覚させてしまうのであります ダヴィンチも龍樹菩薩もそうした 安定は易きにつこうとする怠惰 な精神の格好の温床となるであ ろうと警鐘を鳴らしておったの であります 性急は愚かさの母であるとのダヴィンチ のさりげない箴言もこうした背景 のもとで初めて秀抜なる光彩を 放ってくると思うのであります それはまた言葉によって描き出

されたユートピアの青写真を実体 と錯覚しそこへ向けて性急に走り 続ける急進主義の危険性をも照射 しております あらゆる政治的また社会的諸問題 と同様国連の活性化にあっても 急進主義は禁物であります それは国連への過信であり過信 はちょっとしたつまずきで容易 に不信に転じてしまうからであります その結果ゆあみの水と一緒に子ども まで捨ててしまうこの愚かさを 犯すことは必定であるからであります ダヴィンチ的歩みの必要なるこれが ゆえんでもあります 以上自己を統御する意志間断なき 飛翔の二点にしぼり仏教の知見 とも関係づけながら私なりにレオナルド の精神的遺産にアプローチをさせていただき ました かつてルネサンス研究家の大家 ブルクハルトは偉人とはその人 がいなければこの世界は何かが 欠けているように私達に思われる 人々のことであると述べており ましたがダヴィンチはまさにこ のような偉人としてイタリアルネサンス に不滅の光芒を放っております と同時に当時は孤高の人独歩の人 であったダヴィンチ的なるもの が世紀末のカオスの真っただ中に ある今日ほどこのことを求められる 時期はないでありましょうか 国連を軸にした新たなグローバル な秩序の形成も結局のところそれを 担うに足るコスモポリタンをどれ だけ輩出できるかということにか かっていると思うからであります われら連合国の人民はという一 節で始まるあの国連憲章が象徴 するように民衆こそが主体であり 人間こそが根本であります ゆえに世界市民のさらなる力の 結集によって国連を民衆の声を 生かす人類の議会へと高めていか ねばならないと思うのであります とともに生きとし生けるものの証 とは一体何か 人間としての価値は一体どこにある のか 国と国民族と民族の親善友好は何 がポイントか その地下水脈に文化というもの をみなぎらせまた異文化を認め

ながら交流を深めゆく新しき人間 主義の脈動が必要となってきて おるわけであります これこそまさしく貴大学の意義 深き九百年祭の折我が創価大学 も署名させていただいたあの大学 憲章で高らかに宣言されている 理念でありましょう 私も仏法者の立場からダヴィンチ の遺産を継承しつつ諸先生方と ともにその人類史の新たなる夜明け に向けて走り抜いていく決意であります 終わりに学問の偉大なる母たる 貴大学のますますの栄光を祈り つつ貴大学とゆかりの深い大詩人 ダンテの神曲の一節を申し上げ 私の講演とさせていただきます 恐れるな 安心するがよい私たちはだいぶ 先まできたのだ ひるまずにあらゆる勇気をふるい 起こすのだ ご清聴ありがとうございました グラッチェ 今日は誠に輝かしき伝統と傑出した 業績を誇るここ東西センターに おきまして講演の機会をいただき まして私はこのうえない光栄と思 っておりますご尽力くださった オクセンパーグ理事長並びにマツナガ 平和研究所のグアンソン所長を はじめご関係の方々に深く感謝 申し上げるものであります ありがとうございましたまたこの度 の阪神大震災に際しましては諸 先生方から真心こもるお見舞い の励ましをいただきましたこの 席をお借りしまして謹んで御礼申し上げます ありがとうございましたさて万人 を魅了してやまないここハワイ の天地には人間と自然との抱擁 があり東と西との握手があります 文化の多様性の調和があり伝統 と近代性との融合があります私は ハワイこそ平和と人間という人類 の根本課題を探究する格好の舞台 であると信ずる一人であります 私自身世界への旅をハワイより 開始いたしました 一九六〇年奇しくも貴センター が創設されたその年のことであります 日本の軍国主義によって太平洋戦争 の開戦という悲劇が刻まれたこの ハワイから人類の平和の旭日を 輝かさせていきたいこれが私の

青春の日より私が抱いてきた熱 願なのであります 翻って眺望すれば二十世紀は一言 に言ってあまりに人間が人間を 殺しすぎました戦争と革命の世紀 と形容されるように二度にわたる 世界戦争や相次いだ革命など今 世紀はかつてない激動の連続であった といってよいでしょう 科学技術の発展が兵器の殺傷力 を飛躍的に高めたこともあって 両度の世界大戦などの死者は約 一億人にもおよびその後の冷戦 下から現在に至るまで地域紛争 等による犠牲者も二千万人以上 にのぼると言われております とともに南と北の貧富の差は拡大 し続けており約八億もの人々が 飢えており幾万の幼き尊き命が 日々栄養不良や病で失われております この構造的暴力から決して目を そらすことはできませんさらに 多くの識者が危惧するように東西 を問わず蔓延する精神の飢餓は 物質的な繁栄の空虚さを物語って おります こうした計り知れない人柱をもって 二十世紀の人類が贖ってきたものは その原因は一体なんであったのか 世紀末を迎え一段と混迷の度を 加えつつある現状を前に誰しも 痛恨の情を抑えることができない のではないでしょうか私の胸には 大乗仏教の真髄たる法華経の一文 が迫ってくるのであります 三界は安きことなし猶火宅の如し 衆苦充満して甚だ怖畏すべしこの 現実世界というものは安心できる ところがないちょうど燃えている 家のごとくである多くの苦が充 満しておりはなはだ恐るべきところ であると 苦悩と恐怖の炎に焼かれる民衆 への限りなき同苦でありますこの 悲惨な絵巻を直視しつつ法華経 にはこう宣言されておりますまさに 人々のその苦しみを抜きとり無量 無辺の仏の智慧の楽しみを与えて 遊戯遊べるような遊戯できるように してあげたい とここに仏法の出発点があります そうしてそれはこの現実社会の 真っ只中に断固として安穏なる 楽土を築かんとするダイナミック

な行動へと脈動していくのであります その基軸はあくまでも民衆一人 一人の生命の変革による生活と 人生の蘇生であります 私の恩師である戸田城聖創価学会 第二代会長はこれを人間革命と 宣言いたしました思えば十九世紀 の進歩主義思想に酔いしれた人類は 社会および国家の外的条件を整える ことへのみ狂奔しそれをもって 幸福への直道であるかのごとき 錯覚に陥ってしまったのであります しかし人間それ自身の変革という 根本の一点を避けてしまえばせっかく の平和と幸福への努力もかえって 逆効果となってしまう場合さえ あるここに二十世紀の最大の教訓 があったとはいえないでありましょう か大変意を強くしたのは安全保障 問題の大権威者であられるオク センバーグ理事長も私と同じような 感触をもっておられるということ であります 昨年秋私は東京で博士とお会い した際博士はこう述べておられました 精神が空洞化すると人々は不安 をもちます人々は安定できない 一人一人が安心を感じないこれ では国家は人々に真の安全を保証 できません 真の安全保障は国家だけではな く文化そして個人までその視野 に入れなければなりませんと述 べられ私も全く同感でありました いかなる困難悪条件にも揺るがない 確たる内面世界すなわち不動の 汝自身を築き上げていく その内なる生命の変革すなわち 人間革命から社会の変革を志向 していくということこれこそが 恒久平和の道を開き人間のための 安全保障を可能ならしめる王道 であると私は思うのであります こうした観点に立って私は二十一世紀 へ向け不可避と思われる発想の 転換を第一に知識から智慧へ第二 に一様性から多様性へそして第三 に国家主権から人間主権へという 三点にわたって提案してみたい のであります まず第一は知識から智慧へという 命題であります私の恩師戸田会長 は生前知識を智慧と錯覚している のが現代人の最大の迷妄である

と鋭く見破っておりました確かに 現代人の知識量情報量は五十年 前百年前に比べて飛躍的に増大 しておりますがそれがそのまま 幸福をもたらす智慧に繋がっている ということは到底いうことはできません むしろ知識と智慧の甚だしいアンバランス が不幸をもたらす場合があまり にも多いそれは近代科学の粋が 核兵器に直結していることや先 ほど申し上げた南北の格差の広がり などに如実に表れているからであります 空前の高度情報化社会を迎えた 今膨大な知識や情報を正しく使い こなしていく智慧の開発はいよい よ重大な眼目となっているのではない でしょうか例えば発達した通信 技術は民衆の恐怖と憎悪を煽る ために悪用される場合もあれば その一方で教育の機会を世界に 拡充するために活用することも できます それを分かつのは人間の智慧と 慈愛の深さであります仏法は一貫 して生命の慈悲に基づく智慧に その焦点を当ててきました私どもの 信奉する仏法にこういう一節があります 仏教を習うといっても心の性分 を深く見ていかなければ全く生 死の迷いや苦しみから離れることは できない もし心の外に道を求めて万行万 善あらゆる修行善行を修めよう とするのは例えば貧困を極め抜 いている人が日夜にわたって隣の 人の宝を数えたとしてもわずかの 得も我が身にないようなものである と論じます 仏教をはじめとして総じて東洋 的思考の特徴は一切の知的営為 が自己とは何か人間いかに生く べきかといった実存的主体的な 問いかけと緊密に結びついて展開 されている点でありますこの一文 もその象徴的事例といえるであり ましょう 最近水などの資源を巡る地域紛争 が憂慮されておりますがそれに関 連して私が思い起こすのは故郷 の水争いに対して示した釈尊の ブッダの智慧でありますブッダ が釈尊が布教のため故郷の一帯 を遍歴しておった折のことであります 旱魃のため二つの部族の間を流れる 川の水量が真に乏しくなりそこで

争いが起こった彼らは互いに一歩 も譲らず武器を手に流血も辞さない という事態となりましたまさに そのときブッダは自ら分け入って こう呼びかけるのであります 殺そうと争闘する人々を見よ武器 を執って打とうとしたことから 恐怖が生じたのであると武器を もつからこそ恐怖が生ずるこの 明快なる一言には皆の目を覚まさ せるような響きがあった人々は 武器を捨て敵味方ともに一緒になって その場に腰をおろした やがて釈尊は目先のいさかいよりも さらに根源的な恐怖である生死 について語り始めただれびとも 避け得ぬ死という最大の脅威を いかに打開し安穏の人生を生き ゆくのか人々の心に染み入るように 釈尊が訴えていったというのであります 確かに現代の複雑な葛藤と比較 すれば真に素朴にすぎるエピソード であるかもしれません旧ユーゴスラビア をめぐる紛争にしてもそのルーツ をたどると二千年近くも遡ってしまう その間東西キリスト教会の分裂 ありオスマントルコによる征服 あり今世紀にはファシズムそして 共産主義による蹂躙ありて民族 や宗教がらみの敵意は想像を絶 する根の深さすさまじさがあります 少しその経緯をたどっただけでも それぞれの勢力が歴史的な見地 から差異を強調しあい自己の正当 性を言い立てては到底収拾する ことはできないしかしだからこそ 釈尊の勇気ある対話が模範を示 すごとく人間を分断するのではな くして人間としての共通の地平 を見いだそうとする智慧すなわ ち思い切った精神の跳躍が要請 されるのではないかと思うのであります そして仏教はそのための無限の 宝庫足りうる法といえると思う 一人であります仏典には平和への 英知の言句は枚挙に暇ありません 例えば日蓮大聖人の一文にも平和 や安全の危機と人間生命の内的な 要因との連関についてこう洞察 されております 人間生命の貪り瞋り癡かさという 三種の毒が強盛なその国がどうして 安穏であろうか飢饉は激しい貪 りの心より起こる疫病は癡かさ

より起こる戦争は瞋りの心より 起こるこうした欲望や憎悪にとら われた個人的自我としての小さい 我小我を打ち破り民族の心の深層 をも越えて宇宙的普遍的自我である 大我へと生命を開き充溢させて いく その源泉こそ仏法が明かした智慧 なのでありますこの智慧はどこ か遠くにあるのではない足下を 掘れそこに泉ありというごとく 汝自身の胸奥に開かれゆく小宇宙 そのものに厳然と備わっている のであります そうしてそれは人間のため社会 のため未来のため勇猛なる慈悲 の行動に徹しゆくなかに限りなく 湧きいずるものでありますこの 菩薩道を通して薫発される智慧 をもってエゴイズムの鉄鎖を断 ち切っていくそのとき諸々の知識 もまた地球人類の栄光の方向へ 生き生きとバランスよく回転を始める のではないかと私は思うのであります 第二に申し上げたいのは一様性 から多様性への発想の転換であります 私は国連寛容年の開幕にあたり 多様性の象徴ともいえる虹の島 ハワイにおいてこのテーマに言及 することの意義を深くかみしめて おります多様性の調和と融合という これからの人類の第一義の課題 に最先端で取り組んでおられる のが諸先生方であります その尊い挑戦はさながら溶岩で 覆われた不毛の大地に真っ先に 根を張り深紅の花を咲かせゆく あのオヒアの樹にも譬えられる と思うのであります思えば近代 文明は富の蓄積だけを目指す経済成長 路線に象徴されるように人間や 自然の多様な個性を切り捨てて ひたすら一元化一様化された画 一的な目標を追い続けてまいり ました こうして突き進んだ結果遭遇している のが環境破壊をはじめとする深刻な 地球的問題群であります未来の 世代に連帯する持続可能な人間 開発が必須とされるゆえんであります その反省の眼が人間や社会自然 の多様化多様な個性の見直しへ との向かいゆくのはいわば当然 の推移であると思うのであります

環境運動のパイオニアであられた 海洋生物学者カーソン女史の卓 見を今再び想起するのは私一人 ではないと思うのであります亡くなる 一年前の一九六三年女史はこう 語りましたこう遺言されました 私たちの世代は自然と折り合って いかねばならないと私は確信しております 思うに人類はいまだかつてない 課題に直面しておりますそれは 自然を支配するのではなく自分自身 を討議をするという課題であります そこまで私達が成熟することが 求められているのでありますと 近年より一層環太平洋にスポット が当てられているのは多彩な民族 文化言語に満ちたこの地域こそ が人類融合への壮大な実験の海 と期待されているからであると思う のであります その中心にあって多様な文化を 受け入れ異質な価値観を認め合い ながら共生の道を模索してこられた ハワイの天地は環太平洋文明の 貴重な先例としてますますその 光彩を放っていくに違いありません ところでこの多様性という点では 仏教の叡智には多くの示唆がまた 含まれていることと私は思って おる一人であります なぜなら仏教でいう普遍的価値 は徹底して内面的に追求される ため画一化し一様化しようとして も不可能なことであるからであります 仏典に桜梅桃李の己己の当体を 改めずしてとありますがこれは 全てが桜にあるいは全てが梅になる 必要は全くない できようはずがない桜は桜梅は 梅桃は桃としてそれぞれが個性 豊かに輝いていけばそれが一番 正しいのだよというのであります もとより桜梅桃李というのは一 つの譬喩でありますがそれが人間 であれ社会であれ草木国土であれ 多様性の重視という点ではこの 原理は同じであります 自体顕照自らの体を生命を顕照 させていくというごとく自らの本 然の個性を内から最高に開花させて いくしかもその個性はいたずら に他の個性とぶつかったり他の 犠牲の上に成り立っていくのでは 決してない相互の差異を慈しみな がら花園のような調和を織り成

していく そこに仏教の本領があるのであります 仏典には鏡に向かって礼拝すれば 映る姿もまた自分を礼拝するという 美しい譬えがあります仏教の精 髄ともいうべき万有を貫く因果 律のうえから他者の生命への尊敬 がそのまま鏡のごとく自身の生命 を荘厳していくという道理が示 されているのであります このように人間や自然の万象は 縁りて生起する相互関係性の中で 互いの特質を尊重し生かし合い ながら存在していくべきものである とこう促しているのが仏教の縁起 観というのでありますしかもその 関係性は紛れもなく万物と繋がり 合う宇宙生命への直観に基づく ものであります なればこそ仏法では森羅万象の かけがえのない調和を絶対に壊 してはならないとして一切の暴力 を否定するのでありますその点 貴大学のアンソニーマーセラ教授 の次の言葉はこの仏法の縁起観 の本質を詩的に表現された素晴らしい 言葉であります 自分の中にある生命力は宇宙を 動かしコントロールする力と同じ ものであるという自明の事実を 受け入れであるがゆえにその不思議 さを謙虚に受け止めると同時に これまでにない確信で生命という ものに対して新しい畏敬の念をもって 接する 自分は生きている自分は大きな 生命の一部であると生命という 最も普遍的な次元への深き眼差し はそのまま生命の無量の多様性 への共感となって広がっていく ものであります平和学の創始者 であられるガルトゥング博士がい みじくも喝破されたごとく 様々な暴力の根底にはこの共感 の欠如があります現在博士と私は 対談集の発刊を進めております その中で自分と異なっているから こそ自分を豊かにしてくれる他 者といかに積極的に交流していく かそのための青少年の教育をめぐ って語り合いました こうした開かれた共感を育むこと によって多様性は創造力の触発 へと生かされ共栄の時代共存の 文明の土台となりゆくことを私は

確信してやまないのであります 私どもが世界に文化の交流を結ん でいるのもこの信念からである ことを申し添えさせていただきます 第三に国家主権から人間主権への 発想の転換であります二十世紀 の相次ぐ争乱の主役を演じてきた のは何といっても主権国家であります 国権の発動としての近代戦争は ほとんど有無を言わせず全ての 国民を大いなる悲劇へと巻き込んで まいりました 両大戦ののち苦渋の経験を踏ま えて国際連盟そしてまた国際連合 が結成されたのも一面からいえば 何らかの形で国家主権を制限し 相対化しうる上位のシステムを 作り出そうとの試案であったと思う のであります しかしその意欲的な試みも今なお 日暮れて道遠しの感は否めません 幾多の難題を抱えながら本年国際連合 は満五十年を迎えようとしております 私は人類の議会たるべき国連は あくまで対話による合意と納得 を基調としたソフトパワーを軸 にして従来の軍事中心の安全保障 の考え方から脱却しつつ機能の 強化を図っていくべきであると 信ずる一人であります例えば環境 開発安全保障理事会の新設など 新たな活力をもって人間のための 安全保障に取り組んでいくことが 望まれるところでありますその 際何といっても全てのベースになる のは国連憲章がわれら連合国の 人民はと謳い上げているように 国家主権から人間主権への座標 軸の変換でありますそのためにも 大切なのは人類益人類全体の利益 という幅広い視野をもった世界 市民を育成しその連帯を広げゆく 草の根の教育運動ではないかと 思う一人であります意義深き国連 創設五十周年の節にあたり私ども もngoとして青年を中心に更に力 強くグローバルな意識啓発を推進 しゆく所存であります この国家から人間へという転換 を仏法者の立場からいえば一個 の人間として巨大な権力にも毅 然と対峙しそれを懸命に相対化 していける人格をどう形成すべき かという主題であります二十数

年前イギリスの歴史学者トイン ビー博士は私との対談の中で民族 主義は人間の集団の力を信仰の 対象とする宗教である と位置づけておりましたこれは 国家のみならず今日世界各地で 地域紛争を激化させている自民 族中心主義にも当てはまる論法 でありますこうした人類の生存 を脅かす狂信的な民族主義などの 諸悪と対決し克服しゆく力をト インビー博士は未来の世界宗教 に要望されたのであります なかんずく博士が普遍的な生命 の法体系を説いた仏法に深い期待 を寄せられていたことを私は忘れる ことはできません確かに仏教の 伝統は人間の内なる真理の法に 立脚して権力というものを超え それを相対化しゆく実に豊かな 水脈を有しております 例えば釈尊はブッダはセーラという バラモンから王の中の王として 人類の帝王として統治をなさってください と懇願されるそのときブッダは セーラよわたくしは王ではあります が無上の真理の王であると応じ たのであります また覇権主義の大国マガダ国が 共和国を形成していたヴァッジ 族を根絶しようとした際釈尊が それを思いとどまらせたドラマ もこれまた有名な印象深い話であります 傲然と侵略の意向を伝えてきた マガダ国の大臣を前にして釈尊 はそばにいた門下にヴァッジ族 について七つの質問を発した それは敷衍して申し上げれば第一 に会議協議を尊重しているか第二 に共同連帯を尊重しているか第三 に法律伝統を尊重しているか第四 に年配者を尊重しているか第五 に女性や子供を尊重しているか 第六に宗教性精神性を尊重してる か第七に文化の人哲学の人を内外 を問わず尊び他国にも開かれた 交流を重んじているかどうかこの 七つのポイントであります 答えはいずれもイエスでありました それを受けて釈尊はこの七つを 守っているのが見られるかぎり はヴァッジ人には反映が期待され 絶対に衰亡することはないでしょう と語りその征服が不可能である ことを諭したのであります

これが釈尊の最後の旅で説かれた 有名な七不退法という法の言葉 でありますすなわち共同体を衰 えさせない衰亡をさせないためには 七種の原則がある現代的にいえば まさしく安全保障の具体的な指標 として軍備ではなく民主や人権 や社会開発等の観点が提唱されている ことは注目に値する言葉である と思うのであります 世俗の権力を前にして無上の真理 の王たる釈尊の威風と威光を伝え 面目躍如たるエピソードの一つ でありますこの点日蓮大聖人も 一二六〇年民衆の嘆きを知らざる 最高権力者に対して有名な立正 安国論を送り烈々たる諫暁を行 いました以来命に及ぶ迫害の連続 でありました それで王の支配する地に生まれた がゆえに身は権力のもとに従えら れているようであっても心は従 えられない絶対に従う必要はない また願わくば私をこれだけ迫害 した国王国主等を私は最初に救 ってあげたい 導いてあげたいさらにまた難来る を以て安楽と意得ていきなさい 等々珠玉の言葉を残しております はかなき無常の権力を見下ろしながら 我が生命の永遠の法理に根ざして 非暴力の人間主義を貫いていった 姿であります この大闘争の真っただ中にこそ 何ものにも侵されぬ金剛不壊の 安楽の境涯がある誠に屹立する 人間の尊厳性の比類なき宣言と 私は思う一人でありますそれは また新世紀の地球文明を担いゆく 世界市民たちの心に深く強く魂の 共鳴を奏でゆくことであると思う 一人であります 以上三つの発想の転換をめぐって 私なりの考察を申し上げました その帰結するところは生命の内 なる変革すなわち智慧と慈悲と 勇気の大我を開きゆく人間革命 でありますこの一人の人間における 本源的な革命が賢明なる民衆の スクラムとなって連動しゆくとき その潮流は戦乱と暴力の宿命的な 流転から必ずや人類を解き放つ であろうことを私は信じてやま ないものであります

あの大戦中創価教育学会の創立 者である牧口常三郎初代会長は 軍部権力と公然と戦い獄中にあ っても信念の対話を続け判事や 看守まで仏法に導き七十三歳で 獄死いたしましたその精神を受け 継ぎ私は三十五年前ここハワイ から世界の民衆との対話を開始 しました これからも生あるかぎり希望と 安穏の二十一世紀を作るために 諸先生方とともに偉大なる平和 への智慧を湧現し結集させていただく 決心で生き抜いていくつもりであります 結びにこのテーマを生涯を通じて 追求した 偉大な先達であり私が敬愛して やまないマハトマガンジーの言葉 を添えて講演を終わらせていただきます たとえ一人になろうとも全世界に 立ち向かい給え世界から血走った 眼で睨まれようとも君は真っ向 から世界を見すえるのだ恐れて はならない 君の心に響く小さな声を信じ給 えご清聴ありがとうございました マハロサンキューベリーマッチ サンキューソーマッチ ナマスカール 尊敬する総長代行閣下ならびに 副総長をはじめ諸先生方またご 来賓の先生方そして卒業生の皆 さまさらにすべてのご臨席の先生 方今日は釈尊生誕の天地であり 憧れのネパールの貴大学卒業式 で講演の機会を与えてくださり 私は大いに喜びそしてまた名誉 と思っております 心より御礼申し上げますありがとうございました アジアを代表する最高峰の貴学 府よりかくも晴ればれと学位記 を授与されました学生の皆さん 方に私は最大に祝福を申し上げる ものであります 授記に際してまことに厳粛な宣誓 がなされる光景に私は心から感動 いたしました この気高き誓願を抱いて二十一世紀 の若きリーダーの前途に思いを はせるとき私の胸は希望に高鳴る ものであります 今日は人間主義の最高峰を仰ぎ て現代に生きる釈尊と題して皆さん 方とともにこの偉大なる人類の

教師が残した精神的遺産を智慧 の大光慈悲の大海という二つの 角度から考察してみたいと思います 荒れ狂う怒涛のなか海図なき航海 といわれている現代人の姿を目 にするとき私は貴国の偉大な詩人 サマの詩の一節を思い起こすの であります 無知の少年がするような言い争い は避けよう 不和を解消し繁栄を享受し盲信 を棄て去り人間主義を信奉し自 他ともに生き抜くのである 真理の探求と善行の決心を競い 合おうではないか おお世界よ私が息を引き取る前に 核兵器の脅威を取り除いておくれ 永遠の平和の歌声で戦争の二字 を消しておくれ 戦乱の世紀にあって砂漠で水を 欲するように痛切なまでの平和 の希求でありました それはネパールの人々の美しき 心情そのものであると思うのであります そしてその水源のありかを探し 求めるような姿でこの巨大な姿 を現してくれるのが人々に平和 と安穏をもたらそうと肝胆を砕 き続けてきたのがかの釈尊の人間 主義の最高峰ともいうべき智慧 と慈悲の二つではないかと思う のであります 釈尊が放つ智慧の大光の第一は 生命の宝塔を輝かさせてゆけとの メッセージであります 近代の幕開けから二十世紀末の 今日に至るまで人間社会の営み は科学技術の発展産業経済の成長 など量的な拡大を主眼とする進歩 主義への強力な信仰によって支え られてきたといってもよいであり ましょう しかしそこには思わぬ落とし穴 が待ち構えておりました 人々が酒に酔っているように進歩 主義の夢を追い続けているうち に青写真のために現実が未来のために 現在が成長のために環境が理論 のために人間がないがしろにされて しまったという事実であります ここに今世紀の悲劇がもたらされた 根本があります こうした人類の現状に対して釈 尊の智慧は人間の生命それ自体に

立ち返っていくことこそが最も 重要であるという提起をされて おります 釈尊の教えの精髄とされる法華経 には壮大にして荘厳なる宝塔が 登場いたします それはまさしく人間の内奥に広がる 宇宙大の生命を象徴しております 小宇宙というべき豊潤な生命の開拓 こそが釈尊の生涯をかけた主題 であったと思うのであります 近年人間開発という指標が強調 されている趨勢を見るにつけて この釈尊の先見はいやまして光 っております 私が十年前対談集を編んだローマ クラブの創立者ぺッチェイ博士 は遺言のごとくこう述べており ました これまで探索されたことすらない 未開発で未使用の能力という莫 大な富がわれわれ自身の内部にある これこそまさに驚くべき資源で あり再生も拡大も可能な資源である と述べ博士と私はこの生命の開発 を人間革命とともに意義づけたの であります その開発の鍵こそ教育である貴 国は模範の取り組みを続けられて おられる それはまた未来世代への責任を 自覚した持続可能な開発への大いなる 連動になっていることは間違い ありません 仏典には過去の因を知らんと欲 せば其の現在の果を見よ未来の 果を知らんと欲せば其の現在の 因を見よとあります いたずらに過去にこだわらずまた 未来への不安や過度の期待に引き ずられることなく今現在の自己 の充実と確立こそ第一義である ことを啓発しておるのであります 刹那に永劫を生きよ足下を掘れ そこに泉ありという凝結した生き方 の提示であります まさに釈尊は今この瞬間に生命 の宝塔を光輝させそこから人類 の未来を照らしゆく真実の進歩 を切り拓いていきなさいといたしました この魂の巨人である大勝利者の言葉 であります 第二のメッセージは民の心に聴く ということであります

仏法では少々難しい言葉ですけ れども不変真如の理にも増して 随縁真如の智を重んじております つまり時代や状況によっても変わらない 真理に基づいたうえで刻々と変 転する現実に応じて自在に智慧 を発揮していくことが大切である と教えているのであります そうした行き詰まりのない智慧 の源泉は釈尊の民の心に聴くという 姿勢にあったと私は考える一人で あります 心に問おうと欲することは何でも 問いなさい 釈尊はしばしば人々にこう語り かけております まことに釈尊こそソクラテスと 並ぶ対話の名人であり民衆との対話 の海の中で人々を導いていきました これこそ比類なき人間教育の大家 であったと思うのであります 例えば最愛の我が子を失い悲嘆 に暮れる母親に釈尊はその子を救う 薬として芥子の種を探すように 語りかけます ただしその種はまだ死人を出した ことのない家からもらってくる ようにと指導するのであります その母は必死になって一軒また 一軒訪ね回りました だが死人を出したことのない家 などどこにもなかった 次第に母は自分だけではなくど の家も家族を亡くした苦しみを抱 えていることに気づき始める そして自身の悲哀を乗り越え生 老病死という根本課題の探求に 目覚めていったというのであります 釈尊がどれほど民衆の心を見つめ 人々の境涯の向上のために慈悲 と智慧を添えていたか多くの説 話読みながら胸に迫ってくるの であります 法華経にも持経者の理想的な姿 としてあらゆる民衆の声を聞く という徳性をあげております すなわち彼の人は無数の人々の声 を聞いてよく理解し天の声妙なる 歌声を聞き男女の声幼い子ども たちの声を聞く 山や川険しい谷の中鳥の声までも 聞く 地獄の諸の苦しみの声や飢えたる 人々の飲食を求める声を聞く

そして菩薩や仏の声を聞く 下は阿鼻地獄から上は有頂天に 至るまであらゆる音声を聞いて しかも耳根は壊れることがない これは単に宗教的実践の指標である だけではなく現実の政治経済文化 教育の万般にわたる大指導者論 であると私は思っておる一人で あります 私どもの創価教育学の創始者で あり価値創造の教育学を作られた その創始者は第二次大戦中日本の 軍国主義と戦い七十三歳で獄死 しました その名は牧口常三郎と申し創価学会 の初代会長でありました その牧口会長は小学校の校長で ありましたが相手がいとけない 小学生であろうと過酷な取り調べ の検事や看守であろうとその人の 人格を尊重し常に対話を貫き通 してまいりました 生涯教育や環境教育の提唱また 母たちの声を反映させた学校教育 など牧口初代会長の先駆的な智慧 も民の心に聴くという徹した対話 から生まれてきたといってよい のであります 第三に申し上げたい智慧のメッセージ は智慧よく知識を活かすという 価値創造の道であります 貴大学で最先端の学問を修得な された皆さま方の姿に私はカピラ バストゥで学びに学んだ釈尊の 青春を想起するのであります 若き王子たる釈尊は天文学医学 法律学財政学文学芸術等々あら ゆる学問に取り組んでまいりました 他人を苦しめるような呪法を学 ばずすべての民のためになる知識 を学べまた学ぶ これが釈迦族の帝王学であった と思う一人であります 私が感嘆するのは人々の苦悩を 救いゆく釈尊の一生にあって青年 時代までの学問がことごとく活 かされているという事実であります だからこそ釈尊は王にも農民にも 当時勃興しつつあった商人層にも 機根に従って法を説く随宜説法 病気に応じて薬を与える応病与 薬 というようにそれぞれにふさわ しい譬喩や道理を使いながら法

を説くことをなされたと思うの であります 核と遺伝子に象徴される現代の科学 知識の発展はそれを人類全体の 幸福のために使うかそれとも個人 や民族や国家のエゴのために使う か今世界は厳しく問われております いまだに核抑止論という自らつく った恐怖の均衡政策から脱却も できない世界の現状は残念ながら エゴを克服できないまま暴力武力 等に屈服している哀れな悲しい 姿といわざるをえません 釈尊の遺誡は心の師とはなるとも 心を師とせざれとあります 心に渦巻く煩悩暴力貪欲に左右 されず支配されずまたそれを無理やり 消滅させようというのではなく 自らが心の師匠となって煩悩をも 価値創造の方向へリードしていき なさいとの教えであります その心の師となるのが人間生命 の内奥より奮発しゆく智慧であります そしてこの智慧は人間のために 民衆のためにという慈悲の泉がある ことを知らねばならない そこに初めて限りない作用がある わけであります 次に釈尊の人格を構成するもう一 本の柱は慈悲の大海の姿であります 慈悲の第一のメッセージは人類 の宇宙的使命はみな慈悲である という使命論でありました 釈尊にとってまさに宇宙は慈悲 の当体であり自らの振る舞いは その慈悲の体現でありました 宇宙の森羅万象は一切が縁起す なわち縁りて起こってくるお互 いに支え合っているがゆえに何 ひとつ無駄がないのである また意味がないものはあり得ない というのであります その相互依存の糸を活用して宇宙 は生命を育みこの地球上には人類 をも誕生させたわけであります 仏法では現代天文学の知見とも 一致して大宇宙の他の天体にも 知的生命が活躍していると論じて おります まさしく宇宙それ自体が創造的 生命体であり尊い慈悲の顕在化 であると見ることができるのであります 釈尊は生まれ故郷である貴国を 目指していたということが歴史

上推察されておりますが最後の 旅の途上訪問した町のあの豊かに 生い茂る木々を見つめながら繰り返し 繰り返し楽しい楽しい美しい美しい との考えを漏らしておりました 生涯広大な大地を歩きに歩き民衆 救済の平和旅を貫いた釈尊の慈悲 が宇宙生命の永遠なる慈悲の律動 と共鳴していたからであると私は 信ずる一人であります 翻って近代が直面している一番 大きな課題は生きる意味の喪失 であります 何のために生きてるのか人間とは 一体何か 人間は一体何のために生きるのか 生きる意味を見失った現代人は 意味への渇望に身を焼きながら 社会からも自然や宇宙からも孤立 し疎外感のなかをさまよい続け 始めたのであります 仏法の慈悲論はこの地球上に誕生 した人類の使命は宇宙の慈悲の 営みに参画しその創造のダイナミック な生き方を高めつつ生き抜くということ を明示しておるのであります つまり万物を育み繁栄と幸福を 導く慈悲の行動こそ宇宙より人類 に託された使命でありこの使命の 自覚と達成にこそ生きる意味がある と釈尊は呼びかけているのであります このような慈悲論は今日において 一人一人の人間を尊重しゆく共生 の文化を養い地球環境と共栄し ゆく自然観を培っていくことで ありましょう そして更には分断から結合へ対立 から融和へさらには戦争から平和 へと人類史を軌道修正させゆく 菩薩道の行動を促してやまない ものであります 釈尊の慈悲が送る第二のメッセージ はヒマラヤのごとく悠然とであります すなわち確立された不動の自己 こそが大慈悲の基盤となるから であります 一切衆生を潤す釈尊の慈悲の大 境涯はまさしく嵐があろうと何が あろうと厳然として微動だにも しない故郷ヒマラヤの秀峰をほう ふつとさせております 善き人たちはヒマラヤのように 遠くから輝いているだが悪く言う 人たちはここにあっても見えない

夜放たれたもろもろの矢のように と述べておられる 釈尊が目指した理想の人間像とは 白雪をいただきながらいつも悠 然とそびえ立つヒマラヤの不動 の姿がイメージされていたに違い ありません 多くの識者が指摘するように自由 や平等が主張されると良い意味 でも悪い意味でも社会は変動常 なき状態に置かれます そうであればあるほど不動の自己 が確立されないと他人と比較する ことばかりでいつも気を取られ 知らずしらず嫉妬や怨嫉という 情念に支配されてしまうのであります ゆえにこうした縁に紛動されぬ 不動の自己はいつの時代にあっても 社会に安穏をもたらす原点であります そして現代ほどその原点の要請 が重要なときはないと思うのは 私一人ではないと考えるのであります だからこそ自らを依所とし法を 依所とすべしという釈尊の弟子 への遺訓はそのまま宇宙究極の 法と一体化した不動の自己大我 へと導く人類への遺訓であるとい えないでありましょうか 最後に第三の慈悲のメッセージ は自他ともの幸福を目指せという 行動論であります 近代人権思想の勝ち取ってきた 最大の遺産が個の尊厳であることは 論をまちません しかしこの問題は制度的な保障 だけですむものではない それどころか現代人は自らの主張 にのみ専念するあまり他者の存在 を見失いその結果肝心の自分自身 の依って立つ基盤さえぐらついて しまうのであります 他者と自身の関係性を釈尊は次の ような言葉で表現しております 人はおのれより愛おしいものを見 出すことはできない 自分が一番愛しいそれとおなじ く他の人々にも自己はこのうえ もなく愛しい さればおのれをこよなく愛しい ことを知るものは自愛のために 他のものも害すことは決してしないで ありましょう 人間自分ほど大切なものはない ゆえに我が身に引き当て他者を

大切にすべきである まことに無理のない自然な語り 口の中で相互に他者の存在相手 の立場に立ち共感することこそ 慈悲の第一歩であると釈尊は説 いているのであります 孤独な現代人の心の病を癒す良 薬はここに求める以外にないと思う のは私一人ではないと考えるの であります 釈尊は成道してからその法を人々 に説くか説くまいか大いに躊躇 し葛藤しております 説けば必ず無理解な批判や迫害 が沸き起こるであろう あえて人に語らず自分一人で静かに 法悦を味わってもよいのではない か 仏典によればこの逡巡する釈尊 の前に梵天が現れ前進か後退か 幸福か不幸か栄光か悲惨かそう した分岐点に立たされている人々 のためにぜひとも教えを説くよう 懇請したといわれております この梵天の勧請が釈尊の自己の中に 他者を復活させ自他ともの崩れ ざる幸福へと進みゆく真の仏の誕生 の契機となったとされているの であります 一切衆生の病むがゆえに我病む 釈尊の心の中には常に生老病死の 苦悩に喘ぐ民衆の呻き声が響いて おりました 時を超え国を超え釈尊はこう呼び かけているのであります 汝の心のうちに他者を復活し自 他ともの幸福を満喫せよと ゆえに十三世紀の日本の日蓮も 法華経を解釈しつつ自他共に智慧 と慈悲と有るを喜とは云うなり 自分も他人も知恵と慈悲をもって すべての人が喜ぶこれが本当の 喜びであるとこう答えられております それは第三世代の人権すなわち 平和な国際秩序と健全な地球環境 を創出しゆく連帯権でもあると 私は思うのであります こうした人間主義の連帯こそが それぞれの国に個性豊かな繁栄 を築きながら人類全体の栄光を 開きゆく光源となることであり ましょう 使命深き皆さま方が大鵬のごとく 智慧と慈悲の翼を広げ平和と生命

尊厳の二十一世紀へ飛翔されゆく ことを私は心から念願しまた確信 してやまない次第であります 結びに皆さま方のこれからの人生 が希望と健康と幸福に包まれゆく ことを心から祈りつつ私の大好きな 貴国の詩人ギミレの雄渾なる青年 よの一節を申し上げ私の祝福の スピーチを終わらせていただきます 夜明けの光が雪の山頂を照らし 清新な活力が英雄の腕に湧き出 ずる おお青年よその朝日の光の矢を 手繰り寄せ君が触れることによって 新しい波を起こしたまえ そして君の指で世界を覚醒させ たまえ新たな躍動の世界へと ご清聴ありがとうございました ダンニャバードダンニャバード シャローム尊敬するハイヤー会長 ならびに令夫人また尊敬する貴 センターの理事会の先生方そして ご来賓の皆さま私は貴センター の肝要の博物館を三年前の一月 オープンの直前に見学させていただき ましたホロコーストの歴史は人間の 人間に対する非寛容を示す究極の 惨劇であります 私は貴博物館を見学し感動しました 否それ以上に激怒しました否それ 以上にこのような悲劇をいかなる 国いかなる時代においても断じて 繰り返してはならないと未来への 深い決意をいたしましたそして 人々が忘れなければ希望は続く というウィーゼンタール博士の言葉 を抱きつつ我が創価大学は貴センター の全面的なご協力を得て一九九 四年五月から日本各地で勇気の証 言展を共催したのであります 東京都都庁での開幕式にはクーパー 副会長をはじめ貴センターの御 一行が参加してくださりアメリカの モンデール駐日大使など二十の国の 大使館関係者も出席いたしました 終戦五十年にあたる昨年の八月 十五日にはハイヤー会長をはじめ 多くのご来賓をお迎えし広島で の開催となりました さらに沖縄など全国十九の都市 に巡回され今も継続をしております 直接同展を訪れた人々は一日平均 で五千人の市民合わせて約百万 人に及んでいることをここに謹ん でご報告いたしますなかでもけ

なげな乙女アンネと同じ十代の 青少年が数多く訪れ憤激に紅涙を 絞っております 親子連れの見学も絶えませんまさに 正義を教える最高の教育の場となり 啓発の場となっているのであります 開催にあたって私は胸中で牧口 常三郎初代会長の愛弟子であり 私の恩師である戸田城聖第二代 会長の遺訓を反復しておりました それはユダヤの人々のあの不屈 の精神に学べという言葉であります 幾世紀から幾世紀を重ねた迫害 の悲劇にユダヤの人々は決して 屈しなかったその偉大な強さと 勇気から学ぶべきことはあまり にも多いと私は思ってきた一人で あります ユダヤの民は迫害への挑戦の中 から不滅の教訓を刻みそしてその 英知と精神と強さを後世の子孫 に厳然と残してこられました忘れない 勇気とは同時に教えていく慈愛 でありましょう憎悪が植えつけ られるものであるからこそ寛容 を植えつけていかねばならない 仏法では怒りは善悪に通ずると 教えております言うまでもなく 利己的な感情や欲望にとらわれた 怒りは悪の怒りでありますそれは 人々の心を憎しみで支配し社会 を不調和へまた対立へと向かわ していくものであります しかし人間を冒涜し生命を踏み にじる大悪に対する怒りは大善 の怒りでありますそれは社会を 変革し人道と平和を開きゆく力 でありますまさに勇気の証言展 が触発するものこそこの正義の 怒りでありました 冷戦後の世界における重大な課題 は異なる民族や文化やそして宗教 の間に横たわる無理解と憎悪を いかに乗り越えていくかということ でありましょう私には昨年十一 月国連寛容年の掉尾を飾る第五十 回国連総会でのウィーゼンタール 博士の演説が強く胸から離れる ことができないのであります すなわち寛容こそこの地球上の あらゆる人々が平和に共存するための 必要条件であり人類に対する恐ろしい 犯罪に至った憎悪に代わる唯一 の選択肢であります憎悪こそ寛容 とは対極の悪でありますとここで

確認したいことは怒りに積極と 消極の両面がはらまれるように 寛容にもまた消極的な寛容と積極 的な寛容があるということであります ともすれば現在の社会一般の通 念となっている他者への無関心 や傍観はその消極的な寛容の一 例といえるかもしれない日本において は無原則の妥協を寛容とはき違 える精神風土が軍国主義の温床 になってしまった という痛恨の歴史があります真 の寛容は人間の尊厳を脅かす暴力 や不正を断じて許さぬその心と 表裏一体なのであります積極的な 寛容とは他者の立場に立って他 者の眼を通じて世界を見つめ共鳴 しゆく生き方であります すなわち貴センターが範を示して おられるように異なる文化とも 進んで対話し学び合い相互理解 を深めゆくそして人類の共感を 結びゆく行動の勇者こそまこと の寛容の人なのでありますこの 崇高なる人権と平和の城である 貴センターにおきましてわが先 師である牧口常三郎創価学会初代 会長について講演の機会をいただき ましたことに対し私は無上の光栄 と思いここに厚く御礼申し上げます 本日は正義の怒りそして積極的な 寛容という二つの点を踏まえつつ 牧口が生涯貫いたその思想と行動 について簡潔にご紹介させていただき たいと思うのであります 日本の軍国主義の時代にあって 牧口は悪を排斥することと善を 包容することとは同一の両面である 悪人の敵になり得る勇者でなければ 善人の友にはなり得ぬ消極的な 善良に甘んぜず進んで積極的な 善行を敢然となし得る気概の勇者 でなければならない 等々強く主張しておりましたそして 戦争に反対し信教の自由を奪った 軍国主義に敢然と抵抗して投獄 されました過酷な弾圧を受け七 十三歳で獄死したのであります 牧口常三郎は一八七一年日本海の 一寒村であった 新潟県の荒浜というところに生まれ ましたこの六月六日明後日生誕 百二十五周年を迎えます牧口は 自身のことを常に貧しい寒村出身

の一庶民であると誇りをもって 言い続けてまいりました小学校 卒業後苦しい家計を助けるために 進学を断念 しかし働きながら時間を見つけて は本を読み学び続けておりました その才能を惜しんだ上司の援助 もあり独学で教育大学に編入し 二十二歳の春卒業いたしました 牧口は若き情熱を教育に燃やし 恵まれぬ子らのために教育の機会 を大きく広げていったのであります 教え子たちからの感謝を込めた 追想は枚挙に暇がありませんでした 時代は国を挙げて富国強兵策を 推し進め軍国主義の道を歩み始め たときであり教育においても盲 目的な愛国心が鼓舞されていきました しかし牧口はそもそも国民教育 の目的は一体何か 面倒な解釈をするよりも汝の膝 もとに預かるその可憐な児童を どうすれば将来最も幸福な生涯 を送らせることができるかという 問題から出発すべきであると論 じていったのであります牧口の 焦点はすなわち国家でなくどこまでも 民衆でありそして一人の人間であった のであります それは国権の優位がことさらに 強調される中で個人の権利と自由 は神聖にして侵すべからざるもの であると言い切って憚ることが なかったのでありますすなわち 彼の人権意識はあまりにも深く 強かったのであります 一九〇三年一千ページに及ぶ大 著人生地理学を三十二歳で出版 しました発刊は日露戦争の前夜 であり東京帝国大学の教授ら高 名な七人の博士がそろって対ロシア の強硬策を建議したことも開戦 論を高めていったのであります そうした時勢にあって無名の学 究者牧口は足元の郷土に根ざして しかも狭隘な国家主義に偏らず 世界市民の意識を育むことを提唱 していったのでありますその後 四十二歳で東京の小学校の校長 となり以後約二十年にわたり各 校を歴任し東京屈指の名門校も 育て上げていったのであります 牧口はアメリカの哲学者である デューイ博士らの教育理念に学び

ながら日本の教育改革を進めました しかし権力の露骨な介入である 視学制度の廃止などを直言する 牧口には常に圧迫が加えられて いったのであります 地元の有力者の子弟を特別扱い せよという指図を拒否したために 政治家の策謀によって追放された こともありますこの折生徒も教師 も父母も皆こぞって牧口校長を 慕い留任を求めて同盟休校さえ したというのであります 後に転任校でも同様の干渉を受け 続けてまいりましたが牧口は自分の 辞任と引き換えに子どもたちが 伸び伸びと遊べるように運動場 の整備を実現させ他校へ移って いったというのでありますこう した歩みはほぼ同時代のホロコースト のなかで命をかけて子どもを守る 奮闘を続けた ポーランドの偉大なユダヤ人教育 者コルチャック先生の人間愛とも 相通ずるのではないかと私は思う 一人であります一九二八年牧口 は仏法に巡りあいました全ての 人間生命に内在する尊極の智慧 を開発しようとする仏法はそれ 自体が社会に開かれた民衆教育 の哲理であると信じたのであります 教育を通しての社会の変革を強く 志向してきた牧口はこの仏法との 出あいによって理想の実現への 確かな手応えを実感していった ようでありますときに五十七歳 人生の総仕上げの刮目すべき展開 が始まります二年後弟子の戸田 とともに創価教育学体系第一巻 を出版 この発刊の日一九三〇年十一月 十八日を私ども創価学会の創立 の日としております創価とは価値 の創造の意義でありますその価値 の中心は何か牧口の思想は明快 でありましたそれは生命であります デューイらの実用主義の見地を 踏まえつつ牧口は価値と呼ぶこと のできる唯一の価値とは生命である その他の価値は何らかの生命と 交渉する限りにおいてのみ成立 すると洞察し結論したのであります 人間の生命また生存にとってプラス になるのかどうかこの一点を根本 の基準としたのであります生命

の尊厳を守る平和という大善に向かって 挑戦を続けいかなる困難にあっても 価値の創造を止めない そうした人格の育成にこそ創価 教育の眼目があります一九三九 年牧口は創価教育学会の第一回 総会を開催いたしましたこの年 第二次世界大戦が勃発ドイツは ポーランドへ侵攻し日本の軍隊 も暴走を増し中国や朝鮮で蛮行 を重ねてまいりました この時流を危惧し牧口は軍部ファシズム と全面的に対決の姿勢を示します 日本の宗教界の多くが戦争遂行 の精神的支柱たる国家神道に翼 賛していくなか思想信教の自由 の蹂躙に奮然と彼は反対し平和 実現への宗教的信念を断固として 曲げなかったのであります また日本がアジア諸国に神道の 信仰を強制した非道に対し牧口 は日本民族の思い上がりも甚だ しいと烈火のごとく怒り憤慨して いました牧口の峻厳さは他の民族 の文化や宗教に対する寛容と深く 通底していたのであります 一九四一年の十二月日本はハワイ の真珠湾を奇襲し太平洋戦争に 突入しましたその五ヶ月後には 創価教育学会の機関紙価値創造 が治安当局の指示で廃刊とされました 言論の自由を奪うことなど信教 の自由良心の自由を踏みにじる 軍部にとってはいともたやすい ことでありました 権力はこれらの基本的な人権を 封じ込めることによって国民を 沈黙の羊の立場に甘んじさせて おこうとしたのであります牧口 はこれに対して羊千匹よりも獅子 一匹たれ臆病な千人よりも勇気 ある一人がいれば大事を成就する ことができると 訴えていったのであります不正 や悪に真っ向から立ち向かう牧 口の言説は権力の側にとっては 危険思想以外の何物でもありません でした牧口は思想犯として徹底 した特高刑事の監視に晒されて いったのであります しかし牧口は民衆の中に常に飛び 込んで間断なく対話を続けてまいり ました後の起訴状によれば牧口 は戦時下の二年間に二百四十余

回の座談会を開催したと記されて おります舌鋒鋭く軍部の批判に 及んで発言それまでと刑事に制 止されることも一度や二度ではありません でした 軍部権力による神札の礼拝の厳 命には同信であったはずの同じ 信徒であったはずの僧侶までも ことごとく屈従しましたが牧口 は最後まできっぱりと拒絶して いったのであります一九四三年 七月ついに牧口は戸田とともに 官憲に捕らえられ投獄されました 容疑は希代の悪法と言われた治安 維持法の違反と不敬罪であります 七十二歳の高齢でありました一年 四ヶ月あまり五百日に及ぶ獄中 生活が始まります牧口は一歩も 退くことがなかった独房の中でも 牧口は大きな声を出して他の房 の囚人たちに語りかけていった のであります 皆さんこう黙っていては退屈する から一つ問題を出しましょう良い ことをしないのと悪いことをする のとは同じでしょうか違うでしょうか 皆さん考えてくださいどこでも また誰とでも牧口は心を開き平等 な立場で対話をしていく 闊達な人間教育者でありました 取り調べの検事や看守にさえも 諄々と仏法の法理などを説き聞かせて いったのであります世間的な毀誉褒貶 等に気兼ねして悪くもないが善 もしないという生き方は結局仏 法に反する現存する尋問調書には こうした牧口の見解も明確に記 されているのであります 仏典には人のために灯をともせば 自分の前も明るくなるという譬 喩がありますまさに牧口は自他 ともに希望を与え積極的な貢献 の人生を最後まで垂範してやま なかったのでありますまた尋問 調書からわかるように牧口は中国 への侵略や大東亜戦争などは根本 的に日本国家による誤った精神的 指導に起因する国難であると断 言しております 日本の侵略戦争が聖戦と美化され 言論界も競って賛美する時代に あってこうした牧口の発言は希 有の勇気と覚悟を表したものであります 家族に送った獄中の書簡も残されて おります老人は当分ここで修養

しますと書かれまた本が読める から楽であり何の不自由もない 心配しないで留守を守ってください さらに独房で思索ができてかえ って良かった等と思いやりに満ち しかも一種の楽観主義さえ感じ させる悠然たる筆致であります 心一つで地獄にも楽しみがあります これは検閲で削られた獄中の書簡 の一節であります 地獄狭い独房の四壁の中で息が 詰まり暑さや寒さは容赦なく老齢 の身を痛めつけていったに違い ありませんしかしわびしさはな く胸中には常に赫々たる信念の 太陽が彼には昇っておりました 牧口は人権を無視した国家権力 とは正義の怒りをもって戦いました がその怒りを憎悪へと変質させる ことはなかったのであります やがて老衰と栄養失調で重体になり ついに病監へ移ることに同意いたします 衣服を改め羽織を着手頭髪を整 え看守の手を借りず衰弱した足 で病監へ歩いていったのであります そしてその翌日一九四四年の十一 月の十八日奇しくも創価学会の 創立の日に眠るがごとく逝去した のであります 死の恐怖さえも牧口をとらえ屈 服させることはできませんでした 一般に人間は死を恐れ忌み嫌う 存在といえましょう死への恐怖 こそが人間に内在する他者への 攻撃本能の基底をなしているという 見方さえあるのであります しかしながら仏法では生死は不二 であるとし生と死の永遠なる連続 性を説いております正義の信念 を貫き生死の本質を通観しゆく 者にとっては生も歓喜であり死 もまた歓喜であると教えております 大いなる人道の理想に生き抜く ときに恐怖も後悔もそして憎しみ さえもなく死を迎えることができる という確かな価値を牧口は冷たい 牢獄の中で厳然と残していった のであります 牧口は誰にも見とられず心によって 偉大であったまた行動によって 偉大であった生涯を終えました その静かな逝去は新生の旅立ち となりましたすなわち直弟子の 戸田が同じく獄中にあったのであります

二ヶ月後に牧口は死んだよと牢獄 の中で判事から聞いたそのときの 悲嘆憤怒戸田は涙も涸れ獄中で 一人懊悩したといいますしかし 実はその絶望の果てから希望の 回転が始まったのであります死 して獄門を出た牧口に代わり戸田 は生きて獄門を出ました 師匠の命を奪った権力の魔性への 怒りを新たな平和運動の創出への 決然たる誓いとしたのであります かつて牧口は創価教育学体系において 悪人というものは自己防衛の本能 からたちまち他と協同する結託 し強くなって益々善良な人間を 迫害する悪人に対し善人はいつまでも 孤立して弱くなってくる と慨嘆しておりましたさしあたり 善良者それ自身が結束していく 以上に方法はもうないこれが牧 口の痛切な痛恨の結論でありました ゆえにこの不二の弟子として戸田 は草の根対話の広場である座談会 運動を軸に善なる民衆の連帯を 戦後の荒野に築き始めたのであります それは仏法の生命尊厳の哲理を 基調として民衆の一人一人が賢 くなれ強くなれそして人道と正義 が尊重される世界を創りゆく運動 なのでありますまた牧口は価値 論において人を救うという利の 価値世を救うという善の価値にこ そ宗教の社会的存立の意義がある と結論しましたすなわち宗教のために 人間があるのではない人間のために 宗教があるという人間主義者で ありました牧口の精神を創立の 魂とする創価大学のキャンパス にこの四月一本の桜の木が植樹 されましたそれは中東和平に命 を捧げられた故ラビン首相の記念 の桜であります 記念の植樹は創価大学と学術教育 交流を結んだヘブライ大学のアラド 副学長御一行をお迎えして盛大 に行われましたかつてラビン首相 はこう叫んだ平和の勝利に勝る 勝利はありません戦争には勝者 と敗者がありますが平和において は皆が勝者になるのであります と 春がめぐり来るごとに美しい万 朶の桜の花が大空に大きく咲いて いくことでありましょうその志 を継承する青年が陸続と育ちゆく

ことを私は信じてやみません教育 は新たな生への希望の光であります 牧口は権力と真っ正面から戦い 微動だにしませんでした その勇気と英知の提唱は時代を超えて 人々の良心を揺さぶり覚醒させて いきました牧口はいかに高邁な 理想であってもそこに民衆に根 ざした連帯の行動がなければ実現 できないことを見抜いておった のであります私どもがsgi憲章に 制定したように他の宗教とも人類 の基本的問題について対話しその 解決に協力していくのもその精神 からであります 牧口の魂は創価学会そしてsgiの 運動に脈打っております私ども はいかなる権力にも断じて屈しません 永遠に牧口の信念を受け継いで いく決心であります始祖日蓮が 予見したごとくはるか万年の先 を目指して民衆の平和と文化と 教育の連帯を広げていく決心であります 私自身皆が勝者となりゆく平和 の二十一世紀へ尊敬する諸先生 方と手を携えて命の限り勇気ある 行動を貫いていく決心であります 本日貴センターにおける講演を 私は牧口常三郎初代会長ならび に人道と正義のために殉じた全ての 方々にそして深き決意をもって 未来に生きゆく若き人々に捧げ たいと思います 偉大なる思想をもった人間とそして 民族が偉大なる信仰をもった人々 がそしてまた嵐の中で壮大なる 理想と現実に生き抜いた人間と 民族のみが限りなき迫害を受け 耐え抜いた人間と民族のみが永遠 にわたる歓喜と栄光と勝利の太陽を 浴びゆくことを信じて私の講演 を終わります トダーラバートダーラバー 尊敬するレビン学長をはじめ尊敬する レアルドン教授ならびにご臨席 の先生方滔々たるハドソン川の流れ のごとく偉大なる二十一世紀の 若き指導者を育成しゆく世界の 教育の王冠輝く王者の確たる貴 カレッジにおいて講演の機会を いただき私はこのうえない光栄 であります 尊敬するレビン学長をはじめご 関係の先生方に深く厚く御礼申し上げます サンキューソウマッチ

また本日はご多忙のところ高名 な諸先生方にご出席をいただき 後ほどご高見を賜りますことを 心より感謝申し上げるものであります 二十一年前の一九七五年一月私は 貴大学を訪問し教育交流をさせていただき ました その四年前に創立したばかりの 未だ孫のような創価大学に対し 偉大なる貴大学が真心の励まし と示唆を寄せてくださったことを 私は修正忘れることはできません また世界的な哲学者のデューイ 博士が教鞭をとられた貴カレッジ は私にとってはひときわ深い感慨 を持つものであります と申しますのも創価大学の精神 の源流である牧口常三郎創価学会 会長が一九三〇年発刊の創価教育学 体系において最大の敬意を込めて 論及したのがジュウイ博士であった からであります 私自身の教育によせる決意と情熱 は第二次大戦の戦争体験から発 するものであります 四人の兄をことごとく兵隊に取 られ長兄はビルマにて戦死三人の 兄もボロボロの軍服を身に付けて 戦後一年を経て哀れな姿で中国 大陸から帰ってまいりました 年老いた父の苦しみ母の悲しみ は誠に痛切なものがありました その長兄が一時中国から戻ってきた おり日本軍の残虐非道に憤慨していた ことも私には修正忘るることはできません 戦争の残酷さ戦争の愚かさ無意味 さは私は激しい怒りとともに若き この命の奥深く刻んだのであります 戦後まもない一九四七年私は戸田 城聖という傑出した教育者に出会い ました 戸田は師である牧口とともに日本の 侵略戦争に反対し投獄されました 牧口は獄死 戸田は二年間の獄中闘争を生き 抜いてきました この事実を知ったとき十九歳の 私はこの人なら信じられると直感 し弟子となりました 戸田は常々生命の尊厳を深く尊重 しゆく新しい世代を育成する以外 に戦争の恐怖の流転を押しとど めることは絶対できないと叫び 教育の重要性を声高く強調して

まいりました 要するに教育は人間のみが成し えられる特権であります 人間が人間らしく真の人間として 善なる使命を悠々とまた堂々と 達成しゆく原動力であります 知識のみの延長は大量殺戮の兵器 となりました 反対に人間社会を最大に便利にし 最大に産業的に豊かにさせてくれた のもまた知識の延長でありました その知識というものを全て人間の 幸福の方向へ平和の方へもって いく本源が実は教育であらねばな らないと思うのであります ゆえに教育は永遠なる人道主義 の推進力になっていかねばならない と思う一人であります 私は教育を人生の最終にして最 重要の事業と決めてまいりました だからこそレビン学長の教育という ものは社会の変革のための最も 効果の遅い手段であるかもしれない しかしそれは変革のための唯一 の手段であるという心情に私は 深く共感を覚えるのであります 今日地球社会は複合的に絡み合 った危機に直面している 戦争環境破壊南北の発展の格差 民族宗教言語などの相違による 人間の分断問題は山積し解決への道 のりはあまりにも遠いように見え ます しかしこれらの問題群の底流にある ものは一体何か それはあらゆる分野において人間 を見失い人間の幸福という根本 の目的を忘れてきた失敗である と私は考える一人であります ゆえに人間こそ私達が立ち戻り また新たな出発をすべき原点で なければなりません 人間革命が必要となっています ともあれデューイ博士と私の先 師牧口常三郎の思想には多くの 共通点がありました 特に新しい人間教育の創出こそ 二人が共有した深き理想でありました デューイ博士曰く人間は学ぶこと によって人間となる 博士と牧口は地球の西と東の対 極にあってほぼ同時代を生きました ともに近代化の進展に伴う秩序 の混乱の中で希望の未来を切り

開くために格闘を続けてきたの であります デューイ博士の研究から多大な 影響を受けた牧口は児童や学生 の生涯にわたる幸福こそが教育 の目的であると高らかに主張して まいりました そしてその真の幸福とは価値創造 の人生にある これが彼の信念でありましたこの 価値創造とは端的に言うならば いかなる環境にあってもそこに 意味を見いだし自分自身を強め そして他者の幸福へ貢献しゆく 力のことであります 牧口はこの独創的な教育思想を 仏法の深淵なる生命哲理の探求 の中で構築してまいりました ともあれデューイ博士も牧口も 民族国家という限界を超えて新しい 人間社会と市民の全体を遥かに 見据えていたことは確かなのであります 二人は地球規模で価値創造のできる 人間 すなわち地球市民のビジョンを抱いて いたといえるのであります 地球市民の要件とは何かこの数 十年世界の多くの方々と対話を 重ねつつ私なりに思索してまいり ました それはただ単に何ヶ国語を話せる とか何ヶ国を旅行したということ では決して決まるものではない 国外に一回も出たことがなくても 世界の平和と繁栄を願い貢献している 気高き庶民を私は数多く友人として おります ゆえに地球市民とは例えば生命 の相関性と平等性を深く認識し ゆく智慧の人これが一つ また一つ人種や民族や文化の差異 を恐れたり拒否するものでなく 尊重し理解し成長の糧としていく 勇気の人 一つ身近に限らず遠いところで 苦しんでいる人々にも同苦し連帯 しゆく慈悲の人と考えても間違い ではないと思うものであります この智慧と勇気と慈悲を具体的に 展開していくために私の仏法の上 からの世界観なかんずく森羅万象 の相違相関性の原理が確かな基盤 となると私は思っておる一人で あります

仏典には多様な相互依存性を表す 美しい譬えがたくさん記されて おります 生命を守り育む大自然の力の象徴 である帝釈天の天空には結び目の 一つ一つに宝石が取り付けられた 宝の網がかかっている そのどの宝石にも互いに他のすべての 宝石の姿が映し出され輝いている というのであります アメリカルネッサンスの巨匠ソロー が観察しているように我々の関係 性は無限の広がりをもっております この連関に気づくとき互いに生 かし生かされて存在する生命の 意図をたどりながら地球の隣人の 中に荘厳な輝きを放つ宝石を発見 することができるのではないでしょうか 仏法はこうした生命の深き共感 性に基づき智慧を耕しゆくことを 促しております なぜならばこの智慧が慈悲の行動 へと連動していくからであります それゆえ仏法で説く慈悲とは好き とか嫌いという人間の自然な感情 を無理矢理に押さえつけようと することでは決してありません そうではなくたとえ嫌いな人であった としても自身の人生にとっての 価値を占めており自己の人間性 を深めてくれる人となり得るこう した可能性に目を開きゆくことを 仏法は呼びかけているのであります またその人のために何ができる かと真剣に思いやる慈悲の心から 智慧は限りなく湧いてくるという のであります さらに仏法ではすべての人間の中に 善性と悪性がともに潜在している ことを教えております 従ってどのような人であったとして もその人にそなわる善性を信じ 見いだしていこうとしていくその 決意が大切である その勇気ある行動の持続に慈悲 は脈打っていくというのであります それは自分が関わり続けること によって他者の生命の尊極なる 善性を引き出そうとする挑戦であります 他者と関わることは勇気を必要 といたします 勇気がなければ慈悲といっても 行動に結実せず単なる観念で終わ ってしまう場合があまりにも多い

からであります 仏法において智慧と勇気と慈悲 をそなえたゆみなく他者のために 行動しゆく人格を菩薩と呼んで おります その意味において菩薩とは時代 を超えて地球市民のモデルを提示 していると言えるかもしれません 仏典によれば釈尊と同時代にあった 勝鬘夫人という女性は人間教育 者として人々に語りかけて一生 を送りました 彼女はあらゆる人々の中にある 尊極の善性を母のごとき慈愛で 守り育んでいくのが菩薩である と説いております 彼女は請願します 私は孤独の人不当に拘禁され自由 を奪われている人病気に悩む人 災難に苦しむ人貧困の人を見た ならば決して見捨てることはいた しません 必ずその人々を安穏にし豊かに していきますとそしてその具体的 には愛語思いやりのある優しい 言葉をかけること すなわち対話の意義であります 布施人々に何かを与えていこう とする心利行他者のために行動 すること 同事人々の中に入ってともに働く という実践を通しながら人々の 善性を薫発していったのであります 菩薩の行動は全ての人々に内在 する善性を信ずることから始まり ます この善性を引き出すための知識 でなければならない 例えば緻密な機械をもった飛行機 をどのように安穏に無事に目的地 へと導いていくかということであります 要するにそのためには破壊や分断 をもたらす根源的な悪もまた人間 生命に内在するという洞察が必要 であります ゆえに菩薩は仏法で説く元品の 無明を真正面から見つめ対決している のであります 人間の内なる善性は自己と他者の 共生と連帯を促していきます 反対に悪の心は人間を他の人間 から切り離しさらには人間と自然 をも切り裂き分断をもたらして いってしまうのであります

人間としての共通性に目を閉ざし 他者との差異に執着する この分断の病理は個人の次元を超えて 集団エゴイズムの本性であります それは特に排他的破壊的な民族 中心主義国家中心主義の深層部 に顕著に表れているのであります このような小我を克服しゆく戦い すなわち大我を覚知し自他ともに 益する行動に打って出るのが菩薩 であります 教育は本来菩薩の営みであります 教育は教育を受けていない人々 に無形有形に奉仕しゆく誇りある 使命をもたねばならないであり ましょう 教育は肩書きや地位特権に繋がる 場合もある しかしそれよりも自分自身の人格 完成また他者への偉大なる心をもって の抱擁と貢献に繋がっていくべ きものであると思う一人であります 教育は汝自身に勝ち社会に出て 勝ちそして人類の未来に対して 勝ちゆける力を意義するもので なければならないと思う一人で あります ところで地球市民の概念ならび に倫理を確立し地球市民を育成 する作業は全ての人間に深く関 わることでありこれは皆が携わり 皆が責任をもっていかねばならない 重要な事業であります だからこそ地球市民教育を意義 あらしめるためには我が郷土つまり 我が地域社会に根差していくことが まず大切であると思うのであります 地球市民の育成にとって足元の生活 の場それこそがその出発点となる これがデューイ博士と牧口の共通 した卓見でありました 牧口は既に一九〇三年現代の社会 生態学の先駆をなす著書人生地理学 において生活の場である郷土を 学習の場として重視しておりました 要するに郷土というものは世界の 縮図である 郷土における土地と人生自然と 社会の複雑な関係を児童に直接 に観察することによって家庭学校 市町村を把握させ広く世界を理解 させることはできると考察していた のであります これは隣人への理解力を深める

人間的な体験がなければたとえ 機会があっても外国の人々を深く 理解していくことはできないという デューイ博士との洞察とも確かに 響き合っているところであります 私たちの日常生活は自分自身も 周囲の人々もともに成長し向上 しゆく学びの場に満ちております 他者との対話と交流と参加は一つ 一つが価値を創造する貴重なチャンス であります 私たちは人間から学びます まさにここに教師の人間性こそ は教育体験の核をなす理由がある と思うのであります 牧口は人間教育は人格価値の想像 を指導する最高の技術でありそれは さらに芸術の域へと達しゆくもの であると論じておりました 思えば牧口の教育者としての第一 歩は北海道の開拓地の教育でありました 複数の学年を同時に教える探究 共助に取り組んでいったのであります そこには他の学校に比べて貧しく 家庭のしつけも充分に行き届かない 子どもたちが皆集まっておりました しかし若き牧口は厳然と力説して やまなかったのであります こう叫びました 皆等しく生徒である 教育の眼から見て何の違いがある だろうか たまたま垢や塵に汚れていたとして も燦然たる生命の光輝が汚れた 着物から発するのをどうして見 ようとしないのか 教師たちよ過酷な社会への差別 であって彼らを唯一かばえる存在 は教師のみであると叫びました 教師こそ最大の教育環境であります この牧口の精神が創価教育の不 変の魂なのであります 牧口はまた訴えております 教師は自身が尊敬の的となる王座 を下って王座に向かう者を指導 する公僕となり手本を示す主人 でなくして手本に導く伴侶となる べきである まさに学校とは魂なき校舎のこと ではありません 学生に献身的に奉仕する教師こそ が学校それ自体なのではないでしょうか ある教育者曰く講義のみが教育 ではない

人間が人間を作る 従って真の師弟の中に教育は存在する 私自身ほとんどの教育を私の人生の 師戸田城聖の個人教授から受け ました 約十年の間毎朝そして日曜日は 朝から一日中個人教示を恩師から 一対一で歴史文学哲学経済科学 組織論等々万般にわたって受け てきたのであります また恩師は毎日のように今何の本 を読んでいるのかと尋ねました それは質問というよりも尋問のような 厳しさでありました 何よりも私は恩師の人格から学び ました 投獄にさえひるまなかったあの 平和への断固たる情熱を恩師は 終生燃やし続けました そして苦悩の民衆の中に分け入って 人々と交流を間断なく続けた その深き人間愛こそ私が恩師より 最も教えられたものであります 今の私の九八パーセントは全て この恩師より学んだものであります 創価教育すなわち価値創造を掲 げた一貫教育のシステムは私が 受けてきたこのような人間教育 を未来の世代にも送りたいとの 願いを込めて創立したものであります この創価教育の卒業生たちが新たな 人間主義の歴史を綴る地球市民 と育ちゆくことこそが私の最大 の希望であります さて地球市民のネットワークの 基軸となるシステムはやはり国連 でありましょう 国連は諸国の行動を調和するという 役割を果たすのみならず平和な 世界を築きゆく地球市民の育成 の場としても価値創造しゆく段階 に入ってきたような気がするの であります これまで確かに国益を最優先する 国家の要請が国連を動かしてきました が我々人民の力の結集がいよい よ際立ってきたことはngo等の活躍 を見ても明らかになりつつあります 政府機関非政府機関の双方を代表 する人々が一堂に会し環境人権 先住民女性人口など様々な問題 に関し議論は交わしております こうした近年の諸会議を通して 地球市民の基盤となる地球倫理

の合意形成に向けて具体的な回転 が始まったと私は期待する一人で あります また国連と連動してこれらの地球 的な課題が各教育機関のカリキュラム 等においても積極的に盛り込まれて いくことを私は強く念願する一人で あります 例えば戦争の残酷さ無意味さを 教え社会に非暴力を根付かせて いくそういう平和教育また自然 生態系の現状と環境保全対策を 学ぶ環境教育 また貧困や地球的不公平さに目を 向ける開発教育また人間の平等 性と尊厳性を学ぶ人権教育の四 項目であります 私はかねてより教育は絶対に国家 権力に従属してはならないとの 信念から教育権を立法行政司法 の三権から独立させて四権分立 にすべきであると主張してまいり ました それが偏狭な国家の教育統制と 戦ってきた二人の先師の心でも あったからであります 人類の将来を展望するうえで国家 の枠を超えた教育者の地球次元 での連帯が何よりも重要となってくる と私は強く思う一人であります その意味において私はいわゆる 政治家だけのサミットではなく して教育者のサミットを最大に 重視しいくべきであることをここに 提言したいのであります とともに貴カレッジが実に世界 八十ヶ国から留学生を受け入れ ておられる青年の教育交流を盛ん にしていらっしゃる この力強い姿を心から尊敬する ものであります ともあれ牧口は語りました 目的観の明確な理解のうえに築 かれる教育こそがやがては全人類 がもつ矛盾と懐疑を克服するもの であり人類の永遠の勝利を意味 するものであると 尊敬する諸先生方とご一緒にこの 人類の永遠の勝利に向かって地球 市民の育成に今後とも全力を尽くす ことをここにお誓いし私の講演 とさせていただきます サンキューソウマッチ ナマステ 本日は大変懐かしい尊敬してやま

ぬラジブガンジー元首相ゆかり の財団からご招待をお受けしかく も多くの傑出した先生方の前で 講演の機会を与えられましたことを 私の最大の名誉といたすところ であります ソニアガンジー総裁アビドフセン 副議長をはじめご関係の方々に 心より御礼申し上げます 十二年前来日されたラジブ首相 と語り合ったあの秋の一日は今 なお私の胸に鮮やかに輝き続けて おります ラジブ首相はあの涼やかな瞳で まっすぐに二十一世紀を見つめて おられました 私は若い私には夢がある私はこんな インドを夢見る 強く独立しだれにも頼らずそして 世界の国々の先頭に立って人類 に奉仕するインドを夢見ると叫ぶ 新世紀を目指すラジブ首相は時代 遅れを憎んでおられた それは単に物質文明の立ち遅れ を意味したものではありません その反対であります 科学技術を言うならばそれは飛躍 的に発達いたしました 事実私は日本を出発してその日 に貴国に到着いたしました 昔であるならば何ヶ月あるいは何 年もかかったかもしれない 私が対談したトインビー博士も 現代の特徴を距離の消滅と表現 しておられた 今世紀世界はみるみる狭くなって おります 通信技術の発達はまさに瞬時に 世界を結んでおります にもかかわらず今世紀ほど人類 が人類を殺した世紀はないのであります 人類の心の距離は少しも消滅していない 新しい現実に人間が対応し切れて いかないのであります これをラジブ首相は時代遅れと 呼んだのであります 貧困と飢餓を克服するだけの力 を人類は十分に持っているしかし その力を人類は大量殺戮の核兵器 をはじめ巨大な資源の浪費に使って しまっている これまた時代遅れであります要 するに人類は行き詰まっている 全てに行き詰まっている

新しい現実はあるのに新しい人間 がいない大変にスピード化して きた世界 変化をなしておる世界それに対応 できる新しい生き方新しい哲学 そして新しい人間関係が広がって いかない ここに現代の根本的課題がある いわば二十一世紀からの要請であります この未来からの呼び声に鋭く応 えようとしたのがラジブ首相で ありました 本日は先覚者であられるラジブ 首相を偲びつつ所感の一端をニュー ヒューマニズムの世紀へと題し 私は講演を続けさせていただきます 今未来は混沌としていますあまり にも混沌としております しかし一つの巨視眼から見れば 二十一世紀はアメリカ中国そして インドの三国が主軸となる可能性 が高いと私は思っておる一人で あります 鼎という三本脚の器があります が二本脚では安定できない 三本脚であってこそ安定します 中国の古典に三国志という書があります 二つの大国が対立するなか三つ 目の国を興してその均衡による 平和を追求していったのであります それを拡大してみれば世界も二 国が中心だとどうしても対立の 方向に行ってしまう 三国があってこそ常に話し合い 連携をとりながら平和の方向へ と全体の軌道をもっていける そういう構図が世界平和の理想 として考えられてきます さらにはそこに世界連邦的な方向 へ行く可能性も私は見いだして いけることができると思う一人で あります ゆえに世界を安定させる要因として 貴国インドの興隆が極めて全世界に とって大きな意義をもっている と私は思う一人であります その意味で貴国が今市場経済や 高度科学技術を活用しつつ二十一世紀 へ雄大に飛翔しようとしている 姿はまことに注目すべきことであります 今再びの絢爛たるインドルネサンス を期待してやみません全世界の 人がまたそう願っております しかも貴国のもつ非暴力のメッセージ

は今後の人類にとって決定的な 意味をもっていると私は信じて おりますまた多くの人も信じて おります いわば世界の明日をすでに先取り している国が貴国なのであります さて二十世紀を一言でいえば悔 恨の世紀であると言った人がおります 人類の進歩を信じて颯爽と歩み 始めた今世紀もふり返ってみれば かつてない大量殺戮メガデスと 環境破壊恥ずべき貧富の格差の 拡大という荒野が広がっている 一体どこで人類は道を間違って しまったのであろうか世紀末の 人類の心象風景を思うとき浮かん でくるのは貴国の偉大なる王阿 育大王であります 数限りない世界の王のなかでひと きわ抜きんでた王の中の王 トインビー博士もまた欧州機構 の源流を作ったカレルギー博士 も私に対し大王をほめたたえて おりました アンドレマルロー氏 ポーリング博士キッシンジャー 博士とも大王について語り合い ました 阿育大王の法勅の中にこういう 一節が刻まれておりますこれは わが深き悔恨であると 何を大王は悔恨したのでありましょう か全インドを統一した強大な王の 悔恨とは一体何であったのであり ましょうかそれはご承知の通り カリンガ王国の征服であります その頃急速に発展していたカリン ガ王国を大王は侵略した勝ちました 圧倒的勝利でありました征服は 成功しましたしかし戦争の犠牲 はあまりにも大きかった カリンガ王国では十万人が殺され 十五万人が捕虜となりました さらにその何倍もの人がこの戦争 で命を落としたといいます 国を捨てて流浪せざるをえなくなった 難民も数多くおりました 親と子が夫と妻が友と友が師匠 と弟子が痛ましい離別が数限りなく 繰り返されました 嘆きの声が天地をおおいました この地獄図を前にして阿育大王 は痛切なる悔恨にさいなまれた というのであります 何のためにこんな征服をやった

のか何のために私は領土を拡大 したのか何のために私は力を行使 したのか幸せたるべき人生ではない か かけがえなき生命ではないかそれ らを破壊する戦争とはいったい 何かなぜ人が人を殺していかね ばならないのか 私には大王の魂の叫びが時のへ だたりを超えて胸に迫っていくる 気がするのであります そして今世紀は世界中でこの何 百倍何千倍もの悲劇が生じました ゆえに今こそ人類は阿育大王の 回心に学んでいかねばならない と思うのであります 阿育大王の悔恨は徹底的でありました 容赦なく自分を責めましたそして 大王は豁然として知ったのであります 力による勝利は真実の勝利ではない むしろ人間としての敗北にすぎ ないむなしく何の価値も生まない 力による征服ではなくダルマ法 による征服こそ真の征服である と大王は悟りました この力とは軍事力だけではなく 経済力も含めてよいでありましょう またダルマとは真理正義徳など の意味をもち多義的な言葉であります が貴国の詩聖タゴールはダルマ とは文明という言葉に最も近い 言葉であると言っております また国父ガンジーは文明の本義 を故郷の言葉でのよき行為とな しております それらをふまえて私はダルマとは 真の文明であり人道でありヒュー マニズムと言ってよいと思うの であります 阿育大王の心の革命によって軍 鼓の響きはダルマというヒュー マニズムの交響曲に変わっていきました 私の生涯のテーマは一人の人間 における偉大な人間革命はやが て一国の宿命の転換をも成し遂 げさらに全人類の宿命の転換をも 可能にするであります その歴史上の一例が大王であります 大王は夢想家ではありませんでした 行動の人でありました 行動なきヒューマニズムなど言葉 の矛盾でしかありません 大王は全く新しい哲学と全く新しい ビジョンによる実験を開始しました

大王は国内にあっては福祉政策 に力を入れました 生命以上に尊いものはないという 精神の具現化でありました 人間のための病院だけではなく 動物のための病院も建設しました 薬草の栽培街路樹の植樹など環境保護 を実施する井戸を堀り各所に休息 所を設置しました 女性の要求に応じるために女性 のための奉仕者と呼ばれるポスト も作りました また自らは仏教に帰依しながら 他の宗教を否定することなくあら ゆる宗教の精神性を尊重しました いわば信教の自由の保障です 古代ではきわめてまれなことであります こういうヒューマニズムの政治 を実現するには言うまでもなく 経済力が必要となってまいります 大王は経済基盤の拡充のために 交通網を整備しギリシャ中東方 面への貿易を広げました それとともに釈尊の示した経済 倫理であるすべての人への分配 の原則を実践し経済格差の是正 に努めてまいりました 力を何に使うかという智慧を持った 大王にもはや迷いは全くありません でした 大王はまた他の国々と文化の交流 を積極的に行いました シリアやエジプトマケドニアなど 西欧にも平和の使節を派遣し平和 外交を盛んに展開しました 使節たちは訪問した各地で言語 や風俗などの差異を超えて慈悲 の行動に徹したと言われております ある著名な学者はその活躍を古代の 平和部隊と呼んでいます 大王のヒューマニズムが世界を 結んだのであります これは厳然たる事実の歴史であります ラジブ首相が平和外交を展開し インドの首相として中国へ三十四 年ぶりの訪問 またパキスタンとの友好に尽くした ことは大変に有名であります 私はソ連のゴルバチョフ大統領 と幾度となく語り合い対談集も 発刊いたしました 親しい友であります このゴルバチョフ大統領はラジ ブ首相と共同で発表したあの有名な

デリー宣言についてこう述べて おりました 宣言後の共同記者会見でわれわれ は無条件にテロリズムに反対する 者だと語ったことを回想しラジ ブガンジー首相は私の崇高な親友 でありましたと語っておりました ゴルバチョフ大統領はまたインド は私も深い尊敬の念を持っている 国ですインドの人々には他者の痛み に対する深い同情があり平和と 自由と正義への強い意志があります とも言われておりました 私はこの意志を現実の政治に生 かそうとしたのが阿育大王であり マハトマガンジーでありネルー 首相でありラジブ首相であった とみております それは非暴力という理想を現実 に適応するということではなかった と思うのであります むしろ暴力は現実の課題を何も 解決しない悪化させるだけである 非暴力こそが最も現実的な方針 であるとの確信ではなかったでしょうか 長いスパン期間で見れば人間の 社会であるゆえに人間主義こそ が究極の力なのであります しかし一口にヒューマニズムと言って も中身は一様ではありません ヒューマニズムの変遷について はさまざまに分析できますが近代 市民社会のエートスとなったのは ルネサンスと宗教改革を経て西欧 を中心に形成された個人主義的 ヒューマニズムであるといえる でありましょう 十九世紀後半にその矛盾と脆弱 さが露呈するにつれて施行された のが社会主義的ヒューマニズム であります これらの近代ヒューマニズムは 確かに中世的な絶対者の楔から 人間を解放するものであったかもしれない ところが解放されたはずの人間 は今度は自らの偏狭なエゴイズム いわば小我に隷属していってしまった のであります 欲望に振り回される欲望の奴隷 になってしまった その弊害は社会の退廃と環境破壊 貧富の拡大という人類的課題として 噴出してしまったのであります さらにさまざまな原理主義の台

頭に象徴されるようにポストイデオロギー の人類史は未曾有の試練に立た されているといっても決して過 言ではありません この局面をどう打開するかはつ らつたる平和な地球文明の創造 へどう踏み出していくかその原 動力は一体何か 私は行き詰まった近代ヒューマニズム を超えてコスモロジーに立脚した ヒューマニズムを提唱したいの であります なぜならイデオロギーというものは 二元対立的でありどうしても他 者を差別し排除しがちである これに対してコスモロジーは宇宙 観はより深い次元から包括的に あらゆる他者を受容する寛容の 特徴をもつからであります その好例が阿育大王のダルマという ヒューマニズムの知世であります それは大王の根本原則に端的に 表されるからであります その第一は不殺生ですその第二 は互いに敬えであります 不殺生については人間以外の生物 にも拡大して論ずべきであります が私は少なくとも人間は人間を 絶対に殺してはいけないということ を二十一世紀の人類の憲章の冒頭 に掲げていくべきであると主張 する一人であります これまでそして今も正義の名の もとにどれほど多くの血が流されて いったことでありましょうか 近代ヒューマニズムの象徴であった フランス革命では多くの無辜の人々 が断頭台に消えました また社会主義的ヒューマニズム が実験の過程で当初の志に反して 何千万という人々を死に追い込ん でいきましたこれも今世紀の厳 然たる史実であります この悲劇を断じて繰り返してはな らない 今求められているニューヒュー マニズムの第一項目は殺すことなかれ の黄金律でなければ絶対にならない と思います 殺と暴力を伴う正義はいかなる 論理で装うともこれは全部にせ ものの正義であります タゴールが一生涯叫び続けたように いけにえを求める神は偽りの神

なのであります ではこれまでのヒューマニズム の脆弱さはどこに一体由来する のであろうか 精緻な分析する席では今日はありません ので略させていただきますがその 根本は人間への不信感ではない でありましょうか 人間への不信は自己に向けられ れば無力感となり他者に向けられ れば対話の拒否となり暴力となる からであります 不信は不信を生み憎悪は憎悪を 生む 限りなき流転に歯止めをかける のは一体何か それこそ一人の人間の生命は大 宇宙と一体の広がりをもち最高 に尊貴なものであると見るこの 宇宙的ヒューマニズムであると思う のであります その思想はウパニシャッドの賢人 や釈尊の教えに結実しております 釈尊の教えの最高峰である法華経 はその真髄と言えましょう それは人々に差異へのこだわり を捨てさせ共通の生命の大地を知る ことを教えました その大地に立てば差異は対立をも たらすものではなく豊かさをも たらすものであると説きます 法華経の薬草喩品では多種多様 の草木が同じ雨によって潤わされ 同一の大地に生い茂る譬えを説 いております しかしただニューヒューマニズム を叫び宇宙的ヒューマニズムを 論じるだけであればそれは全く 観念論であります その生命尊重の思潮を現実に広げる 方途を今度は求めていかねばな らない その重大な柱が私は教育である と思うのであります 宗教やイデオロギーだけで教育 がなければどうしても独善となる からであります 時代の趨勢として宗教は個々人の 自由という方向に向かっていく でありましょうが宗教を独善に 陥れることなく正しい方向へ平和 の方向へ持っていく翼は教育であります タゴールが彼の深き宗教性に西洋 人をも理解させる普遍性を与えた

カギは彼の教育であり知性でありました 彼は自分のみならず大学の設立 をはじめとして生涯教育による 人間開発へ努力したのであります 要するに教育こそ人間を自由に させていくものである 知性こそ人類がそこで語り合える 普遍的舞台であるのであります 教育は人を偏見から解放する暴力 的熱狂から心を解放する 宇宙の諸法則への無知から解放 してくれるのは教育であります また教育によってこそ我々は無力 感から解放され自分自身への不信 感から解放されます 自分の中に眠っているこの能力 を開花させ完全なるものに到達 しようという魂の意欲を思う存 分に伸ばしていくことがこれが 教育でありこれがまた素晴らしき 体験ではなかろうかと思う一人で あります 自分への不信感から解放された 個人は他者の潜在する可能性をも 信ずるに違いありません 彼は今の見かけの姿が真の姿ではない 内にもっと素晴らしい宝をもっている のだと信じ始めるのであります 表面の差異にとらわれず共通の 生命の大地生命の大海を見抜く 眼を与えるものそれは教育であります 釈尊の実践もまた一面から見れば 教育活動であったのであります 法華経に開示悟入と言う言葉があります 一人の人間の本来もつ智慧を開 かしめ示し悟らしめその智慧に 入らしめるこれが仏教の究極の 目的なのであります これは教育と完全に軌を一にして おります 仏教は裏を返せば人間教育であり 一方教育は人間信頼という精神 性に裏打ちされてこそ価値がある 人格を形成し平和への知性を与 え社会への貢献を教える人間愛の 教育こそが最も必要となっていく ものであります 私どもsgiの源流は創価教育学会 であります 牧口初代会長戸田二代会長も教育 者でありました そして教育の目的は生徒を幸福 にすることにあるという信念から その幸福の中身を追求し仏教の

生命哲学に至ったのであります マハトマガンジーやネルー首相 が反植民地主義の闘争を展開した その同時代の日本で戸田は牧口 初代会長とともに反軍国主義を 貫き通してきました 牧口が七十三歳で獄死した悲嘆 を乗り越え弟子である戸田は閉ざされた 独房にあって法華経等に依拠しつ つ宇宙的ヒューマニズムの原点 を己心に覚知していったのであります 戦後私はこの恩師と出会いました 奇しくも五十年前貴国の独立前 夜の八月十四日であります あの制憲会議の席上ネルー初代 首相はすべての人々の目から涙を ぬぐい去ることがわが国の目的 であるとガンジーの夢を引いて 叫ばれました まさにその日でありました ともあれ教育が開く英知の世界 がなければ宗教の信仰も盲信になる 危険があります 反対に教育による英知の光源をもって こそ宗教による精神性もより光 を放つことでありましょう ゆえに私は初代二代会長が真の 教育の探求の延長線上に民衆の中で の仏法の実践に至ったことを最も 道理にかなった道と思っておる 一人であります 今度はその仏法を基調にして私 どもは世界のあらゆる人々民族 国々の中で教育と文化と平和の 普遍的な連帯を広げているのであります 人類の心の距離を消滅させるには この道しかないという信念から であります 一九七四年には私は相前後して 中国とソ連を訪問いたしました この年中国には二度行きました 当時は中ソ紛争たけなわのころ でありました しかし両国の首脳に私は一民間 人として率直に関係改善を訴えて きました とりわけソ連訪問の際はなぜ宗教 否定のイデオロギーの国に行く のかと何回となく批判されました 私はそのつどそこに人間がいる から行くのだと明言いたしました 昨年はアメリカとともにキューバ を初訪問しカストロ議長とも友情 の絆を固めてまいりました

国家間の険悪な関係でさえ一歩 高い人間の次元から見るならば 決して乗り越えられない壁はない というのは私の信念であります 今私の胸にはラジブ首相のあの 凛たる声が蘇ってくるのであります 曰く世界文明に対するインドの 最大の貢献は多様性と民族の独自 性が決して対立しないことを証明 している点である我々は五千年の 生きた経験を通して我々の多様性 のなかの統一が生き生きとした 現実であることを世界に示して きたと叫ばれた 二十一世紀の地球が直面している のはこの多様性の統一をどう実現 するかという一点であります 人類は今こそ貴国の尊い歴史と 智慧から真摯に学ぶべき時が来 ていると私たちは思っているの であります 貴国は今年栄光の独立五十周年 を迎えられました 歴史上非暴力から生まれた最初 の国が貴国であります 最も古き国であると同時に最も 新しい国が貴国なのであります 人類の進歩の最前線の国が貴国 なのであります その壮大な実験はインドを超えて 世界に深い精神の啓発を与えて おります キング博士によるアメリカの人種差別 への反対闘争も然り あの八九年の東欧革命もまたし かりであります 源遠ければ流れ長しという言葉 があります 未来への平和の大河を求めるならば その源は最も深き人間精神の源流 に求めていかねばならない 揺るぎなき平和を求めていくならば 揺るぎなき土台を求めていかな ければならない それこそ私は阿育大王を一例として 貴国が二十一世紀二十二世紀へ と発信している平和のメッセージ であると思うのであります あるいはこういう見方はあまり にも楽観的に聞こえるかもしれ ません しかし私は人間への信頼を絶対に 手放してはいきたくありません 私は人間性への大いなる信仰をも

っているつもりであります あの日ラジブ首相と私は東京で 語り合いました 人類の心の壁を取り払いましょう と 壁を取り払ったあとには広々とした 共生の大地が広がっていること でありましょう その大地の上に平和の大河が流れ 文化の花園が広がり教育の大樹 が天に向かって伸びていくであり ましょう 事実私と首相とはあの時一切の違い を超えて互いの胸中の平和の調べ へと結ばれていったのであります ラジブ首相は掲げたあのご自身 の夢に向かって突き進んでいきました 勇者は敢然と人間の中へ民衆の中へ 飛び込んでいきます 夢に殉じヒューマニズムに殉じ ました 首相は今も燦然と輝いておられ ます その荘厳な生と死をもって新世紀の 人類の行く手を大きく照らして くださっております 貴財団はラジブ首相の精神の後継者 として首相のあの崇高な夢を具体 的に追求しておられる その夢の追求にはインドはもちろん 世界の心ある人々はこぞって参画 するでありましょう 人類よラジブ首相に続けその先に 平和はあると私は申し上げたい 終わりに青年時代より愛誦した タゴールの最後のうたの一節を 朗読して私のスピーチを終わら させていただきたい おお大いなる人間がやって来る あたりいちめん地上では草という 草が顫える 天上にはほら貝が鳴り響き地上 には勝利の太鼓がとどろく 大いなる生誕の喜びの瞬間が来た のだ 今日暗き夜の要塞の門がこなご なに打ち破られた 日の出の山頂に新しい生命への 希望をいだいて恐れるな恐れる なと呼ばれる声がする 人間の出現に勝利あれかしと広大 な空に勝利の賛歌がこだまする サンキューベリーマッチダンニャ バード

2024/01/02♪(時系列は俺のAmebaに準拠)

♡♡字幕の設定方法♡♡
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♡日本語字幕♡人間主義♡4K♡創価学会第三代会長:創価学会インタナショナル会長:池田大作先生♡海外大学講演まとめ①~⑭♡1989年6月14日~1997年10月21日♡

♡♡チャプター(Chapter)♡♡
♡人間主義(Humanism)♡                              00:00
♡海外大学講演①1989年6月14日♡フランス・フランス学士院♡              01:16
♡海外大学講演②1991年9月26日♡アメリカ・ハーバード大学①♡             26:56
♡海外大学講演③1992年2月11日♡インド・ガンジー記念館♡               56:36
♡海外大学講演④1992年6月24日♡トルコ・アンカラ大学♡                1:36:36
♡海外大学講演⑤1992年10月14日♡中国・中国社会科学院♡               2:01:39
♡海外大学講演⑥1993年1月29日♡アメリカ・クレアモント・マッケナ大学♡        2:29:20
♡海外大学講演⑦1993年9月24日♡アメリカ・ハーバード大学②♡             3:07:55
♡海外大学講演⑧1994年1月31日♡中国・深圳大学(深セン大学)♡            3:47:11
♡海外大学講演⑨1994年6月1日♡イタリア・ボローニャ大学♡               4:13:33
♡海外大学講演⑩1995年1月26日♡アメリカ・ハワイ・東西センター♡           4:44:12
♡海外大学講演⑪1995年11月2日♡ネパール・ネパール国立トリブバン大学♡        5:22:54
♡海外大学講演⑫1996年6月4日♡アメリカ・サイモン・ウィーゼンタール・センター♡   5:58:11
♡海外大学講演⑬1996年6月13日♡アメリカ・コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ♡  6:33:01
♡海外大学講演⑭1997年10月21日♡インド・ラジブ・ガンジー現代問題研究所♡      7:03:59

♡海外大学講演①♡1989年6月14日(水)♡フランス・フランス学士院(L” Institut de France(Institut de France), France)東西における芸術と精神性(Art and Spirituality in East and West)♡

♡海外大学講演②♡1991年9月26日(木)♡アメリカ・ハーバード大学(Harvard University, USA)ソフト・パワーの時代と哲学(The Age of “Soft Power” and Inner-Motivated Philosophy)♡

♡海外大学講演③♡1992年2月11日(火・祝)♡インド・ガンジー記念館(Gandhi Smriti and Darshan Samiti, India)不戦世界を目指して――ガンジー主義と現代(Toward a World without War:Gandhism and the Modern World)♡

※2月11日は『恩師・創価学会第二代会長:戸田城聖先生の御誕生日♡』
また2月11日は1967年から「建国記念の日」として、日本の国民の祝日の一つとして定められています♡

♡海外大学講演④♡1992年6月24日(水)♡トルコ・アンカラ大学(Ankara University, Turkey)文明の揺籃(ようらん)から新しきシルクロードを(A New Silk Road from the Cradle of Civilization)♡

♡海外大学講演⑤♡1992年10月14日(水)♡中国・中国社会科学院(Chinese Academy of Social Sciences, China)21世紀と東アジア文明(The Twenty-First Century and East Asian Civilization)♡

♡海外大学講演⑥♡1993年1月29日(金)♡アメリカ・クレアモント・マッケナ大学(Claremont McKenna College, USA)新しき統合原理を求めて(In Search of New Principles of Integration)♡

♡海外大学講演⑦♡1993年9月24日(金)♡アメリカ・ハーバード大学(Harvard University, USA)21世紀文明と大乗仏教(Mahayana Buddhism and Twenty-first Century Civilization)♡

♡海外大学講演⑧♡1994年1月31日(月)♡中国・深圳大学(深セン大学)(Shenzhen University, China) 「人間主義」の限りなき地平(The Infinite Horizons of Humanism)♡

♡海外大学講演⑨♡1994年6月1日(水)♡イタリア・ボローニャ大学(University of Bologna, Italy)レオナルドの眼と人類の議会――国連の未来についての考察(Leonardo”s Universal Vision and the Parliament of Humanity:Thoughts on the Future of the United Nations)♡

♡海外大学講演⑩♡SGIの日記念講演♡1995年1月26日(木)♡アメリカ・ハワイ・東西センター(イースト・ウエスト・センター(East-West Center, USA))平和と人間のための安全保障(Peace and Human Security)♡

※1月26日は『SGIの日(創価学会インタナショナルの日)♡』
1975年1月26日(日)、世界51か国・地域158人のメンバーがグアムに集まって創価学会の世界平和会議が開催。
その席上、各国の創価学会の連合体であるSGI(創価学会インタナショナル)が結成。
師匠・池田大作先生がSGI会長に就任されました♡

♡海外大学講演⑪♡1995年11月2日(木)♡ネパール・ネパール国立トリブバン大学(Tribhuvan University, Nepal)人間主義の最高峰を仰ぎて――現代に生きる釈尊(Homage to the Sagarmatha(Everest)of Humanism:The Living Lessons of Gautama Buddha)♡

♡海外大学講演⑫♡1996年6月4日(火)♡アメリカ・サイモン・ウィーゼンタール・センター(Simon Wiesenthal Center, SWC, USA)牧口常三郎――人道と正義の生涯(Tsunesaburo Makiguchi――Makiguchi”s Lifelong Pursuit of Justice and Humane Values)♡

♡海外大学講演⑬♡1996年6月13日(木)♡アメリカ・コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ(Teachers College, Columbia University, USA)「地球市民」教育への一考察(Thoughts on Education for Global Citizenship)♡

♡海外大学講演⑭♡1997年10月21日(火)♡インド・ラジブ・ガンジー現代問題研究所(Rajiv Gandhi Institute for Contemporary Studies, India)「ニュー・ヒューマニズム」の世紀へ(A New Humanism for the Coming Century)♡

【#池田大作先生】【#創価学会】【#DaisakuIkeda】

15 Comments

  1. 師匠・池田大作先生御生誕の日に捧げん。

    南無妙法蓮華経。

    南無妙法蓮華経。

    南無妙法蓮華経。

     2024年1月2日

      弟子・宮内雄貴

  2. 今日は池田先生、生誕、四十九日で戸田先生の命日でもあるんですね
    今日までスーパーやお店がお休みなのでサーモン丼を作り挙げました。

  3. 今晩は先生…人間主題で第3文明の華をを咲かせた先駆された革命児殿明日も広布に走ります💃😀🌜…

  4. 凄いです‼️宮内さん、本当に本当にありがとうございますm(._.)m😂
    私も弟子、たるべき人間に成長します‼️

  5. 配達員30年つうきようせい在席10年をありがとうございますもうすぐ80才になります感謝

  6. 素晴らしい、
    まだお元気だった時代の先生の講義、
    懐かしいです、
    本当にありがとうございます。

  7. 先生のお声聴かせて頂き
    元気百倍先生ありがとうございますいつも先生心の中にいつも元気にお題目上がります。

  8. 今、政治不信、世界は、戦争が起きているなか、石川県近辺の地震災害が発生している。日本で、世界で、だれが真剣に対策、行動が、出来ているのか、
    それは、真の哲学、真理に合致した者にしか出来ない。
    本当に、今こそ、自分のできる
    行動をする時❤。
    本当に善の連帯で、乗り換え超える知恵を指導❤頂いています。日本を前へ、頑張ろう✨😂。

  9. 写真であれお姿を見られお声を聞けて嬉しく思います、池田先生の貴重な講演を聞かして頂き有り難うございます❤😂

  10. 池田先生が1974年6月3日中国に訪中し、孫平化氏に対し、創価学会は、中国を守ります。と発言する。同行者 三津木俊幸氏。
    また孫平化氏から天安門事件で、世界の投資家が離れてしまった。時に、中国を孤立させては、ならない。と尽力した事に感謝されている。
    仏法者として、自国の若者を軍隊で虐殺した、中国共産党を諌めず守る。おかしくないですか。?
    また人の命を虫けら扱いする、共産思想は正さずに、乗り越えるもの。これが池田思想なのかな。?
    周恩来との会談時も、人民に尊敬されている。立派な方だ。日本に仏教を伝えてくれた、大恩ある国。と発言。
    現実は、軍隊も持たず平和に暮らしていた、仏教国チベットを侵略。ダライ・ラマ氏はインドに亡命中。?
    現在は、チベット民族、ウイグル民族、西モンゴル、を民族浄化が進み、学校では中国語を教えている。
    大事な事。 日本も第1、第2、列島線戦略で、中国の支配下にする。革新的利益と発表されているが。?
    すでに香港は中国共産党の支配下になり、次は台湾が革新的利益でターゲットになっている。
    その前に日本の尖閣諸島を同時に侵略か。残念な事。公明党は、これを諌めない。池田思想の為かな。?

  11. 我々の努力で広宣流布が進みましたね。だが、現実は。阪神淡路大災害、熊本、東北大災害、能登大災害。世界中に疫病が広まり、しかも戦争も起きた。
    日本社会は疲弊し、小学生から大学生の自殺者が780名。登校拒否者30万人。引きこもり者70万人。殺人事件も増加傾向。詐欺がビジネス化。
    我々の広宣流布の努力が足りないのかな。?
    文証。理証。より現証。なにかおかしくないですか。?
    国土乱れん時は、まず鬼神乱れる。鬼神乱れる故に万民乱れる。!
    宗門に鬼神が入った、為ですか。?
    世界に流布し出した、SGIに鬼神が入ったから。?
    おかしい。と思う 私に鬼神が入ったのかな。幹部に相談したが、私の信心がおかしくなっている。と指導された。
    どなたか明確な指導を望みます。

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