【なぜ高山俊は一発屋に終わったのか?】阪神タイガースの一発屋新人王史3選【プロ野球】
こんにちはゆっくり霊夢ですゆっくり魔 理沙だぜ今回は一発や新人王師の阪神編を 紹介するぜ新人王を獲得したもののその後 はパッとしない選手ってそれなりにいる もんね生路若い頃に活躍した分その後の キャリアへの期待値が高くなるからなただ 新人王を獲得した選手の障害を振り返って みるとそれなりに長く活躍した選手が多い こちらは2年から2020年にかけての セパの新人王一覧だまだ現役の選手も多い けど多くの選手が新人王獲得以降も主力 選手として活躍してるわね新人王を獲得し ながら一発屋になってしまう選手は少ない ことをご理解いただけただろうその上で 今回は新人王受賞年がキャリアのピークに なってしまった選手を紹介してくれるのね 1人目に紹介するのは1955年に新人王 を獲得した西村和投手だ戦後間もない選手 だから全然ピンとこないわ霊夢がそう 感じるのも無理はない新人王制度ができて まだ6年目で一発屋に終わった投手のこと を知っている人は現代のプロ野球ファンで は少数派だろうただこの西村投手が ルーキーイヤーに残した数字は鈴木警江夏 豊かといった往年の名主の新人都の スタッツをしのぐものだそんなにすごい 成績だったの史上最高のルーキー投手は誰 かと聞かれれば私はこの西村投手を押し たいほどの正まじほどの数字を残してるん だぜそんなに言われたら気になるじゃない のまずは西村投手の旧暦の紹介だ西村投手 は山県立つる高校を卒業後全藤倉に就職し 社会人野球でプレイすることになる高校 時代は無名の選手だったが社会人1年目の 1954年の都市対抗野球で3試合連続 完封を記録しチームを準優勝に導いたんだ いきなり格を表したのねこの活躍が認め られ1954年の冬には大阪タイガースへ の入団が決まったんだ当時はドラフト制度 がなかったから社会人で1年だけプレイし た選手でもプロに入団できたのねそして 1955年西村投手はプロ野球史に残る 戦列なデビューを飾ったんだなんと新人 投手ながら開幕投手に選出されたんだぜ それって他に投手がいなかったから消去法 的に選ばれただけじゃないのいやいや当時 の阪神には小山正明渡辺小三藤村高尾と 言った前年2桁勝利と規定投球回数を クリアした若い投手が3人もいたんだぜ 実績のある先輩たちを差し置いて西村投手 が開幕投手のを勝ち取ってたんだ西村投手 はその期待に答えて開幕戦で6回2失点の 後頭で初登板初勝利を飾っているちなみに この西村投手以降2023年に至るまで 阪神の新人投手が開幕投手を任されたこと
はないんだ伝説の幕開けにふさわしいプロ デビューを飾ったのねその後も西村投手は チームの視線投手として活躍しシーズンを 完走残した成績は60試合の登板で295 回13302脱三振棒より率2.0122 勝12関東5完封という驚異的なスタッツ であったちょちょちょちょ待って待って 想像の何倍もすごい成績でびっくりし ちゃったわ1つずつ数字の偉大さを紹介し ていくぞまずなんと言っても1番 素晴らしいのはシーズン302脱三振だ この数字は当時日本プロ野球歴代2位の 記録で同じ年に国鉄金田正一が350脱 三振を記録したためあまり語られることは ないが当時としては異例の年間脱三振数 だっただとんでもないレベルで最多脱三振 を争ってたのね余談だがシーズン300脱 三振を記録しながら最多脱三振の経験が ないのは西村投手だけなんだぜ同時代に 金田投手がいたのは運が悪かったわねただ 西村投手は数では金田投手に及ばなかった ものの質の面では上回っていたんだ金田 投手が400イニングで350脱三振だっ たのに対し西村投手は295回13で 302脱三振であった金田さんの400回 がすごすぎて西村投手のすごさが一瞬頭に 入ってこなかったけど西村投手は投球回数 を上回る脱三振を奪ってるわね規定投球会 以上の投手で脱三振が投球回数を上回った のは戦後ではこの西村投手が初めてであっ た対戦打席のうちの三振の割合を示す%で は金田投手が22.4に対し西村投手は 26.8%を記録しているな26.8って 現代野球でもごく一部の救援投資しか記録 できないかなり優秀な数字じゃないそれで いて西村投手は対戦打者に占める吉宮の 割合を示すBB%も6.9と非常に優秀で 請求なんで崩れることはなかったんだ20 歳にしてすでに長完成されてた投手だった のねその他の記録ではこの年に記録した 60試合登板は2011年に江木大投手が 62登板するまで56年間にも渡って阪神 の球団新人登板数記録だったんだ90年代 から戦発救援の分業性が進んだのに記録が 更新されたのは反世紀以上経ってからだっ たんだそもそも20歳で年間60試合以上 登板したことがあるのは歴代でも8名しか いないからなちなみに平成以降で唯一 2015年に楽天の松井勇紀投手がこの 記録を達成しているんだ松井投手の救援 転校は色々と罪深いものがあったのねその 件に関してはじり最配しでも話すとして 西村投手はその戦列な活躍が評価されて オールスターにファン投票で選出これまた 今では考えられないことだが開催された2
試合両方で先発を果たしてるんだ現代の 感覚では理解できない器用のされ方をして たのねオフにはタイガースの選手として 史上初の新人王に輝いたんだ数字を見る 限り市場最高の新人王と呼んでも過言では ない感じがするわただ20歳にしてフル 回転したことが2年目以降の低迷に つながっていくプロ2年目の1956年は 右肩2の影響もあって開幕に出遅れ1軍で のの登板は7月までずれ込んだんだ シーズン前半はほぼ戦力になれなかったの ねまたシーズン後半は盲腸炎を発症して しまい薬でごまかしながらプレイを続けた 結果オフには手術を受けることになり2 ヶ月間の入院生活をよぎなくされたんだぜ 体の外側も内側もボロボロじゃないの結局 2年目は23試合104回1/3と登板 機械が激減防御率1.387勝K% 22.68m2 は好品質ではあったが総合的な貢献度は 大きく下げてしまったんだコンディション は最悪だったにも関わらずそれだけの成績 を残してたことに逆にすごみを感じちゃう わ以降は右肩の状態がさらに悪化し1軍で の登板機会はほとんどなくなっていくプロ 3年目は5試合4年目は12試合のみの 登板で5年目と6年目は登板の機会すら なく1960年オフに25歳の若さで現役 を引退したんだえ実動年数たったの4年 じゃないのしかも本当にフルで活躍できた のはルーキーイヤーくらいだしこれぞ まさに究極の一発やね本来は油が乗って くる20代の時期にコンディションが万全 だったらどれだけの成績を残したのか見て みたかった投手の1人だな西村投手の故障 の原因はやっぱり1年目の国士が大きかっ たのかしら実はスポーツ科学が発展した 現代でも投手の片肘が故障する原因は はっきりとは分かっていないんだそのため 1年目の登板型だけが原因とは断定でき ないが普通に考えば20歳の選手が耐える 器用方法でなかったことは明白だろう体が できた投手だったとしても耐えられない 投手の方がほとんどだしねまた西村投手は 首を思いっきり振って投げ込むいわゆる担 投げが大名詞の投手であった元巨人日本 ハムレッドソックスなどで活躍した岡島 秀樹投手みたいなフォームだったのそうだ な加えて岡島投手以上にリリース時は頭が 下を向いておりなんならセンターのバック スクリーン方向に顔が向いてるくらいの ひねり具合だかなり体に負担がかかりそう だわ実際同僚であった小山投手は入団時 からこの投げ方では長続きしないだろうと 良きしていたそうだ続けて小山さんは西村
投手が夜の町に繰り出すのが好きだった ことも証言しておりその辺もひょっとし たらコンディショニングに影響を及ぼした のかもしれないな今の若いプロ野球選手は 自己管理の意識が相当高いけど昭和のプロ 野球選手は合法来なタイプが多かったもん ね西村投手はまさに太く短くを体現した 伝説の一発や投手だったわけだなその後の 阪神の新人王排出状況を振り返ると69年 に田渕高一80年に岡田秋信92年にくじ 照義94年にヤ一2001年に赤星ひと後 の主力選手が現れているコンスタント2と までは言いきれないけどそれなりの数は 排出してるのね次に紹介する一発屋は阪神 市場7人目の新人王である2007年の 上園刑事投手だ上園投手は2006年大学 社会人ドラフト3巡目で阪神に入団分離 ドラフトの3巡目ってことはかなり高い 評価だったわけではないのね特にこの都は かなりの大作で高校生では田中正弘前田 健太大峰優太坂本はどの上道大学社会人で は岸孝行大隣健二金戸典仁長井里が ドラフト上位で指名された年でもあるどの カテゴリにもかなり注目された選手がいた から正直ドラフト時点で上園の投手に注目 してたプロ野球はそう多くなかった でしょうね実際上園の投手は開幕は ファームで過ごしており1軍昇格は6月 上旬だったんだそこから新人王を獲得する なんてかなり珍しいじゃないの実はこの年 の阪神は先発人の小足に泣いており前年 オフに長年エースを務めた井川系投手が メジャー挑戦のために対談さらにエース格 と目していた福原し下柳強しも不調といっ た具合だったんだそれで上園投手にお蜂が 回ってきたわけね上園投手は6月日の交流 戦で楽天田中正投手と投げ合いプロ初勝利 を飾るとそこから先発ローテに定着最終的 に17試合に登板して85回3防御率 2.42980円ものK%は23.9と 非常に脱三振力は高く質の面ではかなり 優秀であったルーキーイヤーはフォーク ボールがキレキレだったイメージがあるわ この年のセリーグの新人王争いはドラフト 同期で同じ大卒1年目の巨人金と乗りヒと の争いであった金戸投手はプロ入り前から かなり評判が高かったよね先に投票数を 紹介しておくと1位の上園の投手が104 票2位の金戸投手が57票3位の阪神渡辺 涼投手が3といった具合だトップとニート で2倍近差がついてるじゃない金と投手は 前半戦で7勝を上げる働きを見せたが後半 戦は打ち込まれるケースが増えてしまった その結果最終的には22試合の登板で 121回2/3を投げて防御率3.57勝
6敗の成績に終わったんだイニング数では 金と投手の方が36回も上だったのねこれ なら金と投手の方が新人王にふさわしかっ たんじゃないの量的な貢献だけを考えれば 金と投手の方が数字が上なのは確かだただ 金と投手は脱三進数が少なく0% 14.9%と先発としても旧大点とは言え ない成績だったんだぜなるほど量の金と質 の上園って感じだったのね選手の後件度は 量と質の両方で測られるべきだこの頃は 公式ナーがないものの質も込みで考えれば 上園の投手の方が貢献度は高かったと考え ていいだろうまたシリスみだった金と投資 と比べて中盤から後半線にかけて活躍した 上園の投手の方が印象が良かったことも 新人王投票に影響した可能性は高い有効後 対象みたいねこの年の半神は前述した通り 先発投手人の小足に会ぎ先発の投球回数が 前年の892回から711回1/3まで 大幅に減少したんだその中にあって上園の 投手が対当したことはチームにとっては 数字以上に貢献度が高いものがあったのね ここからさらに成績を向上させて先ローテ の軸へと育っていくことを期待された上園 の投手だったが結果的には1年目が キャリア牌となってしまう2年目は急試合 の登板で43回を投げて防御率3.14% 20.54勝礼拝の成績であったあれ意外 に結構いい成績じゃないの投球回数が減っ てるけど怪我でもしたのいやこの年は 目立った故障はなかったただオープン線 から状態が上がらずファームでも打ち込ま れることがあったため首脳のの印象が良く なかったのかもしれないまた2008年の 阪神の先発投手陣は下柳安藤ゆといった ベテランが復活した上に3年目の25歳 岩田ミノ投手が初の規定投球回数到達と なる159回13を投げて防御率3.28 10勝をマークする活躍であった加えて 外国人投手のボーグルソンアッチソンらも 優先的に起用されたため上園の投手の序列 が下がってしまってたんだ21世紀の阪神 は党首人が充実してる時期が続いてたから 登板機械を得るのが難しかったのねただ 上園の投資と同等の投球会を担った杉山 直久金村悟と比べても上園投手の方が投球 成績の質は高かっただけにもう少し上園 投手に登板機械があっても良かったのでは ないかと思うがなドラフトの順位が高く ないとよほどインパクトのある成績を残さ ない限りはチーム内の序列が上がらない ものね2009年はファームで52回 1/3を投げて防御率3.1043脱三振 とまずまずの成績を残していたが1軍での 登板機会はわずか1試合のみ4年目こそ
25試合の登板で60回2/3を投げた ものの防御率 4.75mm4年後に放出されてしまった なんてプロの世界は残酷だわ楽天遺跡後も 目立った活躍はなく2015年に戦力外 通告を受けてしまうその後は海外リーグで プレイしながらNPB復帰を目指したが 2016年限りで現役引退となってしまっ た1年目のピッチングを見た時はもっと 長く活躍できる投手になると思ったんだ けどな投手はヤと比べてキャリアのピーク が短く投手によっては20代前半から衰え が始まるとも言われているそのことを 考えるとキャリアの絶頂期に十分な登板 機会が与えられなかったことはいさか不運 であったと言えるかもなもし2008年に 上園の投手が十分な登板機会を与えられて たら阪神の歴史的なv一はなかったかも しれないわね3人目に紹介するのは 2016年の新人王高山春外野手だ高山 選手といえばドラフトでのヤクルト真中充 監督の勘違いがつポーズを思い出しちゃう わその件に関しては過去に投稿した ドラフトうっかり事件士を見てもらうと しよ高山選手は2015年のドラフトで 阪神とヤクルトから1位指名を受け抽選の 結果阪神が交渉券を獲得したんだ日代3考 時代から強打の外野として名の知れた アマチュア休会のスター選手だったもんね 高校時代は夏の甲子園優勝明治大学時代は リーグ戦優勝に6大学の通算安打記録更新 とまさに野球エリートと言っていい キャリアを送ったからなそんなゴールデン ルーキーに対する期待は入団直後から 高まってたもんね高山選手はその期待に 答えるようにオープン戦で打率3割にブナ リンを記録し開幕スタメンの座を勝ち取っ たんだ当時の阪神の外野主事情はというと 39歳の福幸介が未だに中軸を担っており 前年オフには長年主力を務めたマット マートンが対談2008年のドラフト2位 柴公平2009年のドラフト3位海遊兵 2011年のドラフト1位伊東はたなど 本来主力として活躍して欲しかった ドラフト上位の外野種が伸び悩むなど人材 武に陥ってたんだ外野限らずこの時期の 半神はドラフトの結果が振るわず主力の 年齢が高齢化して戦力が先細って言ってた もんねその辺の事情は過去動画の平成阪神 失敗ドラフト5戦を見てもらえると理解が 深まるのでお勧めだぜ話を2016年に 戻そう高山選手は公式戦でも結果を残し レフトのスタメンに定着オールスターでは 外野種部門の3位にランクインし阪神の 新人やとして92年の9選手以来24年
ぶりのファン投票選出を果たしたんだ阪神 の生え抜き野手で活躍する選手がいかに 少なかったかが分かるわね後半戦もヒット を積み重ねた高山選手は98年に坪井友近 選手が記録した球団の新人最多安打記録で ある135安打を抜き歴代最多となったん ださらに阪神の新人選手としては赤星以来 15年ぶりに規定打席へ到達するなどその 赤星が持つ年間猛打少数の球団記録を更新 など記録づめのルーキーイヤーとなったん だ阪神の新人屋敷6の多くを塗り替えて いったのね最終的には134試合の出場で 打率に割7ブゴリ136安打8本類だ65 打点を記録新人王投票では全体の約8割と なる220票を集めぶっちぎりで新人王を 獲得したんだ確かこの年はDNA今長翔太 投手と新人王を争ったのよね2の今長投手 は32票に止まってるな2人はそんなに 大差がつくほどの差があったの試験を言え ば正今長が投手の方がダトの投票数を もらうべき活躍だったと言えるなそんな 言い切るほどなの確かに高山選手の量的な 貢献は一見すると素晴らしいものがある 新人で打率に割7ブゴリ136安打8本類 打を残すなんてなかなかないものねただ 高山選手は主に1番打者として起用された ためアンダ数などが積み上げやすい状況で あったことを忘れてはいけない質の面で 見るとBB%が5.1とリーグ平均の 8.1%よりも低く子宮獲得能力は褒め られたものではなかったつまり早打ちの スタイルも相まってのアダ数だったわけね そのため出塁率はわずか3割一部6厘で ありこれはリーグ平均の3割一部9厘と ほぼ同等であった規定打席にとした27人 の打者の中でも24位と出塁能力はぼよな ものがあったんだ打率だけで見れば悪く ないけど総合的な出塁能力は上位を担うに は物足りないものがあったのねまた高山 選手は長打力に乏し打者の長打力が分かる ISOという指標は115でリーグ平均の 126を下回る数字だったんだ投手も含ま れるセリーグの平均ISOより低いって 結構まずいわね出塁と長打という打者を 評価する2台指標が振るわなかったため 高山選手のOPSは707これまた規定 到達者の中ではリーグ23位と振るわず リーグ平均OPSの698と大差ない値 だったんだかなり売ってる印象があった けど新人にしてはというフィルターを 剥がせば攻撃力はぼよだったのねしかも 高山選手のポジションはレフトであるこの ポジションで求められる打力はどの ポジションよりも高くそのことも考慮する と高山選手の成績は新人ということを考慮
しても決して旧大点とは言えないんだ加え て高山選手は守備に難を抱えていた世辞に もうまい方ではなかったもんねこの年は セリーグの外野種で最も大い失策を記録し ただけでなく守備範囲も狭くリーグの レフトの中でもワーストクラスの守備力 だったんだ公表面の成績を考えると総合的 な貢献度はレギュラーとしては物足りない ものがあったわけね一方の今長投手は8勝 9敗と負け越し投球回数も135回1/3 で規定投球回数には届かなかった高山選手 と比べるとインパクトにかける成績では あったよねただ防御率は2.93脱3進数 はイニングを上回る136を記録しK%も 25.1をマークしていたこの軽%はこの 年のセリーグで90回以上な26人の中で 2番目に高い数字だったんだぜ室の面では リーグトップクラスの成績を残してたん じゃない勝敗や規定の運で評価は伸び なかったがリーグ上位クラスのクオリティ で135回1/3も量的な貢献があった ことを考えればいかに今長投手が新人離れ した貢献度だったかがお分かりいただける だろう高山選手は新人にしては素晴らしい 成績だったけど今なが投手はキャリア年数 関係なく素晴らしい成績を残してたのねと 新人王の打当差に話が逸れてしまったが それでも高山選手が残した成績は翌年に 期待を持たせるものでもあったやや課題 評価だったかもしれないけどそれでも1年 目からリーグ平均レベルの打力を見せる 選手なんてほんの一握りだからね2年目 以降準々に成績を伸ばしていけばいいわけ だし将来の主軸として期待された高山選手 だったが2年目以降は伸び悩みを見せて しまう2017年はBB%出塁率ISOに 目立った変化はなく1003試合に出場し て打率に割ゴブOPS669に終わって いるまあまあ2年目は壁にぶち当たる選手 も多いし3年目は開幕から極度の打撃不審 に陥りわずか45試合の出場で打率1割7 分2輪1本塁だOPS436と散々な結果 に終わったんだ右肩下がりに成績が加工し てるじゃないの4年目の2019年は復活 のきしを見せ105試合に出場して300 打席に立ち打率に割6部林5本類だOPS 705をマークしたんだ前年の悲惨な成績 を考えればよく戻したなとは思うけどそれ でもレフトの攻撃水準に達したとは言い がいわねそしてこれが2024年1月時点 で高山選手が1軍で戦力になったと言える 最後のシーズンになってしまう2020年 以降は出場機会が激減し 2021223年は1軍の出場機会すら 与えられなかったんだ近年のドラフトで
獲得した近本浩司佐藤照明森下翔太の外野 主が対当したことで高山選手の序列は かなり下がってしまったもんね今霊夢が 名前をあげた選手たちが対当するまでの 半神は服め糸井ヨオの超ベテランに長打力 の供給を依存するびな構成が長らく続いた 中日と共に世代交代がなかなか進まない 球団の代名詞になってたもんね高山選手が 入団当初ほどの活躍ができなかったことは 阪神のフロントとしてはかなりの誤算だっ たことは間違いない阪神フロントも高山 選手の交渉権を獲得で来た時は真中監督 並みに嬉しかったでしょうからね高山選手 は2024年からイースタンリーグへの 新規参入が内定しているオシッ新潟 アルビレックスベースボールクラブへの 入団が内定している新規参入球団の選手は シーズン途中でもNPBの他球団に移籍 できるんだからファームで結果を残して もう一花咲かせてほしいわ [音楽] ね
■前回動画
・【究極の一発屋】個人タイトルを獲得しながらたった1年で輝きを失った選手3選【プロ野球】
→https://youtu.be/8wEwo52ojCw
【一発屋】来日1年目に本塁打王を獲得しながらわずか1年で輝きを失った外国人打者3選【プロ野球】
→https://youtu.be/11Uy7QfP8vM
良かったら画面右下の高評価と
チャンネル登録お願いします→https://bit.ly/3LInzcK
■格差トレードシリーズ動画
・【衝撃】阪神タイガーズだけが一方的に大損してしまったしくじり格差トレード3選【プロ野球】
→https://youtu.be/NnyAwDFWMc4
・【再覚醒】オリックスだけが一方的に大損してしまったしくじり格差トレード3選【プロ野球】
→https://youtu.be/L8O7cY_IVSw
・【前代未聞の移籍拒否】ホークスだけが一方的に大損してしまったしくじり格差トレード3選【プロ野球】
→https://youtu.be/9StXVIYvnbo
・【横浜を出る喜び】ベイスターズだけが一方的に大損してしまったしくじり格差トレード3選【プロ野球】
→https://youtu.be/PEd7ygENN9k
■過去動画
・【不死鳥】西武を戦力外になった後に他球団で大活躍した選手3選【プロ野球】
→https://youtu.be/ONDeywSyT8g
・【衝撃】新・3大即戦力外ドラフト!優勝から数年でチームに暗黒時代をもたらした悲劇【プロ野球】
→https://youtu.be/vclUp_jzYa8
・【悲惨】あまりにも弱過ぎてシーズン途中で解任された監督3選【プロ野球】
→https://youtu.be/blh4LbVZGR4

22 Comments
他のチームは、一発屋いないの?
西村投手の選手生命の短さの一因に担ぎ投げの投球フォームにあったと言うのは聞いた事ありますね🙄
上園投手は気が付いたら居なくなってた印象があるし高山選手は独立リーグで頑張ってNPB復帰目指して欲しいものですね✨
しかしプロ野球の世界はホント厳しい💦
大和と今永がベイスターズに入団して本当に良かったです!高山はできればトレードされて欲しかったんだけどな・・・
8:48 1995年に西村投手?
ほんと、阪神はろくでもない球団ですね。選手が可哀想
高山は結果的に感染を免れたとは言え(なぜか高山も感染したけど球団が隠蔽したってデマ流れてた)コロナ禍真っ只中タニマチ主催のパーティーに参加する程の意識の低さが災いしたか。
西村投手はいきなりフル回転しすぎて2年目以降は肩の怪我に泣かされるとは、ちゃんと大事に使ってたら長くやれてたはず。
高山は大学時代とルーキーイヤーが全盛期だったから今なら主力のクリーンナップで活躍してたのに…。村上投手も高山の二の舞にはならず今年も活躍して欲しいです。
高山はヤクルトやったらよかったんよ。獲得に手を上げた阪神が悪いわ
新人王はその年のレベルによって多少違ってきますが、ある程度の成績を残す選手も多い中で新人王獲得したのが最高成績で右肩下がりというのは辛いですね。
2015年のドラフト超大当たりが5位におり、いつ見てもピカピカしてますね。
ジ ャ イ ロ ボ ー ル 上 園
上園と金刃は楽天でチームメイトになったよね
高山は、甲子園でなく神宮球場が本拠地だったら、長打力や守備の欠点が、史実ほど表面化しなかったとも思うが、3年目以降の落ち込みの大きさを見ると、やはり結果は同じだったかもしれないですね。
西村一孔が入団した1955年のタイガースは岸一郎監督でスタートしたけど途中で藤村富美男監督に代わった。岸一郎監督はエースの連投が当然だった当時としては珍しく先発ローテーションという考えを持っていたので、監督交代が無ければ西村一孔の酷使は無かったかもしれない。
高山俊は日大三で甲子園三回出場の時から知っていますが、新人王を取った時は(守備位置が違いますが)鳥谷のように成功すると予想していました。どなたかのブログで「阪神は好調な時は持ち上げるが、(巨人と違い)一旦不調になるとボロクソに言うので選手が伸びない」とあったのですが、高山や上園、古くは植松精一はその沼にハマったように思えました。
近年だとやっぱり高山かな。
阪神はタニマチが甘やかすから新人王の縛りがなくても一発屋の選手が多い印象がある。
ある意味、1年目がピークであったと言うならば、清原和博選手がその最たる存在であると思う、リアルタイムで見て来たアラ還野郎の私でしたm(_ _)m
田尾さんのチャンネルでゲスト出演した掛布さんが、高山は対応型の天才的バッターで本来は1や3番で自由に打たせるタイプで育成したかったのですが、金本監督の2番構想が、バッティングリズムを崩したと言ってましたね。
高山は新潟で圧倒的な成績を残して、NPBに復帰してほしいですね。
上園は楽天の時酷かったな!阪神にいたほうがよかったな!
結果が全て!暗黒も他が強かったわけやない…現実…チームプレイチームプレイ言うて個人潰しwwwお笑いよ前は😃アレンパ続けて見返そ!笑われた分
一発屋と呼ぶべきかどうかは別として、入団初年度がピークという意味では日ハムの木田勇が自分の中では最もインパクトのあった選手ですね
新人で投手3冠に新人王&MVPのダブル受賞は圧巻でした
当時はまだ子供だったし、プロ野球と言えばテレビ中継されている巨人の情報がほとんどだったので「この人誰?パ・リーグには凄い選手がいるんだな」って感じだったけど、いま改めて記録を見るとこの年のピッチングをリアルタイムで観たかったなって思います